第17話 友人はじめました
哀れというかなんというか、カシムは筋骨隆々とした護衛の皆さんと、楽しく温泉を楽しんでいる頃合いである。
バンガロー五棟全て貸し切りだが、ここは女子部屋として好き勝手やらせてもらっている。ちょっとしたテーブルと二段ベッドが二つあるだけというシンプルさが、逆にいい感じだ。
「でさ……いい加減吐きなさいよ。ここまでして残る理由。私としては、侍女様をけしかけるような真似はしたくないよ?」
温泉上がりの体に葡萄酒のアルコールが加われば、まあ、自然とこういう話しになるわけで、私はアイーシャを「尋問」していた。
「それ、今じゃないとまずいですか?」
笑みを浮かべながらアイーシャが葡萄酒ではなく葡萄ジュースを煽った。一応、年齢的には大丈夫だけど、まだ学生だからと……まあ、なかなか真面目だ。
「だって、たった一ヶ月よ。もう、そんなにないか……。前も言ったけど、カシムがお勧めよ。あれでも、一万年近く生きてるジジイだけどさ」
思わず笑ってしまった。まあ、見た目で判断するなって事で。
「カシム君ですか……確かに、いい子そうですね。でも、あの子、ちょっと闇を背負っています。ここは姫が適任です」
……気づいたか、カシムの闇に。
「私だってシンドイわよ。……ってことは、やっぱり侍女様狙い?」
私は身を仰け反らせて避けた。鼻先を掠めるように何かが飛び、壁に突き刺さったそれは、侍女たちが護身用に好んで持ち歩く短刀だった。
「……腕を上げましたね」
侍女様がポツリと言った。
「それなりに付き合い長いからね。さて、アイーシャの表情を見る限りハズレか」
彼女は苦笑していた。まあ、そうだったらそれで面白かったのだが、さすがに大穴過ぎたか。
「カシムは私がいいと言っておいて、まさか私とか?」
こう、自分で言うのもなんだけどね。
「さぁ、どうでしょうか。もしそうだったら、姫はどうします?」
……ほぅ。
「来る者は拒まずが私の主義よ。まあ、来られるものならね」
ニヤリと笑みを浮かべると、侍女様が静かに握りこぶし大の、水晶玉のような物を持ってきた。これは、通称「映写玉」。記憶に残っている光景を引き出し、投影してくれるという便利なもので、身近な所ではよくスパイの尋問などに使われる。隠したところで無駄だからだ。
「これから見せるものには、残虐なものが多数含まれます。気分が悪くなったり帰りたくなったら、早めに言ってね」
私は映写玉に手を乗せ、そっと意識を集中させた。これで、朝ご飯の画像なんか出しても意味がない。私が「鬼」たる所以の数々の所行が、音声付きでクリアに投影されていく。
ちょっと前にも大暴れしたが、あんなもんは前菜みたいなものだ。この二千年ちょっと、あまりにも酷いので、見るのも嫌な光景が次々と投影されていく。
全部やるとキリがないので程々の所で切り上げ、私は先ほど侍女様がぶん投げて壁に刺さったままだった短刀を手に取り、それで左手の平を切った。お馴染みサングイノーゾが現出する。
「イテテ……。さっき見せた映像の『主役』はコイツ。私の血液から創られる剣よ。手を切って剣を出すって段階で、なかなかクレイジーでしょ。それで、あれだけ暴れてあの状態。付いてこられた人は、今まで一人もいないわよ」
私はサングイノーゾを霧散させ、テーブルに戻った。出血は止まっていないが知った事か。どうせ、死にはしない。
「はい、分かりました。では、私が初ですね」
……えっ?
「痛い思いをして、実演なんてしなくても……」
思考が追いつかないうちに、アイーシャは私の左手を取り、小さな結界を作った。
「……heilen」
また知らん言葉だ。私は共通語を使うが、魔法の呪文は地域語が使われる事がままある。
「……治らないよ。それ」
サングイノーゾを出した傷痕は、極めて魔法が効きが悪い。頑張って上位の魔法を使っても、せいぜい止血する程度の効果しかない。しかし……。
「マジか……」
恐ろしい事が起きた。傷が治ったのである。跡形もなく、綺麗さっぱりと……。
「アルステの魔法技術は世界一です。エルフ魔法すら上回っているといいます。そこで学んでいるアイーシャの、なにやらトップクラスっぽい能力を考えれば、そのくらいは朝飯前でしょう」
もそもそミカンを食べながら、侍女様がポツリと言った。
「ふぅ、ありがとう。あれ、結構痛くてさ」
アイーシャはただ笑みを浮かべているだけ。
「……最初にお会いした時に、姫が持っている強烈過ぎる『闇』を感じて、ずっと気にしていました。いくら吸血鬼でも、このままでは壊れてしまうと、なんとなく感じました」
……どう返せばいいんだ?
「いやまあ、壊れているっちゃ、生まれつき壊れているというか……」
「吸血鬼」という存在自体、自然の摂理からしたら壊れているだろう。死なない。これだけでおかしい。もっとも、その代償として、子供が非常に生まれにくいようではあるが……。
「今まで、色々試してみて自分なりに検証してみたのですが……」
「はい、ミカン」
侍女様が私とアイーシャにオレンジ色の玉を渡した。
「アイーシャ、待ちなさい。日にちはまだあります。姫、すぐに色恋沙汰に話しを持っていくのはお止め下さい」
……怒られた。
「さて、そろそろ夕食です。少しでもキャンプ気分を盛り上げるために、軍用のレーションしか持ってきていませんが、不味いやつと、もっと不味いやつと、もはや食べ物ではないやつ。どれにしますか?」
……ミカン持ってきておいて、食事がそれかい!!
「先輩、怖い物見たさで食べ物ではないやつを……」
「やめい!!」
「さすがに寒いっすなぁ……」
皆が寝静まった午前二時。警備の連中すら爆睡である。素敵だ。
バンガローからそっと抜け出した私は、白い息を吐きながら適当にぶらついてみた。
「おや、雪……」
なるほど、寒いはず。白い物がチラチラ舞っている。
「さてと、この気配は侍女様じゃないわね。まだまだ甘いわよ。アイーシャ」
うまく気配を消そうとしているようだが、まだまだ侍女様には及ばない。バンガローを出てからずっと付いてきている「気配」に声をかけた。
「ごめんなさい。先輩に行ってこいって……。寒いです」
そこには、ガタガタ震えているアイーシャの姿があった。
「無理しないで戻りなさいって。じゃないと、こうしちゃうぞ!!」
私は素早くアイーシャの背後に回り込み、思い切り抱きついてやった。
「うー、暖かいです」
つまらん。これじゃ、ただの使い捨てカイロか、蒸かした肉まんみたいだ。
「風邪引くよ。ホントに……」
私は着ていたコートをアイーシャに掛けてやった。うー、今度はこっちが寒い。
「ありがとうございます。助かります」
やっとアイーシャが笑顔になった。よしよし。
「やれやれ……。寝られないから散策中なんだけど、どうすっかなぁ。あんまり離れるのもまずいし」
所々に明かりはあるが、なかなかの暗さである。
「あっ、あそこに恐らくベンチが……」
アイーシャが指した方向には、少々くたびれたベンチがひっそりとあった。
「よし、座ろう!!」
「はい!!」
何も気合いを入れる必要はないのだが、寒いのだと思ってくれ。
私はアイーシャを引き連れてベンチに座ると、白い息を盛大に吐いた。
「積もるほどじゃないけど、こりゃ雪ね」
私のつぶやきにアイーシャは答えなかった。ただ、代わりにそっと手を繋いできた。これは、想定内。特に驚きもしない。
「……先ほどもお話しましたが、姫は闇を抱えすぎています。しかも、過度の自己否定をされている。傷ついている上に、塩を塗り込んでいるようなもの。二千年以上たまりにたまった闇が取り払えるか分かりませんが……」
アイーシャは空いている片手で、服のポケットから薬瓶を取り出した。
「それは?」
はっきり言って、怪しさ満点である。
「私が開発したものです。もちろん、禁止薬物の類いではありません。過度の精神的な緊張をほぐす効果があります。軍の狙撃手などに愛用されていますよ」
言いながら、アイーシャは薬瓶の中の液体を一口飲んだ。大丈夫だという証明だろう。
「別に緊張なんてしていないけどなぁ……」
苦笑しながら薬液が張ったカップを受け取り、やんわりミント味のそれを飲んでしばし……あれ、なんで泣けてきたんだろう?
「この薬は薬草をブレンドしたものに魔法で効果を増幅させた魔法薬です。やはり、相当な無理をされていたようですね」
「ち、違う。これは、ベニテングタケが目に……」
アイーシャにそっと抱きしめられ……強がるのも限界だった。二千年超の「垢」は半端な物ではなく……。私は死ぬほど泣きまくったのだった……。
「ふぅ、恥ずかしところを見せちゃったわね。忘れて」
どれほど時間が経ったか。私はようやく調子を取り戻した。
「少しはスッキリしましたか?」
アイーシャにニッコリ笑みを送られ、私はうなずくしかなかった。
「ありがとう。たまには息抜きも必要ね」
やれやれ、私とした事が……。
「学園仲間でも侍女でもなく、一人の友人として良かったです」
アイーシャの言葉に、ちょっとだけ感慨を覚えた。
友人か。久しく聞いていなかった言葉ね。
「あとは、自分が吸血鬼である事を、とても嫌悪している。これが明確なストレス源の一つなわけで……!?」
ブツブツつぶやいているアイーシャに、私はそっと口づけした。
「バーカ、あんたは私のかーちゃんか。お節介焼きすぎじゃ」
今度は私の方から抱きついてやった。
「ええっと、あの……」
ワタワタしまくるアイーシャは面白い。
「私のファーストキスだったのですが……」
なぬっ!?
「そ、それは、また……。知らぬ事とはいえ不覚」
なんか、やっちまったぃ!!
「い、いえ、むしろ姫で良かったと思うのですが……」
私でいいんかい!!
「その、あの……抱きつかれたままだと、私はどうしていいか分からなくて……」
あっ、そうね。私も分からん。
取りあえず、横に座り直す。アイーシャは顔を真っ赤にしたまま倒れそうだ。
「……帰る? 寒いし温泉入ろう」
しばしの間を置き、アイーシャはうなずいた。
この後……特に何もなかった。そう、あくまでも「友人同士の悪ふざけ」だ。うん。
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