第41話 アイーシャへの帰国命令

 ある日、アイーシャの元にアルステ国王から封書が届いた。

 侍女様がそれを使用人室に持ち込んでしばらく、まるで手榴弾でも爆発したかのような声が巻き起こった。

 私は自室で滅多に座らないテーブルに座り、その時を待つ。半ば私が仕組んだ出来レースではあるのだが、私の方にも「通達」が来ている。ほぼ要望通りの。

 そして、ノックもせずに部屋の扉が開き、アイーシャ突撃してきた。

「落ち着きなさい。アイーシャ」

 自分でもこんな声が声が出せるのだと驚きつつ、私は机の上で腕を組みながらアイーシャに言った。

「あ、あれ、なにか、今日の姫様違う……。もしかして、あの通知が……」

 アイーシャが汗びっしょりの顔で言った。

「はい。あなた来て、私に来ないはずがありません。読み上げましょう『アイーシャ・クルセイダー殿 貴殿を王宮魔法使いとして採用する事とする。なお、現在ドラキュリア王国にて実施中の留学は中止し、直ちに本国に帰還する事』国王様のサインと、あなたの両親のサインがあるわね。アイーシャ、荷物を纏めなさい。これは、このカシミール・ブラド・ドラキュリアからの正式な命令と受け取って下さい。この時点をもって、楽しい日々は終わりです」

 瞬間、アイーシャは崩れ落ちた。心を鬼になんて言うが、そもそも私は「鬼」だ。ただそれだけの事。

「さて、忙しくなります。侍女様、あとのサポートを」

「はい」

 床に崩れたアイーシャを抱え上げ、部屋から出て行った侍女様が扉を閉めた瞬間、私は大きくため息をついた。

「これでいい。ドラキュリアで燻っているよりは……」


 一ヶ月後。全ての準備を終えたアイーシャが国に帰る。お土産……というより、置いておかれても困る戦車はお持ち帰り願うとして、眼下を行くM1A2エイブラムス戦車を上空から私のフォージャーと、侍女様のアパッチがしっかりブロックしている格好だ。なお、何を血迷うか分からないので、戦車の実弾は全て抜いてある。あの「通告」以来、私とアイーシャは口を聞いていない。

 やがて空港が近づいてきた。戦車を運ぶため、今回はC-5M スーパーギャラクシー輸送機を使用するよう手はずは整えてある。

「侍女様はアイーシャのケアか。まっ、当然ね」

 無線でのやり取りを危機ながら。私は思わず苦笑してしまった。私には一切話しを振ってこない。それでいい。

「そりゃ嫌われるか。まあ、言えた立場じゃないんだけどさ……」

 

 空港に当直し、巨大な輸送機に戦車を積み込む作業が完了すると、私はそそくさとコックピットに消えた。狭いながらも機能的に作られた室内には、オブザーバー席の一つくらいはある。

 壁にへばりつくような簡素なシートにベルトで体を固定し、ついでにヘッドセットで飛び交う無線の声を何となはなしに聞く。意味は分かるが、ノーテンキに解説する気分にはなれない。

 プッシュバックの許可が出て巨体が駐機場から押し出され、地上走行へ……程なく滑走路に到達すると、四発のエンジン音も高らかに離陸した。

 気象条件は最悪。ガタガタと揺れまくる機体を抑えつつ、機長が気象レーダで比較的まともな場所目がけて機首を向ける。その全ては、空港の管制塔に報告されるので、今頃パニック状態になっているだろう。なんだか申し訳ない。

 こうして大荒れの中、私たちはドラキュリアを飛び立ったのだった。


 重量物を積んでいるせいか、はたまたあたしがそろそろぶち切れると察したか、今回は「魔の巣」を避けて飛行している。遠回りになるので、少し時間は掛かるが明日の朝にはアルステに到着するだろう。

 コンコココンコンコン!!

 コックピットドアで所定のノックがした。要員の一人が監視カメラの画像を見て、私をちらりと見る。そこにいたのは、侍女様だった。

「開けて

 短く言うと、乗員の一人がスイッチを操作し、電子式ロックの開く音がした。

「姫、大丈夫ですか?」

 さすが侍女様、隠し立てはできんか……。

「大丈夫と言ったら嘘。でも、今回は私情NGよ。アイーシャを送るまで、私はドラキュリアの王族じゃないといけないから」

 ここ久しく忘れていた笑みを浮かべてみせる。

「分かっています。アイーシャのフォローは私にお任せ下さい。彼女も突然の事に、気持ちが付いていっていないようなので」

「でしょうね。酷なことをしたと分かっているけど、これが最善策よ」

 侍女様は何も言わず礼だけして、コックピットを後にした。

 もうお分かりかと思うが、アイーシャを王宮魔法使いにしてはどうかと、アルステ国王に持ちかけたのはこの私なのだ。彼女の優れた才能を、好いた惚れたで無駄にしているのは勿体ない。そこまで書いた。その結果として、こうなったわけである。後悔は大いにあるが、どこかでキリは付けねばならない。手遅れになる前に。

「やれやれ、なんかおもっくそぶん殴りたいわね」

 私のつぶやきに、近くの乗員がビクッと体を震わせた。

 ……いや、あんた殴ったら墜ちるから。


 輸送機が特大過ぎて一般の駐機場に入れないため、大型貨物専用駐機場へのご案内へとなった。

 異例の事ではあるが、アイーシャの両親は元より国王様まで揃っての出迎えである。

「この度は……」

 戦車の荷下ろしやらなにやら大騒ぎしている最中、私は三人に言葉を発しかけたのだが……。

「よいよい、そなたの顔に全て書いてある。どれ、わしはあちらを見てくるか」

 国王様は戦車に向かっていってしまった。

「カシミールさん、今後のご予定は?」

 いつぞやとうってかわり、すっかり紳士的になった父上がさらっと問いかけてきた。

 ……な、何があった?

「はい、このままとんぼ返りの予定です。他に特に用事もないので……」

 私がそう言うと、父上と母上はお互いに顔を見合わせ、意味深な笑みを浮かべた。

「ごめんね。今からあなたを誘拐するわ」

「へ?」

 母上の言葉を飲み込み込むより早く、私の両手には手錠!?

「はい、いらっしゃい!!」

「ちょ、ちょっと!?」

 結局事態が飲み込めないまま、私は車に放り込まれたのだった。


「フフフ、一回やってみたかったの。これ」

 どこだか知らないけど。こぎれいなコテージに連れ込まれた私は、あっさりと手錠を外された。……な、なんすか!?

「ああ、安心するといい。ここはうちの別荘の一つだ。煖炉に火をつけよう」

 父上がパチッと指を鳴らすと、部屋の奥にあった煖炉に火が点る。なんか知らんが凄い。

「あ、あの、一体?」

 ダメだ、ガッチガチに固めていたから調子が戻らない。

「よく分からない私ですら分かったよ。このまま帰したら、お前さんが相当苦しむってな」

 適当に掃除しながら、父上がポツリと言った。

「いえ、私より娘さんのケアをした方が……」

 至極当然の意見だと思うぞ。うん。

「あれは、国王様やあなたの侍女様が見てくれる。私たちが入り込む隙間なんてないわ。じゃあ、あなたのケアは誰がするの?」

 母上が小さく笑みを浮かべた。

「えっと、王族たる者セルフサービス!!」

 持論ではない。我が家の教えだぞ。

「……まずはメシだな。話しはそれからだ」

 父上の言葉で一旦話しは打ち切りとなり、まずは別荘内探索。それほど広いわけでも豪華なわけでもない。寝室が三つと居間とキッチン兼食堂があるだけだ。

「寝室はどこでもいいわよ。一泊くらいしていきなさい」

「……はい」

 どのみち、帰してくれない事には帰れないのだ。言うことを聞くしかない。

「もう、そんな暗くなって。いつもの明るさはどこ行っちゃったのよ!!」

 母上がそっと抱きしめてくれたが、今の私には響かない。

「……あらら」

 こうして、なんだかよく分からない展開が始まったのだった。


 昼ご飯をこなし夜ご飯を済ませ、ただメシ食らってるのも悪いので片付けようと思ったら阻止され、本気でやることないので寝室のベッドに寝っ転がり天井を眺めていた。

 といっても、なにか考えていたわけでも天井の染みを数えていたわけでもない。ただボーッとしていただけである。

「はい、お待たせ。私はお酒だけど、あなたはコレよね?」

 ベッドの上にヒョイと起き上がると、母上はいかにもアルコール度数が高そうなお酒の瓶、そして私に差し出されているのは……なんだこれ、血液袋? しかも人間の!?

「ああ、やましい事はないわよ。それ輸血パックって言って……病院からパクった」

「……やましいです」

 ダメだ、ツッコミにキレがない。

「なんだか、別の子みたいになっちゃってまぁ……。とりあえず、それ飲んでみてよ」

 やましい血液パックを受け取り、思いっきり牙を刺して……チューチュー吸ってみる。うん、A型だね。美味い。

「……ダメね。こりゃ重症だわ。死ぬんじゃない?」

「……かも」

 そう言いながらも、血液パックは放さない私である。人間の血液など、そうそうないご馳走だもんね。

「はい、おいで」

 ベッドサイドの椅子に座っていた母上に、私は血液パックを咥えたまま素直にボフッと飛び込んだ。血は大事だ。

「……少し力入り過ぎなんじゃないの。あとさ、悲壮になりすぎ。原因は分からないけど顔にはっきり出てる」

 ……。

 気が付けば、私は母上にしがみついていた。自らアイーシャを追い払った手前泣きはしないが、こんな甘えていいはずもないが、そんな資格なんて欠片もないが、頭撫でるなってもう!!

「聞いてる。あなたのご両親って外遊ばかりで城にほとんどいないんだって? よくやってるわよ」

 私はそっと母上から離れた。いいことはなにもしてないよ。本当に……。

「あれ、ここも地雷かぁ。あなた、どれだけ無理してるの!!」

「あはは……あーあ」

 私は再びベッドにひっくり返った。

「年齢いくつだか知らないけど、私からしたら見た目は子供。背負いすぎよ」

「それが王族ってものですよ。はい」

 だいぶ調子が戻ってきた。ふぅ。

「はい、血液おかわり」

 ……何個パクってきたんだ。

「はい、ありがとうございます……」

 血液パックに食いつくと、今度はO型か……んなっ(RH-)ですと!? ありがたや。

「そんなに美味しいの。それ?」

 母上が小さく笑った。

 ……し、しまった。つい夢中で!?

「ほら、いくらでもあるから……」

「い、いや、いくらでもって……」

 箱に山積みの輸血パックを見て、私は唖然としてしまった。

 あの、何人前の輸血ですか。これ?

「あら、吸血鬼さんて年中血を吸っているんじゃないの?」

「それは大いなる誤解ですよ。そんなに燃費悪くありません!!」

 あんなに飲んだら「血当たり」してしまう。まったく。

「あら、じゃあ勿体ないから私が……」

 母上は輸血パックを一つ手に取り、それを思い切り食いちぎって中の血の舐めると……うーん、描写自主規制。スラストリバーザー全開とだけ書いておく。

「あー……よく、こんなの……」

 私一人ではどうにもならなかったので、一体何をハジクつもりだったのか居間でバレットライフルを手入れしていた父上に手伝って貰い、母上をまるで殺人現場のように血まみれになってしまった私の寝室から自分の寝室に移し、私はせっせと介抱していた。

「なにするんですか、もう。人間が人間の血液なんて飲んだらそうなります!!」

 さすがというか、アイーシャの母上。何をするか分からん。

「だって、美味しそうに飲むから……」

「私は吸血鬼です!!」

 全く……

「きょうはもう、大人しく寝て下さいね。では」

 私は自分の寝室に戻り、ちょっとだけため息をついた。血まみれなのはいいのだが……まあ、いいや。気にせず寝てしまおう。

 だいぶ調子は戻った。これで、帰国しても大丈夫だろう。この時、私はそう思ってそっと眠りに就いたのだった。

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