第40話 追憶と転機
フォルテ国際空港 最終着陸進入路(ファイナルアプローチ)
すでに滑走路は真っ正面だ。787は滑るように空港に進入し、ドン!! と衝撃がきて逆噴射が始まる。
「はい、皆さん。お疲れさまでした」
私はまだ機体が動いているうちにベルトを外して席を立った。よい子は真似をしてはいけないぞ。
「さっきもいったけど、あなたたちは機内待機よ。一歩でも出たら……」
「出たら?」
ずいっと顔を近寄せ、侍女様が聞いてきた。
……うっ、私の性格知ってるからな。こうなったら。
「泣く。思いっきり」
「……」
何も言わず、侍女様は私から離れた。
「アイーシャ。絶対に出ないように。大変なことになります」
「は、はい!!」
よし、効いた!!
「じゃ、行ってくる。三日間大人しくしててね」
私は狭い乗降口からボーディングブリッジを渡り、入国審査となるのだが、一応VIP扱いなので、特設のカウンターでやる。当たり前だがホビットの係員であるが、小人と言っても極端に背が低い訳ではない。背が高い者になると、私の胸くらいにはなる。
なんかへんなものでも持ち込んでるわけでもなし、あっさり通過するとそこはもう異国だった。
「ふぅ、予定何だったっけかな?」
全く、侍女様がいないとすぐこれだ。幸い、SPチームも同行しているので、その導きに沿って行けば問題ない。
程なくお約束通りの黒塗りの車に乗せられ、私たち一行は移動を開始した。さすがにホビット仕様という事はなく、普通に乗っていられる。
「今後の予定は?」
久々だなと思いつつ、私は「王女」の口調で黒服に聞いた。
「はい。このあと本日の宿に移動して一泊、明日の午前中にフォルテ国王様と接見ののち、午後は……」
まあ、お定まりのつまらん用事か。
「3日目」は自由行動です。お付きの侍女様より、『キングスノート墓地』への参拝が提案されておりますが、いかがでしょうか?」
瞬間、私の血が止まった。気がした。侍女様のやつ……。
「分かりました。その予定でお願いします」
……キングスノート墓地か。千年ぶりくらいかしら。長いのか短いのか。
ノーテンキ馬鹿女な私でも、やるとききゃやります王族を。
諸々の日程をそつなくこなし、三日目最終日の墓地へと駒を進めていた。
「さてと、さすがに千年近いもんなぁ。残っているかどうか……おっ!?」
かなり朽ち果てていたが、まるで意地でも見せるかのように、その墓標はあった。風化してしまっていて文字は読めないが……。
「ポポフ・フォーリン……か」
その墓の「主」は分かる。久々にこの名前を紡いだ。
……あれは、まだ記憶に新しい。正確には、今から九百九十五年前だ。外遊の随伴としてこの国を訪れ、こっそり親元を抜け出した私はここの城下街を当て所なく彷徨っていった。
まあ、この辺の癖はいまだに抜けないのだが、護衛も連れずに勝手に動き回るのが好きだった私に取って、初めての外国というのはそれだけで刺激的だった。一応は一国の王女という自覚はあったが、吸血鬼である私に勝てる者などそうはいないと。しかし、これはガキンチョに過ぎないお転婆姫の奢りだった。
街外れまでフラフラと歩いてきたとき、多分、それなりの身なりをした私を見て「金」になると思われたのだろう。お約束通り、ホビットのゴロツキの集団に囲まれた。当時はまだ「サングイノーゾ武器」は使えなかったが、体術でいかようにもこなせると思っていたが甘かった、
散々ボコボコにされ、死なない事を忘れて死すら覚悟したとき、別のグループが現れた。本来この辺りをシマにしているグループらしく、ゴロツキどもを瞬く間に追い払ってしまった。一瞬だけ救世主に思えたが、事態は甘くなかった。より最悪な方向に突き進んだのである。
結論だけ記せば、侍女様に話してある性的暴行事件は「二回目」だ。話す必要もないので、この「一度目」は誰にも話していない。どうにも、私はついていない。笑っちゃうけどね。
まあ、それはともかく、適当にほっぽり出されて魂が抜けている所に現れたのが、ようやくご登場のポポフ・フォーリンとそのお父様だ。
慌てて手を差し伸べてくれた彼の手を、血塗れになるまで噛みまくったのを覚えている。吸血しようとは、不思議と思わなかったな。
私が吸血鬼であり、異国から来ている王族である事は、当然ながらすぐに知れて大騒ぎになった。とーちゃんとかーちゃんが、マジで怒ると怖いのは知っての通り。まさに踏んだり蹴ったりだが、私はボコボコにされた挙げ句、なんかこう城の納屋的なところに放り込まれるハメになった。今思っても、酷い話しだ。
そこで動く気力もなく、泣く気力すらなく、ただボーッとしていたら、ある日いきなポポフが、納屋の床を突き破って現れたのである。城壁の外からトンネルを掘ってきたとか……凄まじい根性だった。
まあ、だからといって「あんな事」があったあとでは、男の顔など見たくもない。なにかにつけ、私を元気づけようとしてくれる彼を無視していたが、最後は私が折れた。とにかく、なにがそうさせるのか、意地と根性の塊なのだった。
彼と少しずつ心を通わせるうちに、いつしか大切な人へと変化していったが、しかし、それは許されぬ事。身分差なんてセコい話しではない、種族差という壁だ。殺されない限り生き続ける吸血鬼と、明らかに短い寿命のホビットでは絶対に踏み越えてはいけない一線があり、それは彼もよく分かっていた。
二ヶ月にわたった外遊の帰国前日。私は彼から指輪を手渡された。トネリコ・リング……樹齢数千とも数万とも言われるトネリコの木を削って創った、非常に貴重な物だ。そして、最初で最後の軽いキスを交わし。私の初恋は終わった。
「なーにが、『深い意味はない。お土産だ』よ。馬鹿たれ……」
その指輪は、今も私の指にはまっている。どの手の何指かは明かさないけどね。
なお、ポポフは私たちが帰国した直後に、交通事故で亡くなったと聞いている。ほら、私の周りには死が取り憑いているのだ。
「さてと、そろそろアイーシャの目を覚まさないとね。私には勿体ないわ」
私は墓標にポンと手を当て、くるりと踵と返して歩き始めたのだった。
夕闇迫る滑走路を787は駆け抜け、勢いよく空に駆け上った。
たった三日間だというのに大げさに騒ぐアイーシャを、無機質な表情で蹴り飛ばす侍女様の姿を見てから、私は静かに目を閉じた。
今やアイーシャなしの生活など考えられないが、果たしてそれが彼女に取って益となるか?
……ネガティブ。少々特異体質ではあるが、彼女は人間だ。吸血鬼などと必要以上に深く関わるものではない。それに、私は「死」に好かれている。今なら、まだ間に合うかもしれない。ここまで来て今さらだが、私もやっと目が覚めた。
私は暴れる二人を尻目に、そっと後部の王族専用エリアに向かったのだった。
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