第21話 吸血姫の婚姻(ってなにするの?)

 翌日、変わりやすい山の天候は、いきなり回復を見せた。

 今のうちにということで、急ぎ下山の準備が進められていた。その最中、私は久々にカシムに声を掛けた。

「あっ、お姉様おはようございます!!」

 無駄に元気な彼はニコッとお姉さんに笑って見せた。

「はい、おはよう。あのさ、これ私の聞き違えかもしれないから確認するんだけど、あなた私の侍女様と付き合ってるってマジ?」

 その瞬間、カシムは困った顔になった。

「それ、どこで聞いたのですか。お姉様には、絶対内緒って言われていたのですが……」

 ……マジだ。聞き違えじゃなかった。

「ソースを明かしたら抹殺されるから言わないけど、お姉ちゃん的には言って欲しかったかなぁ。ちょっとショックかもね」

 姿こそないが、背後に侍女様の殺気を感じる。怖い。

「ごめんなさい。その、お話しする勇気が……」

「まあ、分かるけどね……」

 相手はあの侍女様だ。下手に動けばタダでは済まない。

「うん、それをはっきりしておきたかっただけ。これ以上の事はなにも言わないから、頑張りなさい」

 私はポンとカシムの肩を叩き、先にブラックホークに飛び乗った。簡素な座席に腰を下ろすと、イヤホンを着けてなんかこればっかりやっているテ○リスを始める。ヤバい、ゲー○ボーイの電池があまりない。今風の充電池ではない。当時のトレンドは乾電池なのだ。

 全ての人員や荷物の積み込みが終わると、最初に私たちを乗せた機が離陸した。次いで護衛のヘリが上がり、アパッチが上がって編隊を組んで城に向かう。なんかこう、色々あったなぁ……。

「おりゃ、連続テ○リス!!」」

 全くもって幸先のいい。このゲームにおいて、最大の肝は「棒」の引きだ。二発連続で来ると……ちょっと嬉しい。状況にもよるけれどね。窓の外をちらっと見れば、雪景色から紅葉へと変わっていく最中だった。標高によって、これだけ差がある。これも山の特徴だ。ちょうどいいところで、無念の電池切れ。私はため息を一つついて、イヤホンを外して壁に掛かったインカムを装着した。

『……なんでお姉様に話したのですか。僕に、あれほど話すなと』

『単なるイジメです。思った以上に効いたようですが……』

 私はチャンネルをアイーシャとの「ヒソヒソモード」に切り替えた。もちろん、意味はない。侍女様とカシムのやり取りを聞きたくなかっただけだ。

『お呼びですか?』

 ヒソヒソモードにするとコール音が鳴る。アイーシャが反応した。

「ごめん。意味はないから気にしないで……」

 ちなみに、特に意図したわけではないのだが、私とアイーシャは隣同士で座り、向かいに侍女様とカシムが座る形になっていた。

 私が静かに目を閉じていると、アイーシャがそっと私の右手を掴んだ。

『私が側にいます。安心して下さい』

 三年間だけね。とまあ、捻くれても意味がない。ありがたく受け取っておきましょう。 私はそっとアイーシャの肩に身を預けたのだった。


「なんで、楽隊のお出迎え付きなんだが……」

 たかがキャンプから帰ってきただけなのに、アルステ王国から帰って来た時にすらなかった楽隊の演奏に迎えられた。

「しかも、なんで曲が『ジョニーが凱旋するとき ドラキュリア・スペシャルver』なのさ。ちとマニアックじゃない?」

 なんていうか……暇な人は調べてみてね。普通のバージョンなら多分ある。ごめん。そのくらいマニアック。知っている人は知っているとは思うけど。

 ヘリポートには赤絨毯まで敷かれ……何かがおかしい。絶対おかしい!!

「この度のご婚礼、大変喜ばしいことで。国王陛下に成り代わり……」

 普段は滅多に見ない大臣がすっ飛んで来て、恭しく礼をする。

 ……なんだ、カシムと侍女様か。

 しかし、二人は私の方をにこやかに見ているだけ。えっ?

「姫、私のような使用人の婚礼に、このような出迎えがあると思いますか?」

 侍女様が涼しい顔で、いつぞやの書類の控えの中から、一枚を取り出して見せた。


 『婚姻届』


 夫、または夫たる者:カシミール・ドラキュリア(種族:吸血鬼)

 妻、または妻たる者:アイーシャ・クルセイダー(種族:人間)


(以下略)


 はい?

「ちょ、話しが見えない!!」

「今が時期ですね。取りあえず、部屋でお話しましょう」

 大混乱のピークを迎えた私の頭にアイーシャの声が聞こえ、なにか分からないうちにヘリから降ろされ、一層音量を上げた楽隊の演奏に送られ、引きずられるようにして城に向かった。

 わ、私の身に何が起きた!? ってか、なんで婚礼でジョニーやねん!! これモロに陸軍の行進曲じゃ!! って、聞いてないぞ。おい!!

 前から思っていたが、私の周囲は勝手に動きすぎる。「ほうれんそう」って知ってるか?

 私の気持ちを代弁するかのように、ヤケクソのような打楽器と管楽器の音が古城に木霊した。


「……分かった。でも、なんで勝手にやるかなぁ」

「ごめんなさい!!」

 まあ、アイーシャから大体の事情は聞いた。

 この国への留学の話しは本当だが、いずれは帰国しなくてはならない。

 しかし、彼女は私から目を離す事に、ただならぬ危機感を感じていた。全てはそこからスタートした。

 そこで、よりによって私ではなく、侍女様に相談を持ちかけたらしい。その結果、私と婚姻という形を取ってしまえば、この国の国籍を取得するどころか王族の一員となり、誰も手が出せなくなる。細かい調整や根回しは侍女様が全て行う。そんな、とんでもない結論が導き出されたらしい。この国では性別種族関係なく、結婚が認められるのだ。

 しかし、仮にも王族の私と結婚となれば、かなり難しかったはずだ。それを、あっさりと片付けてしまった侍女様は、今さらながら怖い。

 知らぬは私だけ。そして、中身も見ないで書類にサインしてしまった私が悪い。そういうことだ。

「なんで、そこまでして私を見ようとするかな。そんなに気になる?」

 ため息しか出ないとはこういうことだ。

「私の人生をかけてもいいほどに気になってしまったので、このような暴挙に及んでしまいました。本当にごめんなさい」

 ……そこまでヤバいか。私。

「まあ、こうなっちゃった以上は、もう解消出来ない。王家の離別は認められていないから。にしても、こんな時に限って侍女様は雲隠れか……」

 いつもは感じる気配が全くない。多分、カシムとよろしくやっているのだろう。全く。

「侍女様は悪くありません。私が相談を持ちかけたのです。罰するのであれば……」

「誰かを罰しても意味ないでしょ。強いて言うなら、自分を罰するべきね。これは……」

 なんでもそうだが、書類にサインした以上は自分が悪い。人に責任を押し付けるなどもってのほかだ。

「また、そんな……」

 なにか言いかけたアイーシャを視線で黙らせた。

「さて、どうしようか。手始めにアルステの大使館に抗議でもしようかな。おたくの国民が暴れたって」

「はい……」

 シュンとするアイーシャはなかなか可愛い。まあ、侍女様と違って虐めて喜ぶ趣味はない。

「冗談よ。ここまでやった以上、まさかとは思うけど、書類上だけの夫婦で終わらせるなんてつもりはないわよね?」

 私はアイーシャの背後に回り、肩をマッサージした。

「えっ?」

 アイーシャが短く声を上げた。

「取りあえず、都合のいい血液タンクが出来たわ。前に倒れた原因も分かったし、遠慮なく頂きます!!」

 私は思いっきりアイーシャの頸動脈に牙を突き立てたのだった。私とて腐っても吸血鬼、美味いのは動脈血と知っている。

「ええー、い、いきなりそう来ます!?」

 他に何をやるのだ。アイーシャよ。

 かくて、何だかよく分からないうちに私は妻たる者を持つ、立派な夫たる者になったのだった。多分。

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