第5話 王国騎士

 二日後。

 帝国と王国残存との最前線付近で陣取るブライド騎士団に一人の猟兵が駆け込んだ。彼はムサダが放った伝令の兵だった。

 「ムサダが獲物を見付けたか。今頃、姫様を捕らえているだろうか?」

 エドは楽しそうに伝令に尋ねる。伝令はかなり疲れた様子だが、呼応するように笑う。その二人の様子を見て、顔を顰めるのはエミールだった。

 「ふん・・・しかし、ウォルフは何度、殺すつもりで激戦地に放り込んでも生きて帰って来るような奴だからな。返り討ちにあっているかもしれん」

 「う、うちの隊長がそんなヘマをするわけがありません」

 伝令の若い猟兵は悔しそうにエミールに抗議の声を上げる。普通の兵士ならば、上官、ましてや貴族に抗議の声を上げるなんてあり得ないが、精鋭として扱われる猟兵はプライドも高く、強く発言する者が多かった。

 「そんなに険しくなるな。俺はムサダ達を信じている。だが、我々もただ、ここで退屈そうに待っているわけにはいかない。前線の警戒も兼ねて、哨戒任務に就く」

 エドは30人の騎士団を10人づつに分けて、前線に沿って、哨戒任務に就かせた。全長で100キロに及ぶ長い前線ではあるが、これである程度はカバーする事が出来るだろうとエドは考えた。


 ウォルフは自らが目指す場所が閉ざされようとしている事に気付く事も無く、サファイアを連れて、困難な山越えをした。かなり厳しい山越えだったが、何とかサファイアも無事に超えることが出来た。麓近くまで降りてきて、二人は針葉樹林の中に隠れた。

 「この先がダルケ公爵領となります」

 サファイアは地面にこの周辺の地図を大まかに描いた。

 「なるほど・・・だが、この周囲には当然ながら、帝国軍が布陣している。下手に近付けば、そいつらに見付かる可能性はあるわけだ」

 ウォルフは考える。普通に考えてもこの周辺には数千の帝国軍が居るはずだ。だが、それは部隊毎に纏められ、前線の全てに張り付いているわけじゃない。その隙間を縫えば、無事にダルケ公爵領に入れるはず。まずはその隙間を探すことが肝心だった。

 「姫様はこの森で隠れていろ。俺は少し、この周辺を探ってくる」

 その言葉にサファイアは少し不安になる。それに気付いたウォルフは彼女を安心させるために笑顔で「大丈夫だ」と答えた。そして、茂みの中へと姿を消す。ウォルフは茂みを掻き分け、街道へと出る。幸いな事に帝国軍の兵士の姿は無い。彼はじっと地形を確認するように見渡す。その目は何かを探している目だ。彼はこれまでの経験と知識から、ある場所を探した。そして、それを見付けた。再び茂みへと飛び込む。

 ウォルフは茂みを掻き分け、必死に山を登る。誰も踏み入れない山肌を登るのはかなり大変だ。屈強なウォルフでも小高い丘を登り切るのに時間が掛かる。それでも彼は額に汗を流しながら、登り切った。そして、彼は目の前にお目当ての獲物が居ることに気付き、舌なめずりをする。

 彼の目の前には10人程度の帝国軍兵士が居た。彼らはある機械を囲むように立っている。それは帝国軍が採用している狼煙発生装置だ。薬品によって煙幕を作り出し、狼煙を正確に上げる事を可能にした機械である。すでに光による遠距離通信などもあるが、一斉に命令を伝えるには最も適した方法だとして、帝国ではこのような機械を採用して狼煙を有効に用いている。

 ウォルフはスラリと腰から剣を抜く。

 配置されている兵士達は比較的軽装備の兵士達だ。銃が主流となりつつある現状では重装備の甲冑を着せても、鈍重になるだけで、意味が無い事がわかり、兵士達の装備も軽装になっていた。彼らの手にはスパイクと呼ばれる鋭く太い針が先端に取り付けられた長銃身の銃を持っている。先込め式のフリントロック式の銃ではあるが、弾などの改良から、騎士のプレートアーマーを50メートル先からでも貫通させる威力がある。

 ウォルフは茂みから飛び出し、一気に一番近くに立つ兵士へと飛び掛る。手にした剣の切っ先が彼の首を切る。動脈が切れたのか、血が噴出した。突然の事にその場に居た兵士達がパニックになる。

 「て、敵襲!」指揮官の男が腰からサーベルを抜いて叫ぶ。彼の持つサーベルは部隊を指揮するためにある指揮剣と呼ばれる物で、戦闘に役立つ物では無い。すでに剣や槍で戦う戦闘は極限定的な物となろうとしていた。だが、今、この時点で兵士達が持つ銃に弾や火薬が入っているわけではない。装填しようと思えば、数分が掛かる。ウォルフ一人で10人と言っても、倒せないわけじゃなかった。兵士達は銃を槍のように構え、襲い掛かるウォルフに立ち向かう。

 「うぉおおおお!」

 ウォルフの剣は兵士達の急所である首や胸を斬り、貫く。兵士達の技量ではウォルフの刃を防ぐ事すら出来ない。次々と兵士達を倒し、指揮官の男に迫る。サーベルを持った彼は怒涛の如く迫るウォルフに恐れ、逃げ出そうとするが、その背中に剣を突き立てられた。その場に居た兵士は誰一人、逃さず殺した。

 ウォルフは周囲を確認してから、狼煙発生装置に向かう。

 狼煙発生装置は簡単な装置だ。ブリキで作られた箱の下に火を焚くスペースがある。そこに薪を置いて、火を着ける。その上の箱に薬剤を入れるとそれが燃えて、煙が上がる仕組みだ。あとは煙突状になった箱の頂点にある蓋を開閉させることで、狼煙を出したり、消したりが出来る。

 ウォルフはマッチを擦り、種火用の藁に着火する。燃え上がる藁をくべてある薪に添える。やがて、薪は燃え始める。そして、薬剤投入口を開き、そこに置かれた薬剤を投入した。熱せられた薬剤は白い煙を濛々と吐き出した。そして、充分に煙が筒内を満たした頃、蓋を開くレバーを引っ張る。白煙が青空へと吐き出された。

 「さぁ・・・一斉に吶喊せよ。帝国の犬どもが・・・」

 ウォルフはその場を後にした。


 狼煙が上がる。それを見た最前線に配置された帝国軍の指揮官達は嘘だろうと思った。それは一斉攻撃の合図だった。この狼煙が上がれば、全部隊が一斉に攻撃を開始せねばならない。少しでも遅れれば懲罰に処される厳しい軍規がある。帝国軍の指揮官達はサーベルを振るった。

 兵士達は大慌てで陣地から飛び出し、隊列を作って、敵陣地へと突進する。軍楽隊が彼らを鼓舞するために音楽を鳴り響かす。唐突の攻撃命令にも彼らは果敢に敵陣地へと向かった。だが、この動きに驚いたのは総司令官のジェフリー公爵だった。彼は部下から狼煙の報告を受けて、慌ててテントから飛び出た。双眼鏡を覗くと、確かに総攻撃を命じる狼煙が上がっている。

 彼は必死に「中止だ!中止させろ!」と部下に叫ぶがすでに時遅しであった。最前線に布陣していた全帝国軍3万は一斉に前進を始め、敵が強固に築いた陣地へと突撃を試みる。大砲が彼らの体を吹き飛ばし、塹壕から放たれる銃弾が次々に兵士を貫く。騎士が敵陣地を突破せんと駆け抜けるも、彼らの甲冑を敵の弾丸が貫いた。

 もう、甲冑の騎士は戦場の華では無くなっていた。激しい銃声と砲声が戦場に轟き渡る。ただ、突撃を繰り返すだけの単調な戦闘は多くの兵士の血を流す。それでも連射能力の低い銃が主な武器である現状では多くの損害を出しながらも帝国軍は徐々に敵陣地へと肉薄する。

 そんな戦場の光景など気にすることもなく、ウォルフはサファイアの元へと戻った。

 「姫様、待たせたな」

 ウォルフの姿を見て、銃を握り締めていたサファイアは安堵する。疲れた様子のウォルフだが、すぐにサファイアを連れて、茂みから出る。街道を渡り、彼らが目指すのは最前線だ。現在、激しい戦闘が全体に渡って行われているために、その後方も含めて、帝国軍は混乱をしている。少女を連れた男を見てもそれを相手にしている程、暇のある帝国軍兵士など誰も居なかった。

 「この混乱に乗じて、前線の切れ間から向こうに行く。その時は姫様がしっかりと向こうの兵士に自分が姫であることを名乗って貰わないといけないからな」

 「解りました」

 二人は戦場の状況を見ながら、走った。とにかく走る。どこかに前線の切れ間があるはずだと信じて。

 「待て!」

 突如、二人に声が掛けられる。振り返るとそこには6人の騎士団の一行が居た。ウォルフは剣を抜いた。

 「騎士ウォルフだな?」

 騎士の一人がウォルフにそう声を掛ける。

 「奴はウォルフだ。間違いが無い」騎士の一人がそう叫ぶ。その声にウォルフは聞き覚えがある。

 「エミールか・・・。しつこい奴だな」

 ウォルフは元の雇い主を見た。エミールは激しい怒りをウォルフに向ける。

 「てめぇ。裏切者が・・・俺が殺してやるよ」

 エミールは手にしたランスを構える。それを見たエドは忠告する。

 「男は構わないが、姫様は無傷でお願いしますよ」

 「解っている。ウォルフだけは生かしておけねぇからな」

 エミールは手綱を引いて、馬を前に出す。ウォルフは剣を構え直す。形式的には決闘だが、相手は騎乗。こちらは剣。圧倒的不利な戦いだ。だが、それでもウォルフは逃げない。エミールは馬の腹を蹴り、走らせる。ランスの先端をウォルフに向けた。駆け足の馬の勢いと共にその先端がウォルフに突き出される。ウォルフはそれを紙一重でかわす。

 技量のある者なら、ランスを動かし、ウォルフを吹き飛ばす事が出来たかもしれない。だが、エミールにその技量は無い。最初の一撃をかわされた時、彼の攻撃は全てを終えていた。もう、何もする事は出来ない。ウォルフはランスをかわしながらエミールの脇腹に剣を刺し込んだ。甲冑の隙間に鋭く突き刺さった剣の切っ先は鎖帷子を破り、皮膚を裂き、内臓を貫いた。剣はそのまま、抜ける。エミールは少しの間、馬に跨っていたが、すぐに転げ落ちた。大量の血が脇腹から流れ出す。

 「ふむ・・・噂通りだな・・・」

 エドはウォルフの剣技に感嘆の声を漏らす。その場に居る騎士達はウォルフの強さに緊張した。誰もが手にしたランスを強く握り締める。

 「騎士らしく・・・一人づつ、来るか?」

 ウォルフは剣を振るって、血を飛ばす。

 「残念だが・・・もう、騎士の時代は終わっていてね。我々に必要なのは、そこのサファイア姫だ。悪いが・・・あなたには死んで貰います」

 エドは4人の部下に攻撃の命令を下す。彼らは一斉にウォルフに突進してくる。だが、ウォルフはそれを見て、笑みを零した。剣を振り上げ、むしろ、彼の方から騎士達に突進する。予想外の動きに騎士達は目測を見誤り、ランスを突き出すタイミングを狂わす。慌てて突き出された力無いランスを剣で弾きながら、最初の一人の脇腹を突き刺す。そのまま、続いて来た騎士の脇腹を突き刺す。その後続の騎士達は慌てて別々の方角に逃げ出そうとする。だが、急激な方向転換に馬は驚いて、動きを止めてしまう。ウォルフはそれを見逃さない。あらぬ方角を向いた騎士の背中から迫り、その脇腹に剣を突き刺す。一瞬にして3人の騎士が馬から落ちて転がる。

 「き、貴様・・・」

 エドはその光景を目の当たりにして、憤る。

 「ふん・・・たった一人を相手に馬上の騎士が集団で迫るなど愚の骨頂だな」

 ウォルフは余裕の笑みを浮かべながら、エドに迫る。

 「おのれ・・・」

 「悔しかったら、馬から降りて、剣を抜け。騎士と剣士では普通は騎士が圧倒的に有利と思われるが、実はそうでも無い。騎士は戦場で駆け抜ける時こそ、最大の力を発揮する。むしろ、このような立会いでは、能力を発揮し辛いのだよ。そんな事に気付かぬようでは、貴様もまだまだ尻が青い」

 ウォルフの言葉にエドは怒りで顔が真っ赤になる。幸いにして、その表情はヘルムによって、ウォルフや部下には見えない。彼はランスを捨てる。そして、馬から降りた。

 「良かろう・・・望み通り、決闘をしてやる」

 エドは腰のロングソードを抜いた。彼の家に代々伝わる名剣だ。鏡のように磨かれた刃が輝く。

 「ふん・・・血曇りを忘れた剣など・・・」

 すでに刃はボロボロになった剣を構えるウォルフ。生き残った騎士は心配そうに二人の決闘を見ている。

 「ピエトロ!姫を確保せよ!こいつは私がしっかり仕留める」

 「はい!」

 エドの指示で騎士はサファイアに向かって馬を走らせる。一瞬、ウォルフはサファイアを見た。それがエドの意図だった。彼は咄嗟に刃に左手を添えてながら、ウォルフの心臓を貫こうと突進してきた。思いプレートアーマーを着込みながらも早い突進。騎士団を任せられる程の腕前だ。ウォルフは一瞬、対応に遅れた。刃が彼の胸板を貫こうと迫る。

 ドン!

 銃声が鳴り響く。その瞬間、エドの体が激しく吹き飛ばされた。ウォルフは銃声の方を振り返る。そこには銃を構えるサファイアの姿があった。渡しておいたマッチロック式小銃を彼女は撃っていた。多分、火薬などを隠れていた時に装填しておき、火縄に着火するだけで撃てるようにしておいたのだろう。ウォルフが騎士達と戦っている間に撃てる準備をしていたようだ。

 「この女ぁあああああ!」

 彼女を捕まえようとしていた騎士が腰から剣を抜くだが、ウォルフの剣が彼の背後から甲冑の隙間へと差し込まれ、背中から腹を裂く。彼は剣を振るうことなく、その場に崩れ落ちた。

 「ふん・・・よく、銃を使えたな?」

 ウォルフは剣を鞘に納めながら、サファイアに尋ねる。

 「お兄様の練習を見ていましたから」

 彼女は息を切らせながら、撃った銃を担いだ。ウォルフはすぐに彼女を連れて、この先にあるダルケ公爵領に向かった。

 激しい戦闘が続き、予定外の総攻撃を仕掛けた帝国軍は物資不足から徐々に前線から撤退を余儀なくされる部隊が相次ぐ。ウォルフは彼らを遠目で見ながら、戦線の合間を縫うようにダルケ公爵領に通じる草原を駆け抜ける。

 目の前にはダルケ公爵軍の姿が見えた。ウォルフはすぐにサファイアに白旗を模した白い布を振らせる。銃を構えていたダルケ軍から指揮官が姿を現し、大声でこちらを誰何する。

 「私は王国の第一姫。サファイアです!」

 「サファイア姫?・・・本当か?王城は陥落したと聞いているが・・・」

 指揮官はかなり困惑している様子だ。サファイアは顔を明らかにし、隠しておいた姫を示すティアラを被った。それに気付いた指揮官は彼女が本当のサファイアだと理解した様子だった。

 「サファイア姫!すぐに助けに参ります」

 防衛陣地から兵を伴った指揮官が即座にサファイアの前にやって来て、傅く。

 「ご苦労様です」

 サファイアは彼らを労う。指揮官の男は傅きながら、ウォルフの存在を気にしている様子だ。それに気付いたウォルフは少し居心地が悪そうな感じになる。それに気付いたサファイアはウォルフの紹介をする。

 「彼は私をここまで連れて来てくれた者です。名を・・・ウォルフ?」

 サファイアはちゃんと名前を聞いていない事に気付く。

 「あなた、お名前は何ておっしゃいますか?」

 「俺か・・・ウォルフ=エルバート」

 その名前に指揮官の男が怪訝な顔をする。

 「ウォルフ・・・ウォルフ・・・貴様・・・まさか・・・帝国の狂犬と呼ばれる騎士か?」

 そう言われて、ウォルフは露骨に嫌そうな顔をする。

 「他所の国でどう呼ばれているか知らないが・・・確かに俺は帝国の騎士だ」

 ウォルフの言葉にその場に居た王国軍兵士達は手にした槍や銃を構えようとした。

 「止せ。この者は同じ帝国兵を殺して、私を助けてくれたのだ」

 サファイアが彼らを止める。

 「それは・・・真か?」

 指揮官の男はにわかに信じられない顔をしている。それを見たウォルフはコクリと頷く。

 「あぁ、色々と事情があってな。帝国の騎士を辞めた。今の俺は帝国軍から追われる身だ。あんたらと戦う気は無いよ」

 その言葉に指揮官は部下達に意見を求めるように見渡すが、誰も答える者は居ない。

 「まぁ・・・そういう事だ。出来れば、俺は流浪の旅にでも出ようと思っているんだ。姫様を無事にここまで連れて来た事に免じて、この領地を通り抜けることを許して貰えないかね?」

 ウォルフは軽い感じにそう尋ねる。

 「ウォルフ様・・・我が王国で一緒に戦ってくださる事は叶いませんか?」

 サファイアは突如、ウォルフにそう尋ねる。だが、ウォルフには判っていた。

 今はまだ、帝国軍は他の地域の戦争などで、充分な兵力を得られないから攻めあぐねているが、やがて本国から増援を受ければ、圧倒的な戦力でこの地に雪崩れ込んで来るだろう。例え、隣国との同盟が結べたとして、果たして、無事でいられるか。そして、最も危惧すべきは帝王の狙いがサファイア姫にある事だ。

 元々、王国攻めは他地域の戦争があるため、かなり無理があったはずだ。それでも姫を求めて強行された節がある。理由は不明だが、多くの将兵を失いながらも強行するには相当の執念を持って、姫を奪いに来る可能性がある。

 「俺は・・・あんたの王城を攻め落とした男だぞ?」

 「解っています。それと同時に帝国最強と名を轟かせた戦士だとも。我々はこの状況を打開する為には圧倒的な力を持つ者が必要なのです」

 サファイアの眼差しはウォルフを捉えて離さない。ウォルフは考えるまでも無かった。どうせ、この先、ただ、逃げるだけの人生だ。生きている意味も無い。ならば、腐っていると思っていた帝国に一矢報いるのも良いだろう。サファイアの前に跪いた。

 「この命、あんたに預けよう。出来れば、どんな荒くれでも良い。兵を100と銃を同じ数を貰えるか?」

 「解りました。彼の求める物を与えよ」

 サファイアは指揮官の男に告げた。彼は渋々ながら頷いた。

 すぐに馬車が用意され、サファイアはダルケ公爵の下へと向かう準備がなされた。

 「ウォルフ・・・未だに厳しい状況が続いております。先ほどの攻勢で撃退したとは言え、こちらにも多くの損害が出ています。何とか時間を稼いでください。私はその間にダルケ公爵と会い、さらに隣国との同盟を結ぶために動きます」

 サファイアの言葉にウォルフはぶっきらぼうに答える。

 「まぁ、それなりにやらせて貰うよ」

 サファイアが馬車で去り、ウォルフだけがその場に残る。ダルケ軍の将兵達はまだ、ウォルフに疑念の目を向けている。それを察したウォルフは指揮官の男に話し掛ける。

 「さっきの話の通り、兵をくれ。そしたら、今から、敵軍に攻め込み。将軍の首を一つ持って来てやる。そうでもしないと、お前らは俺が本当に帝国から抜けたか疑い続けるからな。疑われたままじゃ、こっちも気分が悪い」

 ウォルフが豪語するので、指揮官の男はすぐに傭兵団を呼び寄せた。どこにでも戦場となるとこの手の連中は必ず存在する。粗野でどうしようも出来ないが、戦力としては農民に武器を持たせるよりも遥かに役に立つ連中で、命を失っても誰も悲しまない連中だ。

 「ふん・・・帝国相手によく、こちら側についているな?」

 ウォルフは王国軍の士官が居る目の前で平然と言う。それに傭兵団からはクスクスと笑いが起こる。所詮、彼らは雇われだ。旗色が悪くなれば、逃げるつもりだろう。正直、こんな奴らを連れて戦場へと向かえば、手柄として、自分の首を取られかねない。そんなことは散々、これまでも経験している。

 カチャリ

 彼はマスケット銃の撃鉄を起こした。そして、銃口を傭兵団に向けた。誰もが何事かと思って見ている。誰もがまさか、いきなり発砲するなんて思ってもいないだろう。

 ドン

 ウォルフは何の躊躇も無く、発砲をした。弾丸は傭兵団の一人の眉間を撃ち抜いた。

 「ふむ・・・なかなか、良く出来ている」

 ウォルフが銃を褒めている間に傭兵団の連中は混乱し、大騒ぎになっている。それを目の当たりにした王国軍の士官が慌ててウォルフに詰め寄る。

 「あ、あんた、いきなり何をするんだ?」

 だが、ウォルフは笑いながら答える。

 「はっ?どうせ、裏切るつもりの糞野郎を一匹、潰したぐらいで何を言ってやがる?」

 「ば、馬鹿な・・・そんな・・・」

 士官は狼狽した。

 「て、てめぇ!」

 傭兵団の数人が腰から剣やナイフを抜いて、ウォルフに向かってきた。

 「ふむ。元気があって、よろしい」

 ウォルフはマスケット銃を白兵の腰の位置で構えた。そして、迫る男の胸を鋭く突いた。銃口に装着されたニードルが男の胸を貫く。一撃で心臓を貫かれた男はそのまま背中から転げ落ちる。

 「よう・・・俺に勝てると思っているのか?」

 ウォルフは余裕たっぷりに彼らを見る。圧倒的な実力差を見せ付けられたような感覚に刃を抜いた男達は怯えた。

 「じゃあ、お前ら・・・黙れよ。騒ぐ奴は殺す」

 ウォルフの言葉にその場に居た男達は静かになった。

 「今ので解ったと思うが・・・俺はお前らを殺す事を何とも思っていない。その事はしっかりと頭に叩き込んでおけ。少しでも逆らったり、逃げ出す輩はその場で殺す。てめぇら傭兵はどうせ、犯罪者の隣みたいな連中だ。殺しても誰も文句は言わないからな。だが、俺もしっかりと王国の為に働く奴まで殺そうとは思っていない。お前らに意地があるなら、少しは王国のために働け。良いな?」

 その場が静まり返る。ウォルフはマスケット銃の銃底を地面に叩き付ける。

 「返事は?」

 「は、はい」

 傭兵達は慌てて返事をした。

 「それでは、お前らをちゃんとした軍隊にしてやる。時間は無い。俺の言うことを良く聞け。生き残るためにはそれしか無い」

 ウォルフは目の前に居る100人程度の傭兵達に銃を与え、使い方を教え込んだ。僅かな時間ではあったが、彼らはそれなりに習得した。だが、まともな射撃訓練もせずにどこまで効果があるのかわからない。だが、100人に及ぶ銃士がここに生まれた。

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