第33話 料理教室
「ここまで揃えますか……」
包丁、まな板、鍋……まあ、その辺は予想していたが、ミキサーやらオーブンレンジやらなにやらかにやら、電気で動く調理器具まで、店でもひらくのかというくらい、城の多目的ホールに並んでいる。
厨房やそこの道具は専任のプロが使うので借りるわけにもいかず、道具を全て新調する事となったわけだが……まあ、ここなら水も電気もあるし、普段使わないので問題ない。
しかし、一体どこでこれだけ調達したのだ、侍女様よ。街にあったかこんなの?
そして、さっきから口ずさんでいる、そのリパブリック讃歌を派手にアレンジした、陽気でノリノリな替え歌はなんなのだ?
まさかとは思うが、異世界に行って直接調達したのではあるまいな。死罪もありうる、重大な王令違反だぞ!!
「ああ、顔に書いてありますよ。お察しの通りです。一日いたら歌を覚えてしまいました。さすが、ヨ……」
「ストーップ!! 私はなにも聞いてない!!!」
危ねぇ。色んな意味で。
「ほら、そんな事より、さっさと料理!!」
「はい、では……」
始まった。地獄の試練が……。
包丁で指を切っては怒られ、ガスコンロでうっかり自分の腕を火傷し、ミキサーは大噴火し、オーブンで加熱しすぎて焦げた物を無理矢理食べさせられ……。
「まだまだ、ほど遠いですね。これだから、姫は」
しまいには、侍女様にため息をつかれ、私は大きくヘコんだ。
「……ドナドナでも弾いて。寝るわ」
「甘いです。礼に始まり例に終わる。料理は片付けに終わります」
……くっ!!
「たまに思うんだけどさ……侍女様って、結構エグいいじめっ子よね」
「いいえ、姫の鬼状態に比べたら、私など所詮人間に過ぎません」
……あっそ。
「片付けるから退いて!!」
もう面倒くせぇ!!
「はい、では激励に歌を……」
だから、そのリパブリック讃歌(改)は止めろ。チクるぞ!!
もの悲しいアコーディオンの調べの中、私は火傷やら切り傷やらの痛みを抱えて唸っていた。私の回復魔法では、治しきれなかったのだ。くそぅ!!
「それにしても、なぜもの○け姫は、王子のキスで目を覚ましたのでしょう? そのような術式は聞いた事がないのですが」
「知らないし、姫が違うし!!」
侍女様は至って真面目にボケるから困る。全く……。
ちなみに、もうお分かりとは思うが、こっちの世界でも普通に異世界の様々なメディアの娯楽やら何やらが入ってきている。単に物だけではない。
「失礼しました。再調査します。ごゆっくりお休み下さい」
何だったんだ、今の質問は……。
しかし、寝ろと言われてもなぁ。痛いし……。
しばしアコーディオンの音が続いていたが、唐突に静かになった。
「申し訳ありません。私の方が眠くなってしまいました。失礼します」
サッと侍女様の姿が消えた。そっか、侍女様も寝るのね……当たり前だけど。
「はぁ、寝られん……」
不眠の吸血鬼か。まあ、いいけど……。
しばらくグデグデしていると、カタリと微かな音が聞こえた。
「ん?」
生憎耳はいい。気のせいではない。
「とぅ!!」
いきなり、天井からアイーシャが降ってきた。
「のわぁ、いきなりどうしたの!?」
思わずベッドから上半身を起こし、私はアイーシャを問いただした。
「いや、なぜか姫の部屋の前に、異常な数の警報装置が設置されていましてね。それを回避してきたんでさぁ」
ニヤッと笑みを浮かべてから、口笛で「テーマ曲」を吹くアイーシャ。なんか、シブい。
……フッ。惚れたぜ、相棒……じゃない!!
「警報装置って、侍女様か……」
全く、無断外出封じか。やってくれる。職務に忠実なのはいいが、いささかやり過ぎるのが侍女様だ。
「ところで、その火傷やら切り傷はどうしたのですか。まさか、侍女様の折檻?」
……ある意味、当たっているけどね。
「そんなわけないでしょ。まあ、極秘任務よ」
サプライズにしておかないと面白くない。私はアイーシャにそう言った。
「分かりました。治療だけはしますね」
さすが天才魔法使い。一撃……じゃなかった、一瞬で私の傷を治してしまった。
「では、時間も時間ですので、私はこれで……」
天井から垂らしてある縄ばしごを登ろうとしたアイーシャの手を、私は優しく掴んだ。
「えっ?」
きょとんとする彼女の唇に顔を近づける。そして……唇同士が接触する寸前で、素早く顔の動きを変え、頸動脈目がけて牙を思いっきり突き立てた。
「ええええ、なんでぇぇぇ!?」
フフフ、頑張れよ。相棒。
14日後……。
私はアイーシャを多目的ホールに招いた。
「こ、これは……?」
居並ぶ料理、十四品。全て、私が作ったものだ。
「学校でぶっちぎり主席だって聞いたから、そのご褒美よ」
私の手はボロボロ。もはや、痛みを感じなくなった。
「まあ、不慣れながらに作ってみましたって感じかな。食べない事をオススメするけど、一応、どうぞ」
結果は分かっていたのだが、私はアイーシャに言った。
「姫の料理ですか。それは楽しみです」
ニコニコ笑顔のアイーシャだったが、私の気は晴れなかった。頼むから……死ぬなよ。
「冷めないうちにどうぞ」
静かに侍女様に促されてアイーシャは席についた。
「では、頂きます。まずはスープから。なるほど、吸血鬼だけに赤いですね……ん?」
スープを一口飲んで、アイーシャは少し首をかしげたが、全て飲み干した。
「なるほど。では、次は……」
はっきり言おう。絶対不味い。たった二週間で急に腕が上がるほど、世の中上手く出来ているはずがないのだ。
しかし、アイーシャは十四品全てを完食してくれた。でも、嬉しくはない。無理をさせたのは間違いないのだ。
「……不味かったでしょ?」
「そうですねぇ、オブラートに包めば個性的な味。包み隠さないで言えば、不味いです!!」
よく言った。それでこそ相棒だ。下手なお世辞は相手を傷つけるだけである。
「それと、『努力してくれたから、ありがとう』的な事も言いません。姫の性格を考えると、そんな事は望んでいないでしょう」
あらま、恐ろしい子。そこまで分かっているとは。
「一緒に作り直しましょう。基本は悪くありません。その先の手順を間違えているだけです!!」
「OK、やってやろうじゃないの!!」
こうして、私とアイーシャは料理を作り始めたのだった。
「てってて~……♪」
「侍女様、やめい!!」
ほら、言わんこっちゃない。
私は見て見ぬフリをしたが、侍女様が異世界に行った事がバレて、城中が大騒ぎになってしまった。親である国王と王妃は不在であったが、大会議室で臨時査問委員会が開かれ、私はその場にいた。事の「張本人」として……。
まあ、色々苦労して話しをでっち上げ、私の命で嫌がる侍女様を無理に異世界に行かせた事にしたのだ。事情はどうあれ、侍女様が勝手に行ったとなったら、恐らく死罪は免れない。異世界転移というのは、それほどの大罪なのだ。
「侍女を異世界に派遣した理由に関しては、法に定められた王族の権利として、一切の証言を控えさせて頂きますが、全責任はこのカシミール・ドラキュリアにあり、他の者に責はありません。罰するのであれば私を罰して下さい」
腰抜け大臣連中や官僚どもに、その根性があるか分からないが、私は淡々とそう言った。
しばらくざわついていた会場内だったが、やがて誰かが声を上げた。
「姫の行動は他にも余りある。ここは……」
「それに関しては、今この場で論じる内容でしょうか?」
誰が言ったかは分からないが、発言出来た事は素直に大したものだと思う。ちょっとずれていたのは、残念だったけれどね。
「王族とはいえ、王令に背いた事は事実です。いえ、王族でありながら王令をないがしろにした事実は重い。ここは厳正に処罰するべきです」
まだ若い官僚の一人が発言した瞬間、場の空気が一気に凍り付いた。
「では、具体的にどのような罰を考えていますか?」
大臣を始めとする官僚たちは、全員が普通の人間である。吸血鬼相手に、ビビって何も言えないものだが……面白い。
「死罪です」
……ほう。
お前、そのくらいにしておけ!! という小声があちこちで上がっている
「では、裁定を願います。私はいかなる決定も甘んじて受け入れます」
査問会は大荒れになった。結果……私の処分は正式に「死罪」となった。
「な、なんで……」
これは、アイーシャではない。恐らく、数百年に一度だろう。侍女様が顔面蒼白で感情を露わにしている。そのアイーシャにいたっては、言葉もなく。ただ、沈痛な面持ちで私を見つめるだけだ。
ああ、ここは私の部屋だ。処罰の執行までは、ここに軟禁される事になった。
「なに二人して大げさな。私は不死の吸血鬼よ。どうやって殺すか、楽しみじゃないの」
ドラキュリアでは死罪は銃殺である。普通の弾丸では私は殺せないし、吸血鬼殺しの弾丸である「ヴァンピーロ・ウッチーデレ・ムニツィオーネ」なんて特殊な弾丸など、そう簡単には手に入らない。楽しみじゃないの。
「私なんて庇わなくてもいいのに……。なんでこんな事を」
侍女様が完全におかしくなっている。そんなに、変な事したかな?
「あなたが気にする事はないわよ、ただ、必要な物を守っただけ。その結果を読み違ったけどね。まあ、単なる私の自己満足ってやつ?」
私は小さく笑った。ここで、葬式みたいになってはいけない。
「姫、執行はいつですか?」
アイーシャが小さく聞いてきた。
「えっと、二週間後かな。確か」
「分かりました。手を打ちます」
アイーシャは言い残して部屋から出て行った。
「……私も相応の対抗策を打ちます。殺させません!!」
扉に衝突しながら、侍女様も部屋から出て行った。
「通例で通常弾で撃って『殺した事』にするんだけどな。まあ、いいわ」
二人が出ていったことで、私は一気に肩から力が抜けた。
「ヤバいな。まさか死罪とは思わなかったわ、やれやれ」
精々、反省文くらいだと思っていたのだが……やってくれた。
「まっ、運を天に任せましょうか。なにも出来ないしね」
私はそっと部屋の天井を仰いだのだった。
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