第32話 Yak-38M改と料理??

 フォージャーの独特な飛行特性にも馴れ、私は毎日のように街へと出かけていた。なんというか、この莫大な燃料消費とそれに見合わない燃料搭載量を除けば、それほど悪い機体ではない。コツは必要だけどね。

「ここにスホーイかミグを置いておくのも悪くないか。なんてね」

 城の滑走路では無理でも、ここの滑走路なら通常の戦闘機が運用出来る。

 まあ、慢性的に混んでいるのがこの空港。いくら王女の私でも、いわばプライベート機なんて置かれたら迷惑だからやらないけどね。

「今なら、最新のMig35が特売……」

 例によって、ハリアーでくっついて来た侍女様が何か言いかけたが、両手で口を塞いで黙らせた。

 私は兵器蒐集家ではない。今はフォージャーで充分だ。

「まあ、滅多にないけど、血なまぐさい事が起きたら侍女様とアイーシャが突撃隊長だからね。よろしく!!」

 二人の肩をポンと叩いてから、私は真っ直ぐ閉鎖区画へ向かった。

 目的はフォージャーの改良である。私のモットーとして、異世界から輸入した兵器はそのまま使うという事があるのだが、現状では自衛すらままならない。

 そこで、せめて自分の身を守れる程度には、装備を調えてやろうと言うわけだ。最後まで悩んだのだが、苦渋の決断というわけである。

 この手の事で、腕利きの店を知っている。閉鎖区画に入ると、私たちは真っ直ぐその店に向かった。

 店内に入ると、ピシッとスーツを着込んだ男が、壁を背にして立っていた。「いらっしゃい」の一言もないが、標準装備なので気にしない。

「……ほぅ、ちょっと見ないうちに、銃を使うようになったのか。ワルサーP99か」

 低く静かに男が告げた。

「七百年ぶりかしらね。相変わらず強面で無口な事で」

 私はニタッと笑みを浮かべ、もの凄くゆっくりした動作で銃を引き抜いてカウンターに置いた。次いで、愛機の写真も置く。

「……相変わらず、一切カスタムしない主義か。悪い銃ではないが、何かと使いにくいだろう。お前には少し大きいかもしれないな。……さて、本題にはいろうか。Yak-38……いや、改良型のYak-38Mか。これをどうしたいのだ?」

 男はカチリとライターの音を鳴らし、タバコに火を付けた。ここに禁煙という言葉はない。

「多くは望んでいないわ。最低限の自衛能力を持つ程度に改良したいの。ミサイルやロケット弾の搭載能力をカットしてもいいわ。あとは、燃料をどうにかしたいわね。今のままだと、街まで来るだけで精一杯の場合もあるし」

 しばらく写真を見ていた男だったが、ふとこちらを見た。

「分かった、やってみよう」

 私は黙ってフィンガー・スナップした。侍女様が、マジックポケットから巨大な金貨袋を取り出して床に置いた。

「二時間後に取りに来るわ。急ぎ賃も込みよ」

 それだけ言い残し、カウンターの上の銃をホルスターに戻すと、私は皆を引き連れて店を出た。

「な、何者ですか。あの人、ただ者じゃないですよ!!」

 深呼吸しながら、アイーシャが叫ぶように言った。

「命が惜しかったら、詮索しない方が良いわよ。彼は王家の人間じゃない、数少ない一般の吸血鬼でね。もう付き合いが長いんだけど、なにか裏稼業をやっているみたいでさ。改造屋は仕事がないときの副業みたいなもの。でも、彼独特のねちっこさとマニアックさで腕は確かよ」

 私は知っている。彼が裏で何をやっているかを。それを「利用」したこともあるしね。もちろん、それがなんだかは言わないわよ。口が裂けてもね。

「さて、二時間適当に見て廻りましょう。たまには、武器以外も見たいしさ」

 こうして、時間はあっという間に過ぎて言ったのだった……。


「へぇ、趣味が分かっているじゃない」

 こっちで開発された魔力砲でもぶら下げてくるかと思いきや、さすがにこの男は分かっていた。

 戦闘機や攻撃機には、ハードポイントといって武装を取り付けるための場所があるのだが、フォージャーにはそれが両翼二か所の合計四つあり、そのうち左右二つには元々装備されているものと同じGSh―23 23ミリガンポッドが取り付けられ、残り2つにはチョコンと増槽……ああ、翼に付ける燃料タンクね。それがあった。強度大丈夫かという疑念はあるが、この男には愚問なので聞かない。

 詰まるところ、まるで時代に逆行しているが、この機は機関砲のみしこたま積み込んだ、一昔前の戦闘機となったのである。

「ああ、全く役に立たない旧式のミサイルやロケット弾を積むよりは、よほどこちらの方がマシだからな。それと測位のみだが簡易的な固定魔力パターン走査式のレーダーも装備した。スペース的な問題もあるが、お前の流儀に反するだろうからFCSは装備していない。光学照準器のみで撃て」

 嬉しい事言うわね。この男は。

「世話になったわね。さて帰りましょうか」

 私はコックピットに収まった。まるで、外付けのカーナビの画面のように、レーダー画面があるのが笑える。

 こうして、私たちは城への帰途へとついたのだった。


「……」

 なぜ、こうなった?

 アイーシャは先日の「お仕置き」で、皆が寝静まった時間帯に城中のトイレ掃除を命じられている。なんだか、そこはかとなく軍隊式だが、それはまあいい。

 しかし、なんで私が侍女様から、絵本の読み聞かせをされなけれないのだ?

 アコーディオンよりはマシだが、寝られないだろうが。馬鹿野郎!!

「あのさ、侍女様。少し静かにしてて……」

「……防弾能力もないし、そもそも今時カボチャの馬車なんて古いわ。M2ブラッドレー歩兵戦闘車を出してちょうだい。舞踏会なんて、TOWミサイルとブッシュマスターで粉々にしてやるんだから!!」

 ……気持ちは分かるが、どんな話やねん!! つか、聞け!!

「ったく、それ以上うるさくすると吸血するからね!!」

「はい」

 腕出すな。この!!

「やらないと思ったか!!」

 思い切りその腕に噛みつき、あっ。

「ごめん。忘れていたけど、一応、人間だった」

 一回突き立てた牙を抜こうとしたが、侍女様は思いきり私の後頭部を押した。

「いえ、そのまま。肩こりが治ると、アイーシャが言っていましたので……」

「あひょこひゃひょくへつ!!(あの子は特別!!)」

 しばらくジタバタした挙げ句、ようやく侍女様から逃れた私。何すんのよ!!

「惜しいですね。吸血鬼のお城に上がった以上、干からびて果てるのが夢でしたのに」

「変な夢を持つな!!」

 そこはかとなく吸血鬼差別だぞ。それ!!

「それはそうと……学校から連絡がありまして、アイーシャなのですが……」

「どうしたの?」

 変な「タメ」を置いてから、侍女様が口を開いた。

「全教科ぶち抜きで凄まじい成績を叩き出しているそうです。学校始まって以来とか……」

 なんだ……。

「魔法大国アルステの学園で、同じ事を言われていたのよ。格下のここで、そうならない方がおかしいでしょ」

 侍女様は小さくうなずいた。

「はい、そこでささかなご褒美で料理を振る舞ってはどうかと……」

「ん? いいんじゃない。あの子食べるの好きだしさ。なにか作ってあげなよ」

 悪い話しではない。なにも、遠慮しなくでもいいと思うぞ。

「いえ、私がではなく姫が」

「……えっ?」

 今、なんて言った?

「いえ、姫が」

「……私の腕、知らないとは言わせないわよ?」

 そう、例えるなら……血液味のスープとか飲みたい?

「ええ、知っています。食べた事はありませんが、恐らく犬のう○こでも食べた方が……あ、泣いた」

「……泣いてないやい!!」

 かくて、なし崩し的に侍女様を講師とした料理教室が開かれる事となったのだった。

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