第50話 タッチ・ダウン!!(着陸・終話)

 その日、ドラキュリア全軍のデフコンは「平時」を示す「5」からデフコン「3」まで引き上げられた。これは、それだけ戦争への階段を登った事を意味する。軍用無線のコールサインは全て機密化され、城からの航空機の発着は物資輸送の定期便のみ。各軍の防衛体勢も戦闘状態へと移行する。実に数百年ぶりの発令だ。

「全く、どこと戦おうっていうんだか……」

 私は自室で大きくため息を吐いた。これはとーちゃんの命で行われた事で、私には何の情報もない。

「私にも分かりません。言うまでもなく、裏で大きく何かが動いているのは確かなのですが、なぜか全く掴めないのです」

 困り顔で侍女様が言った。侍女様に掴めないなら、私に分かるはずもない。

「徹底的ね。とーちゃんならやりかねない」

 私をボコボコにしたり、輸送機から飛び降りてみたりと、なんか変なとーちゃんではあるが、一国の王は一国の王だ。やるときゃやります。きっちりと。これが怖い。

「お后様も動いているようです。チラチラ尻尾は見えるのですが、こちらもよく分かりません」

 かーちゃんもヘタな諜報員や工作員顔負けだからなぁ。本気出したら、国の一つくらい潰すし。徹底的に。そう思うと、私が一番穏健かもね。ひたすら血を流して暴れてるだけだから。あはは。はぁ……。

「そろそろ、郵便が届きますね」

 言い残して侍女様が部屋から出ていった。

 ドラキュリアには電話もあるが国内専用だし、なんとなく使い勝手が悪いので、よほど急ぎの連絡用にしか使っていない。基本的には手紙でのやり取りである。

「姫、至急便が二通です」

 ササッと戻ってきた侍女様が、机の上に二通の封筒を置いた。

 まずは一通目、アイーシャの母上からのものだった。


『最悪の事態に発展しつつあり、国王様と共に貴国に亡命します。受け入れの可否を連絡されたし』


「ぼ、亡命!?」

 いよいよ穏やかではない。何が起きた!?

「も、もう一通。とーちゃんから!!」


『アルステ国王より亡命の申し入れがあった。ドラキュリアは全面的に受け入れるが、すでに民間航空便の足がない。アルステの主要軍事基地も破壊されている。お前が行って迎えにいけ。私たちでは十六時間はかかる』


「侍女様、すぐに王族専用機……いえ、スーパーハーキュリーズの準備を!!」

 状況はよく分からなかったが、やる事はやらねばならない。

 着飾った王族専用機なんか要らない。必用なのはこれだ。本能的に私はそう察していた。


 プロペラ音も高らかに、四機のC-130が行く。内一揆は私たちが乗るスーパーハーキューリーズ、もう一機は私たちの機にトラブルがあった場合の予備機だ。

 残り二機は少々変わり種で、C-130にこれでもかというくらい対地攻撃用の重火器を積み込んだAC-130Jというガンシップだ。対空用の護衛がいないところをみると、軍はもう何が起きているか把握しているようである。

『まもなくアルステ領空です。会合ポイントまで急降下します!!』

 私は簡易シートのベルトをキツく締めた。出発時に場所と日時をとーちゃん経由で送ってある。不都合があれば城から無線が来るはずだがない。高度八千メートルから一千メートルまでのダイブ。これは、なかなか来るはずだ。

「さてと、なんかに祈っておくか。吸血鬼なのに」

 苦笑したとき、体中のあらゆる器官が悲鳴を上げる猛烈な降下が始まった。いや、これは「落下」か?

 ともあれ、体感的には数秒間の無重力体験は終わり、機体は無事に水平飛行に移った。この強度、さすが軍用機!!

「会合ポイントまであと五分。高度百まで降下……」

「後部カーゴハッチオープン!!」

 油圧モーターの音が響き、後尾の巨大なハッチが開く。すると、地表をなにか黒いアリのようなものが蠢いているのが見えた。

「なに、あれ?」

 射撃を始めたAC-130の影に隠れて見えなくなってしまったが、明らかに異質なものだ。自然界のものではない。

『姫。ご自分の仕事を』

 侍女様の声。分かってる。

「カーゴハッチ閉鎖!!」

 再びハッチが閉じられると同時に、コックピットから声が飛んだ。

『会合ポイント。着陸します!!』

 固い地面に車輪を叩き付けるようにして、スーパーハーキュリーズは着陸した。私がこの機体を選んだ理由はこれ。舗装された滑走路でなくとも降りられる。ここは、昔農場があった場所で、そこの朽ち果てた滑走路に降りたのである。場所の選定はアニーの入り慈恵だ。

 すぐに離陸方面に機首を向けると、エンジンを掛けっぱなしで後部ハッチ全開で待機。それから三秒後、ハンヴィで爆走してくる二人組がやってきた。ハンヴィというのは……なんて解説している場合じゃない。急停止したハンヴィから手傷を負った母上と国王様を放り込むように輸送機に載せ、すぐさま後部ハッチを閉めて離陸である。

 すかさず介抱する侍女様とアニーの様子を見ながら、私は嫌な予感しか覚えていなかった。あの黒い一群に対して……。


「首謀者はブライアン。ブライアン・タリオンという、生物学者崩れの男でな。それだけならまだ良かったのだが、そこに魔法では随一の能力を持つアイーシャ君がセットになってしまったのだ」

 まさに最悪だね。あの学者とアイーシャがセットになるなど、誰が止められるんだ?

「酷い事を思い出させてしまうが、先だってブライアンは君の両腕を持ち帰る事に成功した。まさに狂気なのだが、これをベースに『ホムンクルス』の精製に成功したのだ……」

 ……ホムンクルス。人造人間とも言う。一体創り出すのにオリジナルの髪の毛ほどの細胞が必用とされ、姿形はオリジナルと変わらないが、能力や経験、知識といったものは引き継がれないいわば劣化コピー。倫理的な問題もあり、研究自体が禁忌とされている。

「劣化コピーとはいえ、数が多い。吸血鬼としての能力こそないが、物量ではとても太刀打ち出来ぬ。結局、国内は大混乱というわけじゃよ」

 機内で傷の手当てを受けながら、アルステ国王様は長いセリフを終えた。

「……全艦隊をアルステに。保有するトマホーク全てにW80核弾頭を」

「姫?」

 侍女様が聞き返してきた。

「万が一の保険よ。大丈夫、私のサインだけでは核兵器は使えないから」

 国王であるとーちゃんのサインがなければ、ただの紙切れだ。

「再考を。こちらから喧嘩をふっかけては負けです」

「私の細胞を使ったホムンクルスが量産され、友好国が大打撃を受けている。黙って見ていろと?」

 感情を押し殺し、私は侍女様を睨み付けた。

「そうではありません。むやみに攻撃しても意味がないのです。私たちが帰還してからそれほど経たずに、国王様もお戻りになるでしょう。それからでも遅くないのでは?」

 しばらく侍女様を睨んでいた私だったが、大きく息を吐いて視線を外した。侍女様が正しい。

「私はコックピットで無線を張っているから、あとはよろしくね」

 侍女様に言い残し、私はコックピットに入ったのだった。


 私たちを乗せたC-130の一団は無事にドラキュリア国際空港に到着し、定期便のヘリで城へ。その間、私はなにも喋らなかった。国王様や母上の応対は侍女様やアニーがやってくれているので、私が何か言う必要もないだろう。

 私たちが城に戻って数時間後、とーちゃんとかーちゃんが帰ってきた。

 城の医師団により、傷の手当てが終わっていたアルステ国王様と母上は、応接室へと通してある。

「お互い堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。今は、そんな事をしている場合ではありません」

 とーちゃんとかーちゃんもソファに座り、作戦会議的なものになった。

「カシミール、お前はどう思う?」

 冒頭にいきなり振られた。

「はい、W80核弾頭搭載のトマホークで根こそぎなぎ払うのが一番かと。戦術核なので威力は限定的ですし……」

 とーちゃんから……と見せかけたかーちゃんの左フックがモロに入った。痛いぞ。

「どうしてお前は、昔からこう大雑把なのだ。真面目に考えろ」

 とーちゃんがため息を吐いた。

「冗談です。要はアイーシャをどうにかすればいいわけですから、正確な居場所を探って特殊部隊を投入するなり爆撃するなり……母上がいる前で言いにくいのですが、状況からみて生け捕りは難しいかと」

 至極当たり前の事を当たり前に言っただけだ。作戦でも何でもない。

 ここまでの事をやったのだ。アイーシャも助かるとは思っていないだろう。もはや、恋愛感情の暴発では済まされない。

「分かっています。アイーシャの事は諦めています。とにかく、なんとか止めないと……」

 母上は悲痛な声でいいながら、一枚の地図を取り出した。

「かなりの犠牲を払いましたが、アイーシャの居場所はこの『第一研究室』です」

 王宮の建物から一本道。分かっているなら、なんとかなりそうなものだが……。

「ここです。ここにかなりの剣の使い手が張っているようで……。この情報も、偶然拾えたようなものです」

 ……アイツしかいないわね。

「1000ポンド誘導爆弾でも落としてやれと思っていたけど、気が変わったわ。私自ら乗り込む。バックアップは……」

「まあ、待て。カシミールよ。お前が突っこんで行く事に異存はないが、相手は万を優に越えるホムンクルスだぞ。そこの侍女とガードだけでは心許ないだろう。たまには、私も『羽を伸ばす』としよう」

「へ?」

 いきなりの事に、私は変な声を上げてしまった。

 ……とーちゃん、まさかと思うが。

「なっ、お前もたまには休暇を楽しむというのも悪くないだろ?」

 とーちゃんがかーちゃんに話しを振る。よせ!!

「いいですわね。最近鈍っちゃって」

「あわわわ……」

 最悪だ。この二人が暴れたら、アルステの城なんて一瞬で消え去る!!

「そういえば、国王様とお后様の戦いは見たことないですね」

「個人的に大変興味があります」

 暢気な事を言う二人に、私は笑みを貼り付けたまま言った。

「人並みに歴史を知っているなら、人間と吸血鬼の間で起きた『一日戦争』て知っているよね?」

「はい、今から一千二百年前、人類と吸血鬼の存亡を駆けた戦いで、たった一日で世界の四分の三が壊滅。人間側が降伏したものの、吸血鬼は己の力を恐れて今のように小さな国を持つにとどめ、残りを人間に返還したというおとぎ話しがどうかしましたか?」

 侍女様がサラサラと言った。そう、おとぎ話。これが今の認識だ。

「あれ実話なんだ。しかも、たった二人の吸血鬼がやった事なんだ。それが、とーちゃんとかーちゃんなんだ……」

 ピキキと何かが固まった。侍女様は薄ら笑いを浮かべたまま固まり、アニーはポカンとしていた。

「この戦い……タダじゃ済まないわよ」

 これが全くもって、とんでもない事になることは……ドラキュリア家の一員にはよく分かる事だった。核兵器の方がマシかも……。


 毎度お馴染みスーパーハーキュリーズの機内には、やたら元気なとーちゃんとかーちゃん、なんかもう頭が痛い私、そして侍女様とアニーに、国王様と母上が乗っていた。

 編成は前と同じでAC-130Jが二機と予備機一機だ。今回は、大胆にも城近くに強行着陸して行動開始という手はずである。

 着陸に先立って、山ほどいるホムンクルスたちをAC-130がガンガン蹴散らしてスペースを作っていく、私たちはその間機体の小さなサイドドアに張り付いてタイミングを待った。そして……。

 ドンという衝撃とと共に輸送機が接地し、急速に速度が落ちていく。停止寸前というところでドアを開け放ち、私たちは次々に飛び降りた。全員降りたところで乗員が機内からドアを閉め、輸送機は急速離陸していった。

「さて、お楽しみだな」

「はい」

 とーちゃんとかーちゃんの手には、すでにサングイノーゾがある。とーちゃんのは両手剣サイズのかなり大ぶりのもの。かーちゃんのは小ぶりの刃が左右の二刀流だ。

「よし、いくぞ!!」

「はい!!」

 とーちゃんとかーちゃんの姿が消えた。そこら中でホムンクルスの残骸が空を飛び、派手に暴れている事が分かる。

「それにしても、ムカつくくらい似てるわね。これ……」

 足下に落っこちていたホムンクルスの残骸は、当たり前だが私そっくりだった。なにか、複雑な気分である。

「さて、とーちゃんとかーちゃんが片付けただろうから、ゆっくり行きますか」

 私は久々に手の平を切り、赤い刀身を出現させた。瞬間、城が音を立てて崩壊した。あーあ……。

「おうおう、やりおるわ」

 国王様がなぜか楽しそうに言った。

「すいません。手が滑ったようで……」

 ……ほれみろ。

「そういえば、アイーシャって城の研究室でしたよね?」

 母上は小さくうなずいた。

「ええ、跡形もなくなってしまいましたが……」

 ……クレームは本人に。

「ちょっと見てきます。二人はここに。侍女様はガードしていて」

「分かりました」

 これでよし。私はアニーを連れて城を目指した。途中、動くホムンクルスはいない。残骸の中を歩くと言うのは、なかなか気色悪かった。

「さてと、この辺が多分城だと思うんだけどなぁ……」

 瓦礫の山を見ていた時だった。強烈な殺気を感じてそちらを見た。

「おぅ、まさか建物ごとぶっ壊してくれるとは思わなかったぜ」

 あの学者だ。片手には剣、片手に抱えているのは……意識のないアイーシャだった。

「私がぶっ壊したんじゃないわよ。まあ、嵐みたいなもんさね」

 軽口を返しながら、私は赤い剣を構えた。歴代ドラキュリア家最高と言われるこの赤い刀身に斬れない者は……あの警部くらいだが、あれは除外だ。

「ほぅ、この前よりはいい顔つきだな。楽しませてもらおうか」

 学者はアイーシャを放り投げ、剣を構えた。

「……あんたには手加減は要らないわね。いきなりいくよ。……サングイノーゾ・フィ……」

 一陣の風が吹き抜けた。

「がはっ!?」

「えっ?」

 いきなり学者の体が八つ裂きになり、ど派手に出血しながら倒れた。

 ……あ、あのぉ。

「フフフ、娘を半殺しにした対価は払ってもらいました」

 私の隣に立ったのはかーちゃんだった。

「ああもう、せめて一発くらい必殺技打たせろ!!」

 み、見せ場が……ガク。

「あら、それじゃあの子に使ってあげたら。私だったら、殺しちゃうから」

 ……ん?

 見ると、アイーシャが立ち上がってこちらを睨んでいた。しかし、何かがおかしい。空気が人間ではなく、私と同じ?

「二個上の世代がダンピールだったんでしょ。話しに聞いているけど、元々明らかに普通の人間よりは吸血鬼の血が濃い。さっき斬った馬鹿が弄ったんでしょうね。体は人間のままだけど、吸血鬼の力だけが一部開放されちゃってる。このままだと死ぬわよ」

「ちょっと、どうすれば……」

 いきなりいわれても……。

「吸血鬼の血を完全に抹消して普通の人間にしてやればいいだけ。あなた、昔からそういう細かい事が得意でしょ?」

 かーちゃんが平然と言った。

「ちょっと待って。そんな事したら、ショックで何が起きるか……」

 吸血鬼の血が持つ力は絶大だ。人格などにも大きく影響している。それを取り去ったらどうなるかなんて、私にも分からない。

「死ぬよりはいいでしょ。ほら!!」

「……分かった」

 もうそれしかないなら、やるしかない。

「ごめんね……」

 私はサングイノーゾをアイーシャの心臓に突き立てた。一瞬で髪の毛よりもはるかに細く分裂した刀身は、彼女の体の中に行き渡り、そこに流れる吸血鬼の血を消し去って行く。これ自体はさほど難しい事ではないが、完全な人間になった彼女がどうなるかなんて、おおよそ想像もつかない。なるようになれだ。

「ふぅ、終わり……」

 私が剣を抜くと、アイーシャは気を失って倒れた。

「さて、親の元に連れて行きましょう。どんな形であれ、親は子供が心配なのよ」

 こうして、私はアイーシャをそっと抱きかかえ、母上の元に行ったのだった。


「そうですか……。ありがとうございます。生きて帰ってきただけでもいいのです」

 やはりというか、ショックは想像を超えていたらしい。

 母上の元に連れ帰り、かーちゃんが状況説明している間にアイーシャは意識を取り戻したのだが、目はうつろで物も言わず、どう説明していいか分からない状態になってしまった。一過性のものと信じたい。

 首謀者はかーちゃんが瞬殺し、アイーシャがこの状態のため、事件は闇の中で終わろうとしていた。溢れ出たホムンクルスは、とーちゃんが暴れまくって、遅くとも今日中には処理が終わるだろう。さて、問題は……。

「わしは国の再建をせねばならん。よって、当然残る。あとはどうするのだ?」

 私はあえてなにも言わなかった。これは、私が決める事ではないからだ。

 やたら突っかかってきたアイーシャの父上は、このホムンクルスの一件であの学者によって殺害されていたらしい。理由は分からないが、何かあったのだろう。

 全く散々なクルセイダー家だが、他人事ではないのが痛い。なんだかんだで関わっているのだ。

「あの、一つお願いが」

 侍女様が静かに言った。

「私たちは、まだ母上から学ばなければならない事が、数多くあります。それまでドラキュリアに滞在して頂けないでしょうか?」

 ナイス、侍女様。

「そして、どういうわけか、ドラキュリア国王のサインが入った永住許可証が手元にあるんですよね~」

 か、かーちゃん!?

「そして、どういうわけかわからんのじゃが、この国にクルセイダー家というのが存在せんのだ。おかしいのぅ」

 こ、国王様!?

 さ、最初からこのつもりだったってことか。勝てんわ……。

「じゃあ、今回は助かった。達者でな。たまには遊びに来るが良い」

「はい」

 私は苦笑するしかなかった。

 ったく、どいつもこいつも……。

「おりゃあ、ハハハハ!!」

 ……とーちゃん。いつまで遊んでるんだ。

 こちらに向かって急速進入してくるスーパーハーキュリーズを長めながら、私は心の底から……ため息を吐いたのだった。

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