第12話 外遊のお土産?
なんだかんだで三日後。ずいぶん長居してしまったが、私は帰国の途に付く事になった。
「危ないから、建物の中にいて。お願いだから」
侍女様とカシムは当たり前だが、タラップを登る先導を務めるのはアイーシャだった。何度同じ事を言ったかなぁ、もう!!
「私の探査魔法は、半径四キロ圏内の動きを捉えられます。何かあれば、あちこちに配置してある学生が動きます」
もはや、人間じゃないな。ここまで来ると……。
ちなみに、探査魔法というのはレーダーみたいなもので、個人の魔力や技量によってその探知距離は異なるが、使い手でもせいぜい二キロが限界と言われている。その倍だ。本当に人間だろうか……。
と、いきなりアイーシャが私に飛びかかってきた。ほぼ同時に侍女様がサンドイッチするように背後から覆い被さり、バキン!! と凄まじい音が聞こえた侍女様とアイーシャに挟まれて全く見えないが、何が何だか分からないままに飛行機に放り込まれ、カシムが素早く重たいドアを閉じた。
「イーストサイド5-1-5 サンウェイズビル屋上!!」
手にした無線機にアイーシャが短く叫ぶ中、飛行機のエンジンが始動した。
『狙撃犯確保……えっ?』
無線機から聞こえる声は、通常手順ではあり得ない爆発的に跳ね上がったジェットエンジンの爆音にかき消され、全く聞こえなかった。
そのまま駐機場から誘導路を突っ走り、滑走路に向かって突進していく。
「と、とにかく座って!!」
私たちが手近な席に座るのと同時に、緊急離陸の手順に従って、747-400はその真なる力を解放した。
普段の温厚さは鳴りを潜め、戦闘機顔負けの凄まじい急角度で離陸し、一気に高度を上げていく。これは、携帯対空ミサイルを警戒した動きだ。幸い、なにもなかった。
「あっ……」
落ち着いて気が付いた。どさくさに紛れて、アイーシャを連れてきちゃった。
「アイーシャ、今戻るからちょっと待ってね。えーっと、インカムインカム……」
席に備えてあるはずの白い受話器を探す手を、アイーシャがそっと押さえた。
「えっ?」
「これ以上、ご迷惑はかけられません。ドラキュリアから民間便で帰ります。お恥ずかしいお話もありますので……」
その目は真剣だった。
ふむ……。
「分かった。帰りは、ファーストクラスを用意させて貰うわ。どうせケチるだろうから、もうすぐ「悪魔の目」よ。ベルトをきつめに締めておいてね」
そして、747はやっぱり乱気流が渦巻く空域に真っ正面から突撃したのだった。
馬鹿野郎、ゲスト乗ってるんだぞ。避けろ!!
ズムウォルト洋上空 高度:一万一千五百フィート(約一万メートル)
ここは機内のミニ会議室。アイーシャの希望により、侍女様とカシムも加わり、説明を受けることとなった。
アイーシャが持ち込んだ無線機は、この機の「髭」と呼んでいる外部アンテナに接続してあり、管制経由でアルステ王国の面々とリアルタイムで通話が可能なようにしてある。
「最初にアルステ王国国王に代わり、お詫び致します。何と謝罪すればよいのか……」
しきりに頭を下げるアイーシャだったが、何のことやら……。
「お詫びはともかく、どうしたの?」
いつまでもこれではどうにもならないので、私はアイーシャに話しを促した。
「はい……。狙撃犯を捕らえたのですが、よりにもよって国王様の側近中の側近でして、動機等はまだ不明なのですが、国の人間が関わっている以上、これはもう個人の問題では……」
冷や汗を掻くアイーシャの肩を、私はポンと叩いた。
「あなたは学生。そこまで心配する必要はないでしょ。侍女様、この部屋の録音システムは?」
侍女様は涼しい声で返してきた。
「先ほど不注意で叩き壊してしまいました。今の会話は、誰も聞いていません。ねっ、カシム?」
指をボキボキ鳴らす侍女様に、カシムは壊れたオモチャみたいに、首をカクカク縦に動かした。よしよし、いい子だ。
「というわけで、アイーシャ。それっぽい犯人をでっち上げておきなさい。なんかこう、過激派っぽいのいるでしょ? うちのとーちゃん……ドラキュリア国王には適当に言っておくから」
どうせ忙しく飛び回っているので、さして気にしないだろう。
「えっと、これは……事実の隠蔽?」
「当たり。国際問題なんて面倒な事、我が国は求めておりません。なんてね」
いちいち真面目にやっていたら、世界中で戦争になってしまう。この程度は隠蔽工作のうちにも入らない。
「……なんというか、政治ですね」
「そう?」
私はアイーシャに笑みを送った。
「さて、血を吸われたくなかったら、もうこの話しは終わり。あと十時間近く空の上だし、まあ、ゆっくりしましょう」
なにか釈然としない様子のアイーシャの背を押し、私は座席に向かったのだった。
……ふーん、側近中の側近か。まあ、どこにでもいるけどね。そういうの。
私とて飛行機乗りの端くれである。一番技術を要しパイロットの腕が現れるのが、この着陸という作業である。
なにかこう、ずいぶん離れていたような気がするが、私はドラキュリアの地に帰ってきた。外部モニターには、ゆっくりと街の空港の滑走路が迫ってきている。時刻は日が落ちかけている頃。空港の灯火が眩しい。そして……。
軽い衝撃と共にエンジンの逆噴射が行われる轟音が響き、自動ブレーキが作動して巨体の速度を落としていく。フン、なかなかいい腕してるわね……。
私たちを乗せた機体はそのまま専用の駐機場に入り、エンジンが切られた。
「さてと、ドラキュリアへようこそ。アイーシャ」
長旅の疲れかまだ気に病んでいるのか、なんとなく元気のない彼女の肩をポンと叩き、片手を繋いで引っ張るようにして機外に出た。カシム、侍女様と続き、待機していたブラックホークに乗り込む。
「ごめんね、ちょっとうるさいけど我慢してね」
インカムのヘッドセットをアイーシャに渡し、私はサイドドアを閉じた。二機のターボシャフトエンジンの回転数が上がっていく甲高い音が響く。ああ、何度か出したこのターボシャフトエンジン。燃焼ガスを勢いよく吹き出して推進力を得るか、シャフトを経由してプロペラを回すかの違いはあるが、語弊を承知で言えば両方とも広義のジェットエンジンである。燃料も同じくジェット燃料を使い、ガソリンのような「高級品」を使わないで済む。もっとも、燃費はイマイチだけどね。
「さて、取りあえず今日は城に行きましょう。無駄に客室だけは多いから、アイーシャが一人来ても困らないわよ」
「あ、ありがとうございます」
よほどヘリが珍しいのか、あちこちきょろきょろ見回しながら、アイーシャが答えた。
ウチの格納庫なんて見たら、卒倒しないかな……。
などと、妙な心配に囚われたりもしたが、ブラックホークはゆっくり離陸した。そのまま空港から一気に山を駆け上がり、城に向かって飛んで行く。そして、城のヘリポートに着陸した。
「では、私はアイーシャ様のお部屋の準備をして参ります。カシム、あなたも暇でしたら手伝いなさい」
「い、いや、暇ですが・・は、はぃぃ!!」
ズゴゴゴ……と背後に音すら立てて睨む侍女様。これに勝てる者は、恐らく誰もいないだろう。「鬼」状態の私ですら、一瞬止まる破壊力である。
「姫とアイーシャ様はお部屋でお待ちください。一時間ほどで終わると思います」
ブラックホークから飛び降りるようにして、侍女様とカシムは早足で城内に消えて行った。私とアイーシャは巨大なメインローターが止まるまで、たっぷり時間をかけて待ってからゆっくり降りる。侍女様が私に暗に命じた事。それは、ちゃんと案内しなさいだ。ははい。
「おっと、意外と段差高いから気を付けてね」
先にヘリのデッキから地面に飛び降り、そっと手を取ってアイーシャが降りるサポートをする。その瞬間、聞き慣れた爆音が辺りを揺るがす。二機のスーパーホーネットが、カタパルトから発進していった。城の上空は常に二組のスーパーホーネットがパトロールしている。ちょうど交代時間だったらしい。
「ごめんね。この城ってさ、ちょっとミリタリー成分が強くてさ。優雅さとは縁が遠いのよ」
目を白黒させているアイーシャに、私は苦笑してしまった。
「ご、ごめんなさい。戦闘機は初めて見たので……」
二人顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
「あっ、ヤバい。戻って来るチームがいるはず。ダッシュ!!」
「は、はい!!」
ここは着陸機の滑走エリア。ここで立ち話は危険だ。
取るも取りあえずダッシュで格納庫に逃げ込むと、アイーシャの口がアングリと開かれた。予想通りの展開ね。
「ここにあるのは実用機ね。下のフロアには城の連中のコレクションがあるわ。興味あるなら案内するけど?
私が聞くとアイーシャは静かに首を横に振った。
「色々驚きすぎで……。少し落ち着きたいです。どこかいい場所はありますか?」
やはり、刺激が強すぎたか……。
「そうねぇ……私の部屋と高い所、どっちがいい?」
アイーシャの答えは、迷わず私の部屋だった。
「ごめんね。なんかカオスな空間で」
重厚さとピンクに囲まれた部屋に案内すると、アイーシャは「いえいえ」と気にしていない様子だった。
「天蓋付きベッドではないのですね。お姫様はみんなそうかと……」
思わずスッコケそうになった。
「ってか、見る場所そこ!?」
他にもあると思うのだが……。
「はい、女の子のお部屋チェックでは基本かと」
そ、そうなんだ。知らなかった。
「ごめん、椅子とかソファがないから、ベッドにでも座っていて」
がさごそとあちこちの引き出しを漁ってみたが、お菓子の一つも出てこない。ああ、侍女様がいないと、なにも出来ない情けなさよ。
「お気遣いなく。元々飛び入りですし……」
ふう、ないものはない!!
「ホントごめん。普段は、侍女様にお任せだからさ」
アイーシャが小さく笑った。
「それより、私の部屋ではないですが、隣座りませんか? お疲れでしょうし」
なにせどさくさだったので、アイーシャの格好は学園の制服のままだ。私が開けた‥‥制服の穴もそのまま。よし。
「ちょっと上着貸して。穴を直さないと……」
これでも、裁縫くらいは出来ます。はい。
「えっ、ああ、いいですよ。これは記念です」
……どんな記念じゃ!!
「いいから貸しなさいって。そういう跡は私としては……もが!?」
何を思ったか、アイーシャは私の口に左腕を突っこんだ。こら、牙が刺さる!!
「はい、四つに増えました。これ以上増やしたくなければ、素直に諦めて下さい。
そう大事ないうちにアイーシャは腕を引っこ抜いたが、やはり牙で引っかけたせいで制服に穴が空いてしまっていた。出血はない。
「ゲホゲホ。もう、なに考えているのよ……」
イマイチ分からんヤツだな。全く。
「友好の証です。有名な吸血姫と知り合いなんて、絶対自慢できます!!」
……コケていい?
それだけのために痛い思いをしてまで、まっことご苦労さんな話しなのだが、制服を脱いでしまえばそれまでだ。まあ、言わないけど。
「さて、ゆっくりしますか……」
私はベッドに腰掛けたまま、ゆっくりと上半身を背中方向に倒した。一気に疲労感が押し寄せてくる。どうやら、それなりに疲れていたらしい。
「私も少し疲れました。横失礼します」
アイーシャが倒れてくるとほぼ同時に、静かな寝息が聞こえてきた。
まあ、色々あったからなぁ。彼女の方が疲れているはずだ。
侍女様が現れ、彼女を部屋にそっと運ぶその時まで、私はただ天井を見つめていたのだった。
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