第38話 隠せないって辛い吸血姫

「馬鹿女、お食事です」

「ありがとう、バケモノ」

 冗談でやっているわけではない。アイーシャの魔法は強烈だった。

 こうして、私の部屋にこもって三日ほど経つが、「欠片でも」本心と違う事を言えば、お互い両成敗で、一瞬意識が遠くなるほどの電撃が来るのだ。

 もはや、何を言われたって心に入らない、逆にこれならななんでもいえる。

「姫……は!?」

「ば!?」

 猛烈な電撃の嵐……擬音は書かないぜ。へへへ。効いた。

 てか、こいつ、私を姫と思ってない侍女だったのか。馬鹿女って酷いなぁ。バカだけど。

「確かに、これは二人きりじゃないとヤバいわね。私の事を馬鹿女なんて、侍女が呼んでいたら……」

 額の汗を拭いながら私は言う。いちいち述べていないが、城には多くの人が勤めている。誰かに聞かれたら、ただでは済まないだろう。

「……バケモノと思われても構わないのですが、ちょうどいい機会なので、これだけははっきり言っておきますか……」

 侍女様がそこで一呼吸置く。なんだ、辞めたくなったか?

「私はアイーシャのように公私混同して、色ぼけに突っ走るようなことはしません。親しくはしても従者は従者です。いかなる時も……」

 過激な嘘発見器は無反応だ。つまり、本心である。

「面白いので色々遊んだりはしますが、敬意は払っているつもりです。王族としてではなく、あなた個人に対して。実際、本心から尊敬しているのです。私が持っていた吸血鬼のイメージを、根底から変えました。それは怖い面もありますが、素直でむしろ人間の方が鬼に思えます」

 電撃なし……。

 話しを聞いていないわけではないが、返答に困った私は、侍女様の「テーマ曲」を控え目に口笛で吹き始めた。

「ひ……馬鹿女らしい反応ですね。困るとこうなる。だから、バカって呼ばれるんですよ」

「……酷いな。もう」

 思わず苦笑してしまった。

「私はねぇ、あなたがここまでのバケモノ侍女に成長するとは、欠片も思わなかったわ。あの『ピアニョーナ・クレア』が大化けしたんだもの。バケモノって、そういうことよ」

 ピアニョーナ・クレア、標準語に直せば「泣き虫・クレア」だ。まだ、侍女様ではなく侍女だった頃は、まあ可愛い子だった。思わず吸血しそうなくらいにね。

「ピアニョーナですか。また懐かしい響きを。今は嘘がつけないので言いますけど、あれ治っていないですよ。いつも泣いてばかりです。あなたと同じですよ」

 彼女は私に笑みを送ってきた。侍女様=クレア・シェフィールド……。

「私の二つ名は『吸血姫』だけど、嫌でわざと共通語訳していないものが二つあってさ」

「『サングイノーゾ・プリンチペッサ』、そして『ピアニョーナ・プリンチペッサ』ですね。『血まみれ姫』なんて格好いいじゃないですか」

 はぁ……。

「ダサいって。それより、問題はその後、『泣き虫姫』ってね。今はあなただけだし、心おきなくいけるか……」

 私は、いつも我慢する涙を全開で垂れ流した。

「あの馬鹿アイーシャ。こんな目に遭わせるなんて絶対許さない!!」

 ガキっぽい? ……自覚はしている。うん。

「全く、あなたはこれだから……。私だって、ずっといるわけではないのです」

 分かっているけどさ……。

 こうして、長いようで短い一週間は終わった。


「あ、あのぉ……」

 アイーシャの抗議は無視して、離陸準備は進められていく、

 私のフォージャー左翼機関砲の間に、大の字に張り付けにされた彼女は冷や汗ダラダラだ。

「姫、離陸準備完了です」

 私は一つ頷いてフライトスーツのファスナーを閉め、コックピットに収まって所定の手順でエンジンを掛けた。機体背面の垂直上昇用の巨大なダクトを塞ぐ蓋を開き、そして……垂直上昇モードで離陸した。

「スリーピング・キャットよりブランケット。ポイント・デルタまでの誘導を求める」

 機体の速度を上げながら、私はE-767にコンタクトを取った。

『こちらブランケット。ポイント・デルタまでは……』

 ポイント・デルタ……「ウニレステ・空軍実弾演習場」。死ぬなよ、相棒!!

 こうして、お仕置き飛行は終わったのだった。


 はい、久々に姫の仕事をすっかなぁというわけで。外遊外遊~。

 今回はアルステではなく他の国。フォルテ王国という、ズムウォルト洋を挟んで一番遠い国だ。ここは、ホビットという、簡単に言ってしまえば小人が治める国である。

「へぇ、ホビットですか。まだ、会ったことないですね」

 アイーシャがのんびりと言った。

「そっか……まあ、あまり友好的ではないからねぇ。馴れちゃうとそうでもないんだけど」

 さっさっと準備をしながら、私はアイーシャに言った。

「姫は会った事があるんですねぇ」

「会ったも何も、姫の初恋の相手はホビットですよ」

 侍女様がさらっと言った。

「ほげっ!?」

 アイーシャがなぜか鼻血を吹いた。もう、汚いな。

「ちょっと、もう、今から千年近く前の話しよ。結局、種族差の壁は大きくってね。今回の訪問は感慨深いわ」

 私は服のリボンをキュッと締めた。

「い、いえ、感慨に浸っているところ申し訳ないのですが、初恋についてですねぇ……」

 アイーシャは放っておいて部屋から出ると、私は自分の部屋から出た。

 いつも通り荷物を抱えてくる侍女様と……いつも通りじゃないアイーシャの動きが好対照だ。

「やれやれ、そんなに人の初恋って楽しいかねぇ」

 理解に苦しみつつ、私はヘリポートで待機中のブラックホークのステップに足を掛けたのだった。

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