第10話 吸血姫の外遊(学園→帰国?)

「……以上のことを、一次魔力非ユークリード関数に代入すると」

 なに言っているんだ、カシムよ。新手の呪文か?

 翌日は予定通り、魔法学院の視察だったのだが、ただ見ているだけではつまらなかろうという事で、ただ今生で授業を体験中である。基本的に家庭教師だったため、学校で授業を受けるのも初めて、用意がいいことに、制服を着るのも初めてである。まあ、そこまでは良かったのだが……。

 一発目の「魔法理論基礎」で、いきなりスッコケた。共通語なのに理解出来ない。

 私も多少は魔法を使うが、全て独学だ。ちゃんと学んだわけではない。ただ、分かったフリをして、ニコニコしているだけである。魔法なんて、小難しい理屈をこねる前に、アレをこうしてダーとやればいいだけだ。

「はい、もう時間ですね。では、最後にドラキュリアの姫様に『シメの一発』をお願いしましょうか」

 教室にいた生徒全員の期待の眼差しが私に向く。何しやがる!!

 く、くそ、こうなったら……。

「ちょっと、教室を壊してしまうかもしれませんが……」

 私はそっと立ち上がり、精神を集中させた。

「始原の竜 世界の元 闇の炎 黒き翼 神たる汝に我ここに願い奉る。その黒銀の滅びを今ここに……バハムート!!」

 広い教室を埋め尽くすような勢いで、巨大なドラゴンが出現した。私が人に見せられるような魔法なんて、これくらいしかない。

「おお、バハムート!!」

「初めて見た!!」

 などなど、あちこちで声が上がる。まあ、良かった。

「あ、あの、ドラキュリア様。不躾なお願いと承知していますが、私の魔法を見ていただけないでしょうか?」

 女の子が必死の形相で問いかけてきた。

「え?」

 ちょっと待て。私に聞いたって……。

「あー、お前ズルいぞ。俺だって!!」

「よし、中庭にお連れするぞ!!」

「担げ担げ!!」

 な、なんか、エラいことに!!

 笑って見てないでなんとかしろ。カシムに侍女様!!

「こ、こら、なんか知らないけど落ち着け、お前ら!!」

 結局の所、私は中庭で学生たちの魔法練習に付き合うハメになったのだった。


「しかし、凄いですね。『こうガッとやってバッと放つ』で通じてしまうとは……」

 私の教え方は、つまりそうだった。なにせ独学、知識ではここの学生には勝てない。そんな相手に教えるには、もう感覚しかなかった。

 結果として、それまで使えなかった上位魔法をいくつも使えるようになった生徒が多発し、とても感謝されたのである。あれで? という感じではあるが……。

「知識は必要ですが、それだけでは魔法は使えません。感覚というのも重要なんですよ」 ズズズっとお茶をすすりながら、先生が言う。

 ここは、あまり学生には人気がないスポットであろう教員室だ。一通りの視察だかなんだかを終え、こうして一服入れているところである。いい加減制服を脱いでもいいころなのだが、なんだか新鮮で気に入ってしまったので、宿でもある城に戻るまではこのままでいいだろう。

 私が湯飲みに手をかけた時、教員室のドアが軽くノックされて制服姿の女の子が入ってきた。

「ドラキュリアの姫様、こんな事をご相談してよいのか悩んだのですか、今女子寮で少し問題が起きておりまして……」

 どこか素朴な顔をした好印象な彼女の顔を見るだけで、かなり困っている事が分かる。

「どうしたの?」

 椅子から立ち上がり、私は女の子に向き合った。

「それが……全ての階のお手洗いで……」

「アイーシャ君、それは排水管の詰まりが原因だと。来週には業者がくる……」

 女の子の言葉を遮って、先生が困ったように言った。その時気が付いた、女の子の制服の袖口に、うっすら青いものが……なるほど。

「分かりました。見るだけ見てみましょう。案内して下さい」

 私は先生の言葉を遮って、女の子について教員室を出た。侍女様とカシムも続く。

「最後まで聞いていないけど、恐らくトイレでの異音とかそんなのでしょ。出始めたのはいつくらい?」

 女の子は一瞬驚いた顔をしてから答えて来た。

「二週間くらい前です。最初は気のせいだと思っていたのですが、今ではとてもそのような感じではなくなってしまって……先生に話しをしても、あのように真面目に取り合ってもらえなくて……」

 だろうね。人間には見えないもの。

「大丈夫よ、もう原因は分かってる。おっしゃ、気合い入れて『便所掃除』すっか!!」

 侍女様に思い切り頭を叩かれたのは、言うまでもない。なによぅ。


 一つ、些細な問題が発生した。女子寮ゆえに男子禁制。つまり、カシムは入れない。入り口のロビー待機となった。

「さてと、あれまぁ……」

 一番近い一階のトイレに入った途端、そこには異様な光景。一面真っ青な壁と床と便器と……あーあ、こりゃ結構面倒かも。

「なにか、分かりましたか?」

 女の子が聞いてきた。

「猛烈に分かったわ。原因は簡単、『ゴースト』よ」

 私はきっぱり断言した。

「えっ、『お化け』ですか?」

 女の子が小首をかしげながら言った。

「違うわ、『お化け』は勝手に人間が作ったもの。ゴーストは実在する『霊魂』よ。怖がっちゃうと思って言わなかったんだけど、あなたの制服の両袖に『青い跡』が付いているの。見えないと思うけどね。これって、ゴーストが触れた跡なのよ。今この空間は、私の目でみたら真っ青よ」

「ええっ!?」

 女の子はいきなり制服をパタパタしはじめるが、それで落ちるものではない。

「侍女様、感知出来る?」

 女の子をそっと抱きかかえて落ち着かせながら、私は侍女様に聞いた。スーパー侍女様に死角なし。人間では希有な「見える人」なのだ。

「クラスG5+、三階から急速接近中」

 G5+か……最強ランクのゴーストだ。こういった魔力が集まる場所は、ゴーストを招きやすい。なぜ、女子寮の便所なのかは分からないが……変態め。

 私は右手に魔力を集中させた。魔法ではない。ゴーストを倒すには、その許容量を超える魔力をぶち込んで、爆裂四散させるのが手っ取り早い。力と力で殴り合うような、非常に乱暴な方法ではあるけれどね。

 侍女様に女の子を預けた時、便器の中から青白い巨人のようなものが出現した。

「やっぱり男か、このド腐れ変態野郎!!」

 ゴーストの行動パターンは、生前の思念が強く反映される。特に意識したわけではないのだが、身長差の問題で私が放った渾身の魔力パンチは、ゴーストの股間を直撃した。

 ……フッ。

 ゴーストに声を出す器官はないが、床に倒れ伏してもがき苦しむその側から、壁が軋み明かりが壊れ、便器が片っ端から割れていく。ったく……。

「あら、ごめんあそばせ!!」

 のたうち回るゴーストの顔面にトドメの一発を入れ、爆発して散っていくその様を眺めていると、一面青だった壁や床などの跡も消えていった。これでよし。

「ごめん、これだけ強いゴーストとしばらく空間を共有していたみたいだから、一応確認した方がいいわね。手間かけるけど、この寮の学生集めてくれる?」

 私は女の子に言った。知らなかったが、ここの寮生は二百名を越えていたらしい。こうして、私の負けられないもう一つの戦いがスタートしたのだった。


「あー、もう疲れた……」

 最後の学生のチェックを終えた時、時刻は深夜近くになっていた。幸い、ゴーストと触れた事による、酷い障害を起こしている学生はなし。私の簡単な「お祓い」程度で済む学生が少々いたくらいだ。

「お疲れさまでした。急いで戻りましょう」

 侍女様に促されて、会場にしていたホールのような場所から出ようとした時、あの女の子がやってきた。

「今日はありがとうございました。そして、申し訳ありません。まさか、歓迎会に夜の部があるとは知らずに!!」

 深々と頭を下げる女の子だったが、元々聞いていない話しだ。気にしない。

「いいのよ、ちょっとでも役に立てた。その方が大事だし」

 片目を閉じてみせると、女の子はもう一度頭を下げた。

 こうして、私たちは城へと引き上げたのだった。


 日程最後の朝食会を終え、私たちは防弾リムジンで空港に向かっていた。今度はオプションはないらしい。三十分ほどで空港に到着すると、私はタラップを登り……。

「くっ……!?」

 いきなり全身を駆け抜けた強烈な痛み……いや、電撃に、思わずタラップから落ちそうになったが、侍女様がすかさず食い止める、そして、私の体を覆うように被さった。

 気絶しそうな痛みの中で、なにが起きたかさっぱり分からなかったが、派手に出血している事だけは分かった。

 吸血鬼にとって、血液は命そのもの。まずいな。これ……。


 これが、このアルステ王国最大の汚点と言われる事件だったのだが、この時はまだ詳細がはっきりしていなかったのだった。

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