第16話 温泉トークはオタマジャクシ
城から北に二十キロほど行った場所に、そこそこ標高が高い山がある。
ここの中程に、それなりに名の知れたキャンプ場があり、そこが目的地だった。
折しも紅葉シーズンの真っ只中であり、山頂へと至る道路は大渋滞だが、空を飛んでいる分には関係ない。ここ最近の足として大活躍のブラックホークちゃんは、今日もまた飛んでいた。機内には、私、侍女様、カシム、アイーシャが乗っており。護衛を乗せたブラックホークがもう一機。両サイドをアパッチ・ロングボウが一機づつ固めている。
なにかもう、戦争にでも行くのか? という布陣ではあるが、仮にも王女の正式な外出となればこうなるのもやむを得ないだろう。
「うわぁ、凄いですね!!」
「いや本当に!!」
窓から見える紅葉に盛り上がるカシムとアイーシャを、なんとなく微笑ましい思いで見つめながら、私は侍女様と話しを続けていた。
「……で、向こうからは何も言ってこないの?」
インカムのチャンネルを通称「ヒソヒソ話しモード」に切り替え、私は侍女様に聞いた。
「はい、今のところは。ずいぶんと緩い国のようですね」
会話の中心は、もちろんアイーシャだ。いくら休学届けを出しているとはいえ、あの出国劇である。取りあえず一度返せくらいは、言いそうなものだが。
「まあ、もう早期に帰ってもらうことは諦めたけどね」
ヘリが大きく旋回し、キャンプ場のヘリポート目がけて突っこんでいく。ここは王家も使うので、こういう施設が充実していたりする。ミニットマンキャンプ場。標高三千七百メートル弱。この時期はもう雪が舞ってもおかしくない。
「うー、寒い……」
分かっているので厚着してきたのだが、甘かった。今年は例年になく寒い。
「お~たまじゃくしはカエルの子♪」
カシムよ、半袖短パンのビーサンでなぜ平気なのだ。そして、その替え歌を、なぜ今ここで……。
「やはり、冷えますね……」
こちらは対照的に、冬山登山でも行くような重装備のアイーシャである。侍女様は涼しい顔していつもの侍女服だ。なんかなぁ……。
「取りあえず、バンガローに入りましょう。寒い!!」
荷運びは侍女様に任せ、私たちはバンガローに入った。
「もしかして、暖房ってあの煖炉だけ?」
あー、思い出してきた。そうそう。暖房はアレしない。脇に薪が積んであるので、まだ楽だけど……。
「さて、ちゃっちゃと点火しますか……」
寒いのでさっさと済ませる。ただ薪を置いても火は付かない。まるで、儀式めいた作業が必要となる。基本は「細い物」から「太い物」へだ。
「ゲホゲホ……。湿気ているじゃないの!!」
濛々と上がる白煙に辟易しながら煖炉から離れ、ちょいちょい頃合いを見ては薪を投入していく。しばらくして、燃焼が安定した。
「ふぅ、久々だから手間取っちゃったわ。お待たせ」
薪や炭の扱いは王女の嗜みだ。
「ふぅ、落ち着きました……」
いかにも寒がりなアイーシャが、煖炉の前を占領した。
「さーて、どうしよっか。アイーシャが寒そうにしているし、さっそく温泉しちゃう?」
カシムがサッと手を上げた。
「それは混浴でありますか?」
私は手にしていた薪を、思い切りぶん投げた。
「お約束をありがとう」
ゴスッと鈍い音と共に、床に沈んだカシムに小さく敬礼を放ち、私はアイーシャに向き直った。
「改めて、どうする?」
「いいですね。私は大の温泉好きなんです」
そうと決まれば話しは早い。侍女様の作業が終わり次第、声をかけて温泉だ。
「ああ、カシム君には……『睡眠』『麻痺』『石化』『時間停止』!!」
……うわぁ、えげつない。
「ふぅ~」
人間だって吸血鬼だって、お風呂に入った時の声など違いがあるわけない。
「いやぁ、いいですね。学園のお風呂に温泉引いて欲しいです」
アイーシャがふやけた顔で言った。
「そうですね。最新の地質調査の結果によれば、あの学園周辺は地下五千メートル程度まで掘削すれば、温泉が噴出する可能性があります」
すっげえ多額の予算を組まないと無理です。はい。
「現実的じゃないねぇ……。帰国しても、気が向いたら、また遊びに来るといいよ」
ほへぇっとしながら言うと、アイーシャはうなずいた。
「もちろん、そうします。帰るのが惜しいです」
本気で惜しそうにアイーシャが言うが、これは避けられない事だ・
「あなたの本分は学生よ。それを忘れちゃダメ」
言って思い出したが、アイーシャってまだ学生なのよね。すっかり侍女っぽくなっているけど。アハハ……。
「忘れてはいませんが、複雑な心境です。ところで、姫の背中にあるアザのような縦長の痕が、先ほどからずっと気になっていまして……。せっかく綺麗な肌なのに勿体ないですし、治しましょうか?」
アイーシャはその「アザ」にそっと触れた。
あー、それね。
「ごめん、それ傷じゃないんだ。侍女様、いいかな?」
一応お伺いを立てて見たが、侍女様は何も言わずうなずいただけだった。
「アイーシャ、ちょっと驚くかも知れないけど、これも私」
別に「鬼」スイッチが入っていなくても、このくらいの事は出来る。
私はそっと念じた。すると、背中に禍々しい赤と黒の色を持つ翼が生まれた。
その付け根は、背中の「アザ」の場所と一致する。そう、これは普段は引っ込めてある、いわば翼の収納場所みたいなものなのだ。
「す、凄い……」
想定外だったか、アイーシャが驚きの声を上げた。
「これが、私が『バケモノ』である証よ。飛ぶ機能なんて、とっくに失せているんだけどね」
まあ、見かけだけは立派なのだが、この翼に飛ぶ能力はない。私が生まれるよりも、さらに大昔の名残で残っているだけだ。
「あの……触っても?」
まるで、猫のような警戒心と好奇心である。恐る恐るという感じで、アイーシャが聞いてきた。
「いいわよ。別に不都合はないから」
私が返答すると、彼女はそっと触れた。
「実習でドラゴンを召喚した時、その翼に触れた事があるのですが、比べるとずいぶん柔らかくてデリケートなようですね」
有名すぎて今さら言うまでもないとは思うのだが、ドラゴンというのは地上最強の生物の総称である。
かなりの種類があるのだが、全てに共通して言える事は、何らかの手段で空を飛ぶ事と、ブレスと呼ばれる口から吐き出される必殺の一撃だ。ドラゴンに似た生物は数多くいるが、このブレスが吐けるかどうかがポイントになる。まあ、人間的区分けだけどね。
「そりゃ、あちらさんは「実用品」だもの。こんな華奢なお飾りの翼じゃ、全く役に立たないし」
いずれ、吸血鬼から翼がなくなる日も来るだろう。進化の過程で、不要なものは淘汰されていくものだ。
「ハッタリかますにはいいかもしれません。驚きますよ」
アイーシャは笑った。
「実際、そんなもんよ。さてと、よっ……」
私は翼を引っ込めた。
「そういえば、アイーシャってあの学園で魔法を学んでいるのよね。どんなのが得意なの?」
なんとはなしに聞いてみた。ただの好奇心である。
「ええっと、私なんて味噌っかすみたいなもので……」
「アイーシャ・クルセイダー。アルステ王国王立魔法学園、上級魔法課程三年。他を大きく引き離して優秀な成績を収め、学園始まって以来の才女と呼ばれる。特に絶大な破壊力を持つ攻撃魔法と、他の者では呼び出す事すら困難な召喚獣を、お散歩がてらにお気軽に、鼻歌交じりに呼び出して使役するほど召還術に長け、歩いた後はぺんぺん草すら残さない事から『デイジーカッター』の異名を持つ。また、一方で結界術と回復魔法の腕にも定評があり、この二つを組み合わせた結界回復魔法という新境地を切り開いた天才。魔法だけでなく剣技や射撃に腕にも長けており、一人いれば歩兵一個大体にも匹敵する戦力といわれ、軍関係者からは『アーミーガール』の異名で呼ばれている」
侍女様が、まるで呪文のように朗々と語り、アイーシャが固まった。
「まぁ、ただ者じゃないとは思っていたけどね」
その彼女の肩をポンと叩く。
侍女様の情報収集能力を甘く見たらいけない。その気になれば、国を一つひっくり返す事ぐらいわけはない。
「な、なぜ、私の機密情報を……」
ギギギっと首だけ侍女様に向けて、アイーシャはつぶやくように言った。
「この程度は調べたうちにも入りません。ああ、不公平なので姫の情報も晒すと……」
「こ、こら、やめろ!!」
苦手だけど、攻撃魔法。一番から四番、魚雷装填完了!!
「ああ、それじゃ暴走しますよ。それにズルイので……『魔封じ』!!」
あ、アイーシャ!?
「カシミール・ドラキュリア。見た目二十二才。実年齢二千七百三十才。父はイオートフ・ドラキュリア、母はケイティ-シャ・ドラキュリア。ドラキュリア王国国王と王妃の長女として生まれる。ドラキュリア王国第一王女。ちっちゃな頃から‥‥失礼。幼少の頃からお転婆で、大のオタマジャクシ好き。好きが高じて溜め池に落ちる事多数。溺れても死なないため、無限の苦しみを味わう事になるが、何度痛い目を見ても日々理想のオタマジャクシを追い求めている……」
くっ、この!!
「そのくらいにしないと……」
「そのくらいにしないと?」
ちらっと私を見る侍女様。くっ、勝てない。
こうして、私の恥ずかしい面を洗いざらいぶちまけた侍女様は、心なしかスッキリした表情で湯船に浸かるのだった。
えっ、全部書け? やだ。
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