第39話 最新鋭のアーバンライナー

「これはまた……」

 747-400には乗り慣れている。「王族専用機の予備の予備機」として、最近導入されたボーイング787-9。現在最新鋭の大型旅客機である。これがコンコルドの後を継ぎ、メイン機747-400の予備機となる。

 ちょうど偽装が終わり、まだ真新しい匂いの残るこの機体が、贅沢にも今回の私たちの「足」だ。たまたま完成したので、テストも兼ねてフォルテ王国まで行く事になったのだ。

「さて、みんなその辺のシートに着席して。エチケット袋出して!!」

 お約束の事を叫びながら、私は自らも適当なシートな腰を下ろした。真新しいレザーの匂いが鼻をくすぐる。悪くない。787の正式な愛称は「ドリームライナー」だが、ドラキュリア王族専用機になるに当たって、改名されたのが「ドラキュリアロイヤル『アーバンライナー』」。いくら困ったからって、アーバンライナーはなかろう。爆笑したことは言うまでもない。

 しかし、アーバンライナーでも、最新鋭機は最新鋭機だ。ロールスロイス トレント1000エンジン二機に火が入り、ジェット音も高らかに空港内を走り抜ける。そして、滑走路端に着くと、そのまま止まることなく滑走を始めた。混んだ空港ではよくあるパターンだ。

「~♪」

 隣の席でアイーシャが歌う鼻歌は、「ゲーム○ーイ版 『サ△3 時空の覇者』より ス◇スロスのテーマ』だ。どーだ、知らないだろ。フフフ、どう見てもF-117にしか見えない神々の戦闘機だぜ。

「あれ、なんでエンジン三つだったんだろうね。効率悪かろうに……」

「それは、単にストーリー展開かと……」

 この辺は、分かるヤツだけ分かれ。私たちを乗せた787はふわりと浮かび上がると、一気に高度と速度を稼いでいく。こうして、私たちはドラキュリアの地を離れたのだった。


「さすがに『アーバンライナー』。静かなものね」

 可哀想なので本来の愛称で呼んであげたいのだが、王族としては、それは憚られる。このままいかせて貰おう。

 さすがに最新鋭機だけの事はあって、機内は静かで快適であり、色々な色に変わる機内照明があったりして楽しい。

「へぇ、うちの国にはこんな飛行機はないですねぇ」

 シートベルトをしっかり締め、辺りをキョロキョロ見回しながら、アイーシャがもう何度目かわからないセリフを吐いた。

 気象条件が悪いのか、ベルト着用サインは消えなかったが、どうせ、もうすぐ「悪魔の目」に突入するだろう。全く、燃料をケチるのはいいが、万一堕ちたらどうする気なのやら……。

「やれやれ」

 私はこっそりつぶやいたのだった


ズムウォルト洋上空「悪魔の目」 高度:一万一千五百フィート(約一万メートル)


「成層圏まで影響しているとは、さすがね……」

 通常、高度一万メートルを超えた成層圏では気象の変化は発生しない。時々、極端に発達した積乱雲が「突き抜ける」事はあるが、今みたいに常に嵐というのは考えられない。さすが「時空の特異点」だの何だの言われるだけの事はある。おっと!!

「ふんぎゃあ!!」

 機体がぶっ壊れそうなくらい派手に乱高下し、悲鳴を上げたのはアイーシャ……かと思ったら、なんとあの侍女様だった。嘘だろ。おい!!

「失礼……」

 慌てて取り繕ったがもう遅い。戦闘機パイロットでもある侍女様が……へぇ。

「体調でも悪いのですか。侍女様?」

 嫌みったらしいな。うん。

「はい、姫の子が……」

 ブーッと私とアイーシャは同時に吹いた。

「んなわけあるかぁ!!」

「吸血鬼のバカヤロー!!」

 アイーシャ、そりゃど~いうことだ?

「とまあ、冗談はさておき、少し侍女の仕事をお休みしなくてはならないかもしれません。カシムとの子を産むまでは」

「そりゃそうだ……って!?」

 その瞬間、私とアイーシャは共にパンチを放っていた。お互いの顔面にめり込む拳と拳。フッ……じゃねぇよ!!

「侍女様、今の話しマジか!?」

 嵐の揺れなんざ関係ない。私は席から立ち上がろうとして、アイーシャに渾身の力で止められた。

「医師のお墨付きです。カシムと相談した結果、産む事にしました。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」

 主を置いてけぼりの懐妊劇。普通は許されるものではないが、他ならぬ私だ。ぶち切れて暴れるなんて事はしない。子供が産める身体ならば、止める事など誰が出来る?

「おめでとう。でもね、そういうことは、こんな場所じゃなくてもっと早く言うこと!!」

「言っていたら、同行させなかったでしょう。私はギリギリまで姫の侍女です」

 ありがとう。そして、馬鹿野郎!!

「殴っていい体なら殴ってるわ。全く、どいつもこいつも!!」

 ブチブチ言っていると、アイーシャにガシッと腕を掴まれた。

「私たちも……」

「無理。そして、なんで?」

 アイーシャが沈黙した。ふん……。

「にしてもまあ、ドデカい爆弾が潜んでいたこと」

「申し訳ありません」

 謝られてもどうにもならん。

「アイーシャ、今回は徹底的に侍女様を守るわよ!!」

「分かっています!!」

 かくて、なにか起きた時は侍女様抜きという変則編成の上、侍女様を守る事を優先しなければならない事になった。

「私はまだ十分に行動出来ます。ですから……」

 はぁ……。

「クレア・シェフィールド。一時的に侍女の任を解き、機上待機を申しつける。そして、お目付役兼護衛として、アイーシャを残す。いいからジッとしていなさい。これは命令です」

「わ、私もですか!?」

 アイーシャが声を上げるが、一睨みで黙らせた。これでも、一応は吸血鬼だ。

「もし、侍女様になにかあった時に、対応出来るのはあなたしかいない。いい、死んでも守るのよ」

「……はい」

 さほど勢いよく言ったわけではないのだが、私の表情からなにか読み取ったか、アイーシャは素直に頷いた。

 いつしか、787は荒れた空域を抜け、平穏な旅を取り戻していた。

 あと一六時間強。なかなかの長旅である。私はそっと目を閉じたのだった。

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