第13話 居座るお土産

「たたたったったった~たったた~、たたたったったった~たったた~♪」

 聞いた事がない得体の知れないリズムを刻みながら、侍女の格好をしたアイーシャがバシャバシャと洗濯をしている……なんで?

「あのぉ、今日の昼便。ファーストクラス……」

 ドラキュリア航空正規料金です。とても高いです。燃料サーチャージ込みです。もう、時間ぎりぎりです。はい。

「なかなか筋がいいです。いっそ、本気で召し抱えては?」

 おいこら、侍女様……。

「はいはい、遊びはおしまいおしまい。マジで飛行機に間に合わないから!!」

 この便を逃すと、もう深夜便しかない。最悪は……箱詰めして貨物便か?

「私のぉ~出国ぅ~記録は~あり~ませ~ん。つ~ま~り、しっそっう~♪」

 へ、変な歌を作るな!!

「あ、あのねぇ……」

「も~し、今帰ったら~拉致ぃ~されたと~口が滑るかもぉ~♪」

 ……。

「あっ、泣いちゃった。ごめんなさい!!」

 泣いてないやい。ちょっと目にオオスズメバチが入っただけだい!!

「真面目な話しです。ちょっとバカンス……」

「あ、あのさ、一応親御さんとか学園があるでしょうが……しかも、バカンスシーズンじゃないし」

 全くもう……。

「大丈夫です。こんな事もあろうかと、一ヶ月の休学届けを出してあります!!」

 ポケットから紙を取り出して掲げてみせるアイーシャ。か、確信犯!?

「い、いや、まあ、ここにいるのは構わないけど、どうなっても責任取れないわよ。なんたって、吸血鬼の城なんだからさ」

 もうヤケクソだ。どうせ帰れと言っても帰らないだろう。今はね。

「期間は最大でも一ヶ月。帰りたくなったら即言うこと。これが条件。あとは好きにしていいわ。侍女様、あとはよろしくね」

「はい、お任せ下さい」

 ……いつも通りのようで、ちょっと違う。私には分かる、張り切っていると。珍しい。

「アイ-シャ、そこの侍女様に鍛えられてみなさい。深夜便のチケット用意しておくわ」

 並の人間では裸足で逃げ出す侍女様の恐怖。しかし、恐怖するのは私の方だったと、この日のうちに分かるのだった。


「あれ、意外と粘るわね……」

 カシムと遊んでいるうちに、昼食も過ぎ夕食も終わり……もう、全ての家事が終わっている頃合いだったが、アイーシャは泣きを入れてこなかった。

「侍女様、手加減した?」

 虚空に呼びかけると、スッと侍女様が現れた。

「……まさか。百年に一度の逸材かもしれません。ふるい落とそうと、かなり意地悪な申しつけもしたのですが、あっさりこなしてしまいまして。私も久々に敗北感を味わっているところです」

 ……そりゃまた。

「やるわね……。で、話しは変わるけど、あっちで流血しすぎたせいか、ちょっときつくてさ、いつもの用意をよろしく。さすがに、彼女には刺激が強いだろうから、感づかれないように……」

「心得ております」

 侍女様の気配が消えた。毎度ながら、どうやって消えたり現れたりしているのか謎だ。

 まあ、それはいいとして、いつもの用意とはアレだ。私が吸血鬼である故の行為である。


 私はそっと部屋から出ると、城の庭にある飼育小屋に向かった。ここは、「税金」として収められた山羊や羊などが飼われている場所である。

 その奥まった場所に、勝手に「吸血コーナー」と名付けた場所がある。侍女様が山羊か羊を一頭用意してくれているはずだ。あまり好きな行為ではないので、見えないように明かりは点けない事にしている。夜目は利くが完全な闇では見えないのは、人間と同じだ。

「さてと……」

 手探りで「獲物」を探すと……羊か。まあ、山羊でもなんでも大差はないが、活力を得られればそれでいい。

「では……」

 ここしばらくやっていなかったが、思い切り牙を突き刺して

 ドガッ!!

 ……なんだ? まあ、いいや。いただきます!!

 ・・…なんじゃこりゃ、美味い!! 知らないうちに、吸血鬼用の羊でも開発されたのか?

 よく分からないけど、これでお亡くなりになる羊さんのためにも、ありがたく頂戴せねば!!

 十分な活力を得た私は、牙を引き抜いて一呼吸おき。備え付けの小さな明かりを点けた。こうして、亡骸に一礼するのがマイルール…‥うえぇっ!?

「シー!!」

 私が声を発するより速く、「彼女」の手が私の口を押さえた。その腕には、私の牙の跡がクッキリと……。

 なんの事か一切理解出来ず思考がショートした私は、見事に意識がぶっ飛んだのだった。


「うー…」

 目を覚ますと、そこにはアイ-シャの笑顔。どうやら、膝枕されていたらしい。

「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったのですが……」

 彼女の右腕からダラダラ血が垂れているのを見て、私の記憶は繋がった……。

「大丈夫。驚くっていうか、もう恐怖のレベルで声も出ないから……」

 私はもう力も入らず、グッタリするしかなかった。

「いえ、今日の労働で少し疲れてしまったので、少し血行をよくしようかと思いまして……」

 湿布薬か。私は!!

「やっと確信が持てた。あなた、人間じゃないわね?」

 やたら牙を刺したがったり、変だとは思っていたのだが……。

「いえ、両親は人間ですし、みんなこんなものかと……」

 んなわけあるかい!!

「あのね、嘘はもっとそれっぽくついてよ。怒らないから」

「ああ、そういうえば、おじいちゃんが吸血鬼と人間のハーフだったとかなかったとかきいていますが……」

 ……混ざっちゃってるのね。やっぱり。

 人間と吸血鬼のハーフをダンボール……じゃない、えっと、ダンピールだったか。なんか、そんな感じで呼ぶのだが、その血筋である以上はアイーシャも生粋の人間ではないはずだ。でなければ、吸血鬼のガチ吸血行為をまともに受けて、生きていられるわけがない。頼むから、そうであってくれ!!

「はぁ、なんだかせっかく美味しい血にありつけたのに、よけいに活力か……」

「あっ、よろしければもう一杯いっておきますか?」

 ……な、なんで、私の周りには変なのばっかり。まともなの、カシムだけかい!!

「い、いや、この状況でもう一回いけるほど、私はイカれて……もが!?」

 無理に腕を突っこむなバカ。泣くぞ本気で!!

「まま、遠慮せずに……」

 接待か!!


「赤血球が~、ヘモグロビンが~、白血球がぁ……うがぁ!!」

 何度目だ、この夢は!!

 血でうなされる吸血鬼。あり得んだろ!!

「あー、ダメだ。頭を冷やしてこよう……」

 私は部屋から出ると、いつしか登った尖塔目指して城の中を進んだ。

 程なく到着すると、屋根の上に出て月を眺める。いい夜だ……。

「フフーフ~フンフン、フフフ……♪」

 ……出たな妖怪。

「気配を消してくる技、もう習得したのね」

 返事の代わりに屋根に登ってきたのは、アイーシャだった。

「この程度は、侍女の嗜みだと教わりまして……」

 ……違うと思う。うん。

「まあ、いいわ。ちょっと腕見せて」

 アイーシャは黙って私に腕を差し出した。

「うーん……」

 自慢することでもないのだが、吸血鬼に噛まれた傷痕は絶対に消える事はない。最初に気が付くべきだったが、今は全ての痕が綺麗に消えてしまっている。やはり、人外の血がそうさせているのか……。

「あっ、傷痕は侍女様に全て治して頂きました。すごい回復魔法ですね」

 思わず屋根から落ちそうになった。

 あ、あいつかぁぁぁ!!

「ふぅ。吸血鬼に噛まれるとね、普通はその傷痕が一生残るの。変に噛まれない方がいいわよ」

「あの、噛んでいます」

 あっ……。

「こ、これは、し、失敬!!」

 慌てて牙を引っこ抜いたがもう遅い。

 目の前に、思い切り吸っても平気な腕があったのでつい……。

 だってさ、人間の血液の味なんて、多分千年ぶりくらいに思い出しちゃったし……いや、言い訳はやめよう。うん。

「なんだかんだ、ハマってしまいましたか?」

「……かも」

 なんていうか、吸血鬼的には、最上級の肉を腕のいいコックが焼いたステーキのようなものだ。それをポンと目の前に置かれて、それを渾身の力で我慢しないといけないのである。端っこくらい囓ったって……だめ?

「でも、調子に乗ると、侍女様に消し炭にされるからやめとく。今は、一応あなたの上司兼見守り役だものね。なにかあったらタダじゃ済まないわ」

 ふぅ、と一息入れる。全く危ねぇ誘惑だ。

「……侍女様から申し使っています。姫様はこのところ吸血鬼である事がマイナスになる事件ばかり経験されているので、せっかく私が外部から来たことですし、プラスの事をと。どうしたものでしょうか?」

 やれやれ……。

「今の世に吸血鬼なんて、ひたすらマイナスでしかないわよ。バケモノだからねって、おわ!?」

 ひたすら危ない足下ではあったが、なんともまあ器用にアイーシャは私を抱き寄せてみせた。

「な、なに?」

 私だって二千年ちょい生きてりゃまあ、女の子相手にこんな展開も何度となくあったが、なかなか馴れるものではない。

「バケモノなんていわないでください。私の目には、普通の女の子に見えます」

 アイーシャは小さな笑みを浮かべた。

「これのどこが普通なのよ」

 苦笑してしまいながら、月光に照らされた白い一対の牙を指した。

「女の子は、多少トゲがあった方が可愛いものです」

 うわ、返された。しかも、綺麗に……。

「え、えっと……。だって、手の平から剣を出しちゃうし、壊れたら破壊の限り尽くしちゃうし……」

 真っ直ぐこちらを見つめるアイーシャから視線を外し、私はブチブチとつぶやいた。

「些細な事じゃないですか。手から剣が出るのは便利ですし、誰だってキレたら暴れますよ。姫様だけじゃありません」

 いやぁ……あれはちょっと。

「さて、そんなことより、ちょっと肩の辺りにチクッと一つお願いします。少々肩こりが……」

「あ、あのねぇ……」

 なにか、私の使い方を間違えているぞ。

 そりゃ刺したけどさ。ついでに、ちょっと「つまみ食い」したけどさ。なんかなぁ。

 こうして、なにか無駄に怒濤の一日は終わっていくのだった。

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