第24話 母上の帰国

 その夜、私は中庭をボンヤリ眺めていた。いつもの尖塔は雪が降ってしまったため屋根に出られず、代替え措置としてこうなった。

 何様式だったか忘れたが、この世界のある高名な庭師が整えたもので、時間帯によってそれぞれ違う顔を見せるらしいのだが、正直アートの世界は分からないので興味がない。

「姫、こんな場所にいましたか」

 やってきたのはアイーシャだった。私の隣にそっと座り、静かに庭を眺める。

「いいお庭ですね。この造りは……えっと……」

「サンアントニオ・ガリバルディ『生者の行進』。世界でもたった三十しかない、大変貴重なシリーズですね」

 今度は母上だ、アイーシャとは反対側の隣に座った。まるで、オモチャを取られまいとする子供のように、私の左手を掴むアイーシャ。あのねぇ、

「こういう趣も好きなのかしら?」

 母上に聞かれて、私は苦笑した。

「全然です。一人になるのに都合がいいので、こうしてボーッとしていただけですよ」

 基本的にここはほとんど人が来ない。城内の隠れ家みたいなものだ。

「こんな時間に……なんて、私は言わないわ。誰だって、眠れない時はあるもの」

 その眠れない原因1があなたです。はい。

「そして、一人になりたい時もある。ねっ、相棒?」

 アイーシャがクスリと笑った。よほど、相棒という響きが気に入ったらしい。

「あらあら、うらやましいですね。じゃあ、私は愛猫って呼ぼうかな。猫っぽいし」

 庭に向かって、ヘッドスライディングしそうになった。冗談キツいぜ。

「冗談よ。いちいち反応して、まあ」

 まあ、楽しいならいいや。うん。

「それにしても、どうしてそんなに人を信じないのかな。私はもちろんだけど、アイーシャにもまだ徹甲弾でも撃ち抜けない壁がある……なにかあったのかしら?」

「いえ、特に……」

「その件につきましては、私から……」

 うぉ!? しまった、侍女様がいた!!

「ちょっと待って。まさか、アレを!?」

 カチャリと音がして、両サイドのこめかみに銃が突きつけられた。オイコラ……。

「全てお話しすると少々長い上に、よくあるつまらない話しなので、適当に掻い摘まんでお話しさせて頂きます」

 

 これはある国のお姫様のお話し。

 

 ある国に人のような姿をしながら人ではない、吸血鬼のお姫様がいました。

 このお姫様が大変お転婆で、毎日城を抜け出しては戦闘機で街を爆撃したり、森をナパーム弾で焼き払ったりと、好き放題やっていました。

 そんなある日、街である成年と出会いました。名前は伏せておきますが、お姫様は成年に一目惚れをして、猛アタックの末に見事に仕留める事に成功しました。

 しかし、吸血鬼と人間の恋など、所詮は幻に過ぎませんでした。ある日、お姫様宛に届いた手紙を読んでいた中に、明らかに異質な内容の事が記された手紙が紛れ込んでいました。宛先を見ると成年宛てのもの。間違えて紛れ込んでしまったのです。

 差出人は書かれていません。手紙の内容は簡単にまとめるとこうでした。


『王家の財宝を奪って、私と逃げる計画はどうなっているの?』


 当然ながら、お姫様は成年に問い正しました。

 開き直った成年は、まず人の手紙を勝手に読んだことを罵倒し、お姫様がバケモノである事を執拗になじり、どれだけ泣いても容赦なく責め倒すだけ責め倒し、お城から出て行ってしまいました。


 それからです。お姫様が全く誰も信用しなくなったのは。

 これは、今から十年くらい前のお話し。私がまだお城に上がったばかりの頃で、何も出来ず、見ていることしか叶わぬ時代。悠久の時を生きる吸血鬼にとっては、つい先ほどの出来事です。


「……」

 いかん、思い出したら目にオオサンショウウオが。

 そう、姫は人前で泣いたらいかんのです。だから、止めろと……。

 こめかみにあった銃がなくなった。誰も何も言わない。やめろ、この沈黙!!

「ねっ……アホな話しでしょ。ありがち……だしさ」

 しょうがないので自分でぶっ壊す。侍女様のせいだ。微妙に絵本風に語るな!!

「今日は解散。おやすみ!!」

 それだけ言い残して、私は自室に戻ると扉に鍵を掛け、ブーツを脱ぐのももどかしく、そのままベッドに飛び込んだ。

 侍女様の気配は……ない。あったら半殺しだ。全く……。

「もう過ぎた話しなんだけどな……。やれやれ」

 もう小娘という年齢でもなかろう。嫌になる。

 私はそっと目を閉じ、強引に寝る事にした。朝になれば忘れている。私はそういう性格だ。


 アイーシャも母上もなかなか頭の回転が速い。昨夜は何も聞かなかったという体で、朝ご飯の時から接してくれた。これは助かった。

 今日は母上の滞在最終日である。事前準備として、昼頃にアルステ王国からC-5M大型輸送機が飛来し、買い込んだAAAV7を積み込む手はずになっている。そんなわけで、私たちはガタガタと山道を進んでいた。あんなバカデカい輸送機など、城の滑走路ではとても離着陸は不可能だ。

「あの……失礼します!!」

 全くもって唐突に、隣に座っていたアイーシャが……まあ、ご想像にお任せします。

「こんな事したって、私のガードは堅いわよ。馬鹿たれ」

 ささっと、服装を直しながら、私はアイーシャに小さく笑みを送った。

「分かっています。でも、人間を誤解されたままでは……」

「別に人間だけじゃないでしょ。そんなもんさね」

 その方が目的があって分かりやすい。下手にオブラートを掛けられると、大変不愉快である。

「姫……」

 なにか、とても悲しそうな顔で、アイーシャが私を見た。そんな顔すんなって。

「へいへい、そこは『なにウジウジ言ってやがる、このクソ野郎!!』で一発殴っとけって!!」

 アイーシャの肩をパンパン叩いてみたが、余計に酷くなった。泣いてしまったのだ。

 ……どーしよう。

「姫、何をやったんですか?」

 上からこちらをちらりと見た侍女様が、ジト目で聞いてきた。

「い、いやぁ……」

 これは、何とも説明しがたい。

「ちょっと代わって下さい。私が宥めます」

 侍女様と入れ替わり、私は銃塔に登った。三百六十度視界が開けているのは、やはり気持ちがいいものであるが、気分の高揚感はない。そりゃ、私だって……悪い事したなとは思っている。言い方が悪かったと」

 行く先に街の門が見えてきた。あと五分もかからないだろう。

 こうして、私たちは無事に街に到着したのだった。


「知らないわけじゃないけど、やっぱり大きな機体よねぇ」

 予定より2時間遅れで、アルステ王国の紋章を付けた巨大輸送機は、空港の滑走路目がけて突進してきた。車輪何個付いているんだ、これ?

 派手に白煙を上げて車輪が接地し、逆噴射の轟音が辺りに轟く。そのままある程度滑走して速度が落ちたところで高速誘導路に捌けて滑走路を空け、その巨体を私たちが待つ大型機駐機場に向かってタキシングしてくる。

「さて、あとは任せましょう。私たちは、予定通りに……」

 母上が元気に言った。

 そう、せっかく来たのだから母上に冬のドラキュリア名物を堪能して貰おうと、私と侍女様で計画したのが、ここからヘリで一時間ほど行った場所にある、ポート・センチュリオンという小さな港町に行こうと言うものだった。

 ここは、冬の味覚であるカニやエビ、貝類などの一大水揚げ港であり、通の間では行かなければ損と言われている。

 ガラガラ引っ張るアレの荷台?に乗ってヘリポートに移動した私たちは、待機していた大型ヘリコプターCH-53Eに乗り込んだ。いつものブラックホークでも良かったのだが、たまには赴きを変えてみようかと……。しかし、デカくて広いぞこれ……。

 インカムを付けて着席した頃、ヘリとしては極めて大きな機体が、意外と身軽にヘリポートを飛び立った。

 しばらくして、「ヒソヒソ話モード」のコール音が鳴った。

「ごめんなさい、先ほどは取り乱してしまって……侍女様から色々聞きました。省略した部分も……あれでは、誰も信じられないと思います」

 ちっ、余計な事を。

「昨日の事は夢よ。忘れてね」

 そうそう、単なる夢で侍女様の与太話だ。大した事ではない。

 ヘリは軽く旋回し、ポート・センチュリオンに向かって突進していく。私はインカムのジャックを引き抜いた。これで、誰からの通話も入らない。窓の外の雪景色は、どんどんその白さを増していく。北に向かっている証拠だ。

「やれやれ……」

 私はこっそりつぶやいたのだった。


 ポート・センチュリオン。人口、約100名。主な産業、漁業……というか、漁師しかいない。

 そんな町に王家の紋章入りのバカデカいヘリが降りてくれば、当然ながら嫌でも目立つというものだ。

「あれまぁ、誰かと思ったら、やっぱり姫さんかい」

 ヘリから降りると、途端に女将さん連合に囲まれた。

「ハーイ、姫でーす♪」

 ……軽すぎか?

「今日は遠くの国から客人が来ててさ、せっかくだから名産品でも食べて帰ってもらおうと思ったんだけど、どんな塩梅?」

 私が聞くと、女将さんたちが笑った。

「あれまぁ、来るのが遅いよ~。今日上がった分は、もうとっくに市場に出しちまった」

 ぬぅ、抜かった!!

「売り物にならないものは残っていませんか?」

 すかさず侍女様が聞く。

「うーん、そうだねぇ。とーちゃんに聞いてみるか。付いておいで」

 女将さん連合に連れられ、私たちは港をゾロゾロ進む。程なくして、猟具の手入れをしている男達の集団に出会った。

「おーい、姫さんがお客さん連れてきたんだけどもよ。売れねぇ魚残ってねぇか?」

 男の一人がこちらを見た。

「ある。こっちだ……」

 やっぱり、愛想はないのね。うんうん。

 すると、港の端っこの方に、文字通りカゴの中に放り出してある数々の魚があった。

「……どれも不味い。食べない方がいい」

 それだけ言い残すと、漁師のオジサマは去っていった。

「なるほど、どれもこの時期にドラキュリアでなければ取れない魚です。確かに、このままでは食べられたものではありません。ですが、カシム。一式、借りてきなさい」

「はい!!」

 久々に言葉を聞いたカシムである。女将さん集団に突撃して、なにやら交渉を開始した。

「何を始めるの?」

 聞くと、侍女様は六十年に一回くらいしか見せないような、笑顔を見せた。

「寒い時期にふさわしい料理です。お楽しみに」


 侍女様の鮮やかすぎる包丁捌きにより、魚たちは次々に「素材」へと変わって行く。途中で母上とアイーシャも加わり、女性陣による迫力の合作料理が完成しつつあった。

 ……ちなみに、私は料理出来ません。悲しい音楽が流れちゃうような味なら出せますけれど、それがなにか? 血なら吸えますけど何か? 女子力皆無ですけど何か~?

「出来ました。『雑魚の味噌仕立て磯鍋』です」

 大鍋一杯に煮えている料理は、見るだけで美味しそうだった。女将さん連合は元より、猟具の手入れを終えた男たちまでもが寄ってくる。食うなと言ったあの男すらも……。

「皆さんもどうぞ。私たちだけでは食べきれませんので」

 侍女様のこれをきっかけに、盛大な鍋パーティーが始まった。

「おいおい、まさかあれがこんな味になるのか!?」

「信じられねぇ」

 ガツガツ掻き込みながら、男達が口々に言う。その様子を見て、満足そうに笑みを浮かべる侍女様だった。

 さて、見ているだけでは勿体ない。私も……って、ないぞ!!

 私以外のみんなは美味そうに食べているのに、私の分は鍋に残っていなかった……フッ。これが私の生き様よ。

「……アイーシャ、そこに直れ!!」

「は、はい!!」

 ……せめて、「エキス」だけでも!!

「サングイノーゾ・ペントラ!!」

 直訳すると、「血まみれの鍋」。私は思いっきりアイーシャの頸動脈に牙を突き立て、血液を全部吸い取るくらいの勢いで、ズゾゾゾーっとやってみたが……血の味しかしなかった。シクシク。


 その日の晩ご飯は豪勢だった。鍋のお礼と異国のお客さんの歓迎という意味合いで、冷凍保存されていた様々な魚介類を大量に頂いてしまったのだ。

 鍋は食べ損ねた私だったが、今度はちゃんと食事にありつけた。まあ、それはいい。

「ふぅ……」

 この城には無駄なものが結構あるが、そのうちの一つが「やたら広い風呂」だ。一体、何人同時に入るつもりだというくらい、とにかく無駄に広いのである。

「これで温泉なら、まだいいんだけどねぇ」

 残念ながら、ここは普通のお湯である。まあ、いいけどね。

 一人でふやけていると、誰か入ってきた。侍女様ではない。使用人は使用人用の風呂がある。それを破った事は一回もない。となれば、母上かアイーシャか……カシムだったらぶっ殺す!!

「あら、失礼」

 母上だった。その後には、アイーシャが続いている。あれま……。

「ごめんごめん、今出るから……」

 明日には母上は国に帰る。親子の会話もあるだろう。それを邪魔するほど、私は野暮じゃない。

「ああ、いいの、いいの。むしろ、そのままで」

 少し慌てた様子で、母上が私を引き留めた。

「はい、先ほどまで母と話していました。その、姫の事を……」

 アイーシャが申し訳なさそうに言った。どうも、無理に話しをさせられたようだ。

 うーん、個人的には、あまり引っ張って欲しくないんだけどな……。

「ごめんね。お母さん色々聞いちゃった。激しくなじられながら性的暴行をされたとか、そのバカがあなたを殺そうとして首の骨を折ったとか、それでも死なないあなたを見て、恐怖のあまり短刀で滅多刺しにして、一時的に動けなくなったのを見て、殺したと思って逃げ去ったとか……他にも非道な話しを色々。今の所在は侍女さんが掴んでいるみたいだったから、私の護衛に付いてきた精鋭チームを派遣しておいたわ。これは、私の我が儘。女としてどうしても許せなかったの」

 ……ったく、侍女様のバカ者。

「今さら復讐しても……」

「復讐じゃなくて我が儘よ。あなたのためじゃない。気にしなくて大丈夫よ」

 なにか、瞳に黒い物を点しながら、母上はニッコリ笑みを浮かべた。

「それで、うちの娘が暴走したみたいだけど、ごめんなさいね。悪気はないから」

 母上の言葉に、バツの悪い顔をするアイーシャ。全く、あの車内での事は……忘れてあげるか。全く。

「いえいえ。まあ、姫なんてやっていると、色々な虫が飛んでくるものです。私もまだ若かったということで……」

 頼む、これ以上この話はしないでくれ。今度は、目にザトウクジラが入ってしまう。

「……侍女様が悔やんでも悔やみきれないと言っていました。それが、今のスーパー侍女を生みだしたようです」

「おおぅ」

 あれはもう人間を越えている。ある意味、侍女の天才だ。

「さて、この話しは終わりにしましょう。せっかくの最終日、普通に会話を楽しみましょうか」

 母上の仕切りで、私たちは話題を変えてある意味どうでもいい日常会話で盛り上がったのだった。


 翌日、いよいよ母上の帰国というところで、私はサプライズを用意した。

「母上はなにも触らないように。全て娘さんがきっちり操縦します」

 練習機型の前席にはアイーシャ、後席には何と母上が乗っていた。

「うわぁ、まさかこんな日が来るとは。アイーシャ、よろしくね」

「ひゃい!!」

 パチパチスイッチを弾きながら、アイーシャの裏返った声が聞こえた。大丈夫かな……。「よし、相棒。いっちょ飛ばそうぜ!!」

 私はあえてそう言ってアイーシャにグーを差し出す。

「おう、任せろ!!」

 そのグーにグーをぶつけ、アイーシャはニヤッと笑みを浮かべた。よし、その調子だ。

「では、また空港で!!

 そう、これから母上を空港まで送るのである。事実上、アイーシャの初単独飛行だ。もう大丈夫だろう。私はピンクの愛機に乗り、ペガサスエンジンを起動した。甲高い音が、私をその気にさせてくれる。さて、楽しみましょうか。

私はカタパルトが埋め込まれた離陸デッキに機体を持っていく。とはいえ、カタパルトは使わない。垂直上昇だとバカみたいに燃料を食うので、なるべく低燃費を目指してほんのちょっとだけ滑走して離陸するのだ。

 まずは私から。馴れたものであっさり離陸、ついでアイーシャ機が上がり、上空で編隊を組む。やはり、アイーシャは天才だと思う。もう十分乗りこなしていた。

「アイーシャ、大丈夫?」

 私は無線で問いかけた。

『はい、なんとか!!』

 しかし、やっておいてなんだが、これは送迎に戦車を使うようなものだ。戦闘機というものは、あまり乗り心地は考えられていない。程なくして、私たちは空港に到着した。またヘリポートを指定されたので、仕方なく垂直着陸した。

「さてと、ここでしばしのお別れですね」

 例のガラガラ車が待機する中、私はアイーシャ機から降りてきた母上に言った。

「ええ、ありがとう。楽しかったわ」

 軽くハグして……うわ!?

「ぎゃあ!!」

 私じゃなくてアイーシャが悲鳴を上げた。

「だって、私の可愛い子だもの。じゃあね!!」

 シュタっと手を上げて車に乗り込み、ここから見ても巨大だと思う輸送機に向かう母上を見送ると、なぜかアイーシャが赤面して鼻血をを吹いていた。

 ……な、なんで?

 結局、城に帰れたのは、輸送機が飛び立ってから2時間も経ってからだった。

 全く、そこまでの衝撃だろうか?

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