第6話 吸血姫の事件簿
「……というわけで、現場叩き上げを甘く見たらダメよ」
「はぁ……」
ここは私の部屋、いつの間にか居着いたカシムを相手に力説してみたが、あまり理解はされなかった。ちくしょう。
「私は少し理解出来ますよ。幼少の頃からお城に上がっていますので」
スッと姿を見せ、侍女様がニッコリ笑みを浮かべた。
「ああ、そう言えばそうだったわね。大ベテランだったわ」
この侍女様、まだ物心付いたかどうかも分からないうちから城勤めを始め、徹底的にしごかれて現在に至るのである。お陰で、侍女全般の仕事も一級品、スーパーホーネットに乗せても一級品、非の打ちようがない。
「でもさ、吸血鬼を超えるほど叩かれるってどうよ。ってか、あり得ないでしょ?」
左手に付いたままの傷を見ながらため息を吐いた。
「何事もないとは言えませんが、少し気になって調べてみました。しかし、例の警部は生粋の人間です。末恐ろしい事です」
ポツリと侍女様が言った。
調べたのか!!
「さすがに仕事が早い……。ますます、世界って広いわね。ホント」
「鬼を越えし者」。そんな称号を贈りたい、心の底から。
「では、私は……」
再び姿を消す侍女様。ある意味、このお方も人間を越えてはいる。
「さて、カシム。今日はどうする?」
毎度暇な会話である。なにか、申し訳ない。
「そうですね。街で買い物でもしませんか?」
ふむ、悪くない。
「それでしたら、私もお供します。前回は、不手際で妙な護衛が当たってしまったようですし……」
侍女殿が再び姿を見せた。それなら、間違いはないだろう。
「じゃあ、行きますか。戦闘機じゃ荷物を積めないから、ブラックホークでも使いますか」 こうして、私たちは毎度のごとく格納庫へと向かったのだった。
専任のパイロットと侍女様が操縦席に座り、私とカシムは珍しく後部座席に座っていた。たまには操縦を任せるのも悪くない。
山を一気に降りたヘリは、街の飛行場へと無事に到着した。
「さて、どこに行く?」
色々見たいものはあるが、まずはカシムの意見を聞いてみた。
「そうですね。実は、『異世界市場』を見たことがないので、一度覗いてみたいと思っていたのですが……」
「異世界市場」とは、異世界貿易の中心たる巨大施設であり、この国の経済を支える場所でもある。異世界から様々な物が召喚され、逆にこちらの世界のものが送られたりもする。一部は一般向けにも解放されており、物珍しいものを買うならまずここだ。
「分かった、行ってみましょう。混んでいるから覚悟はしてね」
小さく笑ってからカシムの手を取り、引っ張るようにして人混みをかき分けていく。侍女様は問題ない。ぴったりついてくる。市場は街の中心に近い。
たっぷり三十分くらい歩くと、巨大な建物が見えてきた。常設の召喚魔法による魔力柱が空に向かって立っているのですぐ分かる。ここが市場だ。
「うわぁ……」
その広大さに、カシムは驚いたようだ。ここは一般区画。日用品や護身用程度の武器を扱う店ばかりだが、ひっそりと軍用クラスの装備品を置いている店があったりするので、なかなか油断ならない。
「あの、気のせいでなければ、あの店では戦艦を売っているようですが……」
ほらね。もちろん、ここに実物はない。カタログだけだが……個人でそんなもん買って、どうするんだか。
「えー、なになに、タイコンデロガにアイオア、ふーん、大和くらいじゃ驚かないわよ。ニミッツにオハイオって艦種くらい統一しなさいよ。なっ、ぶ、ぶらっくぱーる号!?」
……何も見なかった事にしよう。多数の時間軸、世界と繋がっているのだ、ここは。もし、あなたの世界で変な物が出たり怪現象が起きたら、ここのせいかもね。
取りあえず一般区画をつつき回し、カシムは何を思ったか、様々な形をしたサボテンを山ほど買い込んだ。癒やしを求めてらしいがよく分からん。
まあ、そういう私もタイムセールで売っていたF1で使ったタイヤとエンジンのピストンヘッドをしこたま買い込んだりしたので、人の事は言えないのだが……。その全ては、侍女様が虚空に開いたマジックポケットに収めた。
そして、お楽しみは一部業者と王族しか入れない閉鎖区画。ここは、一般に流通させると危険な物が数多くある。
しかし、男の子とのデートの会話が「このサイドワインダーやっすー!!」とか「このアムラーム買っちゃう?」とかいうのはいかがなものか。両方とも空対空ミサイルだ。
結局、ここでは何も買わなかった。正直、新規入荷のレオパルト2A6には惹かれたが、さすがに置き場所に困るし要らない。ああ、主力戦車ね。うん。
そんなこんなで市場を出て、屋台などで買い食いをしながら適当にウィンドショッピング。時々店を冷やかしては、街のあちこちを廻りすっかり日も暮れた頃、私たちは帰途についた。
ヘリに乗り込み、ターボシャフトエンジンが甲高い音を立て始める頃になると、ふとカシムが私に身を預けてきた。どうやら眠いらしい。
「やれやれ……」
私は取りあえずそのままにしておいた。困った弟分だこと。
ヘリは城に向けて飛行を開始した。今度は、ミサイルで撃たれることはなかった。
城の夜というのは……暇である。
カシムを部屋に送り届け自室に戻ると、何するでもなくベッドの上でダラダラしていた。
ああ、そうそう。吸血鬼といえちゃんと食事はする。血液は必要だけど、それはまあ別腹というかなんというか……。別に血液スープを飲んでいたりする訳ではない。念のため。
と、部屋のドアがノックされた。
「はいはーい」
適当に返事をすると、ガチャリと扉が開き、寝ぼけ眼のカシムが入ってきた。
「お客さん、今日は看板だよ」
冗談めかしてそう言ったのだが、彼は何も言わず私の胸に突っこんで来た……のだが、侍女様が迎撃した。
「目標ロックオン。ファランクス発射」
私の前に光弾の壁が現れ、そこにまともにつこんだカシムは派手な爆音と共に、黒焦げになって吹き飛び、そのまま床に墜ちた……。
「あーあ、ちょっとは加減しなさいって」
まあ、一応これでも眷属。この程度では死なないはずだが……痛いだろう。多分。
「加減はしました。そうでなければ、今頃は骨も残さず消滅しています」
静かに怖い事を言う。まあ、その通りではあるけど。
「では、この燃えかすは元の場所に戻しておきます」
侍女様が燃えかすとなったカシムをズリズリと引きずっていくと、部屋はまた退屈に支配された。ちなみに、侍女様の名前はクレア・シェフィールドという。まあ、余談だけどね。
「あーあ……って、今度は正門から来てっていったんだけどな」
覚えのありすぎる気配に、私は軽く魔力を放つ。窓の鍵が外れそっと開いた。
「わ~るい悪い。これが性分でね」
窓からするりと滑り込んできたのは、あの泥棒のオッサンだった。
「うっかり報酬を渡し忘れちまってな。まあ、要らないかもしれないけどな。俺たちの業界じゃタダより高いものはないってね」
オッサンは金貨の山を床に置いた。
「なにを盗んだのかは聞かないでおくわ。侍女様が帰ってくる前に、回れ右して出ていった方がいいわよ。黒焦げじゃ済まないから」
オッサンは肩をすくめた。
「おお~怖いねぇ。じゃあな、またどっかで会おうぜ!!」
オッサンが窓から消えるとほぼ同時に、侍女様が扉を蹴り開けて室内に飛び込んできた。
「未登録の音声パターン。侵入者です!!」
……あんたはガードロボかなんかか!!
「分かっているわよ。その金貨の山はあなたにあげる。侍女仲間とパーっとやりなさい」
「どうされたのですか、これは?」
侍女様が不思議そうな顔をしている。彼女が感情を出すなど、滅多にない事だ。
「労働に対する正当な報酬よ。詳しくは秘密」
泥棒の片棒を担いだ話しはしたが、その報酬とまではさすがに言えない。捨ててこいと言われるだろう。
「分かりました。ありがたく頂戴致します」
金貨の山をマジックポケットに吸い込み、部屋は再び静かになった。
まあ、これが日常なんだけどね。しかし、暇だなぁ。
「ねぇ、暇だから散歩でもしない? もちろん、門限過ぎだから、城内だけど……」
とことん暇人発言である。分かっている。でも、暇なのだ。
「お供します」
私は侍女様を連れて、夜の薄暗い城内探索に出かけた。子供の頃は、なかなか怖かったものだが、さすがにもうそんな事はない。
適当に周り、尖塔の一つを登っててっぺんの窓から屋根に出る。今日は満月、絶好の吸血鬼日より……いや、あれは人狼だったか。一応、遠縁の親類ではある。
「あのさ、ずっと聞きたかったんだけど、こんな『鬼』に仕えていて怖くないの?」
隣に並んだ侍女様に聞いてみた。
「怖い? なにがですか?」
……言うと思った。
「なんでもない。聞いてみただけ」
屋根を滑り落ちないよう気を付けながら、私は横になった。これはこれで気持ちいい。
「……実は最初は怖かったです。いつ殺されるかと、戦々恐々としていました。でも、さすがにこれだけお仕えしていますからね。そんな気持ちはもうありません」
……アハハ。
「意外とアホだったでしょ。そんなもんだって」
吸血鬼とはいえ、「本気」を出さなければ人間とさして変わらない。まあ、その「本気」がちょっとアレではあるけれど……。
「アホというか、普通です。人間の方がよほど悪魔的です」
ふーん、そんなもんかね。
「では、逆に質問させて頂きます。私がサンプルになるかどうか分かりませんが、人間の事をどう思いますか?」
うーん……。
「良き隣人かな。少なくとも、敵対はしたくないわね。未来永劫」
本音で返してみた。
「良かったです。王女たるカシミール様がそうお考えなら、なんの問題もありません」
おやまあ、名前で呼ばれるなんて久々ね。
「この国の八割は人間よ。敵対なんてしたら、絶対に勝てない。それ以前に、気持ち的に嫌ね」
こうして、私たちは適当に雑談を繰り広げ、夜更けという時間になって再び部屋に戻ったのだった。
翌朝、城はちょっとした騒ぎになっていた。
『
ドラキュリア王国 国王殿
1.城下街の数カ所に爆弾を仕掛けた。いつでも爆破出来る状態にある。
2.惨事を防ぎたければ、王女カシミールを差し出せ。
3.引き渡し場所は……
(以下略)
』
とまあ、そんなわけで、私はただ今ブラックホークの中だったりする。
というのも、本当に爆発物の一つが発見されやがったのだ。しかも、二液混合式の最新鋭爆弾が……。
私が乗るヘリの両脇をアパッチ・ロングボウが固め、先行してスーパーホーネット隊が露払いをやっている。この上ない厳戒態勢だ。
「なんで、こんな事に……」
留守番していろと言ったのだが、カシムも同行してきた。危ないのに……。
『こちらイーグル・ワン。現在のところ、接近する航空機はなし』
さらに先行してデッカイお皿みたいなドームを背負った、E-2D早期警戒機が強力なレーダーで睨みを効かせている。これは、その報告だ。
相手の指定先は、『街』からちょっと離れた草原のど真ん中だ。こんな場所で、どうやって私を「回収」するのか見物である。脅迫文には、「護衛を連れてはいけない」とは書かれてはいなかった。まあ、書き忘れただけかもしれないが、知った事ではない。
程なく目的地に到着し、私は地面に降りた。カシムを残し、ブラックホークは高度を上げて不測の事態に備える。私の手元にある無線で、逐一状況は分かる手はずだ。
「さーて、なにが来るかな……」
こんなフザケタ事をしてくれるヤツには、キツいお仕置きが必要である。そろそろ時間か……。
『イーグル・ワンより全機。小型飛翔物体が極低空で接近中。ヘリ部隊は直ちに待避せよ。巡航ミサイルだ。数は八……九……十二……二四発だ。あと二分と掛からん!!』
うげっ!?
「つ、通常弾頭である事を祈る……」
ここから街までは四十キロ弱。通常弾頭なら影響はないだろう。その他は考えたくない……。
『ダメだ、数が多すぎる!!』
『間に合わん!!』
無線から悲鳴のような声が聞こえまくる。私はそっと無線のスイッチを切った。これは腹を括るしかない。走って逃げられるようなものではない。ヘリ部隊は即座に待避している。なにも、巻き添えを増やすことはない。私は、使える中で最大級の結界魔法を使った。そして……。
五月雨式に突っこんで来たミサイルが、次々に炸裂していく。何とか結界は無事だ。幸い、通常弾頭だ。誰だか知らないが、この程度の良識はあったか……。全てが終わった時、私が立っていた地面の周りは、巨大なクレーターになっていた。
「ちょーっと、頭来ちゃったかな。お遊びじゃ済まさないかもね」
上空を飛びかう戦闘機やヘリの騒音を聞きながら、私は思わずニヤリと笑みを浮かべてしまった。やられたらやり返す。それが、私のポリシーである。
恐らく、巡航ミサイル「トマホーク」であろうというのが、城の戦術分析官の見解だった。その射程は実に二千五百キロにも及ぶバケモノだ。その発射ポイントを探すなど、砂漠に落としてきた指輪を探す方が簡単だろう。
しかし、ミサイルの供給元は一つだ。なにしろ、『異世界市場』はこの街にしかないのだから……。
「あのさ、あんなもん二十四発も買うクレイジーなヤツなんて、そうそういないでしょ。私が穏便なうちに教えてくれるか、あるいは……」
侍女様とカシムが前にスッと出る。二人とも異様な殺気を放っていた。
ここは市場の閉鎖区画内。さすがに、一般区画であんなもんを捌いていたら、即座にお縄になってしまう。
「い、いや、知らねぇって!! あんなのそんなに入荷しない……ぎゃああああ!!」
「ふぅ、ここもダメか……」
私たちは、文字通り一件一件店を潰して歩いていた。ミサイルを扱っている店は、もう数件しかない。
「発想の転換が必要かな……」
トマホークを発射出来る「母体」は水上艦か潜水艦だ。昔は空中発射型も開発されていたらしいがキャンセルされている。しかし、今は退役しているが、地上発射型という厄介なものもあったのだ。ということは……。
「侍女様、この辺で艦船を扱っている店で、オススメのところは?」
取りあえずボコボコにし終えた侍女様が、私の元にやってきた。
「そうですね。『ベン・ケーイー』の店など、規模が大きいですし聞いてみる価値はあるかと……」
「じゃあ、ダメ元で行ってみますか」
これが、思わぬ光明となったのだった。
「ああ、顧客名は明かせないが、最近アーレイバーグ級イージス巡洋艦を一隻売ったぜ。変な注文でな。対艦ミサイルや対空ミサイルは不要、VLSには巡航ミサイルだけ搭載してくれってな。だから、覚えているんだが……」
VLSというのは垂直発射機の事。最近のトレンドだ。こんな変な注文するヤツはまずいない。ビンゴ!!
「ありがとう。これは謝礼よ」
そこそこの金額を渡し、私は店を後にした。
相手が船と明確に確認が取れた以上、大々的に探索部隊を編成出来る。ここは比較的内陸なので、撃てる場所は限られている。そこを重点的に漁れば、なにか出る可能性は高い。
「さて、帰って検討よ。ウチの海軍……弱いからなぁ」
この国の海軍力は、お世辞にも強大とは言えない。陸軍よりマシだが、航空兵力にかなり偏っているのが現状だ。
「まあ、ないものねだりしても仕方ないか……」
一抹の不安を残しつつも、私たちは城に戻ったのだった。
それは、偵察機によってあっさり見つかった。無人島の影に隠れるように、大きな艦艇の姿があったのだ。
「島は特に要塞化されている様子ではないようです。叩くなら今ですね」
何枚もの写真を提示されながら説明されても分からないが、専門家が言うなら間違いないだろう。
「ならば、ヘリで奇襲を掛けるのはどうかしら。首謀者はこの手で始末したい」
あんなフザケタ事をしてくれたのだ。タダで済ませるつもりはない。
「姫、また脅迫状が届きました!!」
侍女の一人が飛び込んできた。
それは、反攻ムードを一気に冷やすものだった。
『ドラキュリア王国 国王殿
1.爆弾は一つではない。忘れるな。
2.前回はちょっとした挨拶だ。今度こそ王女カシミールを引き受けさせて貰う。
3.引き渡し場所は前回と同じ。
4.護衛は一切つけるな。いかなる航空機も上空待機させる事を禁じる。
5.現地までのヘリによる移動は認める。退去を確認し次第、引き渡し完了と見なす。
(以下略)
』
そうだった。爆弾は一つじゃなかったんだ……。
私は大きく息をついた。
「父王は何と?」
答えは分かり切っていたが、私は聞いた。
「はい、『お前の案件だ。お前が片付けろ』だそうです……」
はいはい、これがとーちゃんだよ。分かっていたさ。
「是非もなしね.侍女様、すぐに出立用意。カシムは今度こそ留守番。侍女様と無事を祈っていてね」
なにか言いそうになったカシムを、侍女様が制する。下手に付いてこられて、護衛と見なされては意味がない。
こうして、私は再び死地へ赴く事へとなったのだった。
毎度のブラックホーク。今回はパイロットと私だけだ。いまだに窪みも新しい地面に降り立つと、ヘリは暴風を巻き起こして去っていった。さて、なにが出るか……。
実は、出発時に侍女様から渡された武器がある。短刀は当然装備しているが、これは深紅の刃を呼び出すためのもの。渡された武器は、完全に「殺人用」。グロック17……拳銃だ。滅多に撃った事がないので、まあ、お守りみたいなものではあるが。
さて、そろそろデートの待ち合わせ時間のはずだが……。
遠くからバタバタとヘリのロータ音が聞こえてきた。
「ほう、Mi-8ヒップか……」
軍用ヘリコプター界の大ベストセラーである。扱い易く安いとあれば売れて当然だ。
ヒップはたちまち私のすぐ側に着陸すると、サイドドアが開いて覆面をした男が「来い」とジェスチャーで伝えてきた。はいはい……。
私が乗り込むとヘリはすぐさま離陸し、快適とは言いがたい空の旅が始まった。
不思議な事に、武器の没収も拘束もなかった。まあ、街を人質に取られている以上、私も下手な事は出来ないと踏んでのこと事だろう。ムカつくが、その通りだ。
しばらくヘリは飛び続け、予想通り海上に出ると一直線にあの巨大なミサイル巡洋艦のヘリポートへ。あの分析官の言った通り、ここは長居するための場所ではなく、一時的に停泊しているだけのようだ。私が通されたのは、驚くべき事に艦橋だった。
「ようこそ、姫様」
覆面はしていたが、声でそれなりの年齢のオッサンだと分かる。立ち位置からして、恐らくはリーダー格だろう。
「これはこれはお招きどうも。で、私なんて呼んでどうするのかしら?」
とりあえず、敵対心は引っ込めておく。それは、あとで十分だ。
「別にどうもしない。ただ、某国が『吸血姫』に痛くご執心でね。高値が付いている」
……あっそ。またつまらん理由で。
「まあ、いいわ。せめて、こんな場所じゃなくて客室かなにかないわけ?」
適当に混ぜっかえしながら、私はそれとなく艦橋内に目を走らせる。十人くらいか。まあ、爆弾の件もあるし、今は大人しくしておこうか。
「悪いがここで我慢してくれ。ここが一番まともな場所でね……。さぁ、出航だ!!」
オッサンが声を張り上げると同時に、艦橋内がにわかに慌ただしくなる。どうでもいいが、私って完全フリーなんですけど……。だから、こんな事してみたり……。
すぐ近くのコンソールパネルにあった、赤い緊急救難信号発信ボタンを押したが、その事に誰も気づかない。アホだな。
こうして、私とアホどもを満載した巡洋艦は、ゆっくりと大海原に向かってこぎ出したのだった。
この巡洋艦は巨体に似合わず俊足である。さすが、「巡洋」といったところか。やや時化気味の海を突き進んでいく様は、さぞ勇壮に見えるだろう。
出航から二日後。そろそろ領海から出る頃だ。さて……。
「艦長、レーダーに感あり。航空機です。数は三!!」
やっと来たか……。
「ふん、もうじき公海に出るし、こちらには姫もいる。どうせ、威嚇しか出来ないさ」
「甘いわよ。ドラキュリア国王の考える事だから……」
私はここにいる誰よりも父を……国王を知っている。そして、艦橋内にけたたましい警報が鳴った。
「攻撃レーダーにロックされました。敵弾発射。数は6!!」
……ほら、来た。
「なっ!?」
オッサンが絶句している間にも、さらに報告が入る。
「水平線上に微かに反応。艦船と思われます。さらにロックされました!!」
やるときはやれ、徹底的に。それが、私の父だ。
「総員対空戦闘用意。百二十七ミリ砲!!」
本来であれば、ここで長射程の対空ミサイルであるSM-2が出てくるのだが、この艦にはない。恐らく、対応しきれないだろう。しかし、こんなところで黙って散るつもりはない。素早く赤い刀身を生み出すと、作業に夢中になっている艦橋要員を全て細切れにした。ああ、忘れていないと思うけど、私、これでもかなりキレていますので……。
「な、なにをする!?」
慌てふためくオッサンだったが、私は剣を構え直しただけ。自分の胸に手を当ててきいてみろ!!
「それじゃ、『アッリヴェデルチ!!』」
私はオッサンに向けて剣を突き出した。それは易々と胸板を突き通し、切っ先が背中から顔を見せた。こうして、復讐は無事に遂げられたわけだが……。
「間に合わないか……」
後部甲板のヘリまでダッシュしても間に合わない。私は兵装コンソールに取り付いて状況確認した。ミサイルはもう数十キロ先まで迫っている。あと二十秒と掛からず着弾するだろう。
対空戦闘に使える武装は百二十七ミリ砲が二門と、近接防御用のファランクスシステムだけ。とても追いつかない。分かってはいたが……。
私は黙って結界魔法を展開した。耐える。それしかない。
「あー、もう。なんて日よ!!」
私が叫んだ瞬間、ミサイルが次々に命中した。現用艦は昔の戦艦のように撃たれる事を想定していない。その前になんとかする事に重点を置いている。ミサイルは船体のあちこちに命中したが、ことさらレーダー波の反射が大きい艦橋部分には、六発中三発が命中した。
「ええい、クソッタレ!!」
残骸の塊と化した艦橋の壁に開いた穴から、「飛行」の魔法でどうにかこうにか外に出たときには、巡洋艦は大きく傾いていた。
ちなみに、回復魔法もそうだが、私はあまり魔法を得意としない。このまま、ずっと宙を漂っている事は難しい。
「あー、どうすっかな……」
つぶやいた時だった。眼下をこちらに向けて高速ボートが駆け抜けてくるのが見えた。 ボートから発光信号が放たれたが、それを読む必要はなかった。もはや、選択肢がないくらい、私の魔法は崩壊しつつあったのだ。
そのボート目がけてどうにか「着艦」すると、カシムが思い切り抱きついてきた。泣くな、馬鹿者!!
「お勤めご苦労様でした」
おい、侍女様!!
とまあ、この二人はなんとなく予期していたのだが……。
「困りますなぁ、アルバイト……いや、姫様。こういうことは、すぐに警備隊に通報して頂かないと。ダハハ!!」
ボートを操縦していたのは、あの恐怖の警部殿だった。な、なんで、ここで再会するかなぁ……。
「あ、あはは、面目ない」
そう答えるのが精一杯だった。
「では、帰りますぞ。ここから二日は掛かりますからなぁ」
えっ、これで帰るの?
「まあ、いいや、行きましょう。さすがに、ちょっと疲れたし……」
こうして、長い事件は終わり、私は再び王城へ向けて帰途についたのだった。
「おっと、そう言えば、途中で海賊出没多発地帯を通りますぞ。覚悟はよろしいですな?」
……帰れるかな。私。なにせ、運の悪さだけは天下一品だから。
一抹の不安を残しつつ、警部殿の操るそこら中に跳ね馬マークの入った、明らかにカスタムされた真っ赤な高速ボートは、海上を凄まじいスピードで駆け抜けていったのだった。
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