第29話 ミスは誰でもやるのです
「うーん、これなら乗機を「フランカー」にでも変えようかな……」
いつかこんな日が来ると思っていたが、飛行速度の関係で侍女様が先頭に立ち、私とアイーシャが操るハリアーが並ぶという、上から見たら三角形を描く形で編隊を組み、私たちは試験飛行に出ていた。
まあ、それはいいのだが、隊長は私だと言うことで、アイーシャがわざわざカチューシャをアレンジしたのだ。名付けて「スカイver」。疾走感溢れる曲が無線で垂れ流しになっているが、これなら原曲の作られた国に敬意を払って、戦闘機も合わせた方が良いのでは? となってしまう。
なお、「フランカー」というのは、その国のスホーイ SU-**シリーズの愛称だ。なかなか独特で侮れない性能を持っている。しかも、デザインが文句なしに格好いい!!
『姫、間もなく演習場です』
無線から侍女様の声が聞こえた。よし!!
「各機、予定通り試射を開始せよ。ブレーク!!」
三機がそれぞれ打ち合わせ通り散る。ここは、王家所有の広大な試射場上空だ。異世界から輸入された「マーベリック」対地ミサイルの誘導シーカーを、こちらの世界に合わせて「固有魔力パターン」追尾式に変えたのである。
この世界にあるものは全て魔力を含有していて、そのパターンは二つとして同じものはない。それを利用して、目標の魔力パターンをロックオンして、それを追尾させるという塩梅だ。理論上は上手くいくはずである。
目標はすでに旧式で使われなくなった戦車。リモートで動くようになっている。さて、見えてきた。ささっとターゲットロック。ピーッという電子音がコックピットに響く。作動状態、異常なしっと。
「ファイア!!」
カチリと操縦桿のトリガーを押すと、試作品のミサイルが白煙を曳きながら、地上に向かって飛んでいく。ミサイルの飛翔データは、全て地上の臨時観測所に送られて記録されているはずだ。
「撃破!!」
ミサイルは狙い違わずオンボロ戦車にぶち当たると、爆炎を上げた。
『撃破です』
侍女様の冷静な声が聞こえたが、こっちが問題だった。
『あの、あんちょこを読んでも安全装置が……』
アイーシャだ。まあ、今までやった事などあるわけないが……あれほどレクチャーしたのに!!
「アイーシャ、落ち着け!!」
『はいい!!』
私はアイーシャ機の横に並んで様子を伺った。
結局、難しいようだったので、私が予備弾を叩き込んで目標を破壊した。
『うー……』
「全機集合せよ。城に帰投する!!」
こうして、失意のアイーシャを含めた私たちは、予定通り城にとんぼ返りした。1時間も飛べば城が見えてくる。いざ着陸というところで、とんでもない事が発生した。
『あわわ、FCSが勝手に!?』
FCS……火器管制システムの事だ。武装の全てを司る装置である。アイーシャのヤツ、何をした!?
「落ち着け。勝手に動くことはない!!」
声を掛けたが、半ばパニックに陥ったアイーシャの耳には入らなかったらしい。城に向かってミサイルが発射された。搭載しているのは改装型マーベリックが2発。あの馬鹿!!
もはや、取れる手段はない。城の建物にミサイルが命中し……ちょっぴり壊れた。マーベリックの炸薬量では、精々壁にちょっと穴が空くくらいだ。私が昔散々ぶっ壊したせいで、強化されているのである。それに比べたら、可愛いものだ。
「あわわわ!?」
しかし、アイーシャは完璧にパニックに陥った。機体の飛行姿勢が大きく乱れ……ヤバい!!
「アイーシャ、ベイルアウト!!」
緊急脱出の意味だ。このままじゃ、機体ごと城に突っこむ!!
『はいいい!!』
どうやら、ひとかけらの理性は残っていてくれたらしい。アイーシャ機のキャノピーが吹っ飛び、射出座席が勢いよく空に撃ち出される。数秒後、空になった機体が城に突っこんで大爆発を起こした。あーあ、やっちまったな。相棒……。
『救難要請、座標……』
侍女様が城で常に待機様態の救難ヘリ部隊に出動要請を出す中、私は大きくため息をついた。アイーシャの性格上、これはしばらく立ち直らないなと。
予感は当たった。ヘリで救助されたアイーシャは、何も言わず自分の部屋に籠もってしまった。あーあ……。
「どうする?」
「私に聞かれても答えかねます」
まあ、侍女様に聞いてもしょうがないのは分かっていたが、それでも聞いてしまう私がいた。
「失敗だったわ。私の責任だね……」
今回のテストに、半ば強引に引き込んだのは私だった。アイーシャは、「やった事がない」と難色を示していたのである。調子に乗りすぎた。
「そうですね。今回は、私もフォローしようがありません。直接的な責任はアイーシャにありますが、引き込んだ姫はそれ以上に罪が重いです」
……容赦ねぇ。さすが、侍女様だよ。分かってる。
「打つ手が思いつかんなぁ……」
無駄と思いつつも、私は彼女の部屋の扉をノックした。
予想通り、返事はない。しかし、ここで引き下がっては、いつまでも解決しない。
「入るよ……」
私は勝手に扉を開け、部屋の中に入った。さして広くはない部屋のベッドに、頭まで布団を被ったアイーシャの姿があった。
「その、なんて言うか……ごめん。無理強いさせすぎた。謝って済む話じゃないのは、分かってるよ……」
モゾモゾと布団が動き、アイーシャが出てきた。そして、そのまま何も言わずに、私の胸に飛び込んできた。
「……ごめんなさい」
蚊のなくような声のアイーシャ。私をその肩をポンと叩いた。
「あのさ、なにも城に突っこんだのは、あなたが初めてじゃないのよ。例えば……」
閉めておいた部屋の扉がバンと開かれ、背後に楽隊を率いて高らかに「パンツァー・リート マーチングバンドver」を響かせながら、侍女様が入ってきた。
……静かだと思ったら、準備していたのか。
「それについては私が……。姫が城に突撃させた機体は、Bf-109、Fw190 スピットファイア グラディエータ モスキート……」
楽隊の演奏にの乗せて、次々に機種名が挙げられていく。うーん、色々やったなぁ。B-52大型爆撃機を突っこませた時なんて、城が半分吹っ飛んだっけな。
「……まだありますが、止めておきましょう」
侍女様が締めた頃には、アイーシャはポカンとした表情になっていた。
「そういうこと。たった一回やっちゃったくらいで、落ち込まないの。あなたが生きていた、それでよし。機体なんて新しくすればいいし、城だって直せばいいもの」
「姫はもう少し反省して下さい」
うぐ……。
「ま、まあ、そういうわけで元気出しなさい。あなたのためじゃなくて、私のためにね。責任感じちゃうからさ
「は、はい」
弱々しくではあったが、それでもアイーシャは笑みを浮かべた。強引にサルベージ作戦。成功かな。
「組曲『ドラキュリア三姉妹』」
侍女様の声に従い、楽隊の演奏する曲が変わった。私たちの「テーマ」のメドレーである。多分、短時間で無理に作ったのだろうが、なかなかよく出来ている。
しかし、三姉妹か。いいねぇ。
「というわけだ相棒。よろしく頼んだぜ!!」
「はい、取りあえず『ドラキュリア三姉妹』をブラッシュアップします!!」
アイーシャはとびっきりの笑みを浮かべたのだった。やれやれ。
二日後、私たち「三姉妹」は街の市場に来ていた。ドラキュリアの得意分野が航空機なら、アルステ王国と言えば装甲車両。無理して航空機で頑張るより、得意分野でいきたいという、アイーシャの願いを受けて物色にきたのだ。
アイーシャ以外の必要な人員は、ドラキュリア陸軍から引き抜き、今も代表して一名
に一緒に来てもらっている。狙いは主力戦車。運用に必要な人員は車種にもよるが、大体総員で四人から五人だ。
「やはり、10式は高いですね……」
異世界の最新鋭戦車だ。まだ出たばかりなので、当然値段も相応に高い。元々、この国の戦車はどれも高いけどね。
「あなたのテーマは「ジョニー」なんだから、M1A2にしなさいよ。実戦経験も豊富だし悪い選択じゃないわよ。燃費は極悪だけど……」
ちょうど良く目の前に実車がある。異世界のアメリカという国を象徴するかのような、世界最高水準にある主力戦車と聞く。数も多いので値段もそこそこ。ここにあるのは、最新改修型の「M1A2 SEP V3」という型だ
百二十ミリ滑腔砲を装備し、エンジンは何とガスタービン……広義のジェットエンジンを装備。使う燃料もJP8というジェット燃料だ。乗員は四名である。その戦闘力は実戦が証明している。
「そうですね……。ちょっと相談してみます」
アイーシャは同道したウチの兵士と相談しはじめた。その間に、私は先日打ちまくったM82バレットの弾薬を調達する。重い……。
さて、アイーシャが相談している間に一つマニアックなお話しを。これは、解説すると超絶長くなるので分かる人だけ分かって欲しいという感じだが、M82シリーズのバレットはゴツい見かけによらず、何かとデリケートなショートリコイル方式を採用。バレルがちょこんとリコイルするのがかわい……ごめん、マニアック過ぎたね。忘れて。
ちょうど話しが終わったようだ。アイーシャがこちらを見た。
「これにします。取りあえず、私が車長でこの方が操縦手で城まで帰ります」
「分かった。代金は私の「顔」で支払って置くわ」
こうして、「三姉妹」の道が決まったのだった……って、大げさか。
「へぇ、野暮ったいと思っていたけど、なかなかやるわね」
侍女様はいつものスーパーホーネットではなく、アパッチ・ロングボウでバタバタ飛んでいる。そして、眼下には街道を突っ走るアイーシャの戦車があった。最高速度は約時速七十キロ、六十三トンちょいの巨体がである。なかなかのものだ。
私たちは別に散歩に出たわけではない。なんというか、久々にそれっぽいというか、近隣の村から陳情があったのだ。魔物の巣を破壊して欲しいと。
「さて、暴れますか!!」
気合いを入れた時、雪原の向こうに村が見えてきた。時間は夕刻も近い、今日はここで一泊である。
その時、固有魔力走査モードに設定しておいたレーダーに反応があった。
「各位警戒。レーダーに反応あり。恐らく魔物ね……」
言いながら私は搭載してきた武装の中から「AIM-120 AMRAAM」を選択した。通称「アムラーム」最新鋭の中距離空対空ミサイルだ。元はレーダー式だが、例によって固有魔力追尾式に改造済みである。
『超広域探査しました。十二時方向距離100キロに、推定ドラゴンの反応あり!!』
無線にアイーシャの声が飛び込んできた。さすが「地を走る早期警戒機」。いくら精度を落としても、100キロ先の物を検知出来る使い手など二人といないだろう。
しかし、ドラゴンか……。解説不要だとは思うが、硬い鱗に覆われた空飛ぶ巨大火吹きトカゲ。世界最強の生物である。
この機に搭載しているのはAIM-120Cで、射程は105キロ。ギリギリだ。まあ、やるだけやってみよう……。
「攻撃する」
宣言してから、攻撃目標の指定、武装選択……ターゲットロックオン!!
「発射!!」
一発のミサイルが遙か彼方に向かってすっ飛んでいった。アムラームの最高速度は、実に音速の四倍にも達する。あっという間だ。
『ミサイル命中。反応消滅!!』
アイーシャから無線が入った。レーダーにも反応はない。
へぇ、ドラゴンってアムラーム一発で倒せるんだ。知らなかった。やっておいてなんだけど……。
ドラゴンを倒せる武器を「ドラゴンスレイヤー」と呼び、一つのベンチマークになっているのだが、これにアムラームも加わるわけね。
「さて、村で休みますか」
私たちは程なく村に到着したのだった。
「えっと、ここか……」
村長から事情を聞き、目標である魔物の巣の場所は大体特定出来た。村から50キロほど離れた森林地帯に、ひっそりとあるらしい。
簡易テーブル上に置いた地図上にぐるっと記しをつけた。
村には宿泊施設がないと聞いていたため、アイーシャの戦車に積めるだけの野営道具を積んできた。しかし、テントは積めず耐寒仕様の分厚い寝袋だけという、この時期には厳しい装備であったが、そこはなんとか凌ぐしない。一応、たき火は焚くが気休め程度だろう。
しかし、そこは普段から鍛えている兵士だ。アイーシャチームの動きはいい、侍女様は相変わらず、私は……まあ、寒い。問題はアイーシャだけだった。
「さ、寒い!!」
何枚着込んでいるのか分からないが、彼女が率いるチームが粛々と野営の準備を進めているのにこれだ。全く……。
「そりゃ寒いわよ。少し我慢しなさいって」
「は、はい!!」
返事はいいんだけどねぇ。
「さて、明日は早いわ。手の空いた者から就寝!!」
総大将は私である。号令一発で手の空いた者から寝袋に潜って行く。今夜は幸い無風で雪も降っていない。数時間寝て起きれば作戦開始。それだけだ。
「侍女様にアイーシャも寝なさい。私はもうちょっと考え事があります」
私にうながされて、アイーシャも侍女様も寝袋に入った。さてと……。
私は地図上に目を落とし、再確認していく。地形から考えても、検討結果は間違えていないだろう。今までこの村に被害はないが、気持ちがいいものではないし、被害が出てからでは遅い。自分自身も魔物のくせに魔物退治か……笑っちゃうわね。
「さて、寝ますか。明日は早いし……」
まだ日も昇らない時刻、村は凄まじい音に包まれていた。外に駐めてあったハリアー、アパッチ、M1A2のエンジンが一斉に起動したのである。ご近所迷惑も甚だしい。とっとと行こう。
「みんな、行くよ!!」
私はハリアーを垂直上昇させた。侍女様のアパッチも上がり、アイーシャの戦車も雪を蹴散らして動き始めた。
私は高度をアパッチと同程度に落とし、歩調を合わせて進んで行く。燃料は食うが、一人突出してしまって撃墜されたら意味がない。他の固定翼機では難しい速度だが、このハリアーならこういう芸当も可能だ。
『陸の戦車に空の戦車二機なんて、夢にまでみた光景です!!』
なにをノーテンキな事を言っているんだ、アイーシャよ。航空機といったら、戦車の天敵じゃないの。つまり、犬猿の仲!!
『私は戦車のようなので、ちょうどいいですね』
侍女様の声に、なんとなく空気が固まる。実は、結構傷ついたりしたのか?
『ああ、勘違いなさらないでください。こんな口調しかできないのであれですが、かなり気に入っているのです』
そして、鼻歌……嘘じゃない。本当に気に入っているわね。
「さ、さて、アイーシャ。魔法で探査よろしく。空対空ミサイル、あと一発しかないけどね」
仕事仕事っと!!
『はい、今のところは異常ありません。目標到着まで一時間!!』
「了解」
そのまま進む事しばし、アイーシャから緊迫した声が飛んできた。
「飛行物体多数。距離えっと……約40キロ!!」
その声を聞き終わる頃には、私は一気に高度を上げ、目的地の森に向かってすっ飛んでいた。レーダーには十ほどの光点が表示されている。
……十対一とはまた。
「やるだけやりますか!!」
先ほども言った通り、空対空ミサイルは1発しかない。残りは機関砲で叩き落とすしかない。取りあえず、手近な一匹をロックして攻撃……撃墜!!
空の脅威を取り除かないと、作戦に支障が出る。何とか排除せねば……。
「でも、おかしいわね。ドラゴンがこんなに密集しているなんて……」
ドラゴンは非常に縄張り意識が強い。通常、こんな狭い範囲に密集することなどあり得ない。
『近づいた事でさらに分かりました。現在九つの反応のうち、一つはヘリコプターかなにかの航空機です!!』
ふむ……行けば分かるか。
レーダーを固有魔力走査モードから通常モードに戻し……いた。
電波の反射を使うこのモードでは、電波を反射しない非金属である生物はほとんど反応しない。一つだけ強力な反応がある 。
「行けば分かる……ってか」
私はフルスロットルで目標に向かった。森林地帯の上空に差し掛かり、ドラゴンが集団で空を飛ぶという、希有な光景を目撃する事となった。
しかし、こいつらに用はない。
「アイーシャ、私がいる地点からその航空機までの距離と座標は分かる?」
『はい、えっと、距離は……』
……よし!!
「ありがと!!」
私は極低空飛行でドラゴンの群れを潜り抜け、その向こうにいる航空機にそっと忍び寄った。
「なるほど、Yak-38か」
このハリアーのパクりなんだの言われた、垂直上昇出来る軽攻撃機だ。通称「フォージャー」。なんでこんなもんがここに?
「取りあえず、『挨拶』してみるか……」
私は空中停止していたフォージャーの真横に並ぶように、自分の機体を上昇させた。
「はーい、こんちゃ~!!」
キャノピー越しに手を振ってやると、相手はマジでビビったらしい。大きく飛行姿勢が乱れた。その途端、ドラゴンの群れにも均整がなくなった。
……そういうことか!!
「各位、ドラゴンテイマー確認。本件は人間の関与あり!!」
ドラゴンテイマー、すなわち、竜使い。これでドラゴンが密集していた謎が解けた。同時に、これはただの魔物掃討ではないことも。
「取りあえず……あんたはオネンネしてなさい!!」
私は真面目にハリアーを飛ばすと、まだ立て直し出来ていないフォージャーに向かって二十五ミリ「イコライザ」機関砲を叩き込んだ。
「さてと、なかなか面倒な事になりそうね……」
いつの時代も、一番怖いのは「人」だ。
「アイーシャ、何かあったら知らせて!!」
『はい!!』
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