第20話 侍女様の電撃戦

 ヘリというのは、例え軍用でも意外と飛行が天候に左右される。パイロットが直接目で見て判断しながら飛ぶ、有視界飛行が前提なので仕方ない。

 というわけで、猛吹雪のキャンプ場は完全に孤立状態となった。二泊三日で帰る予定だったが、少なくとも午前九時半の現時点ではヘリが飛べる状態ではなかった。

 久々にカシムをからかってやろうかと思ったのだが、隣のバンガローに行くにも危険な状態だ。こんな日は「テ○リス」に限る。今や骨董品の最初期ゲーム○ーイ、雪景色とBGM。その全てに哀愁が漂っていて、大変よくマッチしている。

「ねぇ、いい加減書類の控え……」

 ……はっ、W殺気!?

「なんでもない!!」

 何か知らないが、妙な自信を持った様子のアイーシャは、今や侍女様と肩を並べる脅威となりつつあった。私にとって……。

「そういえば、サングイノーゾでしたか。あの剣は、姫の血液で創られていると聞きましたが、魔法の一種でしょうか?」

 私が連発される正方形ブロックの処理に困っていると、アイーシャがポツリと聞いた。

「ふぅ……」

 私は↓ボタンを長押ししてわざとゲームオーバーにすると、テーブルの上に置いてあったカゴの中から果物ナイフを取りだした。

「おりゃ!!」

 飛び散る血飛沫、走る激痛。私は左手の平から、見慣れた赤い剣を引き抜いた。

「自分で確認して。私もよく分からないんだ」

 そんなもん使うなという話しだが、ある物は使ってこそ価値がある。

「分かっている事は、強烈に痛い事。あとは、膨大な魔力を使う事。触らない方がいいけど、近くで見る分には問題ないわよ」

 私の言葉に引き寄せられるように、アイーシャが近くに寄ってきた。

「では、失礼して……」

 しばし剣を見つめていた彼女だったが、小さく息をついた。

「魔法ではないですね。発動に必要な『構文』が一切見られません。ありがとうございました」

 私は剣を消した。それと同時に、アイーシャがすぐさま左手の傷の手当てをしてくれる。相変わらず、その腕は確かだ。

「そういえば、思い出したけど、アイーシャの謎は解けたの? あれだけ吸血しても死なない理由」

 血を見て思い出した。元々、そんな話しだったはずだ。

「その件は私から……」

 侍女様がキッチンから出てきた。

「以前、アイーシャは人間だとご報告しましたが、精密に検査したところ極微量ではありますが、吸血鬼特有の血液も検知しました。その血液が姫の血液と反応する事で、何らかの反応を起こしているようですが、そこまではまだ……」

 ……ああ、なるほど。それなら簡単だ。

「『ドラキュリア・トランスフォーム現象』。私もミスった。私の血とアイーシャの極微量の血液が反応して、限定的だけど「吸血鬼」になった。あのとき取るべきだった方法は、私の血液を除去する事じゃなくて、逆に血液をさらに流し込む事。状態変化防止のアクセサリーを外した上でね。そうすれば、変に邪魔される事なく、十五分くらいで元に戻ったはずよ。気になるならアイーシャの混合血液をもう一回調べれれば、様子が分かると思うわ」

 私の言葉に弾かれるように、二人が揃って得体の知れな機械に掛かった。

 不死である吸血鬼の血を吸ったところで、相手は弱っても絶対に死なない。道理である。 もっとも、人間の血の方が圧倒的に濃いので、吸血鬼でいられる時間は十五分がせいぜいだろうけどね。

「あっ、本当ですね。吸血鬼特有の血液細胞が膨大な数に……」

「姫の物だと思っていたのですが、よく見ると形が違いますね。これが、私の『血』……」

 なにか大盛り上がりである。いいのか悪いのかは、ちょっと微妙だが。

「はい、そこの研究者諸君。遊ぶのもいいけれど、そろそろ昼ご飯にしてくれたまえ」

 キャーキャーやっていた二人が、急に真顔に戻った。

「失礼しました」

 アイーシャがペコリと頭を下げる。

「申し訳ありません」

 威風堂々とした侍女様は、やはり威風堂々としていた。

「と言っても、レーションでしょ。いい加減飽きたわ……」

「私のレシピに、吸血鬼料理もありますが?」

 ……ゴクリ。

「い、いやぁ、レーションっていいよねぇ。あのくっそ薬品臭が癖になる……ってこら、アイーシャよ、なぜ縛る?」

 何を思ったか、アイーシャがさりげなく私を縛っていく。針金で……。

「いえ、先輩からの指示です。暴れると料理にならないとか……」

 ……

「始原の竜 世界の元 闇の炎 黒き翼 神たる汝に我ここに願い奉る。その黒銀の滅びを今ここに……正当防衛射撃・バハムート!!」


「は、速い!!」

 なにやら対抗魔法を放とうとした様子のアイーシャだったが、私の方が圧倒的に速かった。

「滅びの炎・カタ……」

「カウンター・マジック!!」

 キッチンでお鍋をコトコトやりながら、侍女様が一声叫んだ。

 すると、ブレスを吐きかけていたバハムートが霧散した。うっそ!?

「アイーシャ、今日の食事はレーションに変更です。ですが、せっかく縛ったのなら、しばらくそのままにしておきましょう」

 コラ待て!!

「はい」

 かくて、そのまま不自由な身を味わうハメになったのだった。

 ……なんで、いつもこうなるのさ。しくしく。


 午後になり、天候は悪化の一途を辿っていた。

 やる事も尽きた私はベッドでごろ寝、アイーシャは侍女様から、何かの手ほどきを受けていた。

「あなたも、王宮で暮らす一員になるわけですから……」

 まあ、深くは突っこまないでおこう。侍女様がよろしくやっておいてくれるはずだ。

「ごめん。ちょっと、温泉入ってくるね」

 微妙な空気を読み、私はわざと断ってから温泉へと向かった。主がいない方が、何かといい事も多いのだ。

「ふぅ、雪見風呂もいいわねぇ」

 雪見というか吹雪風呂だが、まあ、そこは気にしない気にしない。

 そのまま三十分ほど過ぎた頃だろうか、人の気配がして侍女様とアイーシャが入ってきた。

「あれ、もういいの?」

 思ったより早い登場に、私は笑みを浮かべた。

「はい、お気遣いありがとうございました」

 侍女様が小さく頭を下げた。

「留学中の三年間、こちらのお城でお世話になる事になったので、注意点などを……」

 ……勝手に決めたんでしょうが!! とは言わない。部屋はたくさんあるし、嫌ではない。なにより、それが一番安全である。

「まあ、無駄に広いから好きに使ってよ。でも、留学ってなにするの? 魔法技術ではアルステの方が遙かに上のはずだけど……」

 アルステの魔法学院で超絶優等生のアイーシャが、わざわざここに留学する理由が分からない。

「それは……」

「姫、相変わらず鈍チンで……」

 な、なにこの侍女様との連携プレイ。

「なによぅ!!」

 普通ならプチッといくところだが、なぜかそんな気分にならなかった。アイーシャの意味ありげな表情のせいだろうか?

「どうせ鈍チンですよーだ」

 私は顔の半分まで湯に沈め、口からブクブクと泡など吐いてみる。

「ああ、鈍チンついでにお話しておきます。どうせ気が付いていなかったでしょうが、実は私とカシムはこっそり交際を進めておりまして、近々……」

 ミサイル被弾、制御不能!! 脱出せよ!! 脱出せよ!!

 そ、そういや、カシムのヤツが最近来ないなぁと思っていたら……。い、意識が……。

「ちなみに、もうやる事ちゃんとやってます。姫とは違って、私は電撃戦が得意なんです」

 脱出装置故障!! 脱出装置故障!!

 ……ヤルコトッテ、ドンナコト?


 そのあとは、何があったのか。ほとんど記憶に残っていない。

 ただ、アイーシャの胸に飛び込んで、思い切り泣きじゃくった事だけは、鮮明に覚えている。何だろう、この猛烈な敗北感は……。

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