第47話 リクルート

「アニー・インビンシブル。一五才。女性。アルステ王国情報外事情報処理第六課所属。 まだ若干一五才ながら、成績の良さから猛者揃いの第六課七班班長を務め、多くの実戦を経験して高評価を得てきた。特に暗殺に関する能力は人間離れしたものがあり、ライフル等を使用したロング・キルからナイフや格闘術を用いたショート・キルまで全て得意……」

 手元の分厚いファイルを読み上げた侍女様が、そこでふっと言葉を切った。相変わらずのサングラスだが、侍女服には似合わないのでダークスーツに着替えさせてある。

「ど、どうして、それをこんな短時間で!?」

 アニーが声を上げた。まだ二時間と経過していないうちに、アルステ王国の機密の一部を暴いてしまったのだ。当然の反応ではある。

「フン、ドラキュリアの嗜みよ。にしても、あなた。なかなか、いい感じでバケモノしてるじゃない。どう、うちにリクルートしない?」

「姫!!」

 珍しく本気で怒った声を上げる侍女様を制し、私はケージに近寄ってしゃがみ、視線を合わせた。そしてサングラスを半分だけ下にずらしてその目を見る。昔はその「光」だけで人を操れたという「邪眼」の力はもうない。ただ、静かに見つめるだけだ。

「私たちに捕まった以上、もうあなたに『価値』はない。戻れないし、機密情報を知る分、本気で消しに来るでしょうね。路頭に迷うか死ぬよりも、お買い得だと思うけどな」

『なに考えているんですか!?』

 アニーと侍女様、異口同音に思い切り叫んだ。あっ、やっぱそうなる?

「侍女様、ちょ~っと静かにして貰っていいかな?」

 私の目を数秒見た侍女様が、一回鼻を鳴らして目を閉じた。悪いわね。

「あれ、調べてなかった? 私が馬鹿女だって。使える人材を無意味に捨てるほど、この国は人に恵まれていなくてねぇ。待遇については応相談。まあ、こき使われる事だけは覚悟してね」

「……信じられないです。馬鹿って次元じゃない」

 うむ、いい答えだ。私は椅子に戻った。

「それで、侍女様。まだ続きがあるんでしょ?

「コホン……。はい、ご存じと思いますが、『第六課』は暗殺や破壊工作等の荒事を専門とするセクションですが、今回は当然ながら国としてではなく個人的な指示でアニーが動いた証拠がいくつか挙がっています」

「その『依頼者』は?」

 なんとなく予想はついたが、私はゆっくり侍女様に効いた。

「……アイーシャ。アイーシャ・クルセイダー初等王宮魔法使い」

「そ、そ、そこまで……」

 アニーが絶句した。あんたは、戦闘員には向いていても、諜報員には向いてないかもね。

「そっか、アイーシャか……」

 ここまでアピールされたら、こっちもお返ししておくか。

「侍女様、デジカメ用意して。はい、アニー。ちょっとこっち……」

 ケージの蓋を開け、恐る恐る出てきたところを、侍女様が素早く後ろ手錠で拘束した。

「ちょ、なんですか!?」

 焦るアニーの頭をそっと撫でて、取りあえず落ち着かせた。

「その手錠はシートベルトみたいなものだから、気にしないで。何もしないから」

 私はアニーと並んで立って、片方の頬をアニーの頬くっつけるようにすると、ついでにピースサインなど作った。それを、無言で撮影する侍女様。

「至急、諜報七課に連絡。アイーシャを除く、アルステ王国王宮魔法使い全員を攻撃。命は取らず気絶程度に留めること、その写真を現場においてくる事。写真には……そうね。『新しい恋見つけちゃった。アイーシャ、ありがとう』とでも書いておいて。可哀想だから、アニーの顔はモザイクでもかけておいて……」

「かしこまりました。手配してきます」

 侍女様の姿がスッと消えた。

「うなっ、侍女がこのレベル!? ドラキュリア、侮りがたし……」

 額に汗すら浮かべながらつぶやくアニーを見て、私は笑ってしまった。

「あれは特例。あんなのばっかりだったら、ちょっと楽しいわね」

「そ、それはそうと、とんでもない事をしてくれますね。あれじゃ、もう本当にあたしアルステに帰れない……」

 おっ、気が付いたか。顔を潰してあっても、アイーシャには当然誰だか分かる。しかも、彼女以外は全員痛い目を見た上でのこの写真。本人だけ無傷だし、厳しく問われるだろう。まあ、アニーが帰ったら死にます。はい。

「端から帰す気なんて、全くなかったんだけどね。まさか、一国の王女暗殺に失敗して、二度と故郷の土が踏めるなんて、甘いこと考えてはいなかったでしょ?」

「そ、それは……」

 アニーは俯いてしまった。

 これは、彼女を守るためだ。もしこのまま放り出せば、どっかに潜んでいるエージェントに、半日もしないうちに殺されてしまうだろう。まず、無事の帰国は望めないのだ。

「これ以上は言わない。吸血鬼の城でよければ、受け入れる準備はある。それだけよ」

 私が手錠を外し……ケージには戻さなかった。この子は馬鹿ではない。最適な行動を、自ら取る能力がある。

「……自信家なんですね。一息で殺せますよ?」

 アニーが言った。

「臆病者よ。あなたがその気なら、とっくにやっている。しかし、そのナイフでは私は殺せない。ただそれだけの事、残念だったわね」

 私は椅子に戻ると、机の上に足を乗せて葉巻に火をつけた。

「……さすが、『血の至宝』と呼ばれるだけの事はありますね。完敗です」

 「血の至宝」って聞いたことないんですけど。なんか、微妙なんですけど……。

「戻りました。手配完了です……おや?」

 侍女様の声に、ちらりと見やると、アニーは自分の胸に短刀を突き当てていた。

「本音はあなた様にお仕えしたい……。ですが、この命はアルステ国王陛下に捧げた身。それは叶いません。都合が良すぎます!!」

 あの国王様なら、このくらいの人望はあって然り。しかし、たった一五で……。

 そのあとの行動は言うまでもないだろう。神速で侍女様がアニーの短刀を叩き落とし……それを拾い上げて、私の胸に突き当てた。

「ええ!?」

 短刀を叩き落とされるまでは予想しただろうが、まさかこうなるとは思っていなかっただろう。服毒でもしようとしたのか、アニーの手からなにか丸薬のようなものがこぼれ落ちた。

「……事情は話さないけどね。アイーシャがあなたにこんな命令だが、頼み事だかをした原因は私にあるの。多分ね。まさか、暗殺者を送ってくるとは思わなかったけれど、巻き込まれて、迷惑を被ったのはあなた。痛い思いをするべきなのは私なんだな。ご希望とあらば、侍女様に滅多刺しにさせるけど?」

 苦笑するしかなかった。この展開は予測していなかった。迂闊である。

 そんな時だった。ノックなしで部屋の扉が押し開けられた。

「ごめん、わりと最初から立ち聞きしちゃった。どうやら、うちのバカ娘がなんかやったみたいね」

 その場にいた全員、侍女様すらも凍り付く怒気。そして……全てが凍る冷たい笑み。怖いなんてもんじゃない!!

「……この城からの至急便は?」

「……三十分後、空港行きの定期ヘリ」

 格好付けている分けではない。怖すぎて、最小限の単語しか出てこないのだ。

「分かったわ。ちょっと机借りるわね」

 私は慌てて机から脚を退け、椅子を母上に譲った。

「ありがとう。えっと、紙もいいかな?」

「はい」

 この空気で、ファンシー便せんセットというわけにもいかないだろう。私はドラキュリア国章が透かしで入った公文書用紙を差し出した。

「ありがとう。ちょっと待っていてね」

 怒りの母上が手紙を書く間、私はその文面を見ない事にした……怖いから。

 しばらくサラサラと紙の上をペンが走る音だけが聞こえる。私たち三人はいつしか横一列に並び、そっと手を繋いでいた。なんだろう、この緊張感……。

「よし、姫」

「ひゃい!!」

 しまった。声が裏返った。

「これを読んで、問題なければサインを……」

 机の上には厚さ一センチはあろうかという紙束。内容はアイーシャの行った事について書かれており、その所行を許すという内容のものだった。宛先は、他でもないアルステ王国国王だった、つまり、これを送ればアイーシャが個人的にやった事が国王に正式にバレる事になる。

「……死罪とかなしですよ?」

 しばらく考えてから、すでになされていた母上のサインの隣にサインした。

 どのみち、私の「イタズラ」でバレる可能性が高い。例えそうでなくても、近いうちに確実にバレだろう。ならば、今のうちに手を打った方がいい。そういう判断だった。

「ありがとう。これで、娘は助かるわ」

 母上は小声でささやき、紙を封筒に入れた。

「侍女様、これよろしく」

「ひゃい!!」

 ビビってるし……。

 侍女様は分厚い封筒を片手に、逃げるように部屋から出ていった。

「さぁて、あのバカ娘。帰国したら……そうね。死んだ方がマシくらいの思いさせてやろうかな……」

 指をバリボリ鳴らしながら言う母上に、誰も何も言える者はいなかった。


「へぇ、結構似合ってるじゃないの」

 ドラキュリア国軍王宮警護隊の制服に身を通したアニーを見ながら、私は口笛を吹いた。

 制服と言っても、ダークカラーのパンツスーツの肩に小さくドラキュリアの紋章が入っている程度だが、こうしてみるととても元・暗殺者という感じではない。

 そう、アルステ王国から正式な返答が来た。「アニー・インビンシブルという者はあらゆる機関にも所属しておらず、もし、そう名乗る者がいれば貴国にていかようにも裁断されよ。以上 P.S『例の件』は半年間の便所掃除』。

 つまり、もはやアニーに帰る国はなくなったわけで……相当な葛藤があったようだが、結局ドラキュリア王家に仕える事を選択した。役割は私の近接警護。つまり、ピタリと私に張り付いて警護する危険な仕事であったが、彼女は二つ返事で了承した。これで、侍女様の負担も大幅に減るだろう。

 なお、追伸の部分はアイーシャ以外にない。ご愁傷様。

「なにか、落ち着きません。制服を着る仕事ではなかったので……」

 ……まあ、制服を着た暗殺者ってのも、あまりいない気はする。軍を除いて。

「ところで、今日の予定は?」

 仕事熱心な新人ちゃんがさっそく聞いてきた。

「そうねぇ、特にないんだけど、ドラキュリア式の歓迎をするわ。朝ご飯食べてる?」

「い、いえ、まだ……」

 戸惑った様子でアニーが答えた。

「そりゃ好都合。ようこそ、危険な領域へ。なんちて」

「はぁ……」


「のぇぇぇぇ!?」

 王都近郊エラーサ空軍演習場。その上空で私が操るトムキャットは、狂ったようなアクロバット飛行をしていた。

「なに、アニー。この程度で、根を上げたとか言わないわよね?」

 ヘルメットに取り付けた酸素マスクに声を吐き出す。ここに無線とインカムのマイクも内蔵されている。

「ま、まだ、まだ、いけますぅ!!」

 ほぅ、根性あるな。では、遠慮なく……。

「ぎゃぁぁぁぁ!?」


 ひとしきり「揉んだ」後、私はほぼ垂直上昇で一気に高度1万メートルまで駆け上がった。

「はい、お疲れさん。これが、ドラキュリア式歓迎のお祭りよ」

 適当な速度で巡航させながら、私はマスクの中でこっそり笑みを浮かべた。

「な、なかなか、ハードですね……」

 荒い息を吐きながら、アニーが返してきた。

「フフッ、気絶しなかったのは何人目だったかな。さて、ご褒美タイム。十五分お待ち下さい。ブランケット、こちら……」

 トムキャットは陸地上空を亜音速で駆け抜け、一気に海上に出た。そのまま燃料が帰投ポイントギリギリになるまで来た時、大小様々な島がひしめくエリアに出た。

「これは、凄いですね……」

 緑の島と白い砂浜とエメラルドグリーンの海。言ってしまえばそれだけだが、庭の美しさが分からない私ですら、その造形美に魅入ってしまう不思議な場所。名前はない。

「まっ、ちと遠いのが難点だけど、私のお気に入りの場所よ。ドラキュリアには、こういう場所もある。血みどろスープばかりじゃないわよ」

 私は冗談めかしてアニーに言った。

「血みどろスープ……。ここで言いますか?」

「あはは」

 ここにいられる時間は五分もない。予定外なので、空中給油機はこの空域にはいなかった。

 こうして、歓迎会は終わったのだった。

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