第34話 処刑?

 王立……というか、そんなもん民間であるはずもないが、通称『処刑場』は街の外れに設けられている。

 普段は重罪人の処刑に使われているが、王家の人間が処刑されたのは、記録に残る限り五千八百年前だ。つまり、私自身も含めてここのいる人物が初経験となる。

 ああ、そうそう。王家の査問委員会の裁定は、最高裁判所の承認を得ることで正式な判決と同等と見なされる。ここでこのややこしい制度を細かくは語らないが、私は正式に死罪判決を受けたのと同じというわけだ。

 処刑場に運ばれる間、私は一人だった。もともど随行員は許されないが、あの二人はどこでなにをしているのやら……。

 そして、私は処刑場に立てられた柱に枷で固定され、その時を待っていた。しかしまあ、ギャラリーの多いこと。処刑場の柵の周りには、街の人間がほとんど来ているんじゃないかと思うほどだ。暇なのかねぇ。

 私の前には六人ほど兵士が立ち、ライフルを手に立っている。一応知っているのだが、六人のうち実包は一人だけ、あとは空砲である。誰が殺したか分からないための配慮だ。

 と、ここで通常手順ではない動きをした、全員がライフルに込める前に弾丸を見せたのだ。

「ヴァンピーロ・ウッチーデレ・ムニツィオーネ!?」

 それは、ライフル用7.62ミリ、『吸血鬼殺しの弾丸』だった。

「一発が本物。あとは精巧に作られた偽物です。あなたは、この弾丸でないと殺せませんので、急ぎ作らせました」

 指揮を取る隊長的人物がそう言った。

 どこのバカだ、んなもん作ったの!?

 カチャッと背中で枷が鳴る。この時、私がどんな表情をしていたかは分からないが、変な汗が体のあちこちから噴き出している事だけは分かった。

「では……弾込め!!」

 兵士達が一斉にライフルに弾を込める。あわわ、ヤバい……。

「構え!!」

 カチャリ!!

 私は静かに目を閉じた……。

「う……」

「まてこら~!!」

 トタンジスタメガホン特有の甲高い薄っぺらい声だったので、一瞬誰だか分からなかったがアイーシャだ!!

 そちらを見やると、なぜか航空貨物を引っ張るあの車に乗って、ガラガラとこちらに近寄って来ていた。しかも、コンテナを二つ乗っけたまま……返してきなさい!!

 すぐ近くに来るとアイーシャは運転席から飛び降り、一個目のコンテナを開けた。

「とぅ!!」

「はいな!!」

 無駄にポーズを決めて飛び出てきたのは……えっ、とーちゃんとかーちゃん!?

 どっから出てくんのよ!!

「こ、国王様に王妃様!?」

 ほれみろ、辺りの連中固まっちゃったじゃん!!

「全く、いきなり呼び戻されたらこの始末、どういうことかね?」

 ポマードでテッカテカの髪の毛をなでつけながら、と……国王がそう言った。

「い、いや、その……おぶ!?」

 グーパンチ食らった。それも何発も……。

「あなた、そのくらいにしてあげなさい」

 金髪(天然)かーちゃんの笑み、そして、両手にあるマトリョーシカ。何するんだそれで!? こっちの方がこわ……うぎゃあ!?

 私の身に何が起きたかは書かない。書きたくない……四秒後、私は後ろ手に戒められた枷にぶら下がっていましたとさ。ひ、ひと思いに、殺せ……。

「さて、こんなものでしょうかね。では、びっくり箱二番オープン!!」

 ……まだあるのか。

 なんとかそちらを見やると……うぉ!?

「ほいせ!!」

「はいよ!!」

 だから、なぜ無駄にポーズを取る……じゃない、ツッコミポイントは!!

「アルステ国王様と、アイーシャの母上?」

 さすがに元気がないので、声を上げる事は出来なかったが……何しにきたんだ?

「全く、私の預り知らぬところで困った話しなのだがな、このアルステのお嬢様と婚姻関係にあり、なおかつその娘さんが我が国に留学中で、うちの娘といい仲らしいのだ。これだけでも親に内緒でけしからんというのに、個人的にアルステ国王陛下とも懇意にされていると聞く。親に報告の一つでもすべきではないかね?」

 また殴られた。思いっきり……。

「まぁまぁ、そのくらいにしてやってくれ。それより、死罪と聞いたが尋常ではないな。わしは他国に口出しする立場にないが、一つ許してやってもらえんかのう」

 アルステ国王様がのんびりと言った。すると、うちのとーちゃんが唸る。

「そうですなぁ。バカは死ななきゃ治らないと言いいますが、このバカは死んでも治りそうにありませんからなぁ。それに……」

 処刑場の隅っこの方で小さな爆発が起き、ど派手なアフターバーナーの炎を曳きながらスーパーホーネットが飛び去っていった。侍女様か。

「このバカが処刑された瞬間に、我々と刺し違えようと画策している、もっとバカもいるようですしな。国王の権限で、この者の死罪を取り消す。これでよかろう」

 これで最後とばかりに、私の顔面にとーちゃんの拳がめり込み、ついに意識がぶっ飛んだのだった。


「イテテ……」

 気が付けば私の部屋。あんまり広くないのに、全員集合である。

 なんか重いと思ったら、ベッドに寝ている私にへばりついて侍女様大号泣である。あーもう。

「すまん、殴りすぎた。ああでもしないと、あの場が収まらなかったからな」

 とーちゃんがバツが悪そうに言う。まあ、そうでしょうとも。

「分かってる。ありがとう……」

 実のところ、とーちゃんは虫も殺せない性格である。必要な時はきっちりやる。それは、国王ゆえの事だ。

「でもね、ちゃんと手紙くらいは欲しいかな。お母さん心配したわ」

 こっちの方がよほど怖いかーちゃんである。今は優しいが、怒らせると怖い。泣くほど。

「ごめんなさい。っていうか、いつもどこにいるの。書きたくても書けないんだけど……」

 実は、両親の居所を知らない。いつもあちこちの国を転々としているのだ。

「それは、私付きの侍女にでも渡してもらえれば、ちゃんと届くようになっているわよ」

 そうだったのか。知らなかった。

「しかし、お前のために、わざわざアルステからお見えになったのだぞ。ちゃんと礼をしろ」

 あっ!!

 取りあえず侍女様を引っぺがそうとしたのだが、退いてくれない。困った。

「ああ、そのままでよい。息災そうでなによりだ」

「心配したのよ、もう。うちのバカ娘もなにをやっているのか……」

 あっ、アイーシャがヘコんだ。

「さて、皆さん。ささやかですがお食事を用意致しました。この度は娘がご迷惑をお掛けしまして……」

 部屋から人がゾロゾロと出て行く。残ろうという素振りを見せたアイーシャだったが「お説教!!」と母上に首根っこ引っつかまれて連れて行かれてしまった。グッドラック!!

「侍女様、いつまでそうしているの?」

 彼女がこの城に上がってこんな様子を見せるのは、これで二回目だったか三回目だったか、本当に数えるほどしかない。私としては、彼女の行動を咎めるつもりはないので、早いところ復旧して欲しいのだが……。

「……私のせいで、姫があんな目に」

 やっと喋った。

「私は主であなたは従者。従者の不始末は主の責任よ。その従者を罰するのが主。不問だって言っているんだから、あなたが気にする必要はないわ」

 私はそっと彼女の頭を撫でてやる。こうしていると、まあ、可愛いんだけどね。侍女様がすっかり「侍女」になっている。

「いえ、そういうわけには……」

 ……やはり、納得せんか。ならば。

「罰するつもりはないんだけどなぁ。私のためにやったことなんでしょ?」

 もう苦笑するしかない。

「いえ、結果がこうなった以上は、姫のためとは……」

 グズッと鼻をすする侍女様を見て、私はちょっとイタズラを思いついた。

「分かった。あなたって、気配を消すの上手いし、何するか分からないし、忠実っていうわけでもないし、なんか猫っぽいよねぇ」

 全く、こんなことしか思いつかないのか……主失格だなと、我ながら思うけどね。

「どこの国だったか、『猫の首に鈴を付ける』って諺があったような、なかったような。命令。自分で自分に鈴付きの首輪を付けなさい。期間は一ヶ月。明日から三日で用意しなさい。これが罰ゲーム。今回の件は、せいぜいこんなもんでしょう」

 私は忘れていた。侍女様が異常なまでに凝り性である事を……。


 ……頭痛い。

 3日後、侍女様の首には真新しいピンクの首輪が巻かれていた。どう考えても、一生使えそうなほど立派なヤツだ。デッカイ鈴がいい音を出している。

「あのさ、一ヶ月って言わなかったっけ。オーバースペックって言葉知ってる?」

 うっかり変な事を言ってしまった。しくじった!!

「はい、念には念を入れて仕立てました。これなら大丈夫でしょう」

 通常運行に戻った侍女様が静かに言う。アホか!!

 そして、忘れていた。もう一人アホがいたことを……。

「ちょ、ちょっと、なんで侍女様だけなんですか。私にも命じて下さい!!」

 アイーシャよ。一回病院に行ってこい。なんかこう、検査的な事してこい。マジで。

「はぁ。ロクなのいねぇ!!」


 かくて、今日も平和だった。多分。

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