第37話 血まみれの銃弾 始めました
サングイノーゾ……吸血鬼の血液から生み出されたその剣は、あらゆるものを切断する能力を有している。そして、私は拳銃を所持したことで、新たな「サングイノーゾ武器」を開発していた。
「9✕19ミリ……いわゆる、9パラ。試作『サングイノーゾ・ムニツィオーネ』。まあ、こんなもんか……」
薬莢は真鍮なのでそのままだが、弾頭は赤く透明で微かに光っている。上手くいけば、9パラの炸薬量で考えられる範囲の、あらゆる物をぶち抜く最強の拳銃弾になるはずだ。
ものは試しということで、城のシューティングレンジに厚さ一センチのアダマンタイトの板を十枚用意して、五メートル間隔で並べてみた。つまり、一番遠くて五十メートルだ。拳銃弾ならこんなもんだ。通常なら、一枚目も撃ち抜けない。
私はマガジンに一発だけ装弾し、ガチャッとスライドを引いた。
「さて……」
無理はしていない。弾頭の推進力になる装薬の量は標準だ。つまり……。
私はトリガーを引いた。それなりの反動が来るが、制御出来ないほどではない。
ガン!! と凄い音がして一枚目に穴が空き、それが一瞬で連続して……・
「わぁお……」
試作品は全てのアダマンタイトをぶち抜いていた。全ての解けたような穴が空いている。つまりこれは、最強の金属であるアダマンタイトごとき障害物に非ずということである。全く、恐ろしい子。
「拳銃弾でコレなら、ちょっとこっちはちょっと悩むわね……」
私は背後を見た。そこには、楽しそうに笑みを浮かべるアイーシャと、冗談みたいにバカデカい赤い弾頭を付けた12.7✕99ミリ弾とバレットライフルがあった。
「……場所を変えようか。城が倒壊したら困るしね」
冗談抜きに危険を感じ、私は手近の受話器を取ったのだった。
ドラキュリア陸軍 アレサ実弾演習場
城からヘリで20分ほどにある広大なここは、陸軍が装備しているあらゆる装備の試射や演習が可能だ。
「何度見ても……ゲテモノね」
異世界に一両しかないという鳴り物入りで輸入してみたら、重い、遅い、使い物にならないと散々叩かれ、この演習場の片隅でひっそりと余生を過ごしていたのがコイツ。T-95戦車駆逐車、またはT28重戦車とも呼ばれる。分厚い装甲板で作った平べったい箱に左右二本ずつ履帯を付け、真ん中にポンと大口径砲を付けたようなデザインはある意味分かりやすい。
しかしまあ、ゲテモノのコイツとていいところはある。それは、異常なまでの装甲の厚さである。今みたいに、複合装甲などない時代の恐竜みたいな戦車だ。防御力は装甲板の厚さのみ。正面の一番被弾しやすい場所で、実に破格の三百ミリを越える。
そんなバケモノ相手に、正面切って戦うバカがいた。赤い弾頭の銃弾を持ったアイーシャだった。このゲテモノにとっては12.7ミリ弾など、蚊に刺されたうちにも入らないだろう。しかし、アイーシャはバレッタを構えた。
バガーン!!
凄まじい発射音と共に、二千五百メートル先に鎮座するゲテモノの正面装甲に、パシッと火花が散る。そして、その背後の盛り土が盛大に巻き上がった。
軍関係者を交えて検証を行った結果、弾丸はあっさりゲテモノを貫通していた。これで判明した。複合装甲を持たない旧式の戦車は、この弾丸で充分に撃破出来る。これが、まず検証の前編だ。続いて後編、「現用の戦車は倒せるのか?」だ。むしろ、軍関係者はこちらの方が関心が高かった。
用意されたのは、「性能評価用」に輸入してある「チェレンジャー2」だ。いまや世界標準の複合装甲の草分け的存在であり、悪くない「モデル」である。
距離はやはり二千五百メートル。戦車というものは被弾しやすい砲塔前面が、一番重装甲である。ここを狙って、アイーシャがバレットを構える。通常なら、こんな勝負見えているのだが……。
アイーシャがバレットのトリガーを引いた瞬間、大砲のような発射音と共に銃身がリコイルし、特大の使用済み薬莢が銃から弾き飛ばされる。まさかとは思ったのだが、まさかだった。
「こりゃまた……」
複雑な材質が入り乱れる複合装甲だったからなのかなんなのか、今度は誰の目にもはっきり分かった。
チェレンジャー2の砲塔正面には握り拳大の穿孔が空き、僅かに弾頭が車内に食い込んだところで止まっていた。面目躍如というところだが、現用戦車にとって「たった」二千五百メートルとはいえ、歩兵の持つ対物ライフルでこの有様だ。もっと距離が近かったり、狙う場所によっては十分ノックダウンさせられただろう。なんとまぁ、本気で恐ろしい子である。
「姫、まさかコレを戦車砲の……」
「無理無理、どれだけ血が要ると思うのよ」
私は脇に控えていた侍女様に言った。
いくら何でも大きすぎる。12.7✕99ミリ弾を三発も作ればギブアップだ。高エネルギーな反面、原料となる血液は膨大なものとなるのだ。
ちなみに、たった一発に絞ればフォージャーに搭載している23ミリ機関砲の砲弾も作れるが、たった一発でどうする。つまり、実用性はほとんどない。
「ま、現実的な所は九パラか……」
大騒ぎしてなんだが、結局これが正しい「サングイノーゾ・ムニツィオーネ」といったところか。ああ、今さらだけど「血まみれの銃弾」的な意味合いになります。はい。
「さて、アイーシャ。帰るわよ。……って、なんで笑顔で包丁で私の手首を切る!! なんで器に血を溜める!! ぜったい、こんなアホみたいな銃弾作らないってこら、どさくさに紛れて無駄なキスしたってダメ!!」
「……大気の精霊よ、雷となりて愚かなる者に滅びを与えよ!!」
じ、侍女様!?
「サンダー・アロー!!」
……あれ?
「攻撃魔法なんて使えるわけないじゃないですか。バカ」
……出た、このバージョン。そして、使えないのか。侍女様よ。
「……教えましょうか?」
恐る恐るアイーシャが言う。よせ、バカ!!
「はい、ぜひ」
これ以上侍女様をパワーアップさせて、一体どーすんだよ。アイーシャよ!!
言ったところで意味がないので言わなかったが、私は侍女様verえっといくつだったかのアップデートに、暗澹たる思いを抱いていたのだった……。
……ほう、今宵は「フニクリ・フニクラ」ですか。
リパブリック讃歌と並ぶ替え歌の宝庫だが、元は大昔に開通した登山鉄道のCMソングだったというのは、意外とマニアックな情報かもしれない。
しかし、私は本気で関心しているのだが、明らかに再噴火すると分かっているはずの活火山の山頂近くまで鉄道を通すとは、なかなかの根性だ。まあ、案の定噴火で鉄道は廃業してしまったのだが、CMソングだけは時代を超えて受け継がれている。実は凄い曲なのだ。
「……で、いい加減そのアコーディオンをやめないと、私は不眠でへたるわよ」
そう、やたら陽気な曲を器用に演奏しているのは、他でもないベッドサイドの侍女様だ。
「では、覚えたての「睡眠」の魔法でも。姫、これを……」
……わーい、ハル○オンだ。うん、魔法じゃないね。これ……。
「ただの眠剤だね。バカ」
「バカと言った方がバカです。バカ」
……くっ、そのレベルで攻めてくるとは。やりにくい!!
「バカの事をバカと言った方がバカなんだぞ。バカ」
言ってて悲しくなるぞ。私よ。
「あなたはただのバカです。バカ」
なにおぅ!!
「色々ありますが……侍女のために命をかけるバカ。自分の命を軽く見過ぎのバカ。従者のミスをしかべき方法で罰せないバカ。そして……」
ガスっと私の髪の毛を引っつかんで強引に頭を固定すると、まるで機械のようにキスしてきた……って、ちょっと待てい!!
「こら、何しやがる!!」
私は侍女様がまだ小さな頃から知る。他の誰よりも恥ずかしい。その侍女様は、小さく笑みを浮かべていた。
「これくらいで、すぐその気になるバカ。安心して下さい。今のはほんの戯れです。私はあくまで従者に過ぎません。いついかなる時であっても」
「ど、どんな従者よ。全く……」
私は先ほど侍女様が差し出した眠剤をひったくると、アルミ包装を切るのももどかしく楕円形の青い錠剤を取り出して、水もなしにバリバリかみ砕いた(非推奨)
バカの戯れのせいで、こんなもんじゃ効かないだろうが、多分ないよりはマシだ。
「まさか、二千年以上も生きているくせに、この程度で動揺するウブな性格とか言わないですよね?」
「あなたが一番よく知っているでしょう。ここ数ヶ月がおかしいの!!」
……なんか、ムカつくな。全く。
「いえ、城に上がる前は……あっ!?」
思い出したか。前にちらっと話した気もするので割愛。言いたくもない。
変な沈黙が落ちる。ほれ、地雷踏んだ。下手に人をからかうものではない。
「……お水持ってきます」
侍女様はそっと部屋から出ていった。やっと静かになった。
「さて、寝られるかな……」
その晩、侍女様が戻ってくることはなかった。
私だって、別に血なまぐさい事ばかりやっているわけではない。
雪が積もった中庭、なんちゃらが手がけた名園とやらをみて、そのワビサビを理解しようと必死になっていた。
「……分からん!!」
庭はタダの庭だ。整っている事くらいは分かるが、それだけだ。
「はぁ、柄にもないことするもんじゃないわね。頭痛い……」
なんとなく頭を抱えていると、人が近づいてくる気配がした。仏頂面だけどバツが悪いと私には分かる侍女様、いつも元気なアイーシャ、息災そうなカシムである。いつもと同じそうで、全く違うところはその装備。全員がアコースティックギターを持っていたのだ。
「なに、ここで演奏会でもやるの? 場違いだけど許す!!」
私は思わず笑ってしまった。全く、何を考えているのやら……。
「それじゃ、姫の許可をもらったところで、みんな始めよう!!」
驚いたことに、リードしていたのはカシムだった。ギター一本のもの悲しい旋律から始まったのは……「カチューシャ」だった。程なく三重奏に変わった。豪華な「カチューシャ」という感じである。悪くない。そして、そのまま演奏は曲が変わりパンツァーリートからのジョニーそして、最後はドラキュリア国家でシメ。ふむ、よく出来たメドレーだ。
「へぇ、こんな特技があったのね。ビックリ」
これは素直に驚いた。なぜかコイツら楽器が出来るが、三重奏となるとそれなりに必要だったはずだ。
「まだまだです。では、楽器を変えて……」
よく見たらドラムセットがある、バイオリンもある、ギターもエレキとベースもある……なにが起こる?
私の疑念を旨に、バイオリンが情緒的な旋律を奏で……すぐさまギターが叩き越した……カチューシャ・メタルロックバージョンとでもしておくか。
かくて、カシム主導の大騒ぎは夜半まで続いたのだった。
「結局、何だったのかしら?」
大騒ぎしていった連中が帰っていったあと、私は静かになった庭を見ていた。
「あの、姫様?」
遠慮がちに声を掛けてきたのは、他ならぬアイーシャだった。
「侍女様から聞きました。今後、姫様の事についての一切を任せますって。私で務まるわけがないじゃないですか。なにがあったのですか?」
一瞬、何かあったっけ? という感じで波あったが、すぐに合点がいった。まだ、私の地雷を踏んだ事を気に病んでいるのだ。私なんて、すっかり忘れていたのに……。
「お互いに黙りですか……。良くない兆候ですね。一つ手を打ちましょう!!」
アイーシャは勝手に呪文を唱え始めた。なんか、嫌な予感しかしない!!
「侍女様、待避!!」
私が叫ぶより早く、侍女様は逃げていた。しかし、よく見なければ分からないような微かな「光りの紐」のようなものが私の首に巻き付き、鞭のように伸びた反対側が侍女様の首に巻き付いた。
「普段はイタズラはしません。しかし、お互いに本心で喋らないとバシッときますよ。元は、尋問用だったのですが、改良された魔法です。やりにくいでしょうし、お互いに二人きりになる事をオススメします。一週間で自動解除されます」
……このバカ!!
「何をするのですか。アイーシャ……」
頭を抱えながら、侍女様はその場にしゃがみ込んでしまった。ん? そこまでか?
ともあれ、私と侍女様の楽しい軟禁生活がスタートしたのだった。
あとで、アイーシャを逆さまにたこつぼに埋める事とを夢見て……。
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