第49話 クリアー、トゥ、ランド(着陸許可)
翌日、城に帰った私は、愛機で城の周りにある森林地帯上空を飛行していた。遊びではない。この先にあるステイモールという山に盗賊団が住み着いたため、それを蹴散らして欲しいという陳情があったのだ。
『今さらなのですが、こういった事は警備隊や騎士団が対応することなのでは?』
護衛として付いてきた、侍女様のスーパーホーネットの後席に座るアニーが心なしか不満げにそういう。
『この馬鹿女の趣味です。暇つぶしとか……』
侍女様……一回シメておこうかなぁ。
「目標まであと十キロ!!」
無線に声を叩き付けた時だった。想定外のレーダー警報がなった。
「索敵レーダー検知!!」
元々装備されていないが、「お散歩」仕様のフォージャーにも、ECM……敵の電波を撹乱して黙らせる装置がない。
『ECM作動』
スーパーホーネットには、標準装備のようにECMポッドを取り付けてある。こいつが仕事をしてくれれば、どっかの馬鹿のレーダーは黙る。
『ECM、敵レーダーロ……えっ?』
瞬間、スーパーホーネットは跳ね上がるように高度を上げた。同時に、森の中から一筋の白煙が上がる。地対空ミサイル!!
「こんのぉ!!」
私は操縦桿のトリガーボタンを引いた。二十三ミリ機関砲しか装備していないが、数に物を言わせた砲弾の雨は、森林地帯に三つの火炎を上げる事に成功した。いいな、これ。
なんて言っているそばから、ロックオン警報が響き渡った。くそっ!!
私は機体を急降下させた。これで、ミサイルのレーダーは回避出来る。あとは……。
再びレーダーの警報音。ロックオンされると同時に、無数の曳光弾が打ち上げられた。 しまった、初歩的な戦術にやられた。
対空ミサイルで低空に追い落として、下で待機していた対空砲が一斉射撃でおもてなしというわけだ。
「クソ!!」
元々防御が甘いフォージャーに、、この仕打ちはあまりに辛かった。
敵弾が粉々に機体を吹き飛ばすその直前、これだけは高性能と言われた射出座席で脱出するのが精一杯だった。
「いてて……」
木上に絡まっていたパラシュートのハーネスを開放し、地面に転がり落ちた。
「全く、とんだ災難だわ。侍女様は大丈夫だろうし、とりあえず、城に帰らな……」
そこまで言いかけて、私は自分を塵囲む気配に気づいた。
「救難部隊にしては、ちょっと早いわね。いいから出てらっしゃい」
すると、素直にもの影に隠れていた連中がワラワラと出現した。数は二十以上。さすがにちょっと厳しいか……。
「……素直に言うことを聞いてもらいたい。お友達二人の身柄は預かっていると聞いている」
「お友達ってまさか!?」
あり得ない事ではないが、侍女様のスーパーホーネットを叩き落とすなど、並大抵の事ではないはずだ。
「そのまさかかどうかは分からないが、撃墜したスーパーホーネットの乗員二名だ。元々気絶していたが、薬で昏睡状態にしてある。命に別状ない。以上が、聞いている内容だ」
是非もなしか……。
「分かった分かった。大人しくしてるから、勝手にしなさい」
何回捕まるんだろうなぁと思いつつ、私は集団に連れ去れれたのだった。
そこは、新設されたばかりのバンカー……ああ、頑丈な地下施設ね。まあ、そんな趣の場所だった。
特に拘束されるでもなく、バンカーの入り口で車から下ろされた私は、そのままエレベータに乗せられて一気に地下階層へ。
地下十三階というフロアでエレベータのドアが開くと、そこには一人の白衣男が立っていた。
「ほう、あんたが吸血鬼かい。見た目は普通なんだな」
「カシミール・ブラド・ドラキュリア。この国の王女です。こんな事をして、ただで済むとは思っていませんよね?」
あー、出た。久々に心底ムカつくヤツ。
「ンなこたどーでもいい。ただの被験体だ。どれほどのバケモノっぷりか、見せてもらおうと思ってな。こい!!」
ガスッっと右腕を捕まれ、勢いよく引っ張れて言った先は、コンクリ打ちっ放しの部屋だった。その部屋の三分の一ほどを鉄格子で隔離してあり、中には侍女様とアニーがいた。
すでに意識を取り戻したようで、二人並んで正座してこちらを見ていた。
そして、その対面には……よくある十字の柱。そう、書きたくも無いアレだ。
この時点で、私はもう嫌な予感しかしていなかった。
「さて、姫さんよ。お友達が大事ならまずはコイツからだな」
クソオヤジの手には、無駄に長い釘があった。材質は一部に銀か?
吸血鬼が銀を克服して久しいが、釘は克服していない……。
なんて日だ。全く……。
「で、何がしたいのよ?」
痛い話しいくよ? いいね。うん。
まず、私は両手を開く形で柱に打ち付けられていた。手の平には何本もの釘が貫通して柱まで打ち付けられ、足に至っては両足の甲を合わされて、どこで作ったのかしらないけれど極太の釘で打ち抜かれていた。まあ、それだけじゃ不安定だっていうんで、体のあちこちにサポートのベルトが巻いてあるが、痛いものは痛い。
「いや、一度吸血鬼の磔って一回やってみたくてね。なかなか……まあ、いいや」
「おいこら、今なにを飲み込んだ!!」
どーせ、私はこの格好で絵になるような美形じゃないよ。ふん!!
「ああ、自己紹介が遅れたな。俺はこれでも生物学者だ。ちっとヤバい研究ばっかやりすぎて、学会からは追われちまったがな」
「……でしょうね、まともには見えないわ」
まあ、これで会話している私もまともじゃないけどさ。
「いいねぇ、学者的に褒め言葉だぜ。それは。さて、ちょっとテストだ。さほど痛くはないはずだ」
キンと澄んだ音が聞こえた。見ると、生物学者の手には僅かに湾曲した刀身が美しい片刃刀、そして、その刃にはべったり血が付いていた。どこから?
「全く、調子こいて、釘打ち過ぎたぜ……」
頭の中が?マークで一杯の私の傍らで、オッサンが「バールのようなもの」を駆使して、私の左手の平から釘を引っこ抜いている。
何だか知らないが、これも終わりかと思った時だった……左腕の感覚がない?
「ちょ、ちょっと、なにしたの?」
我ながら間抜けな質問をしてしまった。
「ああ、まだ分からないか? この左腕はもうお前の物じゃない。斬らせてもらった」
……うぉい!?
「いやな、再生するとは聞いていたんだが、そのプロセスがみたくてな。ついでに、一件頼まれていてな。そっちはこれで完了だ」
……頼まれた? 私の腕を??
「ほう、やはりすぐには出血が止まらんようだな……」
観察を始めた学者の向こう、鉄格子を挟んだあちらでは侍女様とアニーが殺気を滾らせた目で見ていた……私を。ええっー!?
思わず半泣きになると、声には出さず、口だけで「冗談です」と侍女様が告げ、二人の視線は学者に向く。
「おい、そこの二人。妙な事を考えるなよ」
微かに動こうとした侍女様を、見もせずに制する学者。さっきもそうだけど、コイツただ者じゃない。
「んー、なんだ。左だけじゃバランス悪いな。右も落としちまおう」
キン!!
私はどうしたらいいか分からなかった。今まで出会った中で、コイツは最強クラスにヤバい!!
「ふん、あんまり一気に壊しても面白くない。今日はこの辺りで……」
いきなり部屋の電話が鳴った。
「なんだ……あっ?」
受話器を持ったまま、学者は鉄格子の二人を睨んだ。
「てめぇら、なにかやりやりやがったな!?」
「いえ、別に……」
侍女様が口を開いた。
「機から脱出直前に命令を出しただけです。保有する爆撃機の総力を挙げて焦土にせよと。姫の名前で」
「勝手に使うな!!」
全く油断も隙もない。ちなみに、ドラキュリアには戦列にあるだけで百五十四機のB-52H爆撃機と、百機余りのB-1B爆撃機がある。こんな狭いエリアを集中してフルボッコしたら、ぺんぺん草も残らないだろう。
それが証拠に、頑丈なはずの地下施設まで派手な衝撃と振動が伝わるようになってきた。
「こうなったら、こいつの首を跳ねて手土産に……」
「どうぞ」
学者の背後で侍女様が言う。鉄格子の扉は開いていた。
「なっ!?」
キン!!
アニーと学者が斬り合いを始めた。
「……遅いよ」
素早く私の元に駆けよってきた侍女様に、私はそっと言った。
「申し訳ありません。あの男、なかなか隙を見せなかったもので……もう少しご辛抱を。今は動かせません」
「分かってる」
目の前では、超人対超人の戦いが繰り広げられていた。かろうじて太刀筋は追えるが、どちらが優勢かすら分からない。本当に学者か、あいつ。
「私でも入れません。見ているしかありません」
侍女様ですら介入出来ないレベルとなると、私など出来る事はなにもない
そのまま、どれくらい経っただろうか……。
学者の剣がアニーの剣を弾き飛ばし……そのままヤツは逃げ出した。私の腕を抱えて……狂ってるわ。ホント。
「姫、すぐに医療チームを呼びます。城からなら十分圏内でしょう。その間に止血を……」
侍女様が回復魔法を使い、アニーが電話に飛びつく。
かくて、事件は一応の解決を見たのだった。
切断された腕が回復するまで二週間。私には深刻な問題が発生していた。
「ダメだ。血が足りん……」
大量出血した上に両腕の再生……厩舎の羊を全て使っても、とても足りるものではなかった。人血が十人、百人、千人……分からない。
「参ったな。ここまで来たのは初めてだよ。はぁ」
あまりに貧血が酷すぎて、ベッドに座るのがやっとという有様。最悪だ……。
「姫、なんでしたら私の……」
「ごめん。冗談に返す気力がない」
仮に侍女様一人空にしたところで、なんの変わりもないだろう。無駄な事はしない。
「……調子が出ません。いよいよ深刻ですね」
「うん、ヤバい。吸血する力すらないかも……」
吸血というのは、それなりに力がいる。これがダメなになったら、いよいよ輸血だ。
「アニーさん、この場をお願いします、やるだけの事はやってみます」
例によってスッと消える侍女様に合わせて、私もポスッとベッドに倒れた。
あー、干からびる……。
「カシミール様、私の母国から医師団を呼び寄せてみます。まだ、私の名前が通ればですが……」
「ああ、その辺りは母上もいるし、侍女様が手配しているはずよ。あのオッサン盗んで来ないかなぁ。なんちて」
よし、冗談は言えるな。まだ。
「あのオッサン?」
「うん、泥棒のオッサン二人組。ただ者じゃないわよ。あれは……」
言っても分からないだろうなと思いつつ、私はアニーに言った。
「ん……もしや。少々お借り致します」
言うが早く、私の机を弄り始めたアニー。うげっ、なんで知ってるの!?
カタンと音がして、机の上には電信……いわゆるモールス符号を叩くためのキーが現れた。非常時に、全世界と連絡を取るための秘密回線なのだが……なぜ知っている!?
「このくらいは誰でも知っています。さて、応じるかどうか」
アニーが叩き始めたのは、そのままでは得体のしれない暗号だ。それも、これはかなり特殊な。しかし、これどこかで……。
「古代エルフ語を平文で打っているのね」
だてに年食ってるわけじゃない、私は簡単に理解した。
「ご明察通りです。これを解する人間は極限られていますので……」
今から一千年以上前に滅びた、古代エルフ文明の遺産である。資料もほとんどなく一部の研究者かマニアしか分からない。
「仕事の依頼は完了しました。今日中には血液が届くと思います」
アニーの言葉と同時に、侍女様が戻ってきた。
「血液の手配完了しました。同時に、アルステ王国国軍の即応部隊から医師が数名やってきます。ずでに離陸したとの事」
「ちょ、ちょっと待って、いきなりそんなに血液入れたら、『血当たり』しちゃうって!!」
「血当たり」とは食あたりみたいなものだが、吸血鬼の場合はもうちょっと症状が重い。飢餓状態の吸血鬼が、いきなり大量の吸血をして死にかけたなんていう話しは、過去にいくらでもある。
「心得ております。今回はゆっくり輸血という方式で……」
さすが侍女様、分かってるね。うん。
「さて、あとは待ちますか……ごめん、寝る」
私はそっと目を閉じたのだった。
「これは、驚異ですな……」
ベッドを囲む医師がちょっと引いている。無理もない、私に輸血された量はすでに二十リットルを越えているのだから……。
「ううう、申し訳ないのですが、全然足りません」
大食らいというなかれ。当たらないように少量ずつなので、ガンガン吸収してしまうのだ。
「うーん、この国中の病院を回ってかき集めた二百リットルで足りるかしら……」
母上が困り顔だが、さすがにそんなには要らないと思う。多分。
「輸血量五十リットル越えました。バイタル……えっと、これ見て頂けます?」
「なんじゃ……あー」
……こえぇよ!!
バイタルとは脈拍数や血圧などといったバイタルサインの略。そこを伏せられと怖い。
「まあ、なんだ……頑張れ」
私の肩に手を当て、そっとつぶやく医師。
「お前が頑張れや!!」
思わずベッドの上で上半身を跳ね起こした瞬間、強烈な目眩が……ダメだ。
「ふむ、あまり変わらんようじゃの……ツッコむ元気は一瞬あったようじゃが」
わざとかよ!!
「まあ、もうしばらくこのままだな」
そのまま輸血は続いたが、まさかの事態が発生した。最強のエネルギー源二百リットルでも足りなかったのである。これは、私も驚いた。
「……ありがとう。そして、さようなら」
なんかもう気分そのままに言ってしまった。輸血に使っていたチューブなどは外し、今は気休めの栄養剤の点滴を受けているが……意味ない気がする。
「再生ってそんなに血液使うんだ……」
母上が頭を抱えながらつぶやいた。
「私もここまで大規模なのは初めてですが、銃弾の損傷を回復するだけでも、一リッタくらい使いますからね……」
それが腕丸々二本である。正直、見当も付かない。
「よぅ、盛り上がっているなぁ」
聞き覚えのある声が聞こえた。部屋の入り口を見ると、オッサンがいた。
「全く、『盗む』のに苦労したぜ。最強の血液だ」
オッサンを押しのけるように入ってきたのは……かーちゃん!?
私の様子をサッとみたかーちゃんは、その場にいた連中にテキパキ指示を出していく。その表情から、ただならぬ事なのは分かった。
そして、何を思ったか、かーちゃんは私を丸裸にひん剥いた。
「ちょ、ちょっと、なにすんの!?」
思いっきり赤面していくのが分かるが、かーちゃんの眼力が抵抗を許さない。怖い。
そうしながら、かーちゃんは自分の手の平を切って指に血を滴らせ、私の体に魔法陣を描いていく。……ん、これ蘇生法?
そして、かーちゃんは呪文をつぶやき、私の意識は遠くなり‥‥。
「ぬわぁ、痒い!!」
いきなり強烈な痒みに襲われ、私はもうそこら中掻きむしった。
すかさず医師が回復魔法を使い、痒みが嘘のように引いた。なんだ、今の!?
「ふぅ、危なかった。ちゃんと『戻った』みたいね。危うく手遅れになるところだったわ」
かーちゃんは額の汗を拭った。
「手遅れってどういうこと?」
もう変な目眩はない。何だったのやら……。
「まさか、自分の娘に使うとは思っていなかったけど、今のは蘇生法。つまり、あなたは死んでいた。半分だけね」
……おぅふ、いきなりヘヴィだぜ。
「何があったか、誰か説明してくれるかしら?」
かーちゃんが部屋を見渡す。
「はい……」
代表して侍女様がかーちゃんに話した。全てを。
「……なるほど。多分、あなた磔にされた段階で痛みのショックでもう抜け掛かってた。で、腕を切られた時に半分魂が肉体から乖離しちゃったのね。もうちょっとで、本当に死んでいたわよ」
……おいおい。
「こちらで掴んでいる情報と合わせると、大体状況が分かりました。今までは静観していましたが、さすがに娘が……王女が殺されかけたとあっては、黙っているわけにはいきませんね。これは、国際問題です。ドラキュリア王国として、当該国には正式に抗議する事にします。場合によっては、戦争も辞さないという旨を添えて。では、私はこれで」
かーちゃんが去ったあと、部屋には沈黙が落ちた。
相変わらず嵐のような親だが、今回は穏やかではない。戦争だって?
「侍女様、アニー、なんか知ってるなら教えて!!」
しかし、二人は黙って首を横に振るだけ。どうやら、知らないらしい。
「オッサンはなんか知らない?」
この人の情報網は侮れない。
「さぁな、はっきりとは分からん。分からん事は言わん方が良いだろ。誤解の元だ」
……ごもっとも。
「……ごめん、ちょっと机借りるわね。紙とペンがあると助かるんだけど」
「は、はい」
私はそっとベッドから降りると、前回同様の紋章入りの紙とペンを出した。
「ありがとう」
発:ラトゥーシャ・クルセイダー
宛:アレステ国王陛下
………
「これは……」
「そうです。今日の至急便に乗せて送りましょう。私も一時帰国します。私の勘違いならそれでよし。そうでなかった場合、二度とこの国には来られないかもしれませんね」
……あの馬鹿たれ。いや、馬鹿は私か。
「空港まで送ります。侍女様、アルステまでのファースト・クラスを一枚」
「はい」
本当は私も同行したいが、それはしない方がいいだろう。
「一五分後に離陸です。準備を」
空港までの定期便の離陸が迫っていた。
こうして、事態は面倒臭い方向に転がっていくのだった。
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