第14話 お散歩からの……

「ねぇ、カシム。ちょっと腕貸して」

「えっ、どうしたのですか?」

 部屋に遊びに来たカシムの右腕を半ば強引にひったくり、間髪入れずに牙を突き立てた。

「ぎゃあ!?」

 短い声を上げたのち、カシムの顔色は瞬時に土気色になり、その場に崩れ落ちた。

「そう、これが普通なんだよね。侍女様、輸血!!」

 例によってスッと現れた侍女様の手には、大量の輸血パック。私の血が入って、耐久度が上がっているはずのカシムですら、この体たらくである。これだけで、アイーシャの異常さが分かるだろう。

「……検査結果出た?」

 私はひっそりと侍女様に聞いた。

 実は、牙に残留していた血液から、アイーシャの異常な耐性について、こっそり探りを入れたのだ。

「はい……人間です。若干吸血鬼の血は認められますが、ほぼ誤差の範囲で、純粋な人間といって差し支えないでしょう」

「マジ?」

 頭をハンマーでぶん殴られたような衝撃……というのは、きっとこういう事なのだろう。では、なんなのだ。未知のバケモノか? 背筋に冷たい物が流れた。

「では、私は作業に戻ります。何かありましたらお呼びください」

 侍女様の気配がフッと消える。

 よし、これ以上の追求はやめておこう。世の中には、変な人間もいる。そういうことにしよう。

「カシムは……一日ダメね。自分でやったんだけど。さて、どうすっかな」

 そう、基本的に私は暇人なのだ。まだ愛機が直ったという報告は入っていない。

「……寝るか」

 ベッドに潜ってみたが、寝られるわけがない。

「ふぅ……」

 私は諦めて部屋を出た。外出着ではないが、寝間着でもない。まあ、程々の服といったところか。

「さて……」

 本来なら護衛の一人でも付けるべきなのだが、地上に下りるわけでもなし、手を患わせる事もないだろう。この時間、ちょうど街からの物資輸送が終わった頃合いだ。

「はい、おはようさん」

 ヘリポートで一休みしていた、ブラックホークの面々に声をかけた。

「あれ、姫様どうしたんすか?」

 顔見知りのパイロットが返してきた。

「まあ、なんでもないんだけどさ。暇でしょうがないから、空のお散歩でもしようかと思ってね。疲れているところ悪いけど……」

「ああ、おやすいご用っす。後ろじゃつまらないでしょうから、コパイ(副操縦士)席にでも……」

 パイロットが快く引き受けてくれた。よしよし。

「悪いわね。じゃあ、さっそく……」

 私はドアを開けて副操縦士席に腰を下ろす。その間にパイロットも席に座り、パチパチとスイッチを弾いていた。

 キーンといい音が聞こえ、巨大なメインロータが回り始める。いつ聞いても、この甲高い音は心地いい。

「行きますよ!!」

 パイロットの声がインカムから聞こえ、ゆっくりと機体がヘリポートを離れた。

「コースはどうします?」

「適当にお任せで」

 やはり、空はいい。ヘリはあっという間に街上空を駆け抜け、どこまでも続く平原の上を飛んで行く。快適な旅だ。

「姫様、燃料入れていないんで、この先のファルス空軍基地で補給していきます。ちょっとナシ付けてもらえますか?」

 はいはい。

「ドラキュリアXG1GXX6よりネリス管制。こちら姫っす、聞こえてる~?」

 機体番号とついでに身を明かしておく。

『こちらネリス管制。姫、何やってるんですか?』

 みんな気さくなのだ、この国は。

「散歩。これから燃料補給によるからよろしく」

『ウチはガソリンスタンドじゃないんですけどね。分かりました、準備しておきます』

 ……嫌み言いやがった。予算削るぞ!!

「はい、大丈夫よ」

 こうして、私たちは国内最大の空軍基地へと向かったのだった。


 うーん、ケロシンの香り……。コホン、なんでもない。

 ここは、大型爆撃機も運用する巨大施設である。その片隅に、私たちを乗せたブラックホークは着陸した。あとは、パイロットの兄ちゃんがやってくれるはずである。下手にしゃしゃり出る必要はない。

「姫様、出かけるときは言って下さい!!」

「全くです」

「あー、ごめ……え!?」

 いきなり背後から声をかけられ、私は硬直した。首だけ後ろに向けると、そこには後部座席に座る驚異の侍女様とアイーシャの姿があった。い、いつの間に!?

「そ、そっちこそ、いるならいるって言ってよ!!」

 全く心臓に悪い!!

「私たちの目から逃れようと思っても……」

「そうはいきません。もうお分かりかと」

 変な連携するな!!

「いや、別に逃げようってわけじゃ。ちょっと、ぶらつこうと思っただけで」

 ううう、背筋に変な汗が……。

「……どうします、先輩?」

 アイーシャが侍女様に聞く。

「そうですね。帰ったらお仕置きですか……」

「うぐっ!?」

 侍女様のお仕置き。心にしっかり刻まれたトラウマだ。

「まあ、考えておきましょう。そろそろ戻りますよ」

 ちょうど給油が終わったらしい。パイロットの兄ちゃんが戻ってきた。

「あれ、お客さんが増えてるっすね。まあ、いいですけど。離陸しますよ」

 再びエンジンに火が入り、ブラックホークはゆっくりと高度を上げていく。

「あっ、ラジオでも聞きます?」

 機内の妙な空気に耐えかねたか、パイロットの兄ちゃんが無線のチャンネルを一般のラジオに合わせた。

「~♪」

 な、なんだ、この哀愁に溢れた曲は……。かえって、微妙な空気に。

「……帰ろう」

「はいっす!!」

 こちらも逃げたかったのだろう。兄ちゃんは全速力で、ブラックホークを城に向かって飛ばしたのだった。


「はぁ、自室軟禁ですか……」

 まあ、「お仕置き」としては、かなり軽い部類に入る。城に戻った私は自分の部屋に放り込まれ、外と中に見張り付きでしっかり監視下に置かれるハメになった。ちなみに、まだノビていたカシムは、侍女様に回収されていった。

 今「室内担当」は侍女様で、外はアイーシャが張り番をしている。やる事もないので、私はベッドでゴロゴロしていた。

「ねぇ、侍女様」

「はい」

 ……。

「呼んだだけ」

「はい」

 ああ、クソ面白くもない!!

 力尽くで突破出来る相手ではなし、大人しくしているしかない自分が嫌だ。

「ねぇ、侍女様。今度から『トータス重戦車』って呼んでいい?」

「そんなに死にたいですか?」

 ……。

「なんでもない、口が滑っただけ」

 ううう、つまんねぇ。なんだ、このだらけたセッションは!!

「そんなに暇でしたら、表のバイトと交代しましょうか?」

「うーん、あんまり変わらない気が……」

 ここから出られないのであれば、誰が来ようと大差はない。

「お互い手の内を知っている者同士よりは、まだ刺激になるかと」

 侍女様は部屋から出ていった。入れ替わりに、バイトことアイーシャが入ってきた。

「よう、バイト君。元気にやっとるかね?」

 シュタッと手を上げて声をかけて見たが、なぜかアイーシャに元気がない。

「おっ、どうした?」

 顔色が真っ青である。ハッと気が付いて彼女の右腕にある、私の牙の痕に手を当てると、まるで脈打つように、熱が上がったり下がったりしている。ヤバい!!

「ドクター!!」

 謹慎している場合ではない。私は叫びながら、彼女をベッドに寝かせたのだった。

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