第42話 深夜の運動会
深夜だろう。多分……。
ズドォン!!
「どわぁ!?」
地鳴りを伴った爆音とと共に、別荘が派手に揺れた。
「ちょ、なに!?」
慌てふためいてベッドから飛び降りた瞬間、背後に一瞬だけ気配を感じ……私は後ろ手に手錠を掛けられた。
……ええー!?
「や~れやれ、もうバレちまったか」
目の前には不敵な笑みを浮かべた母上……の姿が揺らぎ、どっかで見たオッサン!?
「ほれみろ、律儀に犯行予告なんて出すからよ」
父上も姿が変わり、あの相棒のオッサンに転じる。魔法で姿を変えていたか!?
「ってか、なに唐突に生えてきてるのよ。なんで!?」
もう、わけわからん!!
「なに、ちと断れねぇヤツに頼まれてな。『お宝』を頂戴したって寸法よ」
「『お宝』って、あーた……」
そこでまた爆発と振動。この音は……。
『こらぁ、なにあたしのカシミールをパクってるのよ!!』
トランジスタメガホンを通してなので分かりづらいが、これはアイーシャの声だ。
「やべぇな。いくぜ~!!」
私はオッサンに担がれ別荘の外に飛び出た。すると……。
「うわぁ……」
M1A2エイブラムスの砲塔の上には、アイーシャとあの警部殿が仁王立ちになり、その背後からは大量のM2ブラッドレー歩兵戦闘車が続いてきていた……。その上空にはスズメバチの大群のようなアパッチ戦闘ヘリの群れ。せ、戦争か?
『オペレーション:ロンギヌスの槍開始。全軍掛かれ!!』
その声を合図にしたかのように、ゴー……っと重いジェット音が闇夜に聞こえてきた。オイオイ!!
「ほぅ、事前情報じゃ第7空挺師団に動員が掛かったとは聞いていたが、俺たちも出世したもんだ」
「うげっ!?」
空挺部隊とはいわゆる落下傘部隊だが、聞き伝えにこの国の空挺部隊は凄まじい練度と聞いている。師団と言うことは……な、何人いるんだ?
「おい、とっととずらかるぞ!!」
「あいよぉ~!!」
私は別荘の影に隠されてあった軍用小型四輪駆動車の後部座席に放り込まれ、猛スピードで夜中の草原を駆け回るハメになった。もう、知らん……。
「おい、対戦車ミサイル来るぞ!!」
「わ、私まで殺す気かぁ!!」
ドカァン!!
「へへへ、ノーコン!!」
ええい、このクソオヤジ。楽しむな!!
つか、あの数のヘルファイアを避けるとは!?
「わりぃな、『お宝』さんよ。ちと『レーダー』やってくれ。死にたかないだろ?」
……是非もなし。
「……六時方向。無数の何か。距離……分かるか!!」
吸血鬼の分解能をもってしても、とても識別しきれない。アイーシャのヤツ、そこまでして私を殺したいか!? 泣くぞ!!
「ん? 三時方向、一五時方向、一二時方向からも無数の何か……軍用トラックね。急速接近中!!」
もはや、私は半泣きである。無論、トラックだけのはずがない。荷台にはギッシリ兵士が詰まっているはずだ。積んだ……。
「ほほぅ、楽しくなって来たじゃないの。空はどうだ?」
「もういいよ。やめようよ……えっと、あうあ……」
高度1500。直上にB-52大型爆撃機3機がぴったりマーク。あの爆弾倉が開いた瞬間に私たちは吹き飛ぶ。
「ほんと、ねぇ。やめよ。真面目に死ぬよ。ねぇ!!」
私は泣いた……。全力で。
「あはは、『お宝』は黙って盗まれてろぃ。おう、いくぞ!!」
「やれやれ……」
相棒のオッサンは、なにか巨大な箱を取り出し、とりわけ巨大な赤いボタンを押した。
同時刻 アルステ王都近郊 アムステイン軍港 イージス駆逐艦「レッド・ホライズン」
「な、なんだぁ!?」
兵装士官が喚きまくり艦長が茶をすする。艦内は大騒ぎになっていた。
いきなり火器管制システムが作動し、作戦行動中の友軍航空機を可能な限りロックオンしたのである。これはレッド・ホライズンだけでなく、他に停泊中の駆逐艦も同様の騒ぎとなっており、なにかヤバい状態になっていた。
「おい、とにかく緊急停止だ。ぶっ壊してでも止めろ!!」
「ダメです。一切の操作を受け付けません。全VLSハッチオープン、SM-2ER全弾発射されました!!」
かくて、夏の花火大会よろしく、おびただしい数の艦対空ミサイルが放たれたのだった。
それからちょっと後 草原……。
ドパパパと夜空に星が散りまくる。涙を拭いて……いや、後ろ手錠で拭けないから気持ちだけ、とにかく夜空をサーチしてみれば、回避行動虚しく散っていく航空機の山。誰だ、対空ミサイルなんて撃ったヤツ!!
「さてと、これで空は綺麗に掃除出来たってわけだ」
オッサンが、ハンドルを握りながら楽しそうに言う。
「あ、あのねぇ、これ絶対死者出てるわよ!!」
また半泣きである。疲れた……。
「おいおい、『お宝』さんよ。相手は殺しに来てるんだぜ。お互い様さ。それに、あんただって殺してるだろ。今さら善人になるには遅いってな」
……うぐっ。
「あとは地上だが……逃げるっきゃねぇなっと!!」
オッサンの腕は凄かった。大量のトラックを潜り抜け、囲みをあっという間に突破し、ひたすら草原を爆走していく。
「ねぇ、オッサンってなに者なの?」
さすがに限界だった。グッタリと後部座席にひっくり返りながら、私はなんとなく聞いた。
「なに、ただの泥棒だよ。大した事ないさ」
……嘘、バカ。
「そういえば、あの戦車軍団はどこ行った。警部殿がなりを潜めてるのが怖ぇ」
私はなんとなく周囲を探った。何もない……。
「異常なし。いきなりバカスカ航空戦力を堕とされて、慌てて帰ったんじゃない?」
「……いや、あの警部殿に関してそれはねぇ。絶対来る」
「そうね。アイーシャも……ないわね。例え履帯がなくなっても追っかけてきそうだし」
変な緊張感に包まれる中、オッサンだけは景気よく車を飛ばし……そして、いきなり停止した。
「いくら偽装網を被っても、残念だが俺の目は誤魔化せねぇぜってな」
オッサンが大声で言った瞬間、正面が目映い光で埋め尽くされた。ぐぉ、目が!?
「だーっはは、さすがだな。まさか、こんな場所で会うとは思わなかったが、いい加減捕まれ!!」
うん、この声は懐かしい。あの叩き上げ警部だ。トランジスタメガホンなしでも、まぁ声が通ること通る事。
『えー、さっさとカシミールを解放しなさい。この戦車の照準は、すでにあなたの車をロックしています』
次いでアイーシャの声。120ミリ砲で撃たれたらこんな車乗員ごとバラバラになる。……私も。死なないけどすっごく痛いよ。いいの?
「アイーシャ。私まで吹っ飛ばす気?」
「……初弾装填。弾種、多目的榴弾!!」
それが答えか。バカヤロウ!!
「おっかねぇなぁ。まっ、俺たちはこうするだけさ!!」
「撃て!!」
私を担ぎ上げたオッサンと相棒が宙に浮かんで、警部殿とアイーシャを砲塔から蹴り落とすのと、それまで乗ってきた車が爆発炎上するのは同時だった。あとは素早い。
戦車はお分かりかと思うが、歩兵戦闘車というのは歩兵を戦車の速度に合わせて運ぶ役割を果たすと当時に、自らも積極的に戦闘出来るように作られた「高級車」だ。つまり、中には歩兵が乗っているわけで、全員が下車していたため、一方的に撃ちまくられる地獄のような一時を味わうハメになった。
「あばよ~」
こうして、私たちは闇の中に消えたのだった。
オッサンに担がれて来られたのは、山肌にへばりつくようにしてある小屋だった。
「はいよぉ、お届け物だ」
すんません、立てません……マジ無理です。
「あらら、こんなにやつれちゃって……」
ん、この声は?
「……母上」
気力を振り絞って顔を上げ、その姿を確認すると本物の母上だった。
「あー、なんだ。先日はすまなかったな」
その隣には、決まり悪そうに立つ父上の姿。
「いえいえ、本日はご報告を。娘さんをお返しに上がりました。ご安心下さい」
嫌みではない。本心からだ。
「カシミールちゃん……」
母上がなにか言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
「……なぜこのような形式をとったか、掻い摘まんで説明しておこう。国王様や娘には明かせなかったのだよ。こうして直接君と会っている事がな。今回、娘が王宮に上がるということで、急遽ドラキュリアより引き上げとなったわけだが、私としては喜ばしい事だと思っている。これは、恐らく君も同感だろう。より大きく成長してからでも、恋愛は遅くない。また見地も変わってくるだろうしな。これが親心だ」
私は黙って頷いた。
「それを汲んでもらった事は感謝する。しかし、気に入らない事が一つあるのだ」
「気に入らない事ですか?」
私は思わず身構えた。
「失礼ながら、そこの者を使って調べさせて貰ったよ。君が過去に悲惨な体験を二度もしている事。これにより、生涯子供が産めない身体になった事、これについては、私からはなにも言えん。言う資格はない。しかし、ここからが気に入らないのだが、なぜ自分の周りにいるものは死ぬと決めつけて、ある程度で遠ざける? 今回のアイーシャもそうだったのであろう。確かに、そういう経験を多くしているようだが、私にはナンセンスに思える。必ずそうなるとは限らぬだろう?」
「……私の名前はカシミール・ブラド・ドラキュリア。吸血鬼です。鬼は災いを呼ぶ者。近寄るべき存在ではありません」
答えになってない。分かってる。
「なるほどな。アイーシャが惹かれるわけだ。昔から、放って置けないのだよ」
「ねぇ、今からでも遅くないから、元通りに……」
「お前は黙っていなさい。カシミール殿も半端な覚悟で決断したわけではあるまい」
私はそっとうなずいた。アイーシャなしの生活などない環境を、彼女の意見すら聞かず一方的に自らぶち壊したのである。飾りは要らん、タダの自己満足のために。
「その覚悟、私も受けよう。今後一切、アイーシャには近づかぬ事。これが、私の覚悟だよ」
私は迷わずうなずいた。そのくらいの覚悟がなければ、こんな事するか。
「よし、話しは以上だ。その者たち、後は任せた。丁重に送り届けて差し上げろ」
小屋から出ると、私は一息吐いた。
「あのさ、いい加減手錠……取ってくれないのね」
私は諦めてもう一度息をついた。気配で分かる。
「まぁな。せっかくゲットした『お宝』だ。もう一カ所くらいは付き合ってもらうさ。また、あのおっかねぇ剣出されたら怖いからなぁ」
「出さないって。あれ、痛いのよ」
私は思わず苦笑してしまった。少なくとも、このオッサンたちは敵ではない。
「おい、どうするよ。ここから港まで結構あるぜ?」
オッサンの相棒が静かに聞く。港?
「おいおい、俺たちの仕事忘れたか? アイツを頂くのさ」
オッサンが指差したのは、小屋の前に駐められていた黒塗りの高級車だった。
あーあ……。
??? アレステ王国南岸 名もなき港……
「こ、こんな田舎に『オハイオ級』……」
いかにもひなびた漁港という桟橋に、似ても似つかぬその巨体。世界最大級といわれている巨大潜水艦の異様な姿があった。
「ああ、コイツは俺たちの移動式アジトだ。武器は自衛用の魚雷くらいしか積んでねぇから安心してくれ。結構広いぞ」
ここに来て、オッサンは私の手錠をようやく外してくれた。やれやれ。
「目立つから空路は使えないだろうしな。こっそりドラキュリアまで送ってやるよ。まあ、ゆっくりしてくれ」
オッサンに続いてハシゴ状のステップを登り、艦内に入ると戦闘艦だった面影はほとんどなかった。いきなり広大なリビングである。
「色々弄って全自動で航行出来るようにしてある。民間船舶と変わんねぇな」
……こんなゴツい民間船舶があってたまるか!!
「おい、出港だ。深く静かに潜行せよ!!」
「アホか」
いいコンビだ。全く。
こうして、私たちは静かにアレステ王国を離れたのだった……。
侍女様を置いてきてしまったが、そこそこのタイミングでC-5Mを使って帰還するだろう。私はもう帰って寝たい。ただそれだけだった。
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