第44話 母上参上

「それで、ご用件というのは……」

 満載のブラックホークで城に移動し、取りあえず私の部屋に母上を案内した。

「はい、これは我が国の諜報機関が掴んだ情報ですが、そちらの侍女様がご懐妊とか?」

 ぶっ!? と私ではなく、控えていた侍女様が吹いた。普段ならあり得ない。

 つか、他国の諜報機関にマークされるほどだったのか……。

「これは、我が国の国王からの命令書、そして、うちの主人の承諾書です」

 なんか抱えてるなと思っていたけれど、母上はブリーフケースからやたら立派な書類を二通取り出した。

「えっと……」

 まずは国王様の方。事前調整なしの非礼を詫びながら、親が留守がちで私しかおらず、何かと心細うかと、お節介を承知で侍女様の世話をさせて欲しいという前置きと、母上に特使として正式にドラキュリアに行くように命じた書類。

 父上の書類は、国王からの命令を受諾し、妻を特使として派遣するという内容だった。

「え、えっと……じ、侍女様?」

「わ、わわわ、私に振られても……」

 数万年に一回じゃないかな。侍女様が完璧に動揺している。

「差し支えなければ、受け入れ承諾のサインを頂ければと。これでも育児経験者です。ダメならこのまま帰ります」

 母うぇえ、そんな事言われて嫌だって言えるかよ!!

「分かりました。ご厚意ありがたく頂きます」

 私は二枚の書類にサインした。

「良かったね。侍女様、最強の助っ人よ」

 私が笑みを送ると、侍女様は真っ青な顔色だ。

「わ、私、お世話されるのは苦手で……ど、どうしたらいいか」

 スーパー侍女。その弱点は意外なところにあった。

「フフフ、任せて。ああ、そうだ。もう一枚書類にサインを……」

「はいはい」

 完璧に油断していた私は、内容も読まずにサインしていた。

「はい、確かに……失礼」

 母上はポシェットの中からゴッツイ箱形の何か……それ、軍用デジタル無線機?

「『アルフレッドおじさん』より各機。GOサインが出ました。直ちに予定通りの行動を」

 瞬間、机上のホットラインが鳴る。

「はいはーい」

 すまん、ノリが軽くて。

『防空管制より報告。なぜか領空付近をウロウロしていたアルステのC-1輸送機が、一気に城に向かって押し寄せています。引き返させますか!?』

 んな!?

 私は慌ててさっきの書類を見た


『第178空挺助産士師団受け入れ許可証』


「なんじゃそりゃ!?」

 聞いた事ねぇぞ、んなの!?

「我が国ではヘリで移動出来ない超遠方の小さな島も多く、医師等は輸送機でパラシュート降下するのが一般的なんですよ。当然、助産士も……」

 私が倒れる前に、侍女様が倒れた。もう、いちいち派手なんだよこの国は!!

 かくて、城は一瞬にして大量の医師や助産士などが溢れる助産院となったのだった……。


 侍女様の任を一時解き、カシムとともに準備モード一色となった。

「……なんか、急に寂しくなったわね。なんちて」

 部屋で一人テ○リスをやりながら、私は思わず苦笑してしまった。まあ、たまに侍女様の様子を見に行くと、上げ膳据え膳世話される居心地の悪さからか、今にも死にそうになっているのが楽しい。滅多に見られん。

「よし、飛ぶか!!」

 ゲー○ボーイを机の上に置き。私は部屋を出た。格納庫に降りて、愛機のフォージャーに火を入れる。フライトプランなんてない。お散歩がてらにお気軽にってなもんだ。

 膨大な燃料を吐き出して垂直上昇すると、適当にその辺りをフラフラ飛んで行く。

「スリーピングキャットよりブランケット。こっちの位置は把握してる?」

『スリーピングキャット。もちろん把握している』

 さすが最新鋭。お見通しか。

「ブランケット。オススメのドライブコースは?」

『スリーピングキャット。そういうことはカーナビにでも聞いてくれ。以上』

 切りやがった。つれないヤツ。

 そのまま飛ぶ事しばし。特になにもないまま燃料も尽きた。帰ろうか……。

 毎回毎回トラブっていたら身がもたない。特に事件もなく、私は無事に城に帰還したのだった。


 その夜、私の部屋を母上が訪れた。

「あれ、どうしました?」

 私はゴロゴロしていたベットから飛び降りた。

 ちなみに、侍女様がお休みも間に私の面倒を見てくれるのは、まだ城に上がったばかりの子である。当然、仕事はイマイチだが、めちゃくちゃノリと勢いと元気だけはいい。うむ、よきかなよきかな。

「フフ、お母さんの様子見ってところかな。取りあえず、元気そうでなにより」

 相変わらずソファの一つもないので、私は失礼ながらベッドの隣を勧めた。

 母上と横並びに座り、小さくため息を吐いてしまった。アイーシャの様子は聞かない。聞く資格はない。母上も言わなかった。

「……疲れたね。顔に書いてある」

「大した事はないです。侍女様の事、正直困っていたので助かりました」

 これは本音だ。正直、手に余る事態だった。

「まぁ、経験者とこれだけ専門家がいれば大丈夫でしょう」

 母上は小さく笑った。

 ……そりゃそうだ。いまや、この城はちょっとした大病院だ。空き部屋のほとんどが埋まった。コレでダメなら、もうダメだ。

「それで、到着したときに、あなたの事もこっそり医師団が魔法で調べたんだけど……」

 うぉい。勝手に何しやがる!!

「……結論だけいうわ。治せる。どうする?」

「いや、どうするって……」

 いきなり聞かれたって、返答に困るってなものである。

「お母さん的には治して欲しいけど、これは強要は出来ないから」

「いや、今さらですよ。侍女様の事に専念してあげて下さい。それだけの業を背負ってるって事で」

 まったく、ほかにどう返せと……私はどうでもいいのである。

「そう、それがあなたの選択なら……。なんで、こう頑固というか馬鹿なんだか……」

 母上は苦笑した。

 また馬鹿って言われたよっと。分かってらい!!

「それより、侍女様はどうです?」

 軽く咳払いしてから、私は話題を変えた。

「ええ、大丈夫よ。なんでか、時々気絶するけど」

 ……そこまでダメか。侍女様よ。

「面白い関係よね。あなたたちって、主従というより友人みたい」

 母上が笑った。

「まあ、私の事を『馬鹿女』と思っている頼もしい従者ですから」

 私も笑う。全く、惚れちまうぜ。

「うちも侍女がたくさんいるけど、こういう関係はないかな。うらやましく思えちゃってね」

 そういうや、大貴族だったわね。すぐ忘れちゃうけど。

「一つ提案なんだけど、今あなたに付いている子。私が指導したらダメかな。ここのやり方があるだろうから、最低限ね。私が腕を振るう育児はまだ先だから」

 ……ふむ、それも面白いかもしれない。母上が楽しめるなら、こちらに異存はない。

「分かりました。では、手空きの時にお願いします」

 これが、母上の真なる力が解放された瞬間だった……。


「……なんで?」

 どっから持ってきたのか。うちの侍女服に着替えた母上が、ノリと勢いと元気の子をビシバシ鍛え上げて行く光景が展開されている。

 もちろん、母上を雇い入れたわけではないが、すっげぇ似合ってるのが怖い。そして、指導方法も泣いちゃうほど怖い。さらに、自らの動きも……スーパー侍女だった。

「世の中、なんでスーパーばっかりなんだろ……私もスーパー吸血鬼に……なるわけないか」

「そこ、角が五ミクロン残っています!!」

「はい~!!」

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