第26話 雪中キャンプのすすめ(前編)

「えっ、この寒い中でキャンプ?」

 アイーシャが言い出した事に、私は思わず聞き返してしまった。

「はい、私の国では当たり前の習慣なのですが、少し長めの休みが取れた時などに、雪中でキャンプをやるのです。寒いですが、楽しいですよ」

 ニコニコ笑顔で言うアイーシャを思いとどまらせるより、実行してしまった方が早そうである。

「侍女様、この辺で適当な場所ある?」

 私が聞くと、いつも通りゆらりと姿を見せた。

「はい、この時期のキャンプ場は冬期閉鎖です。天然の草原にキャンプを張ることになりますが、いくつか候補はあります」

 なんで知っているんだか……。

「オススメの場所でいいわ。またレーションは嫌だから、食材はちゃんと持っていくとして、四人+荷物だとそれなりに大きなヘリを使わないと……」

「いえ、陸上で行くのが楽しいのです。人と荷物が積める雪上車みたいな乗り物があればいいのですが……」

 私の言葉を遮って、アイーシャが熱のこもった声で言った。

 さて、そんなのあったかな……。

「まだ処分はしていないと思います。ちょうどいい車がありますよ」

 さすがは侍女様、即座に返答した。まさか、コレとは知らずに。


 V6ディーゼルターボエンジンが唸りをを上げ、無限軌道がガタガタと雪を蹴散らしながら突き進む。確かに荷物も人も積める。これは間違いない。しかし、まさかアルステでも見たあのM113装甲兵員輸送車だとは思わなかった。こんなのいつ買ったんだろう?

 カシムが運転し、侍女様が自衛用のM2機関銃の銃塔に張り付いているため、純粋な乗客は私とアイーシャだけだ。それなりに荷物を積んでいるが、それでも十一人乗れる車内はガラガラだった。

 私とアイーシャは、ぽつんと端っこの方に座り、小さな窓から見える光景を見ていた。元々が戦闘車両ゆえ、暖房などない金属の箱だ。かなり厚着しているがそれでも寒い。こと寒がりなアイーシャなど……あれ、幸せそうに私に寄りかかって寝てるよ。珍しい。

 城を出てからもう2時間以上は経つ。事前に知らされている地点までは、もうすぐのはずだ。

「少し雪が降ってきました。あと十五分くらいです。天気がもってくれればいいのですが」

 侍女様が言った。ここは夏は一面の草原である。吹きさらしの雪は、さぞ寒いことだろう。持ってきてるテントは冬山登山用だし、装備一式も完全冬期用だがなんでまたこんな時期に……。

 言い出しっぺのアイーシャがオネンネなので、なんとなく頭にきて思い切り頸動脈に噛みついてやった。吸血なしの刺すだけ~。私の血が入らないから、死ぬかもね。フフフ。

「ふぎゃ!?」

 あっ、起きた。

「あわわ、血が、血がぁぁ!?」

 誰しも心に鬼を飼っている……なんてね。


 やや流血騒ぎはあったが、私たちは無事に目的地に着いた。

「テント設営はお任せ下さい!!」

 やたら元気なアイーシャが、さっそくテント設営を開始した。冬山用にしたため、一人用のテントしかないので四つ立てる事になる。なかなかの重労働だ。

 お約束のたき火はしない。地面が雪という事もあるが、風に煽られて危ないからだ。食事は野外用のガスコンロ。低温の時は少しコツがいるが、一番簡単で使いやすい。明かりは万一を考えて電池式のランタンだ。

 テントが出来る間に、私たちは手早く料理の準備を始めた。といっても、主役は侍女様で私とカシムは少し手伝う程度だが……。

 全ての支度が調った時、天候は緩やかに悪化に向かっていた。静かに降っていた雪が、徐々に風に流され始めたのだ。この様子だと、夜は吹雪だろう。

「それにしても……」

 M113の屋根から張ったタープの下に集まり、ホットワインなどで雪見酒というのも悪くない。寒さもいい肴というものだ。

「あれま、あなたたちそんなプレイを。ハードねぇ」

 侍女様✕カシムの行為はその……書けねぇよう。刺激が強すぎる。

「あら、そうですか?」

 ワインではなくお茶をすすりつつ侍女様は涼しい顔だが、カシムは死にそうな顔をしている。

「そういうあなた方は?」

 うーん……。

「これといってなにも、まあ、強いて言うなら……」

 私は近くにあった食料袋の中から、リンゴを一つ取りだした。

「いくぜぇ、相棒!!」

「あいよ!!」

 私がそれを頭上に高く放り上げ、二人同時に拳銃を引き抜く。そして、全く同時に発砲音。リンゴは粉々に砕け散った。

「まあ、こんな事ばかりかな」

 侍女様が小さくため息をついた。

「まあ、いいのですが、もう少し甘い感じで……」

 甘いねぇ。じゃあ……。

 私は無言で隣にいたアイーシャの首根っこを引っつかむと、思い切り牙を頸動脈に突き立て、ジュルジュルと……。

「最近だけど、アイーシャの血が妙に甘いのよねぇ……」

「えっ!?」

 アイーシャが驚きの声を上げた。あれ、なんか変な事言った?

「アイーシャ。帰ったら健康診断を受けなさい」

「はい……」

 うむ、なんかまずいらしい。以上。

 外を覆い尽くす雪は激しくなる一方で、風も強くなってきた。談話を早々に切り上げることにして、手早く片付けてそれぞれのテントに潜り込んだ。

「ううう、これじゃ着替えどころじゃないわね」

 マイナス八十度まで対応の極寒地対応テントとはいえ、さすがに中はそれなりに寒い。とても着替え……という気温ではない。温める魔法を知っているでもなし、ここは登山スタイルで行くか。つまり、着替えない!!

 私は早々にシュラフ……有り体な言い方をすれば寝袋に入り、体温で温まるのを待った。

 うーん、寂しいから何か歌うか。よし!!


When Johnny comes marching home again

Hurrah! Hurrah!

We'll give him a hearty welcome then

Hurrah! Hurrah!

The men will cheer and the boys will shout

The ladies they will all turn out

And we'll all feel gay

When Johnny comes marching home.


The old church bell will peal with joy

Hurrah! Hurrah!

To welcome home our darling boy,

Hurrah! Hurrah!

The village lads and lassies say

With roses they will strew the way,

And we'll all feel gay

When Johnny comes marching home.


Get ready for the Jubilee,

Hurrah! Hurrah!

We'll give the hero three times three,

Hurrah! Hurrah!

The laurel wreath is ready now

To place upon his loyal brow

And we'll all feel gay

When Johnny comes marching home.


Let love and friendship on that day,

Hurrah, hurrah!

Their choicest pleasures then display,

Hurrah, hurrah!

And let each one perform some part,

To fill with joy the warrior's heart,

And we'll all feel gay

When Johnny comes marching home.


 ……なぜ、これをチョイスしたのだろうか。「ジョニー」の原語版である。面倒なので繰り返しとか色々要略したけどね、

 どこの言葉かは知らないけれど、そういう歌なのだ。長いので途中で切り上げるつもりが、つい全部歌っちまった……。

「お呼びでしょうか?」

「のわぁ!?」

 いきなりテントの口が開き、アイーシャが入ってきた。

「いえ、『私のテーマ曲』が聞こえたもので……」

 うぉ、本当に認めた。い、いい子いい子。

「こんな雪の中なのに来るとは。あなた寒がりなのに……」

 なんというか、おねぇさんちょっと感動だ。

「姫の呼び出しを断るような、偉い身分ではありません。寝られませんか?」

「まあ、ちょっとね……」

 風で何かがバッサバサいっている中で寝るのは、馴れないと難しいだろう。

「では、少しレクチャーを。先ほどの歌ですが、全般的に半音ずれています。全てそれならいいのですが、突然原曲のキーに戻ったりしています。この辺りを直していきましょうか」

 かくて、いきなり音楽教室がスタートしてしまい、結局眠れない私なのだった。

 くそ、へたに歌うんじゃなかった……。

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