第23話 吸血姫とお節介親子
ようやく私の愛機、ピンクのハリアーの修理が終わった。しかし、これは一人乗りゆえアイーシャとタンデムするわけにはいかない。
そこで、埃を被っていた復座練習機型のハリアーを急遽整備し、帰国してからずっとトレーニングを重ねているのだが、控え目に言っても彼女は非凡ならぬ才覚を持っていた。 彼の世界では、「世界で最も操縦が難しい航空機」などとも言われるらしいハリアーだが、冬の中程になるくらいには、まだおぼつかないながらも離陸・飛行・着陸を一通りこなせるようになっていた。よほど勘ががいいのか、恐ろしい速度の成長である。
「それじゃ、今日は帰るわよ」
私は前席のアイーシャにインカムを通して言った。
ここは街外れの上空。高度三百メートルという低空だ。
『了解』
アイーシャが短く答え、エンジン音が急激に跳ね上がる。一気に高度千メートルまで上昇した時、無線ががなった。
『城管制よりロイヤル2。間もなく民航で客人が到着する。ブラックホークがピックアップに向かった。ついでに出迎えを頼む』
……ついでって、まあいいけどさ。
「アイーシャ、聞いたわね。空港に行くわよ」
やれやれだ。全く。
『了解』
アイーシャがだいぶ馴れた様子の空港とのやり取りを聞きながら、私はどことなく不安を感じていたのだった。
ハリアーだからヘリポートでいいだろうと、かなり無茶苦茶で素晴らしい空港のクソッタレな指示で、私たちの機は無事に地上に下りた。混雑しているのは分かるが、この扱いはどうかと思う。
まあいい。その隣のスポットに、城からすっ飛んで来たブラックホークが着陸しようとしている。全く、誰がきたのやら……。
「よう、相棒。なんか嫌~な予感しねぇか?」
私はア○コスを口に、隣のアイーシャの肩をポンと叩いた。
「おうよ。嫌な予感しかしねぇ。へへへ」
ニタッと笑って見せるアイーシャだったが、この寒いのに額に変な汗が浮いている。
そんな事をやっていると、ターミナルビルから、航空貨物のコンテナをガラガラと牽引する、あの車がやってきた。まあ、運ちゃんはいい。その隣に乗っているシルバー・ブロンド。忘れるものか。
「母上か……」
「お母さん!?」
他にもまともなものはあったろうに、なんでそんな車を選んだのかは謎だが、こちらにゆっくり走ってくる牽引車に乗っているのは、他でもないアイーシャの母上だった。その口元には、なにかよく分からない笑みが張り付いている。
全く「クワイ河マーチ」か「ワルキューレの騎行」でも流したくなる気分だ。お約束の某黒いヘルメット男のテーマは、女の子的に少し可哀想なので止めておく。
きっかり5分後。私たちの元に到着したシルバーブロンドは、まず最初に娘と軽いハグを交わし、次いで私に……。良かった、ここまでは普通だ。
「二人とも久々ね。元気そうでお母さん安心したわ」
いや、私は娘じゃ……いいや、言っても聞かん。
「それでは、さっそく城へご案内します。そちらのヘリに乗って下さい。アイーシャも同乗して。私はこれを転がして帰るから」
さすがにお母さん一人というわけにはいかないだろう。私はアイーシャに手短に指示して、ハリアーの前席に滑り込んでキャノピーを閉めた。復座とはいえ、練習機。一人でも当然ながら操縦はできる。
ヘリの離陸に合わせ、私も離陸した。ヘリと歩調を合わせて飛ぶ事しばし。無事に城に到着すると、私は機体を寝かしつける作業に取りかかった。
「あっ、あとはこちらで。お客様の対応をお願いします」
整備員に声を掛けられ、私は一つうなずいてハリアーから降りた。
すでに侍女様がアイーシャと共に立ち話をしていたが、まあ、こんな場所に長居させるものではない。
「お待たせ致しました。本日は父王、母王妃が外遊に出ており不在ゆえ、私が対応させて頂きます。あまりおもてなしも出来ませんが、ごゆるりとお過ごし下さい」
私は母上に改めて頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ急に押しかけてしまって申し訳ありません」
「では、こちらへ……」
馴れたもので、侍女様が城内に通じる重たい扉を開き、私を先頭にして応接室へと向かう。その間にも、侍女様の小声が聞こえる。無線で他の侍女達に歓待の準備を指示しているようだ。侍女様に鍛えられているうちの侍女は、はっきり言って凄まじい。
応接室に通じるドアを開けた時、全員は入れないため特別編成された小規模な楽隊によるアルステ国家の演奏が始まった。国賓じゃないのに、それと、なんでも「ドラキュリアver」にするのはやめろ!!
「あらあら、これはまたビックリ。お母さん感激!!」
そりゃ驚くわな……。
取るも取りあえず、全員がソファに座り楽隊が退散すると、ようやく普通の歓談タイムとなった。
「街に宿を予約されたのですか? 移動も面倒ですし、この城にお泊まり下さい。客室だけはいくらでもありますので」
皆の手前、口調を崩すわけにもいかない。わたしだって、これでも姫なのです。おほほ。
こうして数時間の歓談タイムは終わり、一度それぞれの部屋に捌けることとなった。
「あー、疲れた……」
ベッドにバフッと倒れ、私はようやく脱力できた。
いつも誰かしらいる部屋だが、今は珍しく誰もいない。侍女様の気配は感じるが、これは影のようなものなのでノーカウントだ。アイーシャは、今頃母上と自室で水入らずしている頃だ。
「もっとハチャメチャかますかと思ったけど、意外と常識人で助かったわ。少し見方を変えないとね」
いきなりぶっ飛ばすと思ったのだ。まあ、これからだろうと予想はしているが、これならばまだ大丈夫だ。
と、部屋の扉がノックされた。
「入っていいかしら?」
ドアの向こうから、アイーシャの母上の声が聞こえた。
……来たか。
「はい、どうぞ」
覚悟を決めて、私は返答した。ゆっくり扉が開き……これ以上はないほど、柔和な笑みを浮かべた母上が現れた。
「ごめんね。急に来ちゃって。手紙書くのも面倒になっちゃって」
「いえいえ。どうぞ」
私はガタガタと机とセットになっている椅子を引っ張り出した。自分はベッドの上に座る。相変わらず、椅子がないのだ。いい加減買うか……。
「うーん、隣いいかな?」
「えっ、構いませんよ」
さすがにどうかと勧めかねていたのだが、自分でベッドの隣に腰掛けるというのだから、失礼にはならないだろう。
「では、失礼して……」
母上が私の隣に腰を下ろした。なんとなく、沈黙が落ちる。
「実はね、この前ウチに来てバカ旦那と暴れた時、影でこっそり見ていたのね……。バカ旦那が先に手を出したし、不思議な剣で戦った事はいいの。あれはそうするしかなかった。でも、自分で自分の心臓撃ったでしょう。あれはね、ちょっと見ていられなかったかな」
「……」
見られたか。
「吸血鬼で不死身だって分かっているから出来たとしても、当然痛みはあるだろうし、もしそれがなかったとしても、私には異常行動にしか見えなかった。娘が強引に結婚してでも守りたいっていう気持ち、ちょっと分かっちゃったかな。あなたは危なすぎる」
……返す言葉もないとは、この事なんだろうね。きっと。
「まあ、私も娘も超が付くほどお節介焼きだから、昔からそういうの放っておけないんだな。それに、あなたは可愛いいし、娘が離れたくないのも無理がないわ」
「可愛いですか。『鬼』ですよ?」
思わず苦笑してしまった。どこが可愛いんだか。
「娘じゃまだ難しいみたいだけど、私はその部分も含めて本心から可愛いって思える。人間だって、一枚岩なのはいないわけだし、吸血鬼だってそうでしょう。少しくらいやんちゃなところがあった方が、魅力的なのよ」
……や、やんちゃって、おい!!
「あの、普通に笑いながら人をみじん切りにした挙げ句、臓物を引っ張り出して高笑いしてるのがやんちゃですか?」
自分で言って嫌になった……。
「あら、そのくらい派手な方が好みよ。個性的でいいじゃない」
出てきた、重戦車の片鱗が。
「よくないです。これで、どれだけ泣いたか……えっ?」
母上こと重戦車(あっ、逆)は、私の肩をそっと抱き寄せた。
「泣いてもいいけど、認めなさいね。いつまでも拒否していたら、跳ね返せば跳ね返すほどただ辛いだけで、いいことはなにもないわ。これはどうにもならないの、そう生まれたのだから。絶対に自己否定はしちゃダメ」
……いたた、痛いな。
「すぐには難しいですよ。二千年以上生きていても、まだ認めていませんから」
思わず苦笑してしまった。
「あらら、根深いわね。かなり強引にその腕輪を着けてもらったのはね。少しでも拠り所になればって思ったの。あの娘がここまで真剣になる相手だから相当なものだろうし、そうなると、まだ娘じゃ足りないと思ったのだけど、読みは当たったな?」
……聞かれてもな。
「アイーシャには感謝しています。何かと助けになってもらっていますので。この上彼女の母上なんて、贅沢過ぎる布陣ですよ」
返答に困って、私は何とかそう返した。
「フフフ、うちのバカ旦那はまだブチブチいっていますけど、あんなのは無視して構いません。あっ、そうだ。せっかくですので『鬼』状態のあなたにも挨拶しておきたいですね。代われますか?」
「え、ええ、出来ますけれど、粗暴なので止めた方が……」
このところオンオフの調整だけは、ある程度の範囲で出来るようになった「鬼モード」。ここで少し切り替える事くらいはできるが、あまりオススメとは……。
「もう、格好付けないの。アレも含めて可愛いと言ったでしょう?」
にこやかに、しかし、力強くいう母上のパワーに勝てそうにない。私は、静かに目を閉じて切り替えた……シフト「鬼モード」。
「ふぅ、わざわざ呼び出すとは、大したもんだな。気に入ったぜ」
私はニヤッと笑ってみせる。
「フフフ、活発な子は好きよ。やっぱり、どちらも可愛いわね」
アイーシャのかーちゃんも、やはりニヤッと笑って返してきた。ほぅ、やるな。
「あのさ、あんまり可愛いって言ってくれるな。この状態なら気にならないが、普通だと照れくさいっていうか、どうしていいか……!?」
いきなり思い切り体を寄せられ、口に……。一気に血流量が上がった。
「ブハッ、な、なにしやが……」
私は息を飲んだ。やんわり笑みを浮かべたその目は、何でも吸い取りそうなくらい澄んでいた……な、なんだ、そんな目で見るな!!
「なに意地張ってるの。「鬼」だって「普通」だってあなたはあなた。分ける方がおかしいの。使い方次第よ」
そして、もう一度……ええい、チェンジチェンジ!!
「のわぁ!?」
記憶は共有しているので分かっている。しかし、通常状態のコレは……なかなかの刺激だった。
「あら、鼻血……」
すまん、ベタな反応で。だって!!
「もう引っ込んじゃったのね。可愛い鬼さんだこと」
母上は小さく笑った。このお方、やはりただ者じゃない。重戦車どころか、鬼すら逃げ出す移動トーチカこと重駆逐戦車だ。T-28じゃ可哀想だからトータス重駆逐戦車で。まあ、あんまり変わらないけど!!
「あら、なにか混乱しているみたいね?」
……分かっているくせに!!
「そういうウブなところも可愛いかな。さて、どうしますかね」
「じ、侍女様!!」
……スルーされた!!
「なんて、嘘ですよ。嫌われたくはないですし、別に襲うつもりはありません。ただ、しばらくこうしていたいかな。あなたの壁は厚すぎて、こうでもしないと気を許してくれそうにないから……」
母上は私に身を預けてきた。不思議なもので、悪い気はしない。これも、この人のもつ不思議である。
「娘さん、ヤキモチ焼きだから、怒られますよ?」
なんとなく、苦し紛れに出た言葉がそれだった。
「フフフ、娘に遅れを取るほどお婆ちゃんではないですよ。推定では、あと二十秒でこの部屋のドアを蹴破ります」
言いながら、母上は傍らのポーチに手を入れ、超コンパクトながらも威力は十分。護身用というにはやり過ぎの、グロック26を取り出した。
「へっ?」
私が変な声を上げている間にも、馴れた手つきでマガジンを引き抜いて残弾を確認、再びロードしてガチャリと……おいおい。なにをおっ始める気だ!?
「こらぁ!!」
どがぁ!! っと扉が蹴り開けられたのは、それから間もなくの事だった。
「うぉお!?」
母上とアイーシャ、それぞれが銃口を向け合って動きを止めている。私はどうすればいいのだ!?
「母親のくせに、娘の相棒を取るな!!」
‥‥こ、こんなキレたアイーシャは見たことないぞ。おい!!
「なにが、相棒よ。あなたには、まだそれだけの力がないわ。文句があるなら言ってみなさい。口ではなく、鉛弾でね!!」
ほぼ同時に銃声が響く。人間なら見えなかっただろう。しかし、文字通り人間を越えた私の動体視力は、はっきりとその様子を捉えていた。弾丸が空中衝突したのだ。こいつら、もはや人間じゃない……。しかし、なんつー殺伐とした親子だ。
「あらら、少しは腕を上げたようですね」
「いえいえ、母上の腕が落ちただけです」
二人の間でバチバチ火花が飛び散る。こぇぇよう。
「侍女さまぁ!!」
返事がない。気配はあるのに……。このやろ。
「おいこら、相棒。オイタはそのくらいに……」
再び響く銃声。跳弾が私の頬を掠めた。しゃ、シャレにならん!!
四発目だった。小さな声を上げ、アイーシャが蹲った。
「銃を飛ばしただけです。大げさな……。まだまだですね」
何事もなかったかのようにグロックをポーチにしまい、母上は娘の元に歩み寄っていった。
「私はあなたの努力を邪魔するつもりは、毛頭ありません。しかし、あなただけでは不十分なのも事実。それは認めますね?」
「……はい」
痛むようで、手をさすりながらアイーシャは立ち上がった。
「共同戦線です。徹底的にサポートしなくては、我が家の名折れになります」
うむ……ん? 待て。大事な事が一つあるぞ。
「あの、私の意思は?」
この私の問いに、親子は二人揃って声を上げた。
『関係ありません!!』
いるよな。こういうお節介焼き。いや、ここまで病的なのはいないか。いずれにしても言える事がある。それは……。
「なんで、私の周りにはまともなヤツがいないんだ!!」
叫び声は、虚しく部屋に木霊した。
翌日、私たちは街に出ていた。護衛など要らない。
マルチロール戦闘機の侍女様に始まり、驚異のガンマンであるアイーシャと母上、これだけでもう十分だ。ああ、おまけでカシムも付いている。
「ここが市場ですか。なるほど、噂には聞いていましたが、これは凄いですね」
そう、この界隈で市場と言ったらここしかない。異世界物流を担う重要拠点である。
「あっ、MP-5が安いですね。予備で買っておきますか……」
なんの予備だか分からないが、母上がさっそくご購入である。MP-5というのは、それまでの「弾幕製造器」という、サブマシンガンの概念を崩した、高性能なサブマシンガンである。
使う弾薬こそ拳銃弾だが非常に精密な射撃が可能で、この国でも警察の特別部隊に配備されている。そんな物を、母上はどうしようというのか不明だ。
「相棒もなんか買っておいたらどうだい?」
お馴染みア○コスを吸いながら、私はアイーシャに声を掛けた。
「いや、私はコイツが気に入っているんでね……」
グロックを引っこ抜いて撫でながら、アイーシャが応えた。
「なるほどな……まあ、背中は任せたぜ」
「おう……って、このノリいつまでやるんですか!!」
あはは、さすがに飽きたか。
「なによ、結構ノリノリなくせに」
「うっ……まあ、嫌いじゃないですけど」
私のツッコミに、アイーシャはバツが悪そうに返してきた。
「よう、調子はどうだい?」
なにか静かだと思っていたら、母上ったらまあ傷痕ステッカーでデコレーションまでしちゃって、ノリを合わせるな!!
「アイーシャの家って、本気で楽しそうで困る……」
私は思わず本音をポロリ。
「楽しいというか、殺伐としているというか……」
アイーシャは困り顔だ。アハハ……。
「さて、冗談はさておき、今度は閉鎖区画を見たいかな。大丈夫、アルステ王国の輸入許可証は用意してあります……」
母上がポーチから差し出した紙は、紛れもなくアルステ国王のサイン入り兵器輸入許可証だった。これだけで十分入れるが、だめ押しで私の「顔」がある。なにも問題はない。
「では、こちらに……」
人混みをかき分け、閉鎖区画へ。入り口のオッチャンに手を上げて挨拶し、トドメに母上が書類を出せば、誰も止める者はいない。
「うわぁ、やっぱり品揃えが違いますね」
居並ぶ主力戦車を初めとした、装甲戦闘車両を見ながら、母上が声を上げた。
どうしても花形の主力戦車に目が行きがちだが、母上の興味はもっぱらAPCと略して呼ばれる装甲兵員輸送車両にあるらしい。
ほとんど戦車みたいな、ゴテゴテ武装の歩兵戦闘車(IFV)ではないところが、なかなかシブい。あくまでも、人や荷物を運ぶ事を優先し、盗賊団等が持つライフル弾をはじき飛ばせる程度の装甲であれば良い。IFVでは積める量が少ない上に、武装がオーバースペックなんだそうな。
「おっ、これなどいいですね。今は凍結していますが、私の邸宅の周りは川が多くて……」
こ、これはまたシブい。AAV7とは……。
現役ではあるが、かなりの大ベテランな水陸両用装甲兵員輸送車両である。まるで船に履帯を付けたようなその車体の搭載量は、人員なら二十五名、貨物なら四トン半と、ちょっとしたトラック並である。これなら、使い勝手も悪くないし買って損はないはずだ。しかし……。
「動かせます?」
これが問題だった。買ったはいいが、動かせないのでは話しにならない。
「あら、アルステでは上流階級や王家の嗜みの一つに、『装甲車両の運転』というものがあるのです。ドラキュリアで、戦闘機が足になっているのと同じです」
……なるほど。
「ちょうど試運転も兼ねて、帰りは城まで私の運転でコレで行きましょう。すいませーん、これ下さーい!!」
八百屋で大根買うみたいに言わないで欲しいなぁ。
ともあれ、こうしてお買い物タイムは終わったのだった……。
「ほほう……」
来るときに乗ったブラックホークには空荷で帰ってもらい、私たちはAAV7で街道をガタガタ飛ばしていた。こう見えて、結構な速度が出る。カタログスペックだと、確か時速七十二キロちょいだ。
「すいません。母の我が儘で……」
アイーシャがしきりに恐縮するが、まあ、これはこれで楽しいのでよしとしよう。
「もう我が儘に巻き込まれているから、今さら一つ増えたって何とも思わないわよ」
私はわざと轟音にかき消えるように、小声でそう言った。
「えっ?」
アイーシャが聞き返してきた。
「母ちゃん運転上手いねって言ったの!!」
実際、無限軌道ではなくタイヤで走っているのではないかと思うくらい、母上の運転は上手かった。ちなみに、タイヤにしないのは、アルステは道路が未整備な所も多く、無限軌道にこだわりがあるそうで……。
まあ、このペースなら城まで三十分かからないだろう。銃塔に張り付いているのは侍女様だが、特に何も言ってこない。順調な行程だ。
なんて思っていたら、いきなり急ブレーキがかかった。
「姫、十時方向に敵。盗賊団と思われます。距離二千五百。数三十。射撃開始」
ズドドドとM2が唸る音が聞こえる。敵の攻撃に備えてだろう。車体が盗賊団と向き合う形になる。正面が一番装甲が厚い。これは、基本である。
「敵分散。下車戦闘」
オイコラ、スコップくらいしか武器ないぞ!!
「私が魔法でぶっ殺します。サポートを!!」
言うが早く、アイーシャは後部ハッチを開けて外に飛び出た。肉眼では、まだ相手の姿は見えないが……。
「ずいぶん散りましたね。こういう時は……」
探査の魔法を使って、状況を確認したようだ。アイーシャが素早く呪文の詠唱に入った。
私は……やる事がない。肉眼では敵の姿さえ見えない距離だ。頼んだぜ、相棒。なんてね。
「……距離一千五百、仰角四十五度、アトミック・レイン!!」
いや、なんかまずいだろその名前!!
ともあれ、アイーシャの放った巨大な光球は凄まじい勢いで放物線を描いて飛び彼方で大爆発を起こした。
「爆発地点を中心に二キロ圏内は完全に制圧しました。ノイズが多いですが、探査魔法のよる確認も問題ありません」
「さすが、学園一の……」
私が言いかけた時だった、アイーシャがこちらを振り向いた。
「なにやっているんですか、ここはいつものノリで!!」
……なんだよぅ、好きだったんじゃん!!
「おう、相棒。また派手にぶっ飛ばしたな。それこそお前さんってなもんよ」
私はアイーシャの肩をポンと叩いた。
「フフフ、これでも学園では才女で鳴らした身。盗賊ごときに遅れは取らねぇさ」
銃がなくても魔法で解決。アイーシャは最強の護衛かもしれない。
「敵影なし。乗車」
はいはい。
侍女様の声に促され、私たちは車内に戻り、後部ハッチを閉めた。しかし、広い。これは運び甲斐があるだろう。ちなみに、帰りは街の空港からC-5Mという、呆れるほど巨大な輸送機で、アルステまで帰る手はずらしい。
こうして、私たちは無事に城に辿り着いたのだった。
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