第1話 『納豆とオクラのネバネバ』p3
「あんな目の綺麗な女性はしらないね。吸い込まれるってまさにあれをいうんだね。帰って顔を思い出そうとしても、目から下が思い出せないんだ」と、先生は感想を語った。あのとき先生は大阪で友人と会う約束があったとかで、来た時間もけっこう遅く、酔いもかなり回っていた。酔眼で見たから思い出せず、目だけが印象に残ったのだろう。たしかに目は綺麗な女性だった。全てが整うというわけにはいかない。でも並み以上、松ちゃんにしては出来すぎだと俺も「先輩」の意見に同意した。
その先輩だが、名前は高田英五、でも誰もが英ちゃんではなく「Bちゃん」と呼ぶ。先生によると、今は足を洗っているらしいが、職業は不詳、何で食べているのかわからないが、金回りからして、その道の仕事にはついていないらしい。
高田さんと、先生は横浜に向かった。松ちゃんの結婚式である。翌日、二人は式服で店に来て私に引き出物を渡してくれた。僅かだが、俺もお祝いを託けたのだ。「どうでした」と訊くと、二人は顔を見合わせて入場曲に驚いたらしい。どっかで聴いた曲と思ったら、それはタイガースの応援歌「六甲おろし」であったそうだ。二人は横浜でも、大のトラキチで、それも二人を結びつけたひとつであるらしい。
松ちゃんの彼女、いや、新妻の名前は美沙子さんといったのだが、雲内の方でアパートを借りた。先生たちと来る時もあったが、二人だけで来ることの方が多くなった。もちろん店で先生らと一緒になることはある。注文はまずは、二人を結びつけることになった「納豆とオクラのネバネバ」だ。高田さんと先生はもっぱらおでんであった。
そのアパートというのが、庭に面してコーポラス風で、入り口に郵便受けをつけられるそうで、二人で手作りをしたと楽しそうに話した。それを聞いた先生が早速、葉書を出したそうだ。次、二人は来たときそれを大変に嬉しそうに話してくれた。
半年もしたころだろうか、二人がばったり来なくなった。先生らともこない。俺はそのことを先生に訊いた。「二人は別れて、松ちゃんは横浜に帰りました」と云って、高田さんから聞いた話だと、いきさつを話してくれた。
松ちゃんは生まれつきの糖尿病、第1型であった。神戸の製薬会社にきたのも、そこがそれを治す新薬を開発していると聞いたからで、その一助になりたいと選んだのだ。結婚してそれを告白した。なぜ最初に、受け入れたかも知れないのに、伏せていたということで、美沙子さんの信頼は崩れた。誰も知らない西に、松ちゃんを頼って来たのである。悩んだ美沙子さんは、横浜の実家に帰って両親に相談をした。松ちゃんもすぐに謝りに行ったが、父親は松ちゃんの不誠実を許さなかった。松ちゃんは会社をやめて、横浜に帰った。そのあとのことはわからないということだった。
そのあと、先生と高田さんが店に来て、
「気持ちはわかるが、隠しちゃーいけないねぇ。最初に話しておけば、美沙子さんは大丈夫だったろうに」と高田さんが話すと、「それぐらい、好きだったのだよ」と先生はポツリと語った。
*納豆とオクラ、カラシを乗せるのも、カツオを振るのも、出汁でも、ポン酢でもお好みで、お手軽な一品になります。
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