第45話 スーパー侍女 母になる

 完全なサポート態勢の中、侍女様がなんか猛烈にやつれた気がするが、それはさておき、私は凄く久々にカシムと行動を共にして中庭を眺めていた。

「どうよ、旦那。とーちゃんになる気分は?」

 コツンと彼の肩を小突いてやった。

「はい、お姉様。なんとうか……どうしたらいいか……」

 苦笑いのカシム。まっ、そんなところか。私は情けない!! とかいうつもりはない。

「しっかしまあ、なんかやられた気分だわ。まさか、あなたと侍女様がねぇ」

 どこに想定外の事が転がっているか、本当に分からないものである。エルフである彼と人間である侍女様の混血はハーフエルフ。しかし、カシムには蘇生に使った吸血鬼……すなわち、私の血も混ざっているわけで……種族不詳だな。これは。

「あはは、なんと言っていいか……」

 カシムが困り果てている。まあ、別にイジメたくてこうしているわけではないので、さっそく本題に入ろう。

「さてと、順番がおかしくなっちゃったけど、嫌じゃなかったら結婚式というか、祝いのパーティーやるわよ。身内だけで、ささやかにだけどね」

 私のポケットマネーなので大した事は出来ないが、ほんの気持ちである。

「えっ!?」

 心底驚いたようで、カシムが声を上げた。

「私を表に裏に支えているのは侍女様、その侍女様を支えているのはあなた。王族としてじゃなくて、個人的に祝いたい。ただそれだけよ」

 私はカシムの肩をポンと叩いた。

「あ、ありがとうございます!!」

「なに、当然の事よ」

 こういて、穏やかな午後は過ぎていった……。


 その日、城は朝から慌ただしい空気に包まれていた。ついに始まったのだ、侍女様の陣痛が……。

「これが結構キツいのよね。等間隔でくるわけじゃないから馴れないし……」

 隣に立つ母上はなぜか白衣姿だった。そして、なぜか分からないが、その手を掴んでしまう私。頑張れよ侍女様!!

 それにしても、スタッフの仕事はいかにも熟練の技だ。手慣れている。これなら安心だろう。

 半日程度かけて痛みに耐え抜いた侍女様は……ついに、その日「母親」になった。母子ともに異常なし。良かった良かった。

「はぁ、お疲れさまでした」

 特になにかしたわけではないが、私は反射的に母上に言ってしまった。

「はい、お疲れさま。次は、『あなた』ね」

「え?」

 次の瞬間、母上に羽交い締めにされていた。な、なに!?

 廊下の向こうから、白衣の集団が一糸乱れぬ動きでこちらに向かって行進してくる。すっげぇ怖い!!

「あ、あの、一体なにを!?」

 ジタバタしたところで、母上は許してくれそうになかった。

「あなたのコンプレックスとトラウマを一つ消すだけよ。やっぱり、どうしても見過ごせなくてね。同じ女性として」

 あ、あれかぁ!?

「で、ですから、いいですって!!」

 もう半泣きである。恥も外聞もあるか!!

「なんで、そこまで拒絶するのかな?」

 母上の声は優しかったが、同時に怖かった。

「……思い出しちゃうじゃないですか。せっかく数百年掛けて忘れたのに」

 全く、台無しにしてくれて。ありがたいけど、こっちにはこっちの……。

「こういうことは、例え何万年掛かったって忘れられない。そうじゃなくて?」

 ……うっ。

「まして、あなたは不死の存在。永遠に苦しむなんて、私が見過ごせると思う?」

「……私はそんなに弱くないですよ」

 意地張ってるね。私。でも、これは私のサガだ。

「あら、たったこれくらいで半泣きになっている子供を、お母さんが放っておくとでも?」

 ……くっ、さすがあのアイーシャを育てた母親。押しが凄まじい。

「術式はたった十五分。麻酔なしで痛みもないし、腕っこきが三十名付いてる。任せなさい」

 な、なにこの展開。わ、私はどうすれば!?

 大混乱のまま気が付いたら、私は床にデカデカと魔法陣が描かれた医務室のベッドの上にいた。

「どう、気分は?」

 私のベッドサイドには、母上が立っている。えっ?

「あっ、ゴメンゴメン。私ね、これでも魔法医なの。貴族の嗜みで」

「そ、そんな貴族……多分、滅多にいないっす」

 なるほど、押しが強いわけだ。患者を放っておけなかったのだろうが……。

「もうかなりっていうか、人間年齢ではあり得ないほど昔ですよ?」

 よく分からんけど、大丈夫だろうか?

「十分検討済み。私、し……」

「ストップ!!」

 なんか言いかけた母上を、私は慌てて止めた。言わせてはいけない。猛烈にそんな気がしたのだ。

「あら、決めセリフが……。まあ、いいでしょう。さっそく掛かりましょう。では、みなさんよろしくお願いします!!」

「よろしくお願いします!!」

 母上の呪文の詠唱、そして、その他の魔法医のみなさんの詠唱、全てが重なって光りが私を包んだ。

 結論だけ言おう。この日……私は少しだけ考え方が変わるようになったのだった。


「むぅ……」

 私は一人悩んでいた。パーティに招待する人の人選を。

 多くて悩んでいたのではない。少ない……っていうか、いない。

「どーせ、友達なんかいねぇよ。バカヤロウ!!」

 私は机に突っ伏した。見ちゃいけないと思いつつ、こっそり侍女様の連絡帳を見たら高度に暗号化されていた。あえて解読はしていない。怖いから。

「アイーシャを追い出した手前、さすがにアルステの面子には声を掛けられないしなぁ」

 あっちの国王様なんて呼んだら面白そうだが、自重しよう。

「まっ、城のスタッフの有志だけでいいか。あまり大げさにしてもね」

 形式は城の表庭を使ったガーデンパーティー。まっ、気楽に行きましょうという体だ。

「そんじゃ、適当に張り紙でも作って……」

 こうして、夜なべしてせっせとパーティーの準備をする私だった。実施は一週間後。あっ、料理どうしよう……私の核兵器並の破壊力をもつアレでは。

「ケータリングでも取るか……」

 あくまでも非公式。私の個人開催のため、城の厨房は使えないのだよ。トホホ。


 一週間後……


 表庭にはそれなりに着飾った城の面々がウロウロしていた。主賓たるカシム・侍女様夫婦は、生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて……抱いて、あちこち回っては談笑している。堅苦しい挨拶は抜きにした。面倒だから……。

 さて、私はというと、受付でニコニコ笑顔を張り付かせてお客様の出入りを監視……コホン、迎え入れていた。ホストなので挨拶しなければなのだが、人手が足りないのだ。代わりに、母上がやっている。逆だろうと思うが、あちらの方が数億倍手慣れているのだ。ちくしょう。

「全く、結構みんな暇してるのね……。へぃ、いらっしゃ……へ!?」

 人影を漢字、顔を上げた瞬間固まってしまった。

「よぉう、声かけてくれねぇなんてつれないねぇ」

 どこで聞きつけたのか、ピシッとした格好をしたオッサンと相棒だった。

「俺たちだけじゃねぇ。おっかねぇのが大勢来るぞ」

「はい?」

 相棒の声に、私は変な声を上げてしまった。

「じゃ、中入るぜ。またな」

 オッサンたちは庭に消えていった。

 そして、相棒の言葉は程なく現実のものとなった。

「おぅ、盛大にやっとるなぁ!!」

「警部殿!?」

 まず来たのが、いつもの格好ではなくしっかり正装した警部殿と……同じく正装した、強面の機動隊員……百名くらいだった。はっきりって、怖い。

 その一団を通すと、何チャラ国のエージェントやら胡散臭い情報屋やら国際指名手配中の超A級スナイパーやら……なんの集会だ。これは!?

「な、なんか、どっと疲れた……」

 私ではない。侍女様の人脈の一部だろうが、ますます惚れたぜ相棒。死ぬ……。

「あらあら、だいぶお疲れですね」

 受付でへたっていると、母上がそっと近寄ってきた。

「中もだいぶ落ち着いたし、交代するわ。楽しんでらっしゃい。あなたのパーティなんですから」

 断る理由はない。私はフラフラと庭の奥に向かった。怖い人ばかりだが、みんな以外と紳士的にやっている。意外だ……。

「おっ、主役が来たぞ!!」

 誰かが言った。

「へ?」

 いやいや、私じゃないから!!

「姫、ここからは私たちからのサプライズパーティーです。今日が何の日か、お忘れですか?」

 侍女様が近寄って来て笑みを浮かべた。これもレアだ。

「えっと、確か空の交通安全週間だっけ?」

 記憶を辿る限り、それしか思いつかん。会場から失笑が漏れる。

「やはり、お忘れですね。ご自分の誕生日くらい、覚えて置いて下さい。馬鹿」

 出た。馬鹿攻撃!! って、誕生日だって!?

「あーあ、こりゃダメだ。マジで忘れてるな」

 オッサンが言った瞬間、会場が笑いに包まれた。

「カシミール・ブラド・ドラキュリア。ドラキュリア王国第一王女。ドラキュリア歴二千七百八十年七月三十一日生まれ。つまり、今日ですよ」

 どっかの国のエージェントが、手帳片手に苦笑した。

「うわぁ、やっちまった!!」

 思い出したぞバカヤロウ。よりによって、自分の誕生日にぶつけちまったバカヤロウ!!

「はい、これがうちの王女です。姫というより、馬鹿女」

 侍女様……泣くぞ。

「というわけで、みんなで派手に祝ってやろうじゃないの。どうせ、一人で寂しくテ○リスやってたんだろ?」

 お、オッサンまで……。つか、なんで知ってる!!

「さて、そろそろですね……」

 侍女様がポツッとつぶやいた。ん?

 それを合図にしたかのように、ブォーンという低いプロペラ音が聞こえてきた。空を見ると、一機のC-130が超低空でこちらに迫っていた。

「また、なんか変なの来た予感……」

 そして、頭上を通過する手前で何かが飛び降りる影が二つ。後部ハッチを開放したまま、ベストセラー輸送機がそのまま通過していった。しかし、それに見とれてはいられない。私の目の前にドスっと音を立てて影が着地した。

「ええーっ、とーちゃんにかーちゃん!?」

 無駄にポーズを決めていたのは、まごう事なきとーちゃんとかーちゃんだった。さすが、人間じゃない。そして、とーちゃんが小脇に抱えているのは。

「アルステ国王様までぇ!?」

「うむ、ヒッチハイクしておってな。途中で拾ってきた」

 事も無げにいうとーちゃん。オイコラ、嘘つき!!

「なんて登場の仕方すんのよ。ビックリしたわ!!」

 まあ、吸血鬼にとってこの程度どうって事はないが、驚くわ!!

「全く、うっかりお前が誕生日だと忘れていたよ。おめでとう」

「あ、ありがとう……」

 とーちゃんに面と向かって言われると、なかなか恥ずかしいものがある。うん。

「私からも、おめでとう」

 かーちゃんとハグして、なにか脱力感が……。

「わしからも祝いを。昨日知ってのう、なにもプレゼントを用意出来なかった。すまん」 地面に立ったアルステ国王様に、私は最敬礼の姿勢を取った。

「さて、娘の誕生日くらいゆっくりしたかったが、次のスケジュールがギッシリでな。もう行かねばならぬ。留守番頼んだぞ」

 とーちゃんはアルステ国王様を抱え、かーちゃんとともに空高くジャンプした。一周してきた輸送機の後部ランプに見事に着地すると、そのまま飛び去っていった。

「なんだか、嵐みたいなご両親だな」

 警部殿が唖然とした様子で言った。

「いつもの事よ。さて……どうするの?」

 瞬間、爆音と共にカラフルなスモークを曳いた戦闘機の編隊が上空を駆け抜け、空に様々な図形を描いて行く。

「オンタイムです。問題ありません」

 侍女様は、侍女様だ。

「さて、このスカスカ頭では何も考えていないでしょうから、皆様引き続き会食をお楽しみ下さい」

「……侍女様。変なところがパワーアップした?」

 私は庭の片隅で、こっそり泣いたのだった。

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