第18話 吸血姫の雪遊び
「何が積もらないよ。私……」
よくよく考えたら、ここは標高三千メートルオーバーという、なかなかイカレたキャンプ場だ。雪の一つも積もっておかしくない時期である。
「しかしまあ、こんなバカデカい雪だるま、よく作ったわねぇ」
カシム率いる警備隊総出で朝から何をやっているのかと思いきや、人の背丈を軽く超える巨大雪だるまを作っていた。ただ今、頭と胴体のドッキング作業を行っているが、頭を持ち上げるのにブラックホークを使っているというのだから呆れる。壮大な燃料の無駄使いだ。
「全く、これだから男は……。まあ、みんな楽しそうだからいいけどさ」
ちなみに、このあとは雪合戦が予定されている。女子チームにも誘いが来ているが、いいのかな。手加減出来ないよ? なんてね。
「姫、そろそろお着替えを。雪合戦用の装備です」
「はいはいって、おい……」
プロテクターやゴーグルは分かるが、なぜ本物の冬季迷彩戦闘服……。
「あなたたちは、もう着替えたのね。準備がいいことで」
すっかり「兵士」になっている侍女様とアイーシャ。なんか、戦闘服が妙に似合っている。うむ、さすがだ。
「じゃあ、ちょっといってくる」
私がバンガローに向かって行くと、侍女様に小突かれてアイーシャが装備一式を抱えてすっ飛んできた。
「侍女様が仕事を譲るなんて珍しいわねぇ」
私はささっと服を着替え、アイーシャに手伝ってもらってプロテクターを付ける。結構面倒臭いが、パワー溢れる男どもが相手だ。このくらいの防御は必須である。
「よし、出来た。行こうか……ん?」
アイーシャが小さく笑みを浮かべている。な、なんだ?
「いえ、なんだか可愛いなと思いまして」
か、可愛い!?
「私って吸血鬼だよ。昨日見せたでしょ?」
今まで恐れられこそすれ、可愛いとなどいう言われた事はない。眼科行け眼科!!
「吸血鬼だからなんですか? 別に関係ないです」
変なヤツだな。うん。
「変わり者だね。本当に……」
思わず苦笑してしまうと、アイーシャはなにも言わずにそっと私を抱きしめた。
「姫の悪い癖ですよ。なんで、そんなに自分を卑下するのですか。吸血鬼である事が、嫌なのですか?」
……ふぅ。
「もちろん、嫌に決まってるでしょ。いい事ないもの……」
本音だ。いいことなど、この二千年で一度もない。
「分かるとは言いません。私は人間ですから。ですが、こういう事は出来ます……Wohngemeinschaft」
瞬間、軽い目眩のようなものを感じた。
「……何をしたの?」
「簡単に言ってしまうと「共有」です。体の怪我等よる痛みはもちろん、心の痛みも私には「肉体的な」痛みとして伝わってきます。もちろん、その逆もです。私がダメなら相応の痛みが姫にも来ます。正直、かなり痛いですよ。こんなに自分を追い込むとは……」
……無茶しおって。
「全く、変な魔法使うわね……。早く解除した方が身のためよ。ショック死したって知らないわよ」
私は苦笑してしまった。
「ある程度以上はフィルターされるので、死ぬ事はありません。そして、この魔法は解除しません。姫の悪癖が直るまでは」
グググっとアイーシャの両腕に力が入る。全く……。
「一ヶ月もないのに、二千年の癖が直るわけないでしょ。友人として言うけど、あなたに痛い思いをさせたくないから、早く解除してよ」
……一回言ってみたかった。「友人として」。
「では、私も友人として、これは絶対に解除しません。離れていても、この魔法の効力は有効です。私に痛い思いをさせたくないとのことでしたら、そのように行動して下さい」
……なんつー強引な。知らんぞ。
「……サングイノーゾを出すときは、私ですら目眩を起こすくらい痛い。覚悟してね」
わざと意地悪く言ってみたが、実際アレは痛い。本当に嫌な剣である。
「望むところです。さて、姫に楔を打ち込んだところで、行きましょう!!」
「はいはい」
さて、ちょっぴりシリアスはこれまで。雪合戦で暴れまくってやる!!
下らないと思いつつも、勝負となれば負けられない私だった。
その気になれば、最新鋭戦車の複合装甲ですらぶち抜く……かもしれない、カッチカチに凍らせて固めた雪玉(?)が、また一人屈強な男を倒した。
「姫、二時方向距離三十」
「しゃー!!」
所々に設けられた雪の壁を容赦なくぶち抜き、影に隠れていた男二名をぶっ飛ばす。
戦況は、たった三名の女子チームが圧倒的に優位だった。アイーシャがせっせと雪玉を作り、侍女様が監視兼攻撃指示、私は文字通りの主砲である。
「カーネル!!」
男子チームで大声が上がった。すると、この寒いのに褌一つのスーパーマッチョなオッサンが現れた。フルパワーで三発ほど雪玉を当ててみたが、オッサンは全く動じない。そのオッサンに隠れるようにして、男子チームの残りが全員でにじり寄ってくる。どうやら、最終兵器を繰り出したようだ。
「アイーシャ、徹甲弾!!」
「ラジャ」
私の指示に、アイーシャが短く応えた。
「距離25。急げ」
侍女様の声とともに、アイーシャがずっしり重い雪玉(もはや違う)を手渡して来た。
「重戦車はロマン。安らかに散れぇぇぇぇ!!」
まるで砲丸のようにずっしり重い雪玉を、マッチョオヤジに思いっきりぶん投げた。あんな反則ものを食らって無事なはずがないのだが……。
「フン!!」
震える筋肉、寒いのになぜか飛び散る汗。「徹甲弾」はあっさり弾かれた……。
「マジか!?」
私が声を上げた時だった。まるで、地響きのような足音が聞こえてきた。
見ると、侍女様が先ほど男どもが作っていた巨大雪だるまの頭を肩に担ぎ、こちらに近寄ってきていた。まあ、確かに雪玉ではあるが、それ何トン?
そして、侍女様はそれを凄まじい勢いで、男子チームの先陣を切る重戦車に向けてぶん投げたのだった。
さすがに、これは弾ける筋肉でもはじき飛ばせなかったらしく、背後の男ども共まとめて吹き飛ばし、ど派手に砕けて散った。
「……おいおい、ますます人間じゃねぇ」
吸血鬼ですら畏怖する侍女。それが、この人だ。
「意外と優しいですよ。時々、人間の領域から外れますけどね」
アイーシャがクスリと笑い超えを漏らす。まあ、ああ見えて、意外と人情脆いのは知っているけどさ。
「勝負ありましたね。私たちに勝とうなど千年早いです」
あっという間に戻ってきた侍女様が、屍累々としている男子チームに言い放った。いや、千年も生きていないでしょうが。
「少々冷えましたね。戻っていてください。屍の介抱は私がやっておきます」
侍女様の言葉に甘え、私とアイーシャは先にバンガローに戻って煖炉で温まることにした。
「しかし、結局オイシイところは侍女様が持っていったわね」
アイーシャは笑った。
「いいと思います。それでこそ、先輩です」
まあ、そうだけどさ。
「なんか、まぁ……言っても意味ないか」
屋内に入ると、びしょ濡れの戦闘服を脱いで部屋着に着替える。その辺りの世話は、全てアイーシャがやってくれた。もう、どこに出しても恥ずかしくない、立派な侍女である。
「あー、こうやってみると外は寒かったのねぇ」
煖炉の熱が体に染みてくる。眠い……って、子供か!!
「マイナス二度だそうです。これからもっと下がりますよ」
時刻はそろそろ夕方である。一気に気温が落ちるのはこれからだ。
「夕飯の準備しちゃいますね。といっても、またレーションですけれど‥‥やはり、『もはや食べ物ではない』ですか」
「‥‥好きにして」
どうせ、どれにしても薬品臭しかしないのだ。もはや、美味い不味いのレベルで語るのさえおこがましいという感じである。
「そういえば、血液ってどういう味なんですか?」
ふむ‥‥。
「錆びた鉄の味みたいね、人間には。これは吸血鬼にならないと分からないと思うけど、これ以上はないご馳走かな。必要な物って、美味しいって感じるように出来ているから」
またなんでそんな事聞くのやら‥‥。
「そうですか。今缶の蓋で指を切ってしまって、試しに舐めてみたら‥‥オエッと」
そう言えば、左手の薬指が妙に痛い。これが「共有」か。厄介な‥‥。
「吸血鬼になろうなんて考えない方がいいわよ。オススメはしないわ」
そう言って、今さらながら気が付いてしまった。あれ?
「そう言えば、あなたが倒れた時、私の血液が逆流していたのが原因だったんだけど、カシムみたいに吸血鬼の眷属になった感じじゃないわね‥‥なんでだろう?」
おかしい。私の血が一滴でも混ざれば、吸血鬼の眷属となるはずだが、アイーシャは人間のままだ。それは、検査結果でもはっきりしている。なぜだ?
っていうか、ちょっと待て、サングイノーゾを使えばカシムを元に戻せるかもしれない。そうすれば、元のエルフコミュニティに戻れる。いや、それじゃ死ぬか。いかん、もう思考が……。
「かなり激しい思考の乱れを感じます。私が平気なのは、自作の『状態変化防止』効果があるアクセサリー類の効果だと思いますよ」
小さなキッチンにいたアイーシャがこちらに来て、イヤリングとネックレスを指差して見せた。
「それで防げるほど、『吸血鬼化』って甘くはないはずなんだけど……」
そんなに簡単なら、吸血鬼の血液を売って一儲けする輩が出そうだ。吸血鬼になりたくないから、誰もやらないだけで……。
「ご存じと思いますが、状態変化というのは魔法使い用語の一つで、正常な状態から極端に異常な状態に変化してしまう事をいいます。毒を受けたりとか石化したりなど様々ですが、『吸血鬼化』というのもこの状態変化に当たるでしょう。私が作ったこのアクセサリー類には、強力な状態変化防止効果を付与してあります。最も酷い状態変化である、『即死』すら防げます」
……売って、それ。「即死」を防げるマジックアイテムなど、そうそうお目にかかれるものではない。
「なるほど、それで逃げ場がなくなった『力』が暴発したか。まあ、何回血を吸っても死なない理由は分からないけどさ」
またぞろ、なにかアイテムでも出てくるのかねぇ。
「まだ検証中です。もう少しお待ち下さい」
アイーシャが目の前に腕を差し出してきた。
ん?
「検証のため……」
「やだ」
来ると思ったぜ。へへへ。
「そ、即答ですか」
「当たり前でしょ。あなたがまた倒れたら、本気で侍女様に消されるもん」
私だって、そんなバカじゃないやい。
「誰が誰を消すのですか?」
「うにょお!?」
私の背後に、いきなり侍女様の気配。毎度だけど、心臓に悪い。
「アイーシャ、あなたも懲りませんね。研究熱心なのは、魔法使いとしては美点てすが……」
大きくため息をつく侍女様に、シュンとしてしまったアイーシャ。やれやれ。
「……要するに、私とアイーシャの混合血液を作ればいいんでしょ?」
私が右手を後ろに差し出すと、侍女様が小刀を乗せてくれた。さすが、話しが早い。
「さっき、あなたが妙な魔法を使ったから、お互いに二回痛いわよ」
私は躊躇うことなく、左手の平を切った。馴れたものだが……
「くっ……」
慣れているはずもないアイーシャには、ちょっとキツかったようだ、
「あっ、いけね。侍女様、容器……って、さすが」
スッと試験管が出てきた。
その試験管に血を適当に流し入れ、簡単な状態保存の魔法をかける。これで、血が固まってしまう事はない。
「さて、お次はアイーシャね」
私は自分の手を切った小刀を捨て、侍女様から新しい小刀を受け取る。もちろん、後でちゃんとメンテして再利用するが、今はとりあえずやる事がある。
「アイーシャ、覚悟!!」
私はアイーシャの左手を引っつかむと、その手の平をギリギリ浅く切った。
「な、なに、このむず痒さ!!」
普段バッサバッサやっているせいか、この薄い痛みが痒みになる自分が嫌だ。
ともあれ、試験管の中で私の血液とアイーシャの血液が混ざり合い……まあ、血は血である。緑色に発光とかしたら楽しいのだが、ただの血液だった。
「ふぅ、これで目的のものは手に入ったかしら?」
私は試験管をアイーシャに渡した。
「ありがとうございます。すぐに、怪我の手当を……」
「その前に研究してらっしゃい。私のへっぽこ魔法で現状保存しているだけだから、長くはもたないわよ」
私は自分の傷を回復魔法で治しながら、アイーシャに言った。悔しいが、私は彼女ほど魔法が上手くない。回復魔法も止血で精一杯だ。
「いえ、これだけ保存状態が良ければ……」
アイーシャは私の左手を取り、ちゃんと治療してくれた。そして、自分の傷も治し、持ち込んだ荷物の中から、なにやら機械のような物を引っ張り出して作業を開始した。
「一気にいきます!!」
それからのアイーシャの動きは、正しく手練れの研究者だった。手際の良さと手元の速さが半端ではない。凄まじい速度で、手元のノートに何か書いているが、何を書いているのかさっぱりだった……。
「フーラーの第二魔法定理にアラドの法則……またマニアックな」
おおぃ、分かるのか。さすが、侍女様。
「アイーシャ、そこの魔力定数が違います。正しくは……」
混ざるな危険。もう誰も止められない。
こりゃしばらく暇だな。よし、こんな時こそテ○リスでもやろう。
「うぉぉしゃあ『棒』来たぁ!!」
寂しくないか? 聞くな!!
かれこれ六時間。メシも食わずに二人は何かやっていて、私はひたすら四列同時にブロックを消す事だけに全エネルギーを傾けている。異世界のどこかもの悲しい童謡のメロディが流れる中、ひたすら淡々とした作業が続く。
一方、あっちは侍女様とアイーシャが時に胸ぐらをつかみ合いながらの、激しい討論を繰り広げている。ちきしょう、インテリめ。腐ったピロシキでも食ってろ!!
コホン。いい加減テトってるのも疲れてきたので、ゲームオーバーになった際にゲーム機の電源を落とし、邪魔しないようにそっと外に出た。
いまや、深夜という時間帯だ。強くなってきた雪が折りからの風に煽られて、ちょっとした吹雪のようになっている。
「一応、書き置きしてっと、よし、行くぞ!!」
玄関に掛けてあったコートを羽織って弱吹雪の中に進み出ると、キャンプ場の中央広場に向かった。昼間は男子チームと熱戦を繰り広げた場だ。
「フン、奇遇だな……」
雪が舞う中現れたのは、やはり褌な重戦車だった。
「フン、そっくりお返しするわ……どう? サシで一戦やらない?」
「面白い。相手が姫だからとて、容赦はせぬぞ」
もちろん、雪合戦で戦おうという事だ。
侍女様が片付けたようで、今はタダの雪原でしかない。障害物がないので、そのままノーガードで、殴り合いをするようなものだ。
「ルールは簡単。使用するのは雪玉のみ。魔法の使用は禁止。先に根を上げた方が負け。どう?」
ガチンコ喧嘩雪合戦である。この重戦車相手に勝ち目は薄い。しかし、そんな事はどうでも良かった。私は静かに意識を集中させ「アイツ」を呼び出した。
「これは……『私』が出る幕か?」
自問自答してみたが、服を突き破って現れた背中の翼に掛けて、絶対に負けるわけにはいかない。雪玉縛りさえなければ、こんなの瞬殺なのだが……。
「さて、尋常に……」
「勝負!!」
かくて、お互いに本気の雪合戦第二幕がスタートしたのだった。
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