第11話 吸血姫の外遊(治療)

 痛みに襲われながらも気絶はしなかった私は、救急病院に運ばれてやっと事態が飲み込めた。「狙撃」されたのである。どこからか……。

「イテテ……全く」

 銃弾は私の内臓をグチャグチャに破壊してくれたようだが、血液さえ補給してもらえれば問題ない。血液型は関係ないので、そこは適当に。

 大量の輸血パックをぶら下げてベッドで休む私に、医師は小さくため息をついた。

「……はっきり申し上げましょう。生きている事があり得ない状態です。姫様の体を背中から貫いたのは、12.7×99重機関銃弾である可能性が高い。つまり、バレットなどの対物ライフルで撃たれたのです。例え急所に当たらなくても、通常なら即死ですよ」

 医者が困ったように言った。ふふ、悪いわね。私は「鬼」なもので、そう簡単にはくたばらないのです。もっとも、これからがキッツいのだけど。壊れた内臓が元に戻っていく感覚は、何度経験しても馴れるものではない。

「先生、ありがとうございます。間もなく、本格的に内臓の再生が始まると思います。あまりお見せ出来るような状態ではないので……、申し訳ありませんが、部屋の人払いをお願いします」

 医師は軽くうなずき、看護師と共に部屋を出て行った。ついで、侍女様に引っ張られるようにして、カシムが出ていくと……私はその時を待った。あんな、狂ったように暴れ回る姿など、誰にも見られたくはない。

「さて……来い!! なんてね」

 跡数分でやってくるであろう事に覚悟を決めたとき、部屋の外で一悶着やっている声が聞こえた。

「あれ、この声?」

 どっかで聞き覚えがあるなぁなんて思っていたら、部屋の扉が勢いよく開けられた。

「あ、あなたたちは!?」

 見覚えがあるなんてもんじゃない。この制服はあの魔法学院のものだ。そして……。

「全員、急いで結界魔法陣の準備を!!」

 などと陣頭指揮を取っているのは、あの「便所掃除」を依頼してきた女の子だった。

「あ、あなたたち、早く逃げなさい。何しに来たのかは分からないけど、怪我では済まない可能性が……!!」

「細かい話しは後です。とりあえず、治療を!!」

 おおよそ想像が付かなかった強い声でピシャリと言われ、私は何も言えなくなってしまった。

「結界発動準備完了!!」

 ベッドの周りに、チョークで複雑な紋様を描いていた学生の一人が叫んだ。

「回復手、前へ!!」

 集まった推定二十名ほどの女の子たちの中から、十名ほどが私を取り囲む。

 な、何事様!?

「これから私も結界内入ります。残りの人員は何があっても結界を死守する事!!」

「イエス・マム!!」

 お前らは軍人か!!

「では、状況開始!!」

 私のベットは強固な「光の幕」に覆われた。

「これは、回復魔法の効果を増幅する効果があります。安静にしていてくださいね」

 口調をがらっと変え、私に優しくそう言ってサムアップしてみせる女の子。

「い、いや、まずいって。こんな結界まで張っちゃったら、あなたたち逃げ場がないわよ!!」

 私の「暴れる」は本気でシャレにならないのだ。この部屋一つ破壊しかねない。

「侍女様よりお話は伺っております。ですが、その時はその時です。王令を賜っている事もありますが、なによりあなたは「学生仲間」ですから」

 言うが早く、今度は厳しい目つきで十人を見渡す。

「総員、複合回復魔法。放て!!」


Ob's stürmt oder schneit, Ob die Sonne uns lacht,Der Tag glühend heißOder eiskalt die Nacht.|Bestaubt sind die Gesichter,Doch froh ist unser Sinn,Ist unser Sinn;Es braust unser PanzerIm Sturmwind dahin~♪


 ……共通語ではない。

 多分、この国の地域語だろう。これ、呪文?

「この国特有の魔法です。呪文を歌のように紡ぐのが特徴なのです」

 女の子が解説してくれるが、自己治癒の開始までもう間もない。どっちが先かだ。

 ……来た。暴力的な力の衝動。ダメだ、もう間に合わない!!

 ほとんど無意識にベッドから跳ね起きようとした私の口に、何かが突っこまれそのまま押さえつけられる格好になった。ギリギリ残っている理性でそれを見ると、こちらに見向きもせず、凜と佇む女の子の左腕だった。言うまでもなく、その腕には私の牙がガッツリ突き刺さっている。な、なんてことを……。

「言ったでしょう、学生仲間と。もう少しなので、お静かに」

 女の子は、ちらっと私を見てそう言った。その顔には、小さな笑みと共に脂汗が浮いていた。

 欠片だけ残っている理性がもたらす「早く放さなきゃ」なのか、「バケモノ」の本能がもたらす「とっとと逃げなければ」なのか、そのどちらかによる行動なのかは分からないが、私は牙を引っこ抜こうともがいた。しかし、この女の子の細腕のどこにそんな力があるのか、むしろ自ら牙に腕をめり込ませて、ガッチリとホールドしてくる始末である。

 幸い、最悪の行動である「吸血行動」に出る前に破壊衝動は収まった。回復魔法による治療が取りあえず終わったようである。

「全体回復終了。詳細回復に移ります!!」

 ベッドを取り囲んでいる誰かが言った。

「了解、漏れのないように!!」

 女の子は私の牙から腕を抜き、結構な出血を伴っている傷口に自分で回復魔法をかけた。

「あ、あの……ありがとう」

 女の子に礼を言うと、これ以上はないくらいの笑みを返してきた。

「魔法で大きな怪我は治しました。今、細かい部分の治療を行っています。もう少し掛かりますが、ご辛抱を」

 ……い、いやぁ。

「よく平気だったわね。私の牙、そんなに甘くないはずなんだけど……」

 あのまま、腕を引きちぎる事すら出来たのだ。スッカラカンになるまで血を吸うことも出来たのだ……。

「平気じゃないです。痛かったですよ。でも、この国を悪く思って欲しくなかったのです。それになにより、学生仲間です。一時とはいえです。怪我をして苦しんでいるのなら、みんなでよってたかって助ける。それがうちの習わしです」

 彼女の腕の出血はもう止まっている。破れた制服以外は傷跡もない。

「よってたかってって……用法違うし、限度があるでしょうに。ああ、吸血鬼に噛まれても、吸血鬼にはならないから、それは安心してね」

 私は思わず苦笑してしまった。

「それは事前に書物で調べておきました。こんな形で役に立つとは、まさか思いもしませんでしたが」

 女の子も苦笑した。

「普通思わないわよ。なにか、最後の最後で大きな貸しを作っちゃったわね」

 学生たちによる治療はまだ続いている。ここの医師より、よほど献身的だ。

「貸し借りの話しではないですよ。それを言ってしまうと、この国はあなたに特大の借りを作ってしまいました。この程度では返し切れません」

 どことなく沈痛な面持ちで女の子が言った。

「終わりました!!」

 どうやら治療が終わったらしい。誰かの声が聞こえた。

「よし、結界解除。状況終了。直ちに学園に帰投せよ。私はまだ少しやる事がある!!」

「はっ!!」

 女の子を除き、下手な特殊部隊より遙かに素早く、荷物を纏めて部屋を後にした集団の足音が、急速に遠ざかっていく……なんというか、怖い。

「そういえば、ちゃんと自己紹介していなかったわね。私はカシミール・ドラキュリア。あなたは?」

「はい、私はアイーシャ。アイーシャ・クルセイダーと申します」

 先ほどまでの軍人みたいな様子はどこへやら、普通の学生に戻った女の子ことアイーシャがペコリと頭を下げた。

「えーっと、アイーシャでいいかしら? 私の事は好きに呼んでちょうだい」

「はい、では姫様で」

 うん、名前関係ないね。まあ、いいけどさ。

「今頃、うちの侍女様が調整していると思うけど、怪我が治った以上は明日か明後日か……まあ、その辺には帰国になると思う。仕留め損なった以上は、また撃たれるかもしれないけど、その時はよろしくね」

 苦笑するしかなかった。実際、その可能性は高かった。

「その件ですが、ご安心下さい。当日は空港は全面閉鎖。警察や軍、学園の学生も総動員して、空港から二キロ圏内は完全封鎖します。こんな形でお見送りさせて頂きたくはなかったのですが……」

 アイーシャは大きくため息をついた。

「あなたが気にする事じゃないわ。痛い思いさせちゃってごめんね」

 こうして、どうでもいい雑談はしばし続いた。

 再度の帰国の日、やっぱり事件が起きる事を予期しつつも……。

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