第1話 『納豆とオクラのネバネバ』p2

青年の名前は前田松五郎、たいそうな名前だが、ちょっと太った丸顔の可愛い青年だ。雲内(くもち)町にある中堅の製薬会社に勤めている。仕事内容は営業マンではなく、営業車の管理手配をする裏方の仕事だ。そこに先生が入って来た。

「先生、今終わりですか。ここならこれからゆっくり飲めまっせ」と、先輩が真ん中の席を空けた。

「せや、今までは駆けつけ3杯ばかりやったからなぁー」、授業が終わるのが9時半で、後の整理をして来たら、11時近くになったそうだ。出来上がったみなに追いつくのに大変だったらしい。二人は先生から電話を貰って来たそうだ。暫らく店を休んでいたので淋しい思いをしていたらしく、3人の話は盛り上がった。先生が松ちゃんの話を聞いて、自分の初恋の話をする。

先生の初恋相手は中学の同級生で、高校は違ったのだけど、思い切ってラブレターを出して交際するようになったのだが、昔気質の父親が勉学の身でなにごとと反対し、相手の家に「おたがい間違いがあってもいけませんので」と出向いて、最悪の潰され方をしたという。先生は地元の大学にも受かったのだが、関東の大学を選んだという。親元から通うのはまっぴらだったらしい。こちらの同窓会に帰って来たときに、その彼女が結婚し、しかも半年で離婚したことを友人から聞かされた。


先生は語った。「同じぐらいの歳だったら、女は嫁にいくんや。人に取られると思った」ということで、思いを手紙にして出して、返事が来て、夏休みや、冬休みなんか、こちらに帰って来るたびに逢うようになったが、やはり、青臭い青年と人妻を経験した彼女、うまくいかなかったそうだ。いまでこそ「バツイチ」とか、へっちゃらで言うが、昔は「出戻り」と言われて、実家にいるのも肩身の狭い思いをしたもんで、ある日、これから帰ると云うときに、駅に見送りに来ていた彼女が「このまま、連れて行って」と言ったそうだ。

「先生何と答えたんですか」と松ちゃんが聞く。

「人生で取り返す言葉があったら、あの言葉や。卒業まで待てと言ってしまったのや。アホやろう。だまって、手を出す。それでよかったのに」

「先生の大恋愛物語や。松、わかったか」


それからしばらくして3人で来て、「横浜に行ってきます」と松ちゃんは宣言した。3人が注文したものは勿論「ネバー、ネバー、サレンダー」であった。松ちゃんは横浜で、高校時代バイト先で彼女と知り合った。つきあいもあったそうだ。でも肝心なことが話せてない。就職でこちらに来た。どうりで言葉がこちらではなかったわけだ。

横浜から帰って来た松ちゃんの顔は晴れ晴れしていた。「来週、彼女が神戸に来ます。みなさんに紹介します」と言ったのだ。松ちゃんの思いは届いたのだ。


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