第46話 カシムの家名と二度目のパーティー

 パーティーから数日後の深夜、育児のいろはを母上から教わる侍女様とカシムのうち、旦那の方を部屋に呼んだ。

「あの、なにか落ち度がありましたでしょうか?」

 オドオドしながら、カシムが私に聞いてきた。

「そう緊張しなさんな。出会った時の事、覚えてる?」

「はい、僕は狙撃されて……」

 ……うっ。

「い、いや、そうじゃなくて、あなた名前がなくて一緒に考えたでしょ?」

「ああ、はい。それで、僕の名前が番号から『カシム』になったのでした」

 覚えていたか。よしよし。

「その時は必要ないと思って、名字まで考えていなかったんだけど、こうなったら必要になると思って考えたわ」

「えっ、トライデントとかミニットマンとか……」

 カシムよ。ああ、カシムよ……。

「アホ!! 真面目に考えたわよ。最初は海の名前をとって、ズムウォルトにしようと思ったんだけど、アーレイバーグってどう? カシム・アーレイバーグ」

 カシムが目を輝かせた。

「いいです、それ。気に入りました!!」

「良かった。これが無駄にならなくて……よっと」

 私は一抱えある布の巻物を取りだし、カシムに手渡した。

「これは?」

 受け取ったカシムが、不思議そうな様子で問いかけてきた。

「広げてみなさい。私が勝手に作った家紋。要らなかったら捨てちゃって」

「ええ~!?」

 カシムの声が、室内に木霊したのだった。


「あのさ、復職してくれたのは本当に嬉しいんだけど、子供大丈夫なの?」

 もう辛抱堪らんとばかりに、侍女様は制服に袖を通した。そして、私の前にいる。

「はい、カシムと母上に預けてあります。この場所にいないと、自我が崩壊しそうで堪りません」

 首をプルプル振りながら侍女様は言った。

「そりゃそうか。こんなになっちゃうんだもん……」

 パラパラとアルバムを捲りながら、私はボンヤリつぶやいた。

 日増しにやつれていく侍女様の姿が、克明に記録されている。

 瞬間、侍女様の表情に明らかな動揺が走った。

「そ、それは、なんでしょう?」

「侍女様出産日記・持ち出し厳禁」

 瞬間、凄まじい勢いで私が座る机との間合いを詰め、ドバン!!とアルバムをひったくった。

 そして、両肩をワナワナと震わせ、絞り出すような声で言った。

「……いくら欲しいのですか?」

 なぜそうなる。侍女様よ。

「ただの記念品よ。初産は一生に一回だけだしね。燃やしたり破いたりせず、ちゃんと持ち帰りなさいね。それ一冊しかないから」

「えっ?」

「えっ? じゃないわよ。『右腕』のめでたい事くらい、素直に祝うって。クレア・シェフィールド…おっと、クレア・アーレイバークさん?」

 わざと侍女の名前を言い直すと。彼女は真っ赤になって、その場にうずくまってしまった。あれれ……。

「ま、まさか、ここまで反応されるとは。侍女様も変わったというか……」

「何も変わっていませんよ。私は」

 声は、背後から聞こえた。なに!?

「姫。まだまだですね」

 何をされるわけでもないが、背後から思わず動けなくなるような威圧感。相変わらずだ。

「あなたも相変わらずね。おっと……」

 背後から侍女様がそっと抱きついてきた。

「あなたの従者で良かったよ。馬鹿女」

「はいはい、バケモノ」

 そして二人して笑う。なんか、ただの馬鹿どもだ。

「さて、私は部下を鍛えなくてはなりません。一応、定時上がりでないとまずいので」

「分かってるって。ああ、私付きのあの子だけど……」

 天井からシュッと黒い影が降りてきた。

「お呼びでしょうかぁ~」

 ノリは軽いが技術は本物。母上に鍛えられまくったあの子が降りてきた。

「……その技。どこで?」

 侍女様の声が、深く静かに険しくなる。怖いぞ。

「侍女様の勤務表は一部変更して戻したけど、私が出来るのはここまで、まあ、意見だけど侍女様がいない夜間とか、鍛錬の講師にぜひ使ってあげてよ。勿体ないからさ」

「よろしくお願いしま~す!!」

 侍女様はしばらく考えていたが、やがて口を開いた。

「いいでしょう。あなたは、まず口の利き方を直す必要がありますね」

「はーい、先輩!!」

 こうして、侍女様による仕上げの特訓が開始された。

 母上による下地は出来ているので、スーパー侍女の誕生も近いだろう。

 それはいい、それはいいが……。

「なんで、私の部屋でやる!!」

 それが、最大の問題だった。

 全く……。


 ある夜、寝ていた私は、微かな殺気を感じてベッドから転がり落ちた。

 瞬間、天井から弾丸の雨が降ってきた。銃声からするとサプレッサー付きのサブマシンガン。ああ、サプレッサーっていうのは銃口に付ける消音器。とはいえ、撃てばそれなりに音はする。

「くっそ!!」

 私は床を転がるようにして近くの引き出しまで移動すると、背中にバリバリ銃弾を浴びながらも中の拳銃を取り出し、振り向きざまに撃ち返した。

 天井のパネルの一部、ちょうど私のベッドの上が外されて穴が空いているが、そこに「気配」はない。さてと……。

 いつもなら侍女様がすっ飛んでくる……いや、こうなる前に片付いているはずだが、今は旦那と子供と川の字のはずだ。……久々に、やるか。

「シフト、鬼モード」

 呟いた瞬間、「私」は目覚めた。

「ったく、たまには開放して欲しいもんだ。さてと……」

 出力全開となった神経で天井を探るが……いない。いや、いた!! おおよそ人間とは思えない速度で移動しながら、こちらを執拗に狙っている。

 そして、再び注ぐ銃弾の雨。「私」は素早く跳んで回避した。同時に、目標の行動パターを予測して一発……チッ、外したか。

 部屋の外には警備兵が張り番をしているはずだが、どのみち無力化されているだろう。やるしかないか。自分一人で。フン、滾るじゃないの!!

 銃弾を避けつつパターンをひたすら読み続ける。こんな限られた空間なのに、一つとして同じパターンの動きがない。いよいよ、バケモノだな。正真正銘のバケモノに言われたくはないだろが、あはは。ん、じゃま、いくとしますか!!

「二番、六番、一二番。九八番……」

 私は撃った。気配ではなく、天井パネルを支えている細い柱を。

 天井のパネルが轟音と共にすっぽ抜け、ほぼ直上の桁上で一瞬動きが止まった「目標」が見えた瞬間、私は引き金を素早く三回引いた。崩れ落ちた天井パネルにまみれながら「目標」を仰向けに全身で受け止め、また動き始める前に、右腕の関節を極めて瓦礫まみれの床に押し付けた。

「ケホケホ!!」

 布で簡素な覆面をしていたが、埃を吸い込んだかむせる「目標」。どうやら、声の質からして、女。それも、まだ少女と呼べる年齢と推測される。さて、そろそろ仕舞いだ、あとは、私に任せよう。暴れてお腹空いた。血をくれ!! なんてな。じゃあな。

「……っと、あの状態で冗談まで言えるようになるとはね。さて、どうしてくれようかしら?」

 関節を極めた手に体重を掛ける。少女の苦悶の声が微かに聞こえた。

 はて、この声どっかで……。

 私は空いている左手で、いい加減な覆面をはぎ取った。

「あれま、あんたとはねぇ」

 見覚えどころではない。この子は、侍女様が産休の間代理を務めた侍女であり、今もここで修行中だった、あのノリと勢いのスーパー侍女の卵ちゃんだった。

「こ……殺して……お願い。失敗したって……知れたら……」

「アホ!!」

 私は……すまん、痛いが肩の関節を外した。

 声にならない悲鳴を上げる彼女の腕を開放し、突っ伏したままの彼女の背にドンと足を乗せた。

「誰の依頼? なんて無粋な事は聞かない。喋る気になるまで、この部屋で飼い殺しにでもしてあげるわよ。それにしても、ど派手にやっちゃったわね。こりゃ、侍女様に怒られるわ……」

 部屋は瓦礫の山だった。寝られる場所などない。

 私は床にどっかり腰を下ろすと、伏せたままめそめそ泣いている哀れな暗殺者の髪の毛を引っつかんで起こして座らせ……ため息をついてからそっと腰に手を回して軽く抱きしめてやった。

「……えっ?」

「悪いわね。非道にはなりきりれない吸血鬼、それがこのカシミール。でも、いいの。それが自分だからね」

 ヤケクソではない。本心からそう思える。これが、なにかの余裕か……。

 こうして、夜明けを待つ事になったのだった。しょうもなく、情けない暗殺者とともに。


「迂闊でした。この罰は……」

「それはいいから、大型犬用のケージを。終わったら、肩を治してあげて」

 我ながら、殺すより酷いことを考えるものだ。魔法によって修繕が終わった部屋に、妙におしゃれな木製の大型犬用のケージが運び込まれ、肩の脱臼の治療が終わった暗殺者はその中へ。暴れるかと思ったが、抵抗はしなかった。

「なにか喋る気になったら言ってね。大丈夫、三食昼寝付きだから」

 冗談めかして暗殺者に言って、私が侍女様といつも通りじゃれ合いを始めようとした時だった。

「私はアニー。アニー・インビンシブル。自分で言うのもなんだけど、任務達成率99%以上の暗殺者。うまくこの城に取り込めたと思ったんだけど、最後の最後で気が付かれるとは……」

 私は彼女のケージを覗き込んだ。

「あなた、人外を狩ったことは?」

「……ないです。報酬が良かったのと経験を積みたくて受けたのですが」

 やっぱりね。

「例えば、あなたの殺気。上手く消してるけど、あれじゃバレバレよ。例え寝ていても、イージスシステム並の防空システム作動させているのが、一般的な吸血鬼かな。あんなんんじゃ迎撃してくれっていっているようなもんよ。それに、通常弾なんていくら撃たれても効かないわよ。痛くて、ムカつくけど」

「はぁう!?」

 ついでに柵をゲシゲシしてやると、可哀想なくらい落ち込んだ。

 あ、あれ、やり過ぎたかな……。

 いきなり侍女様にケツを蹴っ飛ばされた。

「姫、何やってるんですか。相手は命を狙った不届き者ですよ? 命を取らないという時点で異常なのに、フレンドリーに会話している場合ではないです!!」

 ……いってぇなぁ、もう!!

「そう、カッカしなさんな。こっちの方が喋り易そうだしね、アニー?」

 私は彼女に片目を閉じて見せた。

「えっと、あの、その……」

 暗殺者が自ら勝手に素性を明かすなど、まず聞いたことがない。

「侍女様、お願いしたいんだけど……」

「はい、心得ております」

 本邦初公開だったか? 私と侍女様はいつもポケットにセットに忍ばせているサングラスと葉巻のセットを取り出し、一糸乱れぬ全く同じ動きでサングラスを掛け、葉巻ケースの蓋を開き……最後に紫煙を吹かした。ちなみにこの葉巻、タバコ歯に味も匂いもそっくりだが、喉の痛みによく効く薬草だったりする。

「な、なにする気ですか。怖いです……」

 アニーがポツリとつぶやいたが、私たちは黙って、ニヤッと笑みを浮かべるだけだった。

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