第43話 帰還

 アレステからドラキュリアまで、海洋航路なら一ヶ月というところか。

 こう言ったら失礼だが、オッサン達二人は意外にもとても紳士的な対応をしてくれた。まあ、『お宝』だからなんだろうけどね。

「しかしまぁ、あの旦那に頼まれてあんたの過去を洗ったが、意外と苦労してんだな」

 夕食後の談笑をしながら、オッサンがぽつっとつぶやいた。

「まぁね。千年以上も生きれば色んな事があるわな。多分、オッサンが調べ切れていない部分もあると思うわよ。これでも、吸血鬼的には小娘なんだけどさ」

 過去を語るのは好きではないが、この程度なら付き合うのはやぶさかではない。

「だろうな。あんたを『盗む』のは一苦労しそうだぜ」

 冗談めかしてオッサンが言う。

「吸血鬼なんて盗むもんきゃないわよ。祟られるぞ~なんちて」

 私は笑った。

「ああ、そうだ。噂に聞いたんだが、なんだか凄い銃弾があるんだって?」

 おぅ、それどこで聞いたんだ。すげぇな。

「『サングイノーゾ・ムニツィオーネ』ね。お近づきの印に、一発プレゼントしようか?」

「ホントか?」

 相棒の片目がぴくっと動いた。

「ええ、このくらいサービスするわよ。得物出して……」

 無言でテーブルに置かれた銃はシブくリボルバー。44マグナムか……。「よんじゅうよん」ではないぞ。一発くらいならいけるか……。

 私は腰に差してある短剣を引っこ抜き、迷うことなく左手の平に突き立てた。

「お、おい!!」

 前に見ているはずのオッサンが叫ぶが無視して、私は切り傷を拡げた。意識を集中させると、赤透明の弾頭部分がせり出してくる。それをコロリとテーブルの上に転がし、私は短剣を引っこ抜いた。

「ふぅ……。これを通常弾の弾頭と取り替えれば完成。貫通力抜群抜群だから扱いには気を付けて。ねっ、コレが私がバケモノたる由来。分かったでしょ?」

 相棒は静かに赤い弾頭を手に取り、しばらく見つめるとニッと笑みを浮かべた。

「お前は優しい奴だな。見れば分かる」

「はい!?」

 なんかとんでもない事を言われ、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「おいおい、お前口説く前に傷口何とかしねぇと。包丁どこだっけ包丁!!」

 焦るなオッサン。何する気だオッサン。

「大丈夫、侍女様……あっ」

 いねぇよ。忘れていたよ、クソ!!

「とりあえず、止血のみで……」

 私は魔法で適当に傷を治す。サングイノーゾ武器を現出させた傷は時が経たないと治らない。忘れたわけではない。

「なんか、すまねぇ。痛い思いさせちまった……」

 口説く前にそっちの気がするが、まあ、そういうキャラなのだろう。きっと。

「いいよ。このくらい。気持ち悪くなかったら使ってね」

「ああ、切り札にさせてもらうさ」

 その弾頭をポケットにしまい込み、相棒はお酒のグラスを傾けた。

「ふぅ、心臓に悪いぜ。いつもあんな事やってるのか?」

 オッサンがやっと落ち着いたらしく、私に問いかけてきた。だから、前に見ているでしょうが!!

「うーん、いつもってわけじゃないけど、吸血鬼の切り札にして最大の武器だからね。この腰の短剣も、ほとんど武器じゃなくてコレ用に持ってるし」

 うっ、嫌な事思い出した。カシムをブッ刺したのこの短剣だ……。

「な、なんだ、腹でも痛ぇのか?」

 ……オイコラ。

「なんでもない。暗黒史。それより、ここってどの辺り?」

「ん? ちょっと待った……」

 オッサンに告げられた座標を脳内の地図に落とし、私は心の中で頷いた。

「ごめん、ちょっと部屋戻る。すぐ来るね」

 私は自分に割り当てられた部屋に入ると、適当に転がっていた紙にペンでサラサラと書き込みをする。


発:カシミール・ブラド・ドラキュリア

宛:ドラキュリア入出国管理局


1.以下の者、直ちに入国禁止者リストに加えよ。

2.アイーシャ・クルセイダー(アレステ王国・女性・人間)

3.すでに入国していた場合、即刻強制送還処分とせよ。

4・パタグラフ以上


この紙を丁寧に折りたたみ、『転送』の魔法で本国へと送った。父上との約束を守るために必要な措置だ。


「……さて、珍しく飲んじゃうか!!」

 私は居間に戻った。

 後に知ったが、アレステでも王宮魔法使いとなったアイーシャには厳しい出国制限が掛けられており、特にドラキュリアへは絶対に来られないようになっていたのだった。


「浮上して!!」

 航海も終わりに近い。ドラキュリアの対潜警戒ライン手前で、私は浮上の合図を掛けた。

 潜行しっぱなしだと、敵性と見なされて最悪撃沈されかねない。

 ドラキュリアの領海に入った途端、さっそく駆逐艦のお出迎えである。まさか姫がこんなもんで帰ってくるとは思わなかったらしく、かなりビビっていた。

 商船で賑わうドラキュリア中央港の中で、異彩を放つ巨大潜水艦。たまたま空いていた事もあり、王族専用桟橋に接岸し、降り立った私を出迎えたのは先に帰国していた侍女様だった。

 息つく暇もない。ツカツカと私に向かってきた彼女は思いきり手を振り上げ……。

 ……ほい来た!!

 思わず身構えたその瞬間、侍女様はそっと抱きしめて来た。

「ご無事で」

「ただいま」

 これで、私たちは大丈夫。さっきは、ちとビビったが。あはは。

「おーい、『お宝』ちゃん。達者でな!!」

 早くも出航準備に掛かっていたオッサンが声を掛けてきた。

「姫がお世話になりました。ささやかながら、お礼の席を設けてありますので……」

「いいよぅ、じゃあな!!」

 格好付けて消えようとした瞬間、オッサンの背後には警部殿がいた。

「うげっ!?」

「まぁ、そう言うな。俺も今日は野暮な事は言わん。ゆっくりしていけ!!」

 ……ど、どっから出た叩き上げ!?

「あの技……ただ者ではない」

 侍女様が認めた!?

「コホン。では、皆様。こちらへ……」

 こうして、なにか凄く長く離れていたような城へと私は帰還したのだった。


 歓待の席も終わり、休戦協定が解除された途端に追いかけっこを始めたオッサン達も去り、城は静かになった。

「はい、これで最後ね」

 これが結構面倒臭いのだが、城に勤務する者の名簿やら書類の整理。最後の書類に『抹消』のスタンプを押し、サインと日付。該当者は言うまでもなくアイーシャだ。

「お疲れさまでした」

 一抱えはある書類の束を抱え、侍女様が部屋から出て行った。

「ったく、どうしてこううちの城は紙が多いのか……」

 もう少し効率化して欲しいものだが、そうもいかないのがこういう場所である。やれやれ。

「馬鹿女……失礼、姫。郵便が来ています」

「‥‥今、なんか言ったな。まあ、いいわ。なによ、広告ばっかりじゃない‥‥!?」

 薄ピンクの封筒の送り主は、アイーシャの母上だった。

 慌てて開封すると、オイコラ、今日の午後着便で来るってオイコラ。早すぎるって、オイコラ!?

「侍女様~!!」


 休憩していたブラックホークのパイロットのケツを蹴飛ばして、慌てて空港まで降りて待つ事三時間。勢い余って、暇していた楽隊を数名連れてきてしまったため、人数不足故の間抜けなファンファーレが鳴る中を母上が颯爽と歩いてきた。

 何か気まずいっていうか、絶対クレームでしょ!! しかし、腐っても王族。逃げるわけにはいかんのだ!!

「ようこそ、どらきゅ!?」

 いきなりそっと抱きしめられた。あ、あれ?

「ごめんね。うちの主人が無茶言うから」

 ……え、えっと。

「失礼します。お城にご案内します。こちらへ」

 侍女様、惚れるよ。あんたには。

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