第9話 吸血姫の外遊(国際共同活動)

ズムウォルト洋ほぼ中央部 通称「悪魔の目」上空 高度:着陸降下中


「いくら最短距離だからって、ここ通るか!!」

 派手な乱気流と嵐に揉まれながら、747は亜音速で大気を切り裂いて進んでいた。

 ここは「悪魔の目」と呼ばれる場所で、四六時中嵐が吹き荒れている海の難所であり、航空機にとっても避けて通るべき空域とされている場所だ。

 全く、王族専用機でそんな空域に突っこむなんて、相変わらずウチの連中はクレイジーだ。

「く、空中分解しないですよね?」

 隣に座るカシムが聞いてきたが、それは神のみぞ知る所だ。

「さてね。日頃の行い次第でしょ」

 つい癖で不安定なエンジンの回転音に耳を澄ませながら、私は適当に返した。ここを抜ければ、目的とするアルステ王国があるアウレステ列島は目と鼻の先だ。「悪魔の目」を迂回すると結構な遠回りになってしまう。とはいえ……燃料代ケチるなよ。全く。

 それは唐突だった。大揺れだった機体が急に平静を取り戻し、1時間ほど忘れていた陽光が窓から差し込む。どうやら、無事に抜けたらしい。

「はい、お疲れさま」

「……」

 カッチカチに固まっているカシムの肩をポンと叩き、私は座席モニターのスイッチを入れた。

 つい見てしまう飛行中画像。色々方式はあるが、この機は絶えず前方を映すようになっている。ほんのすぐ手前まで、アウレステ列島の本島が近づいていた。あと三十分もしないうちに着陸だろう。この天候なら問題ないはずだ。

「さて、『王女様』にならなきゃね。着替え着替え……」

 私は急いで自室に行き、あらかじめ侍女様が用意してくれているセットに着替えた。うわっ、薄ピンクのパンツスーツですかい。こんなの普段着ないぞ!! まぁ、いいけど。

 素早く着替えて取って返すと、待ち受けていた侍女様による、芸術的な素早さでメイクアップと髪のセットが行われた。鏡を見ると、うん、王女だ。問題ない。

「カシムは……ああ、置いていくか」

 まだ固まっているカシムに構っている時間はない。タイミング良く、ポーンとベルト着用サインが出た。

 カシムの隣に座りベルトを締め、点けっぱなしだったモニターを見ると、緑が多い山の中に滑走路を見つけた。これ、馴れないと分からないのよね。この辺りは、飛行機に乗る機会があったら、やってみると分かると思う。訓練を積んでいるとはいえ、パイロットを尊敬する瞬間だ。

 最終着陸態勢。降着脚が降りると、凄まじい轟音が機内に満ちあふれた。こうして、私たちを乗せたドラキュリア王族専用機は、無事にアルステ国際空港に着陸したのだった。

 元々そうする予定ではあったが、まだ帰ってこないカシムを機内に残して、私は専用機の乗降口を通り抜けた。

 これが国王だったら盛大にといったところだろうが、王女の私ではさほどの「歓迎部隊」は待機していない。

 タラップを降りた瞬間から、警備責任はアルステ王国が持つ事になる。

 スーツを着近衛警備隊が右往左往する中、私はそっと案内された黒塗りリムジンに乗り込んだ。さて、予定ではこれから城で国王へのご挨拶である。やれやれ……。

 私と侍女様を乗せたリムジンは、前後2台のやはり黒塗り高級車に挟まれ、パトカーの先導で空港を後にした。

 そのまま王城へと一直線かと思いきや、車列は幅広なハイウェイに乗っていた。

「おや?」

 こんな場だ、武器なんて持っていない。しかし、この挙動は明らかにおかしい。しかし、動揺したら負けである。私は小さく笑みを浮かべた。

「すまんの。わしは堅苦しい挨拶が大の嫌いでな」

 助手席に座っていた警備のスーツをきた年嵩なジイサマが、シートの背もたれ越しにこちらを振り向いた。

「お初だな、ワシはこのアルステ王国国王 ヒューゴ・アルステじゃ。まあ、ジジイとでも呼んでくれ」

 カラカラと笑う国王様。このノリ、嫌いじゃない。

「お初にお目に掛かりますお爺さま。私はドラキュリア王国王女 カシミール・ドラキュリアと申します。私も堅苦しいのは嫌いなので、孫とでも呼んで下さい」

 相手に調子を合わせて見ると、国王様はまた笑った。

「うむ、なかなかノリがいいな。お主。では、孫よ。さっそくだが、『国際共同事業』をやってみぬか?」

 なんとなく韻を含んだお爺さまの言葉に、後方の確認をすると黒塗りの高級車は軍用のゴッツイ四輪駆動車「ハンヴィ」に変わっていた。前方もだ。

「ああ、あの軍用車は非武装じゃ。なにも、孫を脅迫しようというものではない。受けてもらえた場合、スムーズに移動するための準備じゃ」

 ……いや、十分脅迫だって。

「わかりました。まずは、お話だけ聞かせて頂きます。手に余るようであれば、お断りさせて頂きます」

 こうして、薄ピンクのスーツは何やら面倒事に巻き込まれて、泥まみれになりそうな気配濃厚になったのだった。


「なるほど、事情はわかりました。要するに、その魔物の「巣」を破壊すればいいわけですね?」

 前席から差し出された地図を侍女様が素早く広げ、マップライトで照らす。少し丘がある程度で、特に何もない平原のようだが……。

「うむ、今やその平原の全てが魔物に占拠されて言っているといい。国民からの陳情も山ほど届いておるし、国軍を何度派遣しても歯が立たぬ。ワシは腹芸は苦手だ。はっきり言おう、お主の吸血鬼としての力に期待して、ドラキュリア王に窮状を伝えたのだ。無礼なのは百も承知しているが、なんとか力添えしてもらえないだろうか……」

 ここまでくると、もう清々しい。怒るどころか、ならやったろうかい!! という気分になる。面白い。

 しかし、これでよく国王出来るわねぇ。

「これは貸し一ってことで……いいでしょう。引き受けましょう。サッサと済ませて晩ご飯までには帰りましょう」

 この瞬間、私は他国に来てまで戦う事になったのだった。


 私と侍女様、そしてお爺さまは平原が見渡せる崖の上に設けられた対策本部のテントにいた。

「こ、国王様に、ドラキュリア王家の王女様!?」

 とんだ珍客に、隊長の声が裏返った。

「挨拶はなしね。状況は?」

 私は手短に現状を聞いた。

 崖に囲まれた草原からの出口は一カ所。そこは防衛隊が死守しているが、押さえるのが精一杯だという。時間はかけられないわね……。

「じゃあ、行きますか」

 ……一時間ってところか。

「はい」

 侍女様はマジックポケットから自動小銃を取り出した。M-16。世界的に有名な突撃銃であるが、私は素手だ。いつもの赤い剣も出さない。魔物の中心はゴブリンという醜悪な姿をした亜人だ。数こそ多いが、この程度の相手に必要はない。武器ならある。「牙」というものがね。これが吸血鬼が持つ本来の武器だ。

「いざ!!」

 私は、軽く三十メートルはあろうかという崖を一気に飛び降り、着地点にいたゴブリンの喉笛を咬みちぎって、五体ほど血祭りに上げる。そこに侍女様が人間離れした動きで着地し……パーティーの始まりである。

「まったく、おめかしした意味なじゃない!!」

 叫びながら、並みいるゴブリンやらバジリスクという、鶏と蛇がくっついた奇っ怪な魔物、お仲間に近いと不本意ながら言われるゾンビ等を、次々に体術や牙で粉砕していく。これが、ちょっと癖になる。

「おっと……」

 いるとは思っていたが、やはり出たかゴーレム。地面が土という場所柄もあり、いわゆるマッドゴーレムという土人形だ。パワーは申し分ないが、簡単な命令しか出来ないという欠点がある。これには、私の体術も牙も効かない……さて。

「はい!!」

 背後からすっ飛んで行った何かが、ゴーレムの体にぶち当たって炸裂した。その首が吹き飛び、ただの土塊に戻る。破砕手榴弾……。

「じ、侍女様、今度は投げる前に言って!!」

 私も驚くぞ。うん。

「同じ事です。続き、片付けましょう!!」

 ぐぬぬ、侍女様には勝てぬ。こうして、私たちは平原の「ゴミ掃除」を無事に終えたのだった。

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