第31話 ヤコブレフの風とあの踊り
「ぬぅ……」
取り寄せたカタログを舐めるように見回しながら、私は一人唸っていた。
前回の一件で愛機を失ったので、代替え機を物色しているのだが、そもそも垂直離陸機自体が選ぶほどない。V-22「オスプレイ」は純然たる輸送機な上に、なんかどっちかっていうとヘリっぽいのでピンと来ない。またハリアーでは芸がないし、かといってYak-38「フォージャー」では性能が物足りない。あまり洗練されすぎていて肌に合わないけど、最新鋭中の最新鋭のF-35Bかなぁ。うーん‥‥ん!?
「Yak-141ですとぉ!?」
フォージャーの後継機として開発中に資金難で頓挫した(らしい)、世界初の「超音速」垂直離陸機。なんか、ちょっとブリキのおもちゃっぽいところが時代を感じるが、それが逆に変に格好いいから困る。こ、これは、久々にヒットの予感!!
「侍女様!!」
いかん、声が裏返った。
「はい、裏ルートで博物館展示機なども含めて、さっそく手配します。入手しましたら、稼働状態に戻せるか、整備と確認します」
な、なにも言っていないのに、さすが……。
「じゃあ、それまでの繋ぎでなにかないかな?」
かなり希望薄と知りながらも、私は侍女様に聞いた。
垂直上昇を諦めたとしても、この城で運用出来るのはカタパルト式の艦載機だ。そんな大型空母を持っているような国など限られている。スキージャンプといって滑走路を傾斜させて無理矢理持ち上げる方式もあるが、この城にそんなジャンプ台を設置するスペースはない。
「Yak-141にするのであれば、向こうの戦闘機に少し馴れて頂きたいですね。操作性が独特ですから。少々お待ちを……」
侍女様は部屋にある電話の受話器を取り、そして早口でどこかと話して置いた。
「飛べる程度に整備済みのYak-38があるそうです。ものは試しで乗ってみませんか?」
フォージャーか……確かに乗った事はない。その親分みたいなのに乗ろうと言っているのだ、経験しておいて損はないだろう。
「分かった、行きましょう」
私は侍女様に連れられ、格納庫に向かったのだった。
「これは、なかなか……」
計器板の表記は共通語になっていったが、膨大な計器とスイッチ類はなかなか手応えがある。ハリアーがエンジン一機で上昇や下降、推進を行っていたのに対し、フォージャーは推進用に一機、上昇・降下用に二機計三機ものエンジンを積んでいる。
それだけ言うと何か格好いいいが、飛んでしまえば二機のエンジンは使わないので邪魔でしかなく、その分武器があまり積めない上に、ただでさえ少ない燃料も余計に食う。カタログでは垂直上昇した場合は二百キロも飛べない。結局、戦闘にはほとんど使われず、もっぱら連絡機として足わりにされていたようだ。
しかし、今私に必要なのは練習用兼足代わりの機体だ。戦う事があれば、侍女様とアイーシャに任せればいい。
「えっと、コレをこうして……」
あんちょこ片手にコックピットで苦労している間にも、機体は城滑走路の所定位置まで牽引車で引っ張られて行く。こっちは大忙しだ。
「さて、これでいいはず……」
発進位置でしばらく格闘した後、私はエンジンを「外」の支援要員にコンプレッシャー始動の合図を送った。ジェットエンジンは起動させる時、巨大なタービンに初速を与えるために、膨大な圧搾空気を必要とする。甲高い音が聞こえ始め、程よいところで……メインエンジン点火。よし、成功。段々乗ってきた!!
私は一気にエンジンの推力を上げ、機体がフワリと浮かび上がる。そのまま低速で前進しながら城壁を越え、街に向かって進路を取る。
『姫、お供をお忘れです』
すぐ後を追って上がってきたのは、侍女様の声とハリアーの復座練習機型だった。
横に並んだので覗いて見ると、前席で侍女様が操縦し、後席でアイーシャがニコニコ笑顔で敬礼などしている。やれやれ。
『今連絡がありました。姫がいわゆる『東側』の航空機を操縦しているのはレアということで、見物に街に駐留している空軍のF-15が三機上がったそうです。それと、ファルス空軍基地からF-22二機とユーロファイター三機とトーネード……』
「ええい、暇人ばかりか、うちの軍は。私は見世物じゃない。帰れ!!」
……ったく!!
『あの、どさくさに紛れて、私物の「Ta152 H-1」とか混ざっているようですが……』
……。
「お家に帰って、博物館にでも飾っておけって言っておいて!!」
なんなんだ、うちの軍は!!
ああ、なんていうか、よく分からないけど何か強そうなレア物だと思っておいて。うん。よく手に入ったな。
「さて、気を取り直して街に行くわよ。もうちょっと乗り込まないとダメね」
やはりというか、かなり癖が強い。まあ、だからこそ面白くもある。こうして、私は「テーマ」が生まれた国の機体との付き合いを開始したのだった。
夜もいい時間だったが、眠気もなかったので私は何とはなしに、珍しく地上の車庫に降りてみた。居並ぶ車の中に異質な存在。アイーシャのM1A2エイブラムス(冬季迷彩)はすぐ分かった。
「よう、相棒。景気はどうだい?」
後部のエンジンルームを開けて何やら弄っていたアイーシャに、私は声を掛けた。
「あはは、ボチボチでんなぁ。少し不調だったので、整備していました。ちょうど終わった所ですが、試運転がてらドライブでも行きます?」
油で汚れた手を布で拭いながら、アイーシャが言った。
「ドライブって、これで?」
あまりロマンチックではない乗り物ではあるが、私自身がロマンスとは無縁なので、それは構わないのだが、私はこんなもん動かせんぞ。
「はい、私が動かしますので、姫は適当に乗っていて下さい」
そう言われてもなぁ。とまごついていると、優しくアイーシャにエスコートされ、私はエイブラムスの車長席に案内されていた。発てば上半身が砲塔上のハッチから外に飛び出す。一番眺めがいい場所だそうで……。
『では、行きますよ』
インカムからアイーシャの声が聞こえ、地響きのような轟音と共にエンジンが起動した。
さすが、ガスタービンだけあって、どことなくジェット音っぽい甲高いものが混ざる。悪くない。戦車はガタガタと寒空の元に向かって動き始めた。
さすがである。インカムを通じて聞こえるアイーシャの口笛は、言うまでもなく彼女の「テーマ曲」だ。私はハッチから上半身を出した。この先には、城門の監視所がある。
監視所に接近していくと、衛兵がビックリして飛び出してきたが、私は黙って敬礼を一つした。すると、止められる事もなく城門を開けてくれた。……なんか、なんか気持ちいい!!
アイーシャは器用に戦車を操り、山を一気に下って行く。この時間、どこに行こうというのだろうか?
「アイーシャ、あまり遠出はダメよ」
『はい、ちょっとそこまでです』
……ちょっとね。はいはい。
戦車は山を下り、街道を抜け、そのままハイウェイに乗った……って、おいこら。
「ちょっと、どこ行くのよ!!」
『高速走行試験です!!』
いやいやいやいや!!
道路を傷つけない樹脂製履帯と、見た目に寄らぬ高速性能で交通障害にならないとはいえ、こんな怪獣みたいな巨体がハイウェイを走っていたら、そりゃもうビックリだろう。
一番端っこの走行車線を走っているのに、ほぼ同じかそれ以上の速度で走っている大型トラックが慌てて隣の車線に避ける始末だ。
「だから、もう帰るわよ!!」
「嫌です」
な、なにおぅ!?
こうして、アイーシャはひたすら戦車をかっ飛ばす。どこまでも……。
「ごめん、ちょっと悪夢が……」
なんとなく予感はしていたが、アイーシャが戦車を突っこんだのは、あの遊園地の駐車場だった。時刻は二十三時四十分。遊園地はとっくに閉園している。
「ったく、こんな時間にこんな所に来てどうするんだか」
私は車長ハッチから砲塔上に這い出て、横になって空を見上げる。雲もなくいい星空だ。
「高速試験終了です。お疲れさまでした」
しばらくして、アイーシャも砲塔上に這い出てきて、私の隣に横になった。
「全く、なんか戦場で一休みしているみたいね」
アイーシャは戦車の動力を完全に寝かしつけてはいない。燃料バカ食いのメイン動力は切ったようだが航空機にも搭載されているAPUという、まあ、発電機みたいなものは回っているので金属音のような音が辺りに響いている。いよいよ、これが戦車だという実感がなくなってきた。
「ある意味、戦場かもしれませんね。戦車はただ走るだけで傷みますから……」
アイーシャはそっと身を寄せてきたが、私は気が付かないフリをした。
……だったら、こんな場所まで来るな!!
しばしの沈黙の後、アイーシャが口を開いた。
「あの、うちの母まで混ざって得体の知れない事になっていますが、私の気持ちは……」
その時だった。けたたましいヘリのローター音が聞こえてきた。あー、見つかった。
「侍女様よ。ヘルファイア食らいたくなかったら、その先は言わない方がいいいわよ」
数分後、もはや原曲がないほどアレンジされたど派手な「パンツァー・リート」も高らかに、どぎつく明るいスポットライトを浴びせながら、アパッチ・ロングボウが飛んできた。ほらね。
『姫、出かける時は言って下さいと、あれほど……。アイーシャ、あなたはお仕置きです』
侍女様の声がスピーカーが楽曲と共に聞こえた。
「あーあ‥‥相棒。まあ、頑張れや」
私は硬直しているアイーシャに‥‥そっと、キスしてやったのだった。やられる前にやれ。ざまぁ!!
「え、ええぇぇぇぇ!?」
アイーシャの悲鳴に似た声が、星空に響いたのだった。
……なんでその曲なんだ?
失意だか希望だか分からないようなテンションのアイーシャの戦車で城に戻り、真面目に寝ようと頑張っている私のそばで、侍女様がアコーディオンの練習をしている。曲は、恐らく誰でも知っているであろう「ドナドナ」。これをアコーディオンで情感豊かに弾かれると、なにか知らないが無意味に泣けてくる。寝るどころじゃねぇ!!
「……あ~る晴れた~♪」
「うがぁ、歌うな!!」
姫を泣かせて何が楽しいのだ、侍女様よ!!
「荷馬車が揺れる~♪」
……無視かよ。いつも通りだけど!!
「こ、こうなったら、あの「有名なポテト音」組曲で……って、んなもんねぇよ!!」
ダメだ、テンションが上がり切らんから、なんか調子が出ない。仔牛恐るべし!!
「想像以上の破壊力のようですね。私も驚きました」
ふむ、次は「マイムマイム」か。今度は踊りに誘うか……。
「……あのさ、私の睡眠妨害して楽しい?」
「さあ、踊りましょう」
くそ、聞いてねぇ!!
「わかったよもう。これ、一人でどうするんだか……」
侍女様には勝てない。どうせ、延々と邪魔されるのだ。
すると、遠慮がちにカシムが部屋に入ってきた。
「あら、久々ねぇ」
カシムはなにか居心地が悪そうに、モジモジしているだけだ。
「全く、私がいながら姫の写真を見て、ため息ばかりついていまして。アイーシャとあんなことをなさったついでに、軽く相手してやって下さい」
……そういうことか。カシムをダシに使った「お仕置き」か。私はともかく、彼も可哀想に。
「まあ、いいわ。踊るくらいならバチは当たらないでしょ。こっち来なさい」
全く、深夜に何をやっているんだかという感じだが、私はカシムを引っ張るようにして無理矢理踊りを始める。元々異世界の踊りではあるが、こちらでも定着して久しい。
「姫、百分耐久です。頑張って下さい」
……くっ。
「あなたも、演奏しすぎて倒れないようにね!!」
これは、侍女様と私の対決だ。カシムなどどうでもいいのだ。
ちなみに、元々これは異世界の某国の民族舞踊で、井戸を掘り当てた時の喜びの踊りなのだ。あまり知られていないけどね。
「やるからには……飛ばすわよ!! ヘイ!! ヘイ!! ヘイ!!」
ちょっぴりジャンプなど交えながら、侍女様に徹底抗戦を挑む!!
百分……すなわち、一時間と四十分。吸血鬼をナメんなよ!!
「百分過ぎたら『コロブチカ』です。覚悟を」
くそ、それ結構振り付けがムズいって!!
かくて、勝負は六曲メドレー、六百分以上にも達し、最後はアコーディオンが壊れてドローとなったのだった。プライドにかけて負けられない吸血鬼の根性と、こちらもプライドをかけた侍女様の根性のぶつかり合いは激しかった。
ああ、カシム? そういや、いたね。なんか私の腕にぶら下がって、泡吹いていた気がするけど……気にしない気にしない。
あっ、そういえば……寝てない。くそ!!
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