第36話 アイーシャの治療
『アルステ国際空港発 ドラキュリア航空 2710便は定刻通り到着致しました……』
……来た来た。
アルステの母上に手紙を送るついでに、失礼ながらファーストクラスの航空券も一緒に送りつけたのだ。お互いにやり取りしている時間を惜しんだのである。
結果、母上のみならず医師団まで連れてくるという旨と日付の返信があり、3日後の今日こうして訪れたわけだ。
到着ロビーで待っていると、二十名ほどのスーツ姿の一団を従えて、母上がやってきた。
「この度は……」
代表して母上に挨拶しようとしたら、思い切りハグされた。品のいい香水の匂いが鼻をくすぐった。
「ごめんね。うちのバカ娘が迷惑掛けちゃって。腕利きの魔法医を揃えたわ。さっそく行きましょう!!」
「はい、こちらです」
まさか、こんな大所帯とは思わなかったが、たまたま城のブラックホークの運行に空きがなく、あまりに大きすぎて取り回しが悪く、買い手が付かずに市場で叩き売りされていた「Mi-26 ヘイロー」という超大型ヘリコプターで来ていた。
その定員八十名。最大で百五十名という小型機もビックリのキャパシティの持ち主だが、そんなに乗せる必要がないので、あえてゆったり仕様にしてある。それでも、定員五十名はキープ。この人数など余裕だ。
その巨体に一瞬ポカンとした面々を機内に案内し、私はまずはおもてなしの飲み物など……一応、アルコール類は避けておいた。
エンジン音が高まり、デカ物が中に浮かぶ。こう見えて、結構機敏だったりする。民間でも使われてはいるが、元々軍用機として開発された機体だ。
二十名の魔法医と母上、そして私と侍女様をそっくり飲み込んだ怪物ヘリは、約十五分で城に到着し、私は早々に一団をアイーシャが寝込んでいる部屋に案内した。
二十名がそれが医師であるという意思表示であるかのように、スーツの上に白衣を着る姿は……圧巻だった。
「す、凄い……」
少し離れて見ていた私は、思わずつぶやいてしまった。
「凄いのは見てくれではありません。魔法医術の腕……姫には分からないでしょうね」
……侍女様、その言い方はかなりムカつく!!
「コホン!! とりあえず、最終オプションに備えて辞世の句でも書いておくかな」
黒魔法……そうさせるほどのものなのだ。吸血鬼のこの私でもね。
「縁起でもありません……姫が死んだら、私は誰を虐めればいいのですか?」
……体を張らずに、死罪にしておくべきだったか。このヨ○○○○○ラ!!
「冗談です。目つきが怖いです」
……誰のせいだと。
「そういえば、彼の家電量販店から出店の打診がありました。確か『マルチメディアドラキュリア支店』でしたか。すでに歌も出来ているそうです。歌いましょうか?」
「……マジ?」
「嘘です。バカ」
……ぶっ殺す!!
「さて、冗談を言っているうちに、準備が出来たようです。そのコンパスをしまって下さい。どこから持ってきたのですか?」
いや、そこにあった!! 一回刺されろ!!
まあ、こんな不毛な事をやっていても意味がない。私はコンパスを放り投げると、二十名からなる医師団の動きに注目した。
ベッドの周りには魔法陣が描かれ、五人ほどの魔法医が呪文の詠唱に掛かっていた。魔法陣が光りアイーシャをドーム状に光りの膜が覆い、そして力なく消えていった。
「……ダメか。決定的に生命力が不足している」
医師団の誰かがそう言った。そして、一人が私を見た。
「アイーシャ嬢のいわば『得意体質』については、ご存じですかな?」
ああ、あれか……。
「私の血……吸血鬼の血が自分の血と混ざると、一時知的に吸血鬼化というか、不死性を持ってしまうというあれですね?」
その医師は黙ってうなずいた。話しを最後まで聞かなくても、なんとなく分かった。アイーシャを助けるには、私の血が必要。簡単な事だった。
「黒魔法の類いではありませんが、この生命力だと相当量必要になります。最悪、姫の体調に影響が……」
困惑気味の魔法医に、私は小さく笑みを浮かべた。
「私は必要なものを守るために、必要な事をするだけです。点滴セットに吸い上げていたのでは手間が掛かります。ダイレクトにやりますので、必要な施術の用意をして下さい」
言いながら、私はアイーシャの隣に滑り込んだ。彼女の体は、恐ろしく冷たかった……。
「では、施術に入ります。よろしくお願いします」
私は重たい彼女の左腕を取り、牙を突き立てた。腕も動脈の宝庫だが今回は静脈を選んだ。牙を通しての大々的な血液放出などやった事がないが、成せば成るってね。
そこに、魔法の膜がか被さって来た。おお!?
初めての事なので加減が分からない。勢いよく吸い取られて行くが、これでいいのか?
「姫のバイタル低下。このままでは危険です!!」
「アイーシャ嬢のバイタル上昇。経過良好だが、クソ、ここまでか!!」
残りの面子が一斉に虚空に『窓』を開き、なにか言い合っている。
「私はいいから、とっととアイーシャを治しなさい!! と、姫なら言うでしょうね」
ナイスフォロー、侍女様!!
「ですが……」
「姫なんていくらでも替えが利きます。しかし、アイーシャは替えが効きません。ガッツリ攻めて下さい」
……いや、そこまでは言ってない。なにか、そこはかとなく間違えている気がするけど、まあ、いいか。
「で、では、いきます!!」
魔法医の声が聞こえた瞬間、全身の全てが持っていかれるような感覚が走り、強烈な目眩に襲われた。
しかし、アイーシャの体温が戻って来ているのが分かる。全く、手間の掛かる相棒だ。
「シフト……鬼モード……」
しかし、変化がなかった。ここまで引っ張られたか……。
「いよいよ……死ぬかもね」
私はそっと目を閉じた。鬼モードは体の一部。それにチェンジ出来ないほどまで弱体化させられたとなると、いよいよ命に関わってくるはずだ。
と、私に掛かっていた「圧力」が消えた。
「姫!!」
侍女様が素早くアイーシャの腕から、私の牙を引っこ抜き……そのままベッドにぶっ倒れた。というか、押し倒された。
「お疲れさまでした。施術完了だそうです。しばらく動かない方が良いそうで……」
私の上に覆い被さるようにして、侍女様がこそっといった。いや、これでは動きたくても動けん。
「分かったから、退いて。重い……」
「重いとはどういうことでしょうか?」
さらにグリグリと体重を掛けてくる侍女様。か。勘弁して……。
「いや、ごめん。軽いから退いて!!」
侍女様とアホな事やっている体力などないのだが、なんかイジメられてる。私?
「嘘。バカ」
「なにその新パターン……ぐぇ!?」
普段の私なら潰されるような事はないが、今の私には……。
「ウフフ、やはり姫は弱っている時が、一番いい顔をしますね」
「変態!!」
やっと侍女様が退いた。何なんだ、全く……。
「今日はそのままお休み下さい。動いたら……殺します」
……なんでやねん!!
まあ、どうせ動けない。クラクラして吐きそうだ。
こうして、アイーシャの治療初日は終わったのだった。
アイーシャが意識を取り戻したのは、それから二日後だった。
「うー……あれ?」
ゆっくり目を開けた彼女。ふぅ……。
「あれ? ではありません。あなたは従者でありながら、姫に……」
その姫をイジメたのは誰だ?
「まぁ、侍女様。相棒が本調子じゃないと、私も調子がね」
背後では医師団が慌ただしく動いている。その中から、母上が現れ……アイーシャの顔面に思い切りグーパンチをめり込ませた。ええー!?
私は、思わず隣に立っていた侍女様に飛びついてしまった。
「あなたねぇ、出先で病気なんて恥を知りなさい!!」
こぇぇよぅ!!
「ううう、なにか不条理な……ブッ!!」
なにか言ったアイーシャの顔面に、再び母上の鉄拳がめり込む。これ。死ぬんじゃね?
「あらぁ、いつから口答えする子に育ったのかしら?」
ニッコリ笑顔で拳を構える母上に、何か言える者は誰もいなかった。
「ああ、ごめんねぇ。うちのバカ娘にお灸を据えて置かないと。また病気でもされたら困るもの」
……いや、いつ罹るのが分からないのが病気です。言えないけど。
私は気が付いていた。涼しい顔をしている侍女様の額に、うっすらと汗が浮いている事を。想定外だったのね。やっぱり。
「さて、娘も寝ちゃったし、私も少し休ませて貰おうかな。また娘が起きたら教えてね。こんなものでは済まさないから」
優しげな笑みを浮かべる母上に、私と侍女様はコクコクとうなずくしかなかった。
すまん、アイーシャよ。私はまだ死にたくはない……。
結局、アイーシャが全快したのは七日後だった。母上の「お灸」がなければ三日くらいで回復した気もするが、それを言ったら消されかねないので何もなかった事にした。
一同をヘリで空港まで送り、私は出発ロビーにいた。見送りはここまでだ。
「じゃあね。またなにかあったら呼んでちょうだい」
最後に長いハグをして、母上は手を振りながら二十名の医師団を連れて立ち去っていった。
「はぁ、なにか嵐のような七日間だったわ」
「はい。私もなにか疲れました」
そして、滅多にないが、私と侍女様は顔を見合わせて笑った。そう、侍女様とて人間だ。時々忘れるけどね。
「さて、展望デッキにでも行きましょうか。最後の最後までお見送りするのが、ドラキュリア式よ」
「はい。お供します」
こうして、ちょっとした事件は解決したのだった。
「ところで、アイーシャの病気ってなんだったの?」
「はい、色々調べましたが、単に風邪を引いて熱が出たので、熱冷ましの薬を大量に飲んだだけのようです」
……それ病気じゃねぇ。アイツ、殺す!!
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