第6話 実力
ウォルフの策略で間違ったタイミングで戦端を開いてしまった帝国軍は一時的に後方へと後退をしていた。かなりの損害を出した彼らは再編成をしなければ、ならない状態だった。負傷者を乗せた荷馬車。折れた槍を抱える農民兵。王国軍にも損害を与えたとは言え、さすがに大敗と言える結果だった。そんな帝国軍の将の一人、オルディン男爵は馬上でため息をつきながら、傷ついた将兵を見ていた。
すでに時代は鉄砲や大砲へと移ろうとしている。もう槍や弓矢では無い。それは解っていた。だが、そんなすぐに兵装や戦術を切り替えられるほど、余裕のある将は帝国軍には居ない。旧態の戦いをただ、繰り返しているだけだ。
そこに伝令が駆けて来た。
「ディーノ隊の伝令であります!」
ディーノ隊はオルディンの甥であるディーノに任せた部隊であり、現在は殿を任せていた。
「何があった!」
「はっ!ディーノ隊は敵の追撃を受けて、交戦中であります」
その報告にオルディンは驚く。
「奴らもかなりの損害を受けたはずだ。追撃など・・・」
「しかしながら、奴らは突如、急襲して参りまして、激しい銃撃を浴びたディーノ隊はかなりの損害を出しつつ、敗走中であります」
「ディーノは?」
「ディーノ様はご無事でありますが・・・敵を食い止めるために部隊の指揮を執られております」
「そ、そうか・・・解った。これより、我々も応援に向かう。敵は追撃と言っても、手柄欲しさの送り狼程度・・・返り討ちにしてくれる」
オルディンは後退中の部隊に対して、転進、攻撃の命令を下した。誰もが傷付き、士気は落ちていたが、命令に従わぬわけにはいかなかった。
追撃を受けたディーノ隊は敵の追撃を迎え撃つために転進をしていた。
「さっきの銃撃は何だ?」
ディーノは自らの甲冑の凹みを見て、忌々しく思う。敵の追撃から本隊を守るために殿を務めていたが、後方から突然の銃撃を受けた。それも一発、二発なんて数じゃない。突風のように銃弾が通り過ぎ、一瞬にして多くの兵が倒れた。それはこれまでに感じた事の無い事だった。
「鉄砲を多く集めたからと言って、こんな被害は出ないだろう?」
ディーノは驚いていた。これまでも鉄砲は戦場で数多く見てきた。だが、どれも戦を始める時の号砲程度にしか思っていなかった。確かに近付けば、矢よりも恐ろしい事もあったが、それでも下手に近付かなければ、それほど損害を出すような物でも無い。武器として、他を抜きんでた存在では無かった。だが、たった今、撃ち込まれた銃弾の嵐は、それとは一線を画していた。確かに銃は近年、性能を著しく向上させているとは聞いているが、まさか、これがそうなのか?ディーノはただただ、驚いている。
「敵は100人程度であります!」
部下が叫ぶ。ディーノは驚きを隠して、笑みを零す。
「100か・・・こちらは500だぞ。今の銃撃で減ったとは言え、数の優位はこちらにある。敵が近付いて来たら、一気に敵に突っ込む。歩兵隊を纏めさせろ。騎士隊は敵が歩兵に銃撃を浴びせた所で突っ込む。一気に本陣をやるからな!」
ディーノは馬上から叫ぶ。彼を含む騎士達が隊列を組んだ。歩兵隊も槍を構えて密集陣形を作る。彼らを援護するために後方に弓隊が配置され、後方から迫る敵を待ち受ける。
ウォルフは敵を追撃した傭兵団に一斉射撃をさせた。相手が背中を向けた敵であっても容赦はしない。下手な鉄砲、数撃てば当たると言う言葉通り、100人が放った銃弾は敵に降り注ぎ、まともな防具を装着していない兵らを損傷させた。一撃で殺そうなどとは思っていない。この一撃は敵を怯えさせ、逃走から、交戦に転じさせるための一撃だ。
「よし!このまま前進。弾を装填しろ」
彼らは5列の陣形を作る。一列20人の横列が出来ていた。彼らは前進しながら銃口から弾を込める。鉄砲隊としては当たり前の陣形だった。こうして、一列目が発砲をすると、すぐに最後列に移り、その間に二列目が一列目となり、発砲をする。最後列に移った一列目は弾の装填を始める。こうして、先込め式鉄砲の連射性の低さを補うための戦術である。
ウォルフの傭兵団が迫ってくる。ディーノは彼等の前に歩兵隊を配置した。相手が鉄砲隊独自の戦術によって、絶え間なく射撃を繰り返す事は折込済みだった。彼は歩兵隊を撃たせておいて、側面を騎士隊で回り込み、後方の本陣を討つつもりだった。歩兵隊の前列は鉄砲の弾を防ぐために大きな鋼鉄の盾を構える。これは矢の時から同様の戦術である。盾で守り、間から長い槍で相手を突き殺す。古典的だが、確実に敵を蹂躙出来る陣形である。
睨み合う二つの部隊。だが、迫るウォルフ隊は発砲を始めた。銃弾は鋼鉄の盾に当たり、弾け飛ぶ。盾は凹むが、貫かれることは無い。歩兵隊は安堵した。ウォルフ隊はセオリー通りに入れ替わりをしながら絶え間なく銃撃を目前の歩兵隊に浴びせる。幾ら従来の銃よりも性能が向上したと言っても、まだ、ライフルも無い時代だ。その貫通力はたかが知れている。それは騎士隊も同じだった。彼等の着込む鎧が簡単に銃弾に貫かれるなどと誰も思っていない。歩兵隊に攻撃が集中している間に騎士隊が側面へと駆け込む。ディーノを含む50名の騎士は敵本陣を目指して、駆け抜ける。馬の速度を狙い打つのも銃には難しい事もディーノは知っている。
ウォルフは笑みを浮かべながらその様子を伺っていた。部下達はただ、必死に撃つだけだった。彼らも銃の持つ性能は知っている。圧倒的な数で攻めてくる敵。それも盾を構えて、進んでくる敵や、駆け抜ける馬を撃つなんて簡単に出来るはずが無いと思っている。恐怖で今にも銃を捨てて、逃げ出したいと思っている奴も多い。だが、その後で睨むウォルフに対する恐怖もあった。とにかく、撃つしか無かった。
「ふむ・・・なかなか錬度の高い部隊だな。敗走中だと言うのに、士気が思ったよりも高い。だが、それもここまでだ。やれ!」
ウォルフが隣のラッパ手に合図を送る。彼はすぐにラッパを構えて、活気溢れるメロディーを吹いた。高らかと戦場に響き渡るメロディーを聞いた陣形の最前列の兵が撃ち終えて、すぐに前へと駆け出した。彼らに続いて、後方の兵も駆け出した。それは突撃だった。一般的に鉄砲隊は突撃をしない。それは歩兵の役割だった。だが、彼らは銃身の先端に装着したニードルを敵に向けながら、駆けて行く。
うおおおおお!
掛け声と共に盾を構えた歩兵隊に向かう傭兵達。敵歩兵は向かえ討つために槍を水平に構えた。だが、そこに二列目の兵が銃を構えて、発砲した。僅か10メートルに満たない距離からの発砲は盾すら貫き、歩兵隊の先頭に居た兵を倒した。先頭の兵が倒れて、剥き出しになった二列目以降の兵は驚くしかなかった。飛び掛る傭兵達は長柄の槍をかわして、ニードルを奴らに刺し込んだ。悲鳴を上げる歩兵達。だが、そこに3列目の傭兵達の銃が唸る。弾丸がさらに後方に居た兵達を薙ぎ倒す。数で勝るはずの歩兵隊が一瞬にして瓦解した。前の列の惨劇を見た兵士達が怯える。だが、次々と放たれる銃撃は密集陣形を敷く歩兵達を次々と倒す。歩兵達は突撃する事も出来ずにただ、撃ち殺されるだけだった。
それに気付かないディーノの騎士隊は敵が突撃をしたのを好機と捉えて、敵本陣へと突撃した。ウォルフは自身も銃を持ち、僅か10名の手勢で、50名の騎士を迎え撃つ。手にランスを持つ騎士達はこのまま、一気に全員をランスで貫くつもりだった。ディーノは勝ったと思った。
ウォルフはじっくりと敵を狙った。距離は一気に縮まってくる。その勢いで敵の自信が解る。奴らは一気にここを蹂躙して終わりにするつもりだ。兵達は今にも引金を引きそうなぐらいに怯えているのも解る。だが、まだ、撃たない。じっくりと相手の距離が迫るのを待っている。僅か10メートルの距離まで敵が迫った時。
「撃てぇええええええ!」
ウォルフの怒声と共に銃声が響き渡る。黒色火薬が燃えた後の白煙が濛々と銃口から吐き出される。今の一撃で馬が悲鳴を上げて、前足で宙を掻き、数人の騎士が地面に落ちた。それに巻き込まれて、他の騎士達も転げる。
「死ねぇえええええ!」
それでもディーノは諦めずに襲い掛かろうとした。だが、その瞬間、下腹部に何かが刺さる。それは銃身の先に装着された太くごついニードルだ。ニードルは甲冑の隙間から突かれ、中に着込んだ鎖帷子の目を貫き、脇腹へと刺し込まれた。彼等の持つ銃は槍としても使えた。混乱の中で速度が落ちた騎士の脇腹や馬を刺すぐらいは傭兵達にとっては容易い事だった。
脇腹を刺されて、落馬したディーノは地面を転がる。彼はランスを捨て、必死に腰のロングソードの柄を掴もうとする。
「てめぇ・・・雰囲気からして・・・将か?」
甲冑のヘルムに着けられた飾りを見て、ウォルフは声を掛けた。
「この野郎!」
ディーノは剣の柄を掴みながら上半身を起こそうとした。刹那、その首に剣が刺し込まれる。切っ先はディーノの気道を塞いだ。彼はそれ以上、何も喋れず、ただ、敵を見た。
「よう・・・悪いが、将の首が必要になった。死んでくれ」
ウォルフはそのまま、彼の首を縊った。突撃をした帝国の騎士達は次々と地面に落とされ、殺されていく。傭兵達は落ちた騎士に群がる。彼らは騎士を殺し、その首を奪い合う。傭兵達によって、騎士や貴族の首は報償を貰うために必要な物だ。その浅ましい光景もウォルフには慣れた光景である。彼は敵の騎士団団長の首だけを手にして、意気揚々と王国軍陣地へと戻っていく。
戻ってきたウォルフの手に敵の騎士団団長の首があり、更には多くの騎士の首までを持って来た事で王国軍の指揮官はこれに驚くしか無かった。
ディーノを助けるために戻ってきたオルディン男爵はボロボロになり、敗走する農兵達の集団を見付けた。
「ディーノは、ディーノは何処に居るか?」
騎士団の姿は無く、ただ、怯えるだけの農兵達にオルディン男爵の部下達が尋ねていく。一様に彼らは突然、襲撃してきた敵の一団に怯えていた。襲撃した騎士団が一撃で叩きのめされ、ディーノもその場で敵に首を切られたと。その証言を聞いたオルディン男爵は憤怒した。今にも逃げている農兵達を皆殺しにしかねない勢いに騎士達が止める程だ。
「くそ・・・いつか、ディーノの仇は取ってやるからなぁ!」
オルディン男爵は再び、退路へと着いた。
ウォルフが功績を挙げて、王国軍に認められた頃、サファイアは用意された馬車に乗り、公爵が居るロイエティーナ城に向かった。それは前線から二日程度の場所にある古城である。湖の真ん中に建てられた城にサファイアを載せた馬車は跳ね橋を越えて入っていく。馬車はそのまま、王城の庭園を抜けて、城の正面入り口のエントランスへと入ってきた。そこには公爵自ら、待っていた。そこに馬車から降りるサファイア。
「姫様、よくぞご無事で」
公爵は傅き、姫を迎える。
「ありがとうございます」
「さぁ、姫様、こちらへどうぞ」
公爵に招かれて、サファイアは食堂へと通される。そこにはご馳走が用意されていた。それはとても窮地に陥っている最中の領地で出される物では無かった。
「この料理は?」
「姫様が死ぬような思いをして、城から逃げて来られたのです。家臣としてはこのぐらいの事は・・・」
サファイアは少し戸惑いながらも、すでに用意された料理を無駄にするわけにはいかないので素直に席に座った。それから小一時間ほど、歓迎を受けて、公爵に用意された部屋へと向かう。それは客間として設けられた一室だった。豪勢な室内に入るサファイアだったが、場内はどことなく落ち着かない雰囲気だった。無論、それはいつ、帝国軍が襲撃してくるかわからないという不安からかもしれないが、それ以上の雰囲気を感じ取っていた。
サファイアが客室に行った頃、公爵は円卓の間に着席した。かなり夜も深まっているのに、円卓には公爵家の重臣達が全て、揃っていた。その中の一人、最長老の男が公爵に向かって意見する。
「公爵様。サファイア姫を帝国に差し出すおつもりですか?」
その言葉に円卓の場は静まり返る。公爵は咳払いをした。
「このまま、帝国と戦って、何か利得があるのか?いずれ、奴らにこの地は蹂躙されて、私の首は体から切り取られるだけだろ?」
公爵の言葉は重かった。誰もが沈痛な面持ちで座っているしか無かった。
「だが、帝国は姫にご執心の様子だ。密偵からの報告が本当であれば、姫は交渉の手札になる」
「姫を売って、我らも帝国の一員ですか」
「仕方があるまい。姫だけが生き残っても、王国は滅亡したのも同然。我らが生き残る道を進んでも良いだろう」
円卓会議は全員が姫を帝国に渡す事で一致した。
そんな事とは知らず、ウォルフは戦列に加わる事になった。
「団長、この戦いはどうなるんですかねぇ?」
陣を構えて、ウォルフは天幕の中で、地図を睨み合っている時に部下の一人がそう尋ねてくる。
「さぁな。普通に考えれば、圧倒的な戦力差だ。皆殺しにされたくなければ、即座に降伏を条件に講和を願うのも手だな」
「帝国が簡単に応じるでしょうか?噂じゃ、侵略した国は全滅させるって、聞きますが」
「あぁ、そうだ。支配する上にも恐怖を植え付けるために、無用に虐殺をする事を皇帝陛下は望まれていた。故に王や兵士だけじゃなく、男も女も子どもも皆殺しにした。ある程度、数を減らしてやれば、帝国軍が去った後も、帝国に刃向かおうとする力は無くなるからな」
それを聞いた部下達は震え上がる。傭兵団の多くは犯罪者である。人殺しだって平然とやれる連中だが、そんな彼らでも帝国のやり方は酷いと思っている。そのことを知っているウォルフの言葉は誰もが憤る。
「まぁ、お前らが怒っても仕方がない。講和をするかどうかは上が決める事だ。俺らは雇い主の言う通りにしていれば良い」
「なるほど・・・しかし、団長は帝国を裏切ったんでしょ?ここに居たらヤバいんじゃ」
ウォルフは笑う。
「そうだな。俺はその前にここをおサラバさせて貰うよ。どこか遠くへ行って、農民となって静かに暮らそうかと思っているからな」
「その歳で隠居生活ですか?」
「隠居したくても金が無いよ。ただ、農民をするだけだ」
彼等がそんな会話をしている頃、城の一室に案内されたサファイアは公爵によって付けられた従者に監視されていると感じていた。部屋から出ることは危険だからの一言で禁じられ、部屋には常に従者が居て、サファイアの動きを見ていた。
「公爵はこの戦いをどうするつもりかを尋ねたいのですが」
従者にそう尋ねると、必ず帰ってくる答えは
「公爵様は現在、帝国との戦いを指揮しておられる為に時間がありません。ご容赦ください」
従者は慇懃深く、ただ、答えるだけだった。それにサファイアは大きな不満を抱えるが、それ以上は何も言う事は出来ない。
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