第28話 吸血姫と侍女様
「侍女様、どったの?」
いつもは、まるでステルス戦闘機のように隠れている侍女様が、鼻歌を歌いながら部屋の片隅で編み物などしている。レアだ。
鼻歌はもちろん先日の「パンツァーリート アレンジ」である。よほど気に入ったらしい。
「はい、歌を頂いたのでお礼にマフラーでもと。アイーシャは寒がりですからね」
ふむ、そういうことか。
ちなみに、アイーシャはようやくまともに学校に行き始めた。本人曰く、真面目に忘れていたらしい。やれやれ。
「へぇ、それはいいかもね。よっと……」
私はいつも通りテ○リスである。この古き良きピコピコ音も奥深いのだよ。苦労の跡がみえる。うん。
「ウラー!!」
テ○リス!!
「姫、昔『大人になったら私の事を守る!!』って言ってましたけど、吸血鬼の大人って千年才からですか?」
……言ったな。そう言えば。
「そうねぇ、五千年も生きれば認めてもらえるかな。もうちょっとだけ、私も若かったわ」
今でこそこれだが、城に来たばかりの侍女様は泣き虫だったのだ。
「では、私は生きていないですね。残念」
なにが残念なんだか……。
「なんでまた昔話しなんて。死ぬ前兆?」
苦笑しながら、もう一回テ○リス!!
「今では姫をお守りする立場です。ちょっと感慨深いと思いまして……」
適当にゲームオーバにして、私はもう1台ゲー○ボーイを取り出し、私のものと通信ケーブルで接続した。
「侍女様、お手合わせ願います」
「はい、ケチョンケチョンにしますよ?」
そう、これは対戦も出来るのだ。本体二台プラスカートリッジが二つ。高かったと聞く。
「負けないわよ。テ○リス姫の名にかけて!!」
こうして、なんとなくブロックを介しての対決は始まったのだった。
「さすがですね……」
「侍女様もね」
もはや、終わらぬ戦いとなったテ○リス対決。まあ、これはこれでよし。
思えば、侍女様とこんな事をするのも久々だ。
「そういや、カシムは元気にやってる?」
「はい、大体の躾は終わりました。あとは、自我を徹底して破壊するだけです」
危うく手が滑りそうになった。聞くんじゃなかった。
「ま、まあ、いいわ。お姉さん的には、お手柔らかに願うかな」
やれやれ……。
「大丈夫です。真綿で絞め殺すようにジワジワとやりますから」
……大丈夫なのか?
「まあ、いいわ。それで、あなた自身は大丈夫なの? あんまり元気なさそうだけど?」
唐突に戦いは終わった。いつもと変わらぬように見える侍女様の横顔に、微かに汗が浮かんでいる。
「やはり、姫の目は誤魔化せませんか……」
「まぁね。無表情なようで、誰よりも正直なのがあなただから」
私とて、単なるお気楽王女なわけではない。周りはまぁ、ロクなのがいないが、なにかあったくらいの事はわかる。そのくらい出来なければ、王族とは言えない。
私はゲー○ボーイをベッドに放り出し、ア○コスの準備をした。
「何があったかは言わなくていいわ。必要なら言っているだろうし……」
火を使わないというのは、こういうとき重宝だ。「寝たばこ」にはならない。」
「……いえ、アイーシャの事です。私の仕事は姫を守って導くこと。その役目が、すっかり食われてしまいました。何というか、虚しいものです。ここまでのやり手とは、最初は全く思わなかったですからね。私もまだ見る目が甘いです」
侍女様は事情気味に笑みを浮かべた。
「なに、ヤキモチでも焼いているの?」
私はわざと混ぜっ返した。
「あるいは、そうかもしれませんね。恋心でなく、彼女の能力に対して。私にはないものを多く持っています」
やれやれ……。
「まさか、自分の事を万能選手だと思ってないわよね。アイーシャはアイーシャの得意分野があるし、侍女様は侍女様の得意分野がある。ねっ、クレア・シェフィールドさん?」
私はあえて侍女様の名前を出してみた。
「本名は久々ですね。その通りなのですが、ないものを強請るのが人間というものです。少し、自信がなくなってしまいまして……」
……おいおい、侍女様が自信なくすなんて、まともに働けるヤツがいなくなるぞ。
「なに、らしくない事言っているの。私が誇る二枚看板なんだから、しゃっきっとしなさいって!!」
私はベッドから下りて、ため息なんか付いちゃっている、とてもレアな侍女様の肩をポンと叩いた。
「景気づけに歌ってあげようか?」
返事も聞かず、私は「侍女様のテーマ」ことパンツァー・リートを歌ってみた。
最初はイマイチ乗って来なかった侍女様だったが、軽く頭を振って小さく笑みを作るとそのまま合唱になった。
「やはり、姫には勝てません……」
軽くため息をつく侍女様の頭を、私はそっと撫でた。
「よし、気合い入れて編み物仕上げてやりなさい」
「ところで、なんでパンツァーなんですかね。私って、そんなに戦車っぽいですか?」
……うーん。そう、「パンツァー」とは戦闘車両を意味する。
「大丈夫。少し強い女の子にしか見えないから」
少しどころじゃないのだが、とりあえずそう言ってあげた。
「そうですか……。今度、百二十ミリ滑腔砲でも背負っておきます。姫も相変わらず嘘が下手ですね」
……本当にやりかねないからなぁ。
「さて、テ○リス!!」
こうして、その日の午後は過ぎていったのだった。
「ろ、ロケットまでが長げぇぇぇぇ!!」
私はベットの上に飛び起きた。
「な、なんだ、今の夢!?」
少しテト禁した方がいいかもしれんな。なにか、危ないかも……。
時刻は午前一時。アイーシャはすでに自室に引き上げ、学校の課題をやっているはずだ。
「侍女様?」
私は薄暗い部屋のどこかに声を掛けた。
「はい」
どこから持ち出したのか、アコーディオンを抱えた女様が現れた。
「……なに、そのアコーディオン?」
うーん、楽隊から借りたのだろうか?
「いえ、暇なので姫が寝たら練習でもしようかと……」
いきなり弾き始めたのは「カチューシャ」だった。いや、なんか普通に上手いんですけど……。
「どうでしょうか、初めてなのですが……」
「うそ?」
初めてでそんな情感豊かに弾ける楽器じゃないぞ。それ!!
「侍女様、恐るべし……」
昼のヘコみはなんなのよ。もう!!
「やはり、まだアイーシャのレベルには遠いですね。あの子はバケモノです」
侍女様をもってバケモノと言わせるとは……。
「そりゃ、初めてで越えられるような低い山なら、あなただって燃えないでしょうに……」
なぜ山を登るのか? そこに山があるからだ。有名な言葉だ。
「その通りです。そんなわけで、姫。寝て下さい」
「外でやれ!!」
全く……。
「冗談です。どうしました、凄くうなされていましたが?」
アコーディオンで今度はヨドバ……じゃない、えっとリパブ……ああもう、曲名が出てこないけど、別の曲を緩やかなテンポで弾きながら、侍女様が言った。いちいち上手いのが、なんか腹立つ。
「うん、ゲームのやり過ぎだと思う。気にしないで」
夢に出るまでゲームやったらダメよ。本当に。
「絵本の読み聞かせでもしましょうか?」
「……いいです」
私をいくつだと思っているんだ。全く。
「絵本で思い出したけど、昔は良くやったわよね。私が」
侍女様のアコーディオンが止まった。表情は変わらないが、顔面に汗が浮いている。
「認めたくないものですね。若さ故の過ちというものは」
それ、どっかで聞いたような……。
「だってさ、私の侍女に付いた時のあなたって、緊張でガチガチだったんだもの。可愛かったな。あれ」
侍女様はアコーディオンをそっと床に置き、そのままそこに崩れ落ちた。顔が真っ赤である。面白い。
「まあ、誰だって初々しい時はあるのよ。そして、あっという間に定年で去って行く。その繰り返しよ。不死身っていうのもね。結構寂しいもんよ」
吸血鬼的な視点で見たら、人間の侍女が仕えてもらえる期間なんて、ほんの一瞬だ。アイーシャだって侍女様にしたって、ほんの一瞬に過ぎない。それが宿命だ。
「姫……」
侍女様が短くつぶやいた。
「だからね、私の元にいる間は楽しまないと。せっかく来てくれたんだし、勿体ないでしょ?」
部屋の扉がノックされ、アイーシャが入ってきた。
「あ、あれ、何が起きているんですか!?」
床にぺたんと座ったままの侍女様と私の双方を交互に見ながら、うろたえた様子のアイーシャ。まあ、無理もないか。
「アイーシャ。悪いけど、侍女様の話しに付き合ってあげて。今なら、好きなパンツの色まで教えてくれると思うわよ」
私はベッドから下り、部屋から中庭に向かって移動した。私に言えない事など腐るほどあるだろう。侍女同士、ぶちまける時も必要だ。……あっ、一応、アイーシャは侍女カウントなんで。
「さてと……」
私は夜の中庭を眺めながら、ア○コスを弄る。今日は満月、月明かりがなにか心地いい。寒いけどね。
私の「テーマ」に指定されたカチューシャを、なんとはなしに口ずさんでみる。脳内演奏は、なぜかオルゴールだ。しかも、超スローテンポで。なんか、寂しい。
「ふぅ、私まで落ちてどうするんだか。テンション上げなきゃ!!」
脳内のオルゴールをぶっ壊し、原曲のノリに上げる。ここらで、フォークダンスでも踊ってやるか? 一人だけど!!
勝手に変なダンスを踊っていると、突然澄んだ声が合わせてきた。見なくても分かる。侍女様だ。ちらっと見るといつもの無表情、少しはスッキリしたか。そのまま最後まで歌い。私は一つ息をついた。
「アイーシャは?」
「誘ったのですが、課題の続きをやるそうです」
ふむ、お節介だけでなく、気配りまでするか。
「その様子だと、ちょっとはマシになったみたいね」
「はい、申し訳ありませんでした」
直ればよし。それ以上は追求しない。
「さて、今度こそ寝るわ。アコーディオンは外で練習してね」
「はい」
まあ、たまにはこんな夜もある。そんな感じであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます