第48話 騎士アニー

 主に侍女を必要とするのは昼間で、警備を必要とするのは夜間である。

 昼間は子供の面倒をカシムが見て、侍女様には存分に働いてもらい、夜間は交代でアニーが警護に当たる。そんなシフトを組んだのだが……。

「いきなり無視してくれて、私は本当に嬉しいよ……」

 私の部屋には、かいがいしく働く侍女様と、椅子に座る脇に直立不動で立つアニーの姿があった。

「あのさぁ、今は侍女様タイムよ。寝てなきゃダメじゃない!!」

 とりあえず、アニーに怒鳴ってみた。

「大丈夫です。完璧な警備のためには、昼間寝ているわけにはいきまません。睡眠は二時間取れば十分です。その間だけ、侍女殿に警備をお願いする形になりますが、深夜の人気が少なく、なおかつ侍女様の手が空く時間を狙って行います」

「姫、私も合間を見て深夜帯の警備をフォローしています。私も、二時間眠れば大丈夫ですので」

 ……

「お前らちゃんと八時間は寝ろぉ!!」

 机をドン!!と叩きながら叫ぶと、二人は顔を見合わせため息を吐いた。

「どうやら、姫はお疲れのご様子」

「ですね。あなたに襲われたり、怒りの母上に当てられたり……」

 ……イライライラ!!

「お前ら全員……」

 じっとこちらを見る二人。くっ!!

「あとは頼んだ。私がクビだ!!」

 椅子から飛び落ちた瞬間、バシッと強烈な電撃が来た。

「侍女殿……」

 それが、私が聞いた最後の言葉だった……。


 ……うー、フカフカベッド。でも、気持ち悪い。

 ぬぁ? えっと……どわぁ!?

「こらぁ!! って、あれ?」

 こぢんまりした寝室のようだが、どこだここ?

「お目覚めですか。大変申し訳ありません。かなり取り乱されておりましたので……」

 ……あー、最悪。なにやってるんだ。

「ごめん、ちょっとだけ疲れていたわ……もう大丈夫」

 私はそっとベッドから下りた。寝間着ではない、どうやら、普段着のまま放り込まれたらしい。

「さてと、ここは……ん?」

 アニーが長剣を抜いて刀身を天井に向けて、ひざまずいて私に捧げている。

 な、なに!?

「大変遅くなりました。この剣は一度アルステ国王陛下に捧げた身なれど、再び野に放たれし剣。大変無礼と承知の上、今一度光りをお与えたく願います」

 い、今さら、正式な騎士叙勲ですかい!! 一応、嗜みとして作法は知っているが……。

 シュルシュルと音を立て、長剣が飛んで来た。侍女様だろう。パシッと受け取ると、祭儀用の剣なので軽い。

 私は剣を鞘から抜くと、頭を垂れているアニーの両肩ポンポンと剣の刀身を当てた。これで、アニーは正式に私に使える騎士になった。

「これでスッキリしました。カシミール様、より一層警備を密に……」

「いや、あなたは寝なさい。マジで」

 どうしてもう、こううちの連中は!!

「侍女様、ここどこよ?」

 どっかにいるはずの侍女様に声を掛けた。

「はい、私の別荘です」

 ふーん……えっ!?

「侍女様の別荘!?」

 使用人が別荘を持つなんて聞いた事がないぞ!!

「はい、城からのお給金は特に使い道がなかったですし、そこそこ貯まったので思い切って格安物件を……」

「格安って……」

 いくらなんでも、そう高くはない給料で買えるほど安いとは思えないが……。

「外に出れば分かります。どうぞ」

 侍女様の示す玄関を潜った瞬間、意味が分かった。

「……なるほど」

 そこは島だった。すぐ近くに陸地も見える。問題はそのサイズ。ちょっとした一軒家くらいの建物がギリギリ載るくらいのサイズしかない。申し訳程度に木組みで桟橋が作られ、それだけ妙に立派なボートが接岸されている。

「格安物件な理由、お分かり頂けましたか?」

「よく分かった。なるほどね」

 私は建物に戻った。

「それにしても、ごめんね。私もたまには疲れるんだな。これが」

  適度なサイズのソファに腰を下ろししてから、私は二人に詫びた。

「なにか、ご不満な点でもあるのでは?」

 侍女様が淹れてくれた紅茶を飲みつつ、私は考える。ふむ……。

 ちなみに、アニーは少し背後で直立不動だ。あらゆる武器を持っているその姿は怖い。

「……侍女様はカシムと結婚して子供も生まれ、アニーなんて心強いガード専門要員まで出来た。これで文句言ったら、バチが当たるってもんでしょ?」

 実際、そう思う。これ以上なにを求める?

「では、はっきり申し上げます。アイーシャはどうなさるんですか?」

 侍女様がいつもの淡々とした声で聞いてきた。

「彼女は本来いるべき場所に戻しただけよ。私に好意を寄せてくれるのは嬉しかったけれど……嬉しすぎてガード下げ過ぎちゃったね。気が付いたら、あんなやり方しか思いつかないレベルになっていた。最低だと思うよ。本当に」

「ええ、最低です。ゴミ以下です。弁解の余地もありません」

 こういうときの侍女様ほど、頼りになる存在はいない。柔な柱は要らん。

「……まっ、いずれこれがいい方向に向くと、密かに信じてはいるんだけどね。私の近くで燻っていたんじゃ、勿体ないもの。それに、ロクな事にならない」

 私は大きく息を吐いた。

「では、私など十五の時からお仕えしていますが、やはり勿体ないと思いますか? ロクな事にならないですか? 少なくても、私はそうは思っていませんし、まだ死んでもいません。残念ながら」

「今日は責めるわね……」

 思わず苦笑してしまった。

「当たり前です。なんで私を通さないのですか、もっとうまくやれたのに。なんのために仕えているのかわかりません。勝手に動いて勝手に最悪な事やって、しまいには暗殺者まで送られたんですよ……アニー、ごめんなさい。とにかく、どうしようもないです。全く、これだから姫が動くと、事態が悪い方向に……」

 そこまで言って、侍女様は口を止めた。

「いいよ、言っちゃいなよ」

 私が動けば事態は悪化する。昔から変わらない事だ。今さらである。

「……侍女様を共犯にするわけにはいかんでしょう。こんなどう転んだって最低な事に。これは私の我が儘だもの。馬鹿女らしく馬鹿やっただけよ」

 しばしの沈黙ののち、私は短く纏めてソファから立ち上がった。

「さて、せっかく来たんだし、メシでも食うベ。なんか持ってきてるでしょ?」

「それが……急だったのでレーションしか」

 アニーがそっと言った。

 レーション。戦闘糧食。基本的にあまり美味いものではない。

「まあ、いいわ。メシメシ!!」

 変な空気の時は食うに限る。私は適当なレーションを漁り始めたのだった。


 せっかく来たんだしということで、侍女様の別荘で一泊する事にしたのだが……。

 なんとなく寝付けなくて、別荘にあったお酒を勝手にチビチビ飲んでいた。侍女様はそこで立ち番中、アニーも……立ち番中。落ち着かない。馬鹿。

「ねえ、あなたたち寝ていいよ。てか、寝なさい。これは命令よ」

 命令という言葉に反応し、アニーは素直に寝室に行き、やや遅れて侍女様も寝室に消えた。ふぅ……。

 特になにも考えるでもなく、私はチビチビお酒を飲んだ。本当は血液パックでも欲しいが、贅沢は言うまい。

 波の音が心地いい、格安物件にしておくのはもったいないな。全く。

 そのまま夜更けまで過ごし、さぁ寝ようかとソファから立ち上がった時、なにかものいいたげな侍女様が、寝室の入り口でこちらを見ていた。

「愛かわらず気配を消すわねぇ。どうしたの?」

「……私はあなたの従者です。例え『濡れ仕事』であろうと、どんどん共犯にして下さい。そうでないと、存在意義が失われます。それだけです」

 言い残して、侍女様は私と入れ替えにソファに座った。警備に入るのだろう。

 「濡れ仕事」とは暗殺の隠語だ。今のところ、その予定はない。

「全く、よく分からんやつめ……」

 小さく笑みを送ってから、私はベッドに潜り込んだ。

「さて、寝ますか……」

 波の音というのは、どこまでも心地いいものである。

 私はいつしか眠りに落ちていったのだった。

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