第25話 鬼の子は鬼

 ドカーンという凄まじい銃声が響く。

 ここは、城の地下にあるシューティングレンジだ。

 刑務所が作られた事をきっかけに、不要となった地下牢を全面改修して作られ、屋内なのに最大で三千メートルまでの射撃が出来るという、なかなかイカレた施設である。

 今私が扱っているのはバレットM82A1という12.7ミリ弾を使う狙撃銃だが、この弾丸はM2重機関銃弾と同じ。もはや、銃というよりはちょっとした大砲だ。カタログでは有効射程実に二千メートル。なにに使うんだろ? という感じだ。

「よう、相棒。そんなバカデカい銃を振り回してどうしたんだい。なんちゃって」

 缶コーヒーを2つ持ってきたアイーシャが、小さく笑い声を上げた。

「なに、王女の嗜みってね。でもこれ、「伏射」なのが辛いのよね。お腹冷えちゃって」

 伏せの体勢で撃つ事を伏射という。これが、結構シンドイ。

「ん?」

 ジェスチャーで銃を貸せと言っているのが分かったので、私はクソ重い銃をアイーシャに手渡した。すると、彼女は何と普通のライフルのように構えた。

 おいおい、怪我するぞ!!

 大口径な分反動も大きい。銃の重さに加えて巨大なマズルブレーキ……銃口に付いていて、発射ガスを噴射するショック吸収装置みたいなものね……があるとはいえ、そんな撃ち方をする銃ではない。しかし、彼女は普通にトリガーを引いた。

 ドゴーン!! という銃声が消えぬうちに、次は腰だめ、最後に伏射と流れるような動きで撃ち、最後にチャキっと構えて見事なドヤ顔を決めてくれた。

「さすが、相棒。やってくれるぜ」

 ここは火気厳禁。ア○コスもダメなので、さっき貰った缶コーヒーを掲げて見せた。

「早く教えて下さいよ。こんな立派な施設があるなんて……。いつも、射撃練習する場所に困っていたのです」

 アイーシャが微妙にふくれっ面でそう言った。

「私も忘れていたんだな。で、ふっと思い出して無心でバレット撃ってた」

 ストレス発散に、バレットの強烈な反動はなかなか効く。

「なるほど……。では、私も隣のブース借りますね」

 言うが早く、待ちきれない子供のようにグロックを引き抜くアイーシャ。手早く設定を変え、ターゲットの位置を五十メートルに設定したようだ。

 拳銃でこの距離は神業に近い。私は後ろのベンチで様子を見る事にしたのだが……。

 タタタタタ……

 凄まじい早撃ちである。グロック17の装弾数は十七発。それを、アイーシャはまるでマシンガンのように撃ち尽くした。

「うーん、腕が落ちています……」

 機械音と共に近寄って来た標的はほとんどど真ん中。僅かに外れているのが二発。十メートル離れれば命中がおぼつかないというのが拳銃である。五十メートルでこれは恐ろしい……。

「何なら、私を標的にしてみる? 当たるかもよ」

 アイーシャがキッと睨んだ。

「冗談だよ相棒。そうカッカするな」

 ちなみに、通常弾は効かない吸血鬼である。いくら撃たれても死ぬことはない。

「私も拳銃を持とうかな。サブウェポン的な感じで。何かいいのある?」

 相手が銃で武装している場合でも、サングイノーゾ+鬼モードで乗り切れるが、不意打ちを受けた時などにあって損はない。

「そうですね……。ちょっと手を見せて下さい」

 アイーシャに言われ、私は素直に手を差し出した。

「……そうですね。ちょっとこれを持って、ターゲットを撃ってみて下さい」

 アイーシャは、自分の銃のマガジンを入れ替え、私に手渡した。新しくなった標的の距離は五メートル。

 グリップが太く思っていたより重い。アイーシャのような片手撃ちは難しい。私は素直に両手で構えると、そろりとトリガーを引いた。

 なかなか手応えのある反動と共に、銃弾が放たれた。寝ていても当たりそうな距離ではあったが、ものの見事に外した。

「力み過ぎですよ。あと……」

 アイーシャが、文字通り手取足取り教えてくれる。その甲斐あって、十メートルはどうにかこうにか様になるようになってきた。

「分かりました。グロックでもいいのですが、ここはワルサーでいきましょう。P99でしょうかね。良くも悪くも普通の銃です」

「チョイスは任せるわ。今から買いに行こうか?」

 時間はまだ昼ご飯を食べてすぐだ。街に行って買い物する時間は十分ある。

「行きましょう。私も欲しいものがありますので」

 こうして、私たちは街への買い物へと出向くことになったのだった。

 

 私とアイーシャ、そして護衛兼お目付役として侍女様という馴れた面々で、今日も賑わう街の市場を歩いていた。お目当ての拳銃はすぐに見つかった。ワルサーP99。私にはちょっと大きいかも知れないが、扱いきれないほどではない。ついでにホルスターも買って腰に下げれば、なにか強くなった気がする。気のせいだけどね。

 侍女様のお目当ては「電撃首輪」だけど、何に使うのかと思ったら……。

「最近、カシムが調子に乗っていまして、ここいらで締めておかないと……」」だそうで。怖い怖い。そして、アイーシャのお目当ては?

「さ、サボテン?」

 どうした、アイーシャ。なんかあったのか?

「最近、多肉植物にハマっていまして……。疲れが癒やされます」

 な、なんだ、「ジョニー」のオルゴール版が頭に流れてきたぞ。原曲以上に哀愁感が満載だぞ。しっかりしろ、相棒!!

「ごめん。私の相手、疲れるよね?」

「正直言うと……かなり」

 ……やっぱり? だよね。分かってるぜ、相棒。

「あの、姫が死にそうになっていますが……」

「えええ、ああ、い、今の冗談、冗談です!!」

 無理に取り繕うな、相棒よ。へへへ。

「ごめん、ちょっとトイレ……」

 言い残して、私は人混みの中にふらっと身を隠したのだった。


「よし!!」

 洗面所で顔を洗ってすっきり。

 外に出ると、そこはいきなり大騒ぎになっていた。ズダダダダダと連続する射撃音に悲鳴に足音。尋常な騒ぎではない。

 かき分けるようにして、人の流れとは逆に進むと、何とか騒ぎの元に辿り着いた。ちょっとした休憩広場になっているような所で、ラ○ボーよろしくM60軽機関銃を天井に向けて乱射している三人組。全員覆面で無言だが、一体なにがしたいのか……。

 しかし、私のやる事は決まっている。王女たるもの、国民の命を守る義務がある。私は買ったばかりの拳銃を抜くと、黙って連中に近づいていった。

 一人が気が付いた。軽機関銃を私に向け、いきなり連射を始める。しかし、銃弾は私の体に食い込むものの、当然ながらこんなので死ぬような私ではない。それこそ、重駆逐戦車のような歩みで、ゆっくりと接近していった。

 どうやら、真の脅威と取ったらしい。三人の機関銃弾が一斉に私に集中するが、だからなんだという感じだ。距離は三十メートルくらいか。周囲の状況確認……まだ、避難が終わっていない。もう少し粘らねば。二十メートル……避難終了。十メートル……射撃開始!!

 私はワルサーのトリガーを引いた。放たれた九ミリパラベラム弾は……うぉ、ここに来て外すか私!!

 その隙に機関銃を放り捨てた三人組は、一斉に背負っていたバカデカいライフルを構えた。ば、バレット!?

「ちょ、それはさすがに!?」

 死にはしないが、あんなもん三発も食らったら行動不能になる。ヤバい!!

 その時、聞き慣れた早撃ちの発砲音が聞こえ、三人組が短く声を上げて床に膝を落とした。しかし、バレットの引き金は引かれ……強制シフト「鬼モード」。

「ったく、だらしねぇ!!」

 極限まで高まった動体視力と反射神経は、飛び来る12.7ミリ弾すらしっかり捕捉していた。避けるのは簡単だが芸がない。私はそれを全て左手でなぎ払った。焼けるような痛みが走るが、直撃よりはましだ。

「よう、クソバカども。散々やってくれたじゃねぇか。お前らには、これで充分だ!!」

 私はワルサーを構え、立て続けにトリガーを引いた。弾丸は面白いように三人の頭部を貫き、脳漿と血液をぶちまける。まだだ。こんなもんじゃ終わらせねぇ。

 私はワルサーをホルスターに突っこむと、動く右腕を腹部に思い切りねじ込み、中から腸を引きずり出した。同じ事を他の二人にもやり、仲良く結んでやる。ほら、これで仲良し三人組っぽくなったろ?

「ハハハ、いい様だなおい!!」

 とっくの昔に事切れて、床に倒れた三人組の顔面をガンガン蹴飛ばしながら、私は確かに実感していた。これが本当の私なんだと。普段の私は仮初めなんだと……。

「そこまでにしてあげて下さい」

 この惨状を見て、笑みを浮かべて私に接近してくる者がいた。アイーシャだ。

「よせ、近寄るな。汚れるぞ!!」

 辺り一面血の海だ。もちろん、私の体も血まみれだ。しかし、彼女は自分が血で汚れるのも構わず、私に向かって接近してくる。

「汚れるからなんです?」

 アイーシャはまるで私に抱きつくようにして、首に何か着けた。見ると、彼女の首にはドラキュリア式の婚姻の証であるアクセサリーが着いていた。

「本当は、逆なんですけどね。こっそり作っておいたものです。タイミングがなくて……」

「それ、今やる?」

 呆れちまう。全く……。そして、彼女はべったりと血の付いた私に抱きついた。……かなわないな。強制シフト「通常モード」。

「ああ、またやっちゃった……」

 私は血の池にへたり込んでしまった。最近大人しいので油断していたが、やはり鬼は鬼だ。いざとなると制御出来ない。

「さて、警察が来る前に行きましょう。侍女様が帰りのヘリの用意をしています。

 こうして、私は引っ張られるようにして、市場を後にしたのだった。


 城に帰って体を洗って着替えをして……私は中庭を眺めていた。

 知らないうちに、母上の腕輪と首のアクセサリーに手を当てていた。

「拠り所か……。全く、泣けてくるぜ。相棒」

 もちろん、目にカジキマグロでも入らない限り泣きはしないが、ちょいと疲れているのは事実だった。

「侍女様?」

「はい」

 完全に裏をかいたはずだが、やはりこの人はいた。

「ちょっと旅に出ようかな?」

「どちらへ?」

 ……。

「なんでもない。私は王女だからね」

「はい」

 自由はない。それが王族だ。

「ねぇ、私ってバケモノ?」

「答えかねますが、一般的にはそうなる可能性が高いです」

 愚問だった。分かっているわよ。

「まあ、いいわ。そろそろくるかな、相棒が」

「はい、あと三十秒で到着見込みです。庭の隅の方に楽隊を用意してありますので、接近したら『テーマ曲』を」

 ……要らん!!

 言おうと思った矢先に、楽隊の演奏が……。もういいや。

「こちらでしたか……って、なんで楽隊が!?」

 ……普通、そうなるわな。風情も何もかもぶち壊しの、「ジョニーが凱旋するとき マーチングver」だもの。

「楽隊、チェンジ「オリジナル」!!」

 途端に、威勢の良さは鳴りを潜めて、哀愁感漂う曲調に変わった。そう、これがオリジナルだ。

「これ、あなたのテーマだからよろしく」

「ええっ!?」

 さすがに驚いたか。さまぁ!!

「その様子だと、元気そうですね」

 ホッとした様子でアイーシャが言った。

「さぁ、どうだろうね。王女を見た目で判断しちゃダメよ。嘘吐くのはうまいから」

 私は軽く笑ってやった。

「さて、部屋に戻りますか。ちょっと冷えちゃった」

 こうして、私たちは城内へと引き上げたのだった。

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