第27話 雪中キャンプのすすめ(後編)

「ほほぅ、これが吹雪か……」

 荒れ狂う強風。舞い散る雪。視界はほとんど効かない。料理なんてやっている場合ではないので、食事は携帯食だ。様子を見に来た侍女様に、私の命令としてテント待機を出したので誰も出てこない。一泊で帰る予定だったが、これはもう一泊だろう。

 また歌うとアイーシャがすっ飛んで来そうなので、私は黙って……左手の平に短刀を突き立て、サングイノーゾを現出させていた。これだけ使っておいて、実は一度もちゃんと見たことがない赤い刀身。気が付かなかったが、向こうが透けて見える。まあ、一つの発見だった。

「うーん、切れてなーい」

 ものは試しで、自分の左腕を落としてみようとしたのだが、刀身はそのまま通り抜けてしまった。

 そんな事をやって遊んでいると、テントの入り口が開いて、険しい顔したアイーシャが入ってきた。

「嫌な予感がしてきてみたら!!」

 パンと小気味がいい音が聞こえ、左頬が鈍い痛みを発した」

「あらら、引っぱたかれたのって、なにか久々……」

 もう一発飛んできた。

「あの、もしかして本気?」

 二発も引っぱたかれたのだ、冗談ではないだろう。

「ちょっと、来て!!」

 うわっ、本気で怒ってる。取りあえず、剣は引っ込めておこう。

 後部ランプを開けっ放しで雪が入り放題のM113のキャビンに入ると、アイーシャはランプを閉めた。

「姫……いえ、カシミール。あなたは、不死身である事に馴れすぎています!!」

 彼女の目は怒りに満ちていた。こんな顔も出来るのだなと、素直に思った。

「いや、生まれつきこれで、二千年ちょっと生きているから……」

 馴れるなというほうが難しいだろう。

「ではこの銃。今は普通の9パラですが、「うっかり」こんなのが混ざっていたらどうします?」

 アイーシャは一発の明らかに異質な銃弾を取り出した。

「へぇ、『ヴァンピーロ・ウッチーデレ・ムニツィオーネ』か。また、レアなものを」

 「吸血鬼殺しの銃弾」とでも訳せばいいかな。特殊加工した白銀を弾頭部に使ったもので、拳銃弾以外にも様々なバリエーションがある。こんなので撃たれたら、さすがに吸血鬼も痛いでは済まない。

「大丈夫よ。死ぬような真似はしていないから……」

 ……

 沈黙がなにか痛い。

「では、私の気持ちを味わって頂きましょう……」

 アイーシャは自分の左手に銃口を押し付け、なんの躊躇いもなくトリガーを引いた。

「ちょ、ちょっと!?」

 慌てて手を伸ばすその間にも、彼女はナイフを取り出して自分の傷をグリグリやった。

「止めなさい!!」

 私は彼女に体当たりしていた。な、なにを一体!?

「……痛いですね、やはり。カシミール、あなたが私の前でやっている事です。そう、この程度じゃ死にませんから、大丈夫ですよ?」

 額に脂汗を浮かべながら、アイーシャは笑みを浮かべた。

「分かった。悪かったから、早く傷を治して!!」

 これを見ていられるほど、私は神経が太くはない。危うく、鬼モードにシフトするところだった。

「分かればいいのです。体を張った甲斐がありましたね」

 軽く呪文一発。アイーシャの傷は一瞬で塞がった。

「もう止めてね。いくら不死身でも、心臓が痛むくらいはあるから……」

 私は近くの簡易シートにグッタリ座り込んだ。

 あー、ビックリした。

「それは私のセリフですよ。姫?」

 小さく笑みを浮かべるアイーシャに、私は何も言えなかった。

「少し、クスリが効き過ぎましたか……」

 アイーシャはそっと私を抱きしめた。

「震えるくらいなら、ご自分でなさらないように。私など、いつもこれですよ。死ななければいいというものではありません」

「うん、ごめん……」

 この子は凄い。自分で言うのもアレだけど、私を黙らせるとは……。

「さて、テントに戻りましょう。ここは寒いです」

 M113の中は冷蔵庫のように冷え切っている。後部ランプを開けた途端、猛烈な勢いで雪が吹き込んで来た。

「これは凄いですね」

 テントは派手な蛍光オレンジなので、この天候でも何とか見えるが、他は全く見えない。凄い天気である。

「これは危険ですね。すぐに切り上げるべきですが、今は動く時ではありません。テントで大人しくしていましょう」

 アイーシャが言うのだから間違いない。私たちはそれぞれのテントに潜り込み、冬の嵐が過ぎ去るのを待ったのだった。


 吹雪は止みそうになかったが、その勢いはかなり弱まってきた。

 時刻はほぼ夕刻という頃、ここで言い出しっぺでナビ役のアイーシャが出した決断は、無理せずもう一泊するだった。闇夜で吹雪という最悪の状況の中で、移動するのは大変危険だという判断である。それは私も賛成だ。

 この天気では外で食事は無謀なので、結局晩ご飯も携帯食料だった。あちらの世界の某国のやたら不味いと評判のレーションも、食べ慣れれば……うぇ。

「なんのさ、この変な薬品臭は!!」

 最低ラインの「食えればいいだろ」すら怪しいこれは、色々な意味で限界の代物だった。

「全く、すっごいもの作るわね……ん?」

 テントの入り口が開き、アイーシャが入ってきた。

「暇……ですよね」

「もちろん。暇死にしそうだわ」

 くっそ不味いレーションのパックを放り投げ、私はアイーシャに言った。

「ちょっと散歩でもしませんか?」

「この吹雪の中?」

 もう勢いは弱まったとはいえ、それなりに雪は降っているし風もある。危ない気がするが……。

「このくらいまで落ち着けば、少しで歩いても大丈夫です。それに、隣の侍女様のテントから聞こえてくる、なんというか、その……」

 アイーシャの顔が赤くなっていく。はいはい。

「こっちも負けずにやってみる?」

「ゑっ!?」

 ……本気にするな。バカ。

「冗談よ。じゃあ、お出かけしますか。行き先は任せるわ」

 私はもそもそとテントから出た。

「現在地がここです。この湖まで行きましょう。往復で2時間もあれば、大丈夫でしょう」

 地図とライトを片手に、アイーシャが言った。

「了解。行きましょう」

 私たちはキャンプ地を後にして、新雪を蹴りながら歩いていく。

 しばらくして、アイーシャが鼻歌を歌い始めた。

 おっ、雪中の行進曲的なものかと思いきや、そうきたか。


1.


Расцветали яблони и груши,

Поплыли туманы над рекой.

Выходила на берег Катюша,

На высокий берег на крутой.


 ふふ、ダテにテ○リスばかりやっているわけではない

 アイーシャの鼻歌に合わせて歌い始めると、彼女はちらっとこっちを見てニヤッと笑った。


2.


Выходила, песню заводила

Про степного, сизого орла,

Про того, которого любила,

Про того, чьи письма берегла.


3.


Ой ты, песня, песенка девичья,

Ты лети за ясным солнцем вслед.

И бойцу на дальнем пограничье

От Катюши передай привет.


4.


Пусть он вспомнит девушку простую,

Пусть услышит, как она поет,

Пусть он землю бережет родную,

А любовь Катюша сбережет.


(1番からひたすら繰り返し)


 こ、このテンポで歩くと、結構疲れる。そもそも、行進曲じゃないからね。

 でも、雪にはよく合う。漂うもの悲しさがいい感じだ。しかし、どうしてもテ○リスが、ブロックが……。

 ちなみに、これもどこの国の言葉かは知らない。音で覚えているだけだ。「あっちの世界」だしね。例によって共通語版もあるが、イマイチ乗れない。

 そんなこんなで、雪中ピクニックを続ける事三十分。アイーシャの鼻歌がいきなり変わった。

「カチューシャ メタルアレンジです!!」

「なんじゃそりゃ!?」

 鼻歌というレベルを超えた鼻歌に合わせるのは、もはやギリギリだった。

「はい、ノーマル!!」

「ぬぉっ!?」

 頼むから振り回すな!!

「半音上げて!!」

「うぉい!!」

 完璧に遊ばれている。付いていく私も私だが……。

「はい、ドラキュリアバーションでどうぞ!!」

「ないって!!」

 無茶ぶりも大概にしろ!!

 まあ、そんなこんなで、私たちは無事に湖に到着した。

「はぁはぁ……」

 む、無駄に疲れた。

「よく出来ました。ご褒美です」

 アイーシャは私の頭を優しく撫でた。フン、嬉しくなんか……。

「湖、見えないね……」

 立ち入り禁止の柵だけはあるが、辺りはすでに真っ暗だ。

「大丈夫です。ただの口実ですから」

 ……はいはい。大体察しはついていたわよ。

私は率先して彼女と手をつないだ。一度だけ、アイーシャの暴走でそれどころではない事までやっているが、あれはノーカウント。事故みたいなものだ。

 私たちはそれぞれ身を寄せて闇を見ていたが、さりげなくアイーシャが動いた、私の体を正面に向け、そっと唇を接近させてきたが、私はそれを右手人差し指で止めた。

「忘れているだろうけど、あなたがこの国に来た目的は『留学』。ここから先は学校ををちゃんと卒業してからね」

「うっ……」

 アイーシャの動きが止まった。

 忘れてはいなかったのだが、つい本人に任せてしまった。彼女はまだ学生である。そろそろ本分を思い出してもらわないと困る。

「で、では、せめて、『姫のテーマ』を……」

 澄んだ声でアイーシャが歌い始めたのは「カチューシャ」だったが、歌詞が器用に全面変更されている。しかし、私には歌中に出てくる「カチューシャ」が、「カシミール」に変更されている点くらいしか聞き取れない。

 この歌の原語を使っているのはすぐ分かったが、意味までは分からない。しかし、即興でここまでやられれたら、私はもう賞賛するしかない。

「やられたわ。さすが、天才……」

 もう苦笑するしかなかった。

「はい、これ「姫のテーマ」です。決定!!」

 アイーシャは思い切り笑った。

「なんでこれかな。テ○リス姫?」

 私も笑った。まあ、好きな曲だし、いいか。

「しっかし『ジョニー』にせよ『カチューシャ』にせよ、微妙に軍歌の匂いがする辺りが笑えるわね」

 もっと他に曲があるだろうにとは思うのだが、なぜかそうなってしまう。

「では、モロ軍歌いきます? 雪といえば……」

 読めた!!

「あれはやめよう。ベタ過ぎる」

 思い当たる歌が一つある。私はアイーシャを止めた。

「ですね。あの歌詞はちょっとリアルです」

 当たりか。どんな曲かは、想像にお任せしますってね。

「さて、帰ろうか。素敵な歌を貰ったし、私は満足よ」

 一回で覚えられるほど私の頭は良くないが、戻る間歌い続ければさすがに覚えるだろう。

「はい。では、練習しながら……」

 アイーシャを先頭に、私たち一行は歌いながらキャンプ地に戻る。しかしまあ、よくここまで改造したものだ。原曲と同じなのはリズムだけだ。意味は分からんけどね。

 弱まっていた吹雪が、また勢いをぶり返し始めた。しかし、アイーシャに焦りの色はない。この程度は想定内か……。

「だいぶ覚えましたね。その調子です」

 アイーシャがいうが、これ夏になったら合うかな。まあ、大丈夫か。

「あとで少しアレンジしておきますね。そのままだと面白くないので」

「そう? これで充分だけどなぁ」

 このもの悲しく、どこか哀愁が漂う感じがいいのだ。これを消されてしまうと、なにか別の曲になってしまう。

「もうちょっとロイヤルな感じで。姫の曲ですから」

 ニッコリ笑うアイーシャだが、ロイヤルな「カチューシャ」って想像出来ない。

 そんなアホな話しをしながら、私たちは無事にキャンプ地に帰り着いたのだった。


 エンジン音も高らかに、M113は雪原を突っ走っていた。

 翌朝は朝から好天だった。早々に撤収し、こうして城への帰途へとついた。

 アイーシャが無言でなにかやっていると思ったら、「カチューシャ ロイヤルver」の譜面を起こしていた。うちの楽隊にでも演奏させる気だろうか?

 まさか、ここまで本気になるとは思わなかったが、まあ、作品を楽しみにしておこう。私もアイーシャのジョニーを弄ろうかと思ったが、そんな才能はなかった。無念。

 お喋り相手もいないので、私は過ぎゆく景色を眺めていた。そのまま、なんのトラブルもなく城についたのは、まあ、喜ばしいことではあった。物足りなかったけどね。


 ボロい城だが、ちょっとしたホールはある。

 ここまでやりますかという感じだが、ステージには正装した楽隊の面々。そして、客席には城で手の空いている連中が座っている。こんなにいたのか、うちの城……。

「姫、これはなんの騒ぎですか?」

 事情が飲み込めていないらしい侍女様が、こそっと聞いてきた。

「よく分からないんだけど、アイーシャが自分を含めた私たち四人のテーマ曲を作ったんだってさ。お披露目したいっていうから、それなりの場を用意したんだけど……やり過ぎたかな?」

 みんな刺激が欲しいのか何なのか、海上は満員御礼である。どうでもいいといえば、どうでもいい話しなのだが……。

「いえ、いいと思います。しかし、テーマ曲とは……。もし、変な曲でしたら……フフッ」

 こ、こぇぇ。侍女様の曲は知らないのだ。私だって怖い。

「僕はなんだろ?」

 あっ、カシム。あなたは期待しない方がいい。目立ってないから。

「さて、そろそろね……」

 定刻きっかりに、着飾ったアイーシャが現れて一礼する。会場から拍手が起こった。そう、コンダクターはアイーシャだ。


 そして静かに始まる演奏。ん? 『ジョニーが凱旋するとき』か。前にマニアックって言ったけど、実はちょこちょこ聞いた事はあるはず。曲名を知らないだけでね。

 そこからの神業的繋ぎで「カチューシャ ロイヤルver」だ。な。なんだこの優雅さ。それでいて原曲はちゃんとある。ありって言えばありだけど、こ、これはもうなんというか……王族だ。いや、王族だけど……。そして、そこからの繋ぎ。多分、侍女様……ここれは、えっと。

「ぱ、パンツァー・リート改……ってか」

 異世界の戦車行進曲をベースに、やたら盛大かつ優雅にしたものだ。ここまで変わると、もはや戦車はいない。なんていうか……普通に凄い。

「これはこれは……。私にはもったいないですね」

 侍女様が目にちょっとだけ涙を……いや、こっちの方が凄い!!

 まるで機械のような侍女様だが、私は知っている。これで結構こういう面がある。滅多に見せないが……。

 そして……演奏は終わった。

「あ、あれ、僕は……」

 ……うむ、腕白でもいい。たくましく育って欲しい。

 当然のようにアンコールがかかり、なぜかエルフの民族音楽。ああ、これか……。

「ぼ、僕ってアンコール用!? しかも、これ葬式……」

 思い切りヘコんだカシムを除き、ささやかな音楽会は無事に終わったのだった。

 こうして、『ジョニー』『カチューシャ』『パンツァー』と出そろったところで、私たち一行の結束は寄り深くなったのだった。

 なんで、妙にミリタリー風が入っているのかは分からないが、アイーシャの趣味なのだろう。あるいは、なにかとミリタリーテイスト好きなドラキュリア受けを狙ったのかもしれん。

 しかし……不憫よのう。カシム。残念!!

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