第8話 吸血姫の外遊(出発編)

「そりゃ、初めてじゃないけどさ。もっと早く言って欲しいわ」

 全く、ウチのとーちゃんときたら……。

 ブラックホークのごつごつした座席に座りながら、私はブツブツ文句を言ってみたが、侍女様にしてもカシムにしても返答に困るだろう。そんな事は分かっている。

 ああ、今回の目的地は街ではない。街の空港に用事がある。

『あと五分です』

 先方のガラス越しにもう空港は見えている。そして、そこに駐機している巨大な航空機も……。

 異世界から「輸入」されるものは、なにも兵器だけではない。民間で使われる物も数多くあり、目の前の航空機もその一つ。ボーイング747-400、通称「ハイテク・ジャンボ」。これこそが、うちの国の王族専用機である。見た目は普通の民間機だが、中身はそれなりに改装されていたりする。

 警備計画通り、ブラックホークは747に繋がるタラップのすぐ近くに着陸した。

 着地と同時にエンジンが切られ、侍女様から改めて予定を聞かされた。

「姫はこれから『アルステ王国』まで飛んで頂きます。国王への表敬訪問が終わり次第、アルステ王国王立魔法学園への訪問が予定されています……」

 そう、いきなりだが王族の嗜みの一つ「外交」である。本当は父親である国王が出向くべき所なのだが、なにせ忙しくて滅多に城にいない。そこで、私にお鉢が回ってきたわけだ。内容からしても、必ず国王である必要はない。

「……というスケジュールになっています。大丈夫ですね?」

 もう何度聞かされたか。私はため息と共にうなずいた。

「では、行きましょう!!」

 侍女様のかけ声と共にブラックホークから降りて、747の乗降口に繋がっているタラップを登った。

 見た目は……っていうか、ほぼ民間機だけど運用しているのは空軍だ。入り口で敬礼を送ってきた搭乗服姿の乗員に小さく答礼を返し、私は無題に豪華な機内に入った。

「うわっ!?」

 カシムが背後で驚きの声を上げた。まあ、無理もない。

「ここは随行員席ね。記者とかなんかそんな感じの人が座る所。もうちょっと奥には、記者会見場もあって、リアルタイムでテレビ放送も可能。その奥が会議室で、さらに奥が大臣とかなんか偉い人の個室があって、一番奥が王族のプライベートエリアね」

 バーッと口で説明してから、私はカシムと侍女様を引き連れて王族プライベートエリアに向かう。そこは、もはや航空機の機内ではなかった。私と侍女様は見慣れているのだが、カシムはまるで子供のように目を輝かせている。

 ちなみに、コールサインはほぼ万国共通のパターンで「ドラキュリア・エアフォース・ワン」だ。

「さて、座らないと離陸出来ないから、どっか適当に座りましょ。記者もなにもいないから、好き勝手に使っていいわよ」

 こんな贅沢、他にないだろうな……。普通の民間航空会社でいいのに。

「好きにと言われても……」

 まごつくカシムを近くの大臣用シートに押し込み、シートベルトを締めた。私もその隣に腰を下ろした。侍女様は相変わらず素早い動きで通路を挟んだ隣に座った。

 本来は王族のプライベートエリアなのだが、そこにはあとでいけばいい。巨大なジャンボの最後尾付近なのだ。

「さて、久々だなぁ……」

 私のつぶやきを合図にしたかのように、エンジン始動作業が開始されたようだ。同時に、ポーンとベルト着用の合図が出た。

「まさかと思うけど、今さらビビっていないわよねぇ?」

 隣の席で、カチカチに固まっているカシムに声をかけた。

「え、ええ、馴れない豪華さのせいか、なにか無断に力が……」

 鉄の塊が空を飛ぶなんて!! って言わないだけマシか。

 私は肘掛けをガッツリ掴んでいる彼の手に、そっと自分の左手を添えてやった。だから、どうという事もないだろうけど……。

 程なく全てのエンジンが始動し、安定状態になったところで、窓の景色がゆっくり動き出す。民間仕様の航空機久々だ。エンジン音は聞こえるが静かなものである。

「一応言っておくと、アルステ王国までは十六時間は掛かるわ。そんなんじゃ、もたないわよ」

 言うまでもなく、王族専用機は最優先だ。煩わしい待ち時間もなく、機体はゆっくりと誘導路をタキシングしていく。ここの滑走路は四千メートルある。この巨体でも、余裕をもって離陸出来るはずだ。

「さて、来るわよ……」

 私はそっとカシムに耳打ちした。機体の動きで分かる。今、滑走路に進入して進路を合わせたところだと。

 瞬間、戦闘機とは比較にもならないが、爆発的なエンジン音の高まりが弾け、巨体は離陸速度目がけて猛然とダッシュを開始した。積み荷は軽いはずだが、それなりの距離を飛ぶため、燃料は多めに搭載しているようだ。なかなか空に舞い上がらない。ほとんど滑走路を使い切るのでは? という勢いで加速しまくった747は、ふわりと宙に浮き上がった。即座に降着脚が引き込まれる音が聞こえ、そのまま一定の角度で上昇を続けていく。

「さて、お疲れさん。全く、力んじゃってまあ……」

「す、すいません……」

 このまま高度約一万メートルである。暇な16時間のスタートだ。

「よし、ベルトサイン消えたら、王族エリア行こうか?」

「はい!!」


ズムウォルト洋上空 高度:一万一千五百フィート(約一万メートル)


 一つ問題が起きた。いや、むしろ当たり前だったかもしれない。完全に私のミスだ。

 王族エリアの入り口には、人の良さそうな警備員が立っているのだが、この先は王族以外は入れない。侍女すらもだ。

 当然、侍女様は分かっているので、すぐに控えたが、私と一緒に入ろうとしたカシムはやんわりと止められた。

「えっ?」

「……あ」

 驚きの声を上げるカシムに、感づいてしまった私。

「ごめん、カシムって王族じゃなかった」

 私が血を分けた事により吸血鬼の眷属となり、城で生活する事になったカシム。しかし、ただそれだけなのである。身分としては、お客様とさして変わらない。

「えっ、そうなんですか?」

「ここから先は、私が……」

 侍女様が素早く割り込み説明を始めた。その間に、私は自室で離陸前に積み込んでった荷物からラフな服装に着替えた。

「さて、どんな感じ?」

 カシムが頭を抱え込んでいた。

「出来ないです。お姉様と結婚なんて!!」

 泣き叫びながら、彼は機首方向に向かって、突っ走っていってしまった。

「どうしたの?」

 侍女様に聞くと、涼しい顔でこう返してきた。

「王族になるにはどしたらいいかって聞かれましたので、姫と結婚する事だと答えて起きました。あの様子では、一生無理でしょうが」

 侍女様はため息をついた。

「全く、一番近くて一番遠い方法よ。それ」

 私は苦笑するしかなかった。

 まあ、なんにしても、どっかにいるであろうカシムを回収しに行こう。

 私は、機内をダッシュしたのだった。

 王族なんて、好んでなるものじゃないんだけどなぁ……

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