第19話 吸血姫の憂鬱?

 私は滑る地面など物ともせず、高々と飛び上がった。それを隙と取ったか、重戦車が怒濤の雪玉連射を浴びせてくるが、全て予想済み。上空で強引に体を捻って体勢を変え、飛ぶ軌道をずらして全て避け、地面に落下ざまに抱えていた雪玉を重戦車の横っ面にしこたま叩き込んでやる。どちらも決定打に欠ける戦いは、開始から二時間経った今も、辛抱強く続いていた。

「鬼」状態に強制シフトチェンジされた私と、耐久度が人間を越えているこの男。雪玉のぶつけ合いなどで、到底ケリがつくわけがない。ならば、やるしかないだろう。武器での戦闘を……。

「言っておくが、妙な考えを起こすなよ。条件を提示したのはそっちなんだ。違えることがあれば、タダの負けじゃ済まねぇぜ」

 ……ちっ、面倒臭い。

「こんな、雪玉で決着が着くか!!」

 もはや、策もなにもない。私は正面から、ありったけの雪玉をぶちまけた。

「ああ、着かないだろうな。しかし、それが姫との約束だ!!」

 私の倍以上の雪玉が襲いかかる。反射的にガードの体勢を取ったが、それでも少し押されるくらいのパワーがあった。この脳筋野郎め!!

「雪玉のみ、魔法もダメ、先に根を上げた方が負けって、メチャクチャ不利な条件出してどうするの。アホか私!!」

 ひたすら雪玉を作ってはぶん投げを繰り返すが、悲しいくらいに効かない。対して、重戦車野郎の一発は、僅かではあるが私の体力を削って行く。これは、ちょっとよくない傾向だ。

「こんのぉ!!」

 思い切り雪玉を投げようとした時だった。背後から、パシッと腕を掴まれた。

「何やっているんですか?」

 ニッコリ笑うアイーシャだった。そして、

「全く、勝てもしない戦いを……ここから先は、バトンタッチです!!」

 侍女様が大量の雪玉を手に、重戦車に向かって突っこんでいった。

「あなたたちは先に戻っていなさい。私は、始末してから戻ります」

「さぁ、行きましょう!!」

 まるで抱えられるようにして、私はアイーシャによって、バンガローに連れ帰られた。

「ふぅ……。なにか姫の心に強烈な変動を感じて、慌てて探したところ、玄関に『散歩してきます』という書き置きがあったのですが、この天候なので近くだろうと、先輩と探していました」

 アイーシャが安心したように言うが、私にはどうでもいい。早く出てこい、このバカ!!

「あれ? そういえば様子が……これが噂の」

「そう、コイツは勝手に「鬼モード」なんて呼んでいるが、これも『私』の一部だ。頑なに認めようとしないがな。ああ、好戦的かつ暴力的になっているから、あまり触らない方がいいぞ。自分で言うのもアレだがな」

 しかし、アイーシャは優しげな笑みを浮かべるだけ。

「怖いとは思わないですよ。むしろ、かなりお疲れのように見えます」

 私は思わず体の動きを止めてしまった。

「そりゃそうだって、さっきまで重戦車と……!?」

「じっとしてて」

 誰もが恐れるバケモノ状態の吸血鬼に、このアイリーンのヤツは抱きついたのだ。おいおい、怖いもの知らずにもほどがあるぞ。

「……この状態は、放っておいても二十分くらいで戻る。精神力がもたないからな。ただし、お互いの状態で記憶は共有している。通常状態に戻った時に、派手に暴れた事実に耐えきれない。それが、コイツが抱える最大のストレスだ。まあ、あんたの頭なら、もう分かっているだろうがな」

 アイーシャはうなずいた。

「通常状態の姫は優しすぎますし、今のあなたは厳し過ぎる。真ん中があればいいんですけどね」

 アイーシャの腕に力がこもる。なにかこう、調子がおかしくなるな。

「まあ、そう都合よくはいかないさ。さて、そろそろ強制入れ替えの時間だ。またな、最近は頻繁に入れ替わっているから、会う機会も多いだろうさ」

「ええ……入れ替わり前に一つ。自分に満足していますか?」

 変な事を聞くやつだ。考えた事もないが……。

「自分に不満を抱えている「鬼」がどこにいる。もし、不満があるなら、それをぶっ壊すまでだ。力尽くでもな」

 その言葉がちょうどタイミングだった。シフトチェンジ。通常状態……。


「ふぅ、なんだ平和に遊べるじゃん」

 思わず苦笑してしまった。あの血みどろが雪合戦とは、笑えて仕方ない。

「はい、お疲れさまでした」

 アイーシャは私を抱きしめたままだ。全く「鬼」に抱きつくとは、いい度胸をしている。そして、大人しかった「鬼」にも驚きだ。

「どちらも『姫』なんですよ。私が言う必要はないとは思いますが、別人ではありません」

「だから……悩むのよ。私は血みどろは好きじゃない。でも、それを好む顔もある。時々、自分がどちらなのか分からなくなる。面倒よ、これ」

 もう苦笑するしかない。追求すると円形脱毛症になりそうなので、基本的には考えないことにしているけどね。

「無責任な事は言えません。ただ、姫様の『明』と『暗』に触れて、私が思った事はこれです……」

 私を抱きしめる手を緩め、ゆっくりとアイーシャは離れていった。そして、自分の荷物をゴソゴソやり始める。ん? 帰国する気になったか。

「あの、こことここにサインを……」

 なにやら細かい事がビッシリ書かれた書類を五枚差し出され、王族としてあってはならない事だが、私は中身も読まずに反射的にサインしていた。

「はい、これで私は正式にアルステを出国し、このドラキュリアに入国した事になりました。目的は三年間の留学。身元引受人はカシミール・ドラキュリア。そう、姫です」

……なぬ!?

「ちょ、ちょっと!?」

「姫、やってしまいましたか」

 いつ戻ってきたのか、侍女様がその書類をまとめてアイーシャから受け取った。

「いや、やってしまいましたっかって……」

 コラ待て、何をしやがったのだ。私は!!

「前々からアイーシャに相談されていたのです。この一ヶ月様子を見るという事だったのですが、早くも決めたようですね」

 あのねぇ!!

「そーいう事ってさ、なんで私に話しが上がって来ないかなぁ!?」

 侍女同士で勝手に話す内容ではないだろう。全く。

「書類の控えです。アルステ大使館に提出する出国に関するもの、ドラキュリアの役所に提出する入国書類、これがドラキュリア王立魔法学校の一時入学届け、ドラキュリアの学園に提出する留学届け、最後は婚姻届けです。全て控えを残して即時転送されました。そういう魔法が掛かった書類ですので」

 ……スルーかよ。って、ちょっと待て。今なんか一個だけ変な書類あったぞ!?

「控えちょうだい!!」

 侍女様からひったくろうとしたが、避けられた。

「ちょっと、なんで避けるのよ!!」

「見せれば怒られるからです。簡単な事です」

 うぉい、こら!!

「では、私はこれで。まだ、雪合戦が終わっておりません」

 ゆらっと侍女様が消えた。控えを持ったまま。

「大丈夫です。姫以外に害はありません」

 アイーシャが、これ以上はなく嬉しそうに言った。

「そっか、私以外に害がないならいいや……なわけねぇだろ。何をやった!!」

 思いっきり喚き散らして見たが、アイーシャはニコニコしているだけ。

「今は時期ではありません。頃合いを見てお話しします」

 何の時期だ!!

「今言え、言わないと……」

「言わないと?」

 ニコニコ笑顔のアイーシャが接近してくる。

 な、なんだ、この異様な迫力は!?

「やはり……大正解でした」

 何が大正解なのか分からないが、私はアイーシャにゴシゴシ頭を撫でられたのだった……。

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