第5話 現場叩き上げの恐怖
私の愛機の修理は、まだ一ヶ月ほどかかるらしい。
城にいても暇なので、私はカシムを引き連れて格納庫を歩いていた。
「なにか乗ってみたい機体ある?」
格納庫から続く滑走路は短いので、カタパルトを使う必要があり、固定翼機は艦載機のみ。あとは、極端に滑走距離が短くて済む輸送機などで、ほとんどがヘリコプターである。
王女の嗜みとして、ここにある機体は全て操縦出来るのだが、もしリクエストがあれば専門の操縦士に頼むのが筋だ。
「正直、よく分からないのですが……。あの流麗なデザインの機体には、やはり惹かれます」
カシムが指差したのは、やはり男の子というか、トムキャットだった。エキスパートの戦術飛行は出来ないが、ただ飛ばすだけなら私でも出来る。
「乗ってみる?」
「えっ?」
カシムが言った時だった。侍女様がゆらりと現れ、私とカシムの飛行準備を整えてしまった。
「コールサインはブラボー・ワンです。護衛を兼ねた随伴機はブラボー・ツー」
「了解」
完全に置いてけぼりを食っているカシムを引っ張るようにして、駐機しているトムキャットの一機の後席に押し込み、狭いコックピットに収まった私は早々にエンジンを始動させる・
『お、お姉様、なにを!?』
インカムから泡食ったカシムの声が聞こえてきた。
「アハハ、危ない領域へのハイウェイにようこそ」
『い、意味が分かりません!!』
大丈夫だ。問題ない。私も言ってて意味が分からん。
そうこうしているうちに、機体はカタパルトの発進位置へ。隣のカタパルトから、先に随伴機のブラボー・ツーが離陸していった。凄まじい蒸気が辺りを覆う。
「カシム、行くよ!!」
地上要員が「発進」の合図を出す。小さく敬礼して、私はスロットルを全開に叩き込んだ。自動的にカタパルトも作動し、ぶん殴られたかのような衝撃が全身を襲う。アフターバーナー全開のF110-GE-400ターボファンエンジン二基がもたらす爆発的エネルギーに、カタパルトの破壊的なエネルギーが加わり、凄まじい勢いで加速する機体だったが、それでも離陸可能な速度に達したのは滑走路端スレスレだった。
失速寸前の角度で機首を上昇方向に向けながら、さらに加速を続け水平安定飛行に移ったところで随伴機と迎合する。いつも通りだ。
「カシム、生きてる?」
私はインカムで聞いた。馴れないとシンドイはずだが……。
『す、凄いです。これが戦闘機!!』
元気じゃねぇか、馬鹿野郎。私なんて、何回気絶したか。
「ブラボー・ワンよりブラボー・ツー。『日替わり定食A』で。空の楽しさを教えてあげましょう」
『ブラボー・ツー了解。程々にしておいてあげて下さい』
失笑が聞こえる。やる気だな。ならば……。
「カシム、覚悟!!」
『えっ、ぎゃあぁ!?』
こうして、空の楽しいアクロバット体験が始まったのだった。
「や、やるわね……カシム」
こっちは気絶させてやると躍起になったのだが、ギャーギャー言うだけでどうという事はなかった。
燃料も切れたので、いよいよ腕の見せ所である着陸である。普通に降りたのでは大オーバーランをかますので、地上に貼られたアスレンディングワイヤというものに、機体のフックを引っかけて無理矢理止めるのだが、これがまた「制御された墜落」と形容されるくらいハードなものである。もちろん、難易度はかなり高い。
目の前に迫ってきた艦載機専用滑走路目がけて突進し、ガツン!! と強烈な衝撃で引き留められた。痛てて……。
「はい、お待ちどうさま」
カシムからの返事がない。
「おーい、カシム?」
まさか、今頃気絶したのか?
格納庫に機体を入れ、取るもとりあえず後席を覗いてみると……。
「あー……」
着陸の衝撃が原因だったのかなんだったのか、カシムは見事に目を回していた。
地上要員の力を借りて彼を引っ張り出し、後の始末を任せて、私は彼をお暇様抱っこで……ふむ、取りあえず私の部屋に運び込んだ。理由は簡単、彼の部屋が圧倒的に遠いからだ。
「……侍女様?」
「はい」
いつも影のようにそこにいる侍女様が、即座に返事を返してきた。その姿はどこにもない。
「彼を少し休ませてあげてもいいよね?」
「事後承諾ですね。問題ありません」
いつもの淡々とした声。
「ありがとう。それじゃ、私はちょっと読書でもしますか……」
ベッドが占領されてしまったので、机に向かおうとしたその時、いきなり城中を揺さぶるような警報が流れた。
「な、なに!?」
ここ数年来こんな事はない。なんだか分からなかった。
「これは……警備警報。確認してきます」
元々気配はなかったが、侍女様がいなくなった事はなんとなく感じ取れた。そして、数秒後に戻った。
「宝物庫に賊が侵入したようです。警備が対応中ですが、上手くいかないようで……」
読書どころではない。吸血鬼の城に盗みに入るなど、どこのバカだ。
「分かりました。私が対応します」
これも王族の務めである。私は姿を見せた侍女様を引き連れ、宝物庫へダッシュした。
「退きなさい。私が相手をします!!」
宝物庫の入り口に群がっていた警備を退け、私は宝物庫に入った。
「おやおや、や~と真打ち登場かい。待ってたぜ」
そこにいたのは……なんだ、少々疲れたジャケットを羽織った、冴えないオッサンだった。見た目はね。しかし、私には分かる。コイツ、ただ者じゃない。
「悪いわね。女の子は支度に時間が掛かるのよ」
軽口を返しながら、私は宝物の中に無造作に突っこんである短刀を手にした。
「あらま、おっかないねぇ。そいつで、やり合おうってか?」
にやけ面でオッサンが言った。
「バカ、勝てるか!!」
オッサンの目つきが変わった。
「な~るほど、噂には聞いていたが、なかなか出来るみたいだネェ」
戦闘は実際に切り結ぶ前から始まっている。相手の力量を見抜けないようでは、命がいくつあっても足りない。
「そうでも‥‥ないわよ!!」
私は短刀を思い切り左手の平に突き刺し、サングイノーゾを現出させた。
「ほぅ、それが……」
オッサンのにやけ面が消え、完全にハンターのそれに変わった。
「言っておく。これを盗もうなんて考えない方がいいわよ。これは、私と一心同体。意思が離れれば消失する。……そして、これを持った私は、あなたとも戦える!!」
私は赤い刀身をオッサンに向けて繰り出す。しかし、あっさり後ろに跳ねて避けられた。
「お~怖い。確かに、厄介な代物だねぇ。じゃあ、やるか!!」
オッサンが抜いたのは拳銃だった。変則的な撃ち方をしてくるが、かなり腕がいい。しばらく拮抗していたが、ムカつく事にオッサンの方が僅かに上だった。
「ぐっ!?」
左膝の上を撃ち抜かれ、私は思わずその場にうずくまってしまった。
「悪いなぁ。美人さんを痛めつける趣味はないんだがな。そんなもん振り回されたら、ちょーっとばかり本気出さないといけなくてな。俺の狙いはその剣じゃねぇ……お前さん自身だよ!!」
まさに一瞬だった。無敵の侍女様ですら反応出来なかった。一体どんな仕掛けになっているのか、いきなり全身を拘束され、気が付いたら空を飛んでいた。そうとしか言いようがなかった……。
一つ分かった事がある。別に、オッサンは私に危害を加えようというわけではないらしい。それどころか……。
「あのなぁ、お前何をやったか分かっているのか!?」
恐らくアジトなのだろう。どこかにあるボロ小屋に偽装された建物の中で、オッサンは正座で怒られていた。仲間であろう黒スーツのオッサンに。
「いや、だってよ。次のヤマはどうしても剣を使えるヤツが……」
「だからって、なんで王女なんだよ王女。しかも、さらってくるって!!」
……私、どうすればいいの。これ?
「とにかくだ、元いた場所に返してこい!!」
捨て犬か。私は!!
「コホン。とにかく、話しだけは聞くわよ。場合によっては、協力もやぶさかじゃないけど?」
キリがないので、私はため息交じりにそう言った。
「ほぅ、じゃあここの宝物庫に入るとして、どことどこの配線を切れば警報が鳴らないと思う?」
黒スーツが図面を差し出してきた。ああ、ちなみに自力で回復魔法は使ったが、自慢ではないが腕は悪い。まだオッサンに撃たれた傷が痛むので、ベッドというかソファに横になっている。
「ああ、国立資料館ね。ここの館長嫌いなの。この図面ちょっと古いけど、おおよそ変わっていないはず。一見すると地下の三番と一二番を壊せばいいように見えるけど、二階の六番と九番も壊さないアウト。あとはそうね、宝物庫内の独自電源は外部からは壊せない。配電ボックスは一番奥。ドアを開けるなり壊すなりしてから、二秒以内に破壊しないと警報が鳴る……どうかしら?」
黒スーツが口笛を吹いた。
「完璧だよ、お姫様。でも、俺は反対だ。泥棒に王族を参加させるバカがどこにいる!!」
「いや、でもどーすんだ。宝物庫の扉は厚さ三十三センチのアダマンタイトだ。並の武器じゃ傷一つ入らねぇぞ?」
黒スーツにオッサンが反論する。よりによって、私のサングイノーゾでアダマンタイトのドアをぶった切ろうと……けしからんけど、気に入った!!
ちなみに、アダマンタイトとは最強ランクの金属の一つで、対ドラゴン用武器にも多用されるような代物だ。無論、こんなもの鋼の剣でぶっ叩いても、逆に剣が折れるだけだ。
オッサン同士の言い合いを聞きながら私は思った。褒められた事ではない。犯罪は犯罪だけれども、血塗られた剣もこういう使い方なら、まだいいかなと……。
草木も眠る丑三つ時、厳戒態勢が敷かれた国立資料館は、異様な熱気に包まれていた。
「……あのさ、思うだけど、なんでわざわざ犯行予告なんてするの?」
揃いもそろって全身黒ずくめで揃えた私たち三人組は、ターゲットを一望出来るちょっとした高台に来ていた。
そう、結局オッサンが押し切って、私は一味にアルバイトで加わることとなったのだ。
「な~に、俺たちの流儀みたいなもんよ。ただ入って盗んだんじゃつまらねぇだろ?」
オッサンがニヤッと笑う。
はぁ、そういうもんかねぇ。
「さて、おっ始めるか!!」
オッサンの声に合わせて黒スーツが呪文を唱え、私たちは夜の空を舞った。
すご。三人合わせてこれだけの高速飛翔。ただ者じゃない!!
バレる事なく国立資料館の屋上に降り立った私たちは、素早く館内へと続く出入り口へと向かった。鉄扉は固く施錠されていたが、赤い刀身の敵ではない。あっさり斬り捨てると、そのまま館内へ。
「ちょ~っと待った!!」
いつの間にか変な眼鏡をしていたオッサンが、ストップの合図をかけた。
「簡単な警報装置だ。これをこうして……」
壁に設けられていた小さな扉をこじ開け、中を弄っていたオッサンが、程なくOKサインを出す。
「よし、行くぜ!!」
とまあ、こんな調子で配電盤を壊して回り、いよいよ宝物庫という時だった。
「ストップ、誰かいる!!」
私が止めるまでもなく、オッサンと黒スーツは足を止めていた。
「今日は登場が遅いと思ったらこ~こにいたか、ジョセフ警部殿!!」
オッサンが軽い口調で声を掛ける間に、黒スーツが魔法の明かりを点す。
そこに現れたのは、このクソ暑いのに茶色のトレンチコートを着たまたもや暑苦しいオッサンだった。なにが楽しいのか、満面の笑みを浮かべている。コートに付けられている小さな紋章は、警備隊所属である事を示していた。
「ダーハハ、当たり前だ。ここにいれば、必ず出会うからな!!」
くっ、他に宝物庫はない。言われてみれば、当たり前だった!!
しかし、オッサンに動揺の色はない。黙って銃を抜き、警部に向かって適当に銃弾を送りはじめた。
「とぅ!!」
警部は見事な身のこなしでジャンプし、オッサンを飛び越えて警備隊標準装備のサーベルを抜く。
「先生、今のうちだ!!」
宝物庫の前はガラ空き。警部殿、アホ過ぎるぞ!!
私は剣を構えると、刀身に魔力を込めてアダマンタイトの扉を粉々に叩き切った。
「お、おい、誰だそいつ。お前らの仲間にそんなのいたか!?」
やっと気づいたか警部殿よ。なんか、私は寂しいぞ警部殿よ。
「な~に、アルバイトよ。それより、ほらほら!!」
オッサンがバカスカ連射する銃弾に対応するのに精一杯で、警部殿は身動きが取れない。
その間に、問題の二秒間が過ぎようとしていたが……。隣にいた黒スーツが素早く銃を抜き連射した。
銃弾は違わず部屋の最奥部にあった配電盤をぶち抜き、派手に火花が飛び散る……凄い。
「……ここは代わる。あなたはあなたの仕事をして!!」
頃合いだ。私はオッサンと立ち位置を変えた。ここから先は、私の仕事ではない。
「あいよ~、助かる」
オッサンと黒スーツは宝物庫に消え、私と警部殿が対峙する事となった。
「……なかなかの使い手だな」
警部殿が油断なくサーベルを構えながら言った。
「……あなたもね」
全く実力が読めない。こんな相手は初めてだ。
お互いに一手の探り合い。読み違えた方が死ぬ。そんな戦いだ。
「いくぞ!!」
先に仕掛けてきたのは警部殿だった。おおよそ、人間にしておくのが勿体ないほどの鋭い突きは、私の服を少し引っかけたが、こっちも負けない。一撃で無力化を狙ったであろう大ぶりした警部殿は隙だらけ。そこのなるべく死ななそうな部分を狙って突きを入れるが……。
キン!!
澄んだ音と共に火花が飛び散る。嘘ぉ、あの体勢から戻した!?
「ふむ、やはりただ者ではない」
「……」
私は静かに刀身に魔力を込めた。うっかり人体を突けば一撃で霧散させてしまいかねないので、あえて「普通の剣」として使ったのだが、あのサーベルを叩き切るしかない。かなりヘヴィではあるが……。
「無駄だ。その剣は叩き折った」
……何をまた。
冗談にもならない冗談だと思った次の瞬間、いきなり赤い刀身が粉々に砕け散った。
「はぃい!?」
私の血液から生まれたサングイノーゾを叩き折る。理論上、それ以上の魔力を叩き込めば可能ではあるが……それは吸血鬼を超越している事を意味する。ええっ!?
「ワシを警部と甘く見ないことだ。現場叩き上げはひと味違うぞ」
ニヤリと笑う警部殿。
いや、現場叩き上げで吸血鬼越えますか!?
こうなったら……やりたかなかったけど。
私は再びサングイノーゾを生みだした。
「これなら……どうかしらね?」
ここまでやるつもりはなかった。しかし、やらなけらばやられる。本能が告げている。
「ほぅ、少しは楽しませてくれそうだな。アルバイト……」
私の周りを取り巻く空気が変わった事を察知してか、警部殿がニヤリっと笑みを浮かべた。本当に、何者なんだ?
「諸々省略、サングイノーゾ・フィーネ!!」
もはや制御不能の「鬼」が私の中で暴れ回り、警部殿など粉々に粉砕した……はずだった。
「ほぅ。しかし、甘い!!」
信じられない事が起きた。次の瞬間には、何と取り押さえられていたのである。
「お、おい……」
オッサンの絶句する声が聞こえた。
「楽しませてくれた礼とこの子に免じて、今日は見逃してやる。早くケアをしてやれ」
警部殿がなにかつぶやき、私の意識は暗転した。
「おう、起きたか」
目を開けるとオッサンの顔。大丈夫、記憶は正常。
「あの警部殿……何者なの?」
寝かされていたソファから、ゆっくり起き上がった。
「ああ、俺たちの永遠のライバルっていったところだな。どこまでも追っかけてくる重戦車みたいなヤツさ」
オッサンの声に軽薄さがない。
「悪かったな。ここまで追い込むつもりはなかったんだ……」
「謝らないでいいわよ。私の都合で勝手にやっただけだから。しかし、最強モードで負けたのはさすがにショックだわ。あんなのとよく張り合ってるわね」
はっきり断言しよう。あれはもう人間じゃない!!
「まあ、現場叩き上げだからな」
「いや、それ……」
いくら現場で叩かれたって、吸血鬼に張り合える人間がどこにいる!!
「まあ、いい。ここより城の方が落ち着くだろう。手紙でここの場所を城に送ってある。俺たちはずらかるから、まあ、楽しかったぜ」
「またね……とは言わないでおく。今度は、城の正門から来てね」
オッサンと黒スーツは去っていった。城から迎えが来たのは一時間後だった。
全く、世の中には奇妙な事もあるものである……。
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