第4話 吸血姫の休息
さて、帰るまでが遠足。家……もとい、城に帰れば私とて普通の王女だ。上半身素っ裸というわけでもなく、さすがに下着くらいは着けていたが、傷だらけのボロボロで帰ってきた私を見て、カシムは慌てて回復魔法を使ってくれた。
なるほど、さすがに魔法に長けたエルフだけあって、効き目は抜群だ。
しかし、この姿を見て引かないとは、なかなか肝が据わっている。私が何をやったかまで見ていたら、果たしてその限りであるかは不明だが。
「お姉様、かなりお疲れの様子です。部屋まで歩けますか?」
……そりゃ疲れたよ。うん。
「大丈夫、慣れているから……」
全開走行した後の反動は凄まじい。体力的な面もあるが、精神的にも結構来る。
しかし、それを表に出さないのが私流だ。格好付けているわけではない。意味がないからやらないだけだ。
すると、何を思ったか、カシムが私の腰に手を回し、思いの外強力な力で引っ張った。
「身長差があるので、肩を貸して……というわけにはいきません。失礼をお詫びします。とても自力で歩けそうに見えませんので……」
いつもなら侍女様の役割ではあるが、特に何も言わず静かに控えている。
そう言えば今気が付いたが、カシムはゆったりとした服装にサンダルという、いかにもエルフっぽいラフな格好に着替えていた。最初は少ししっかりした服装だったのだが、こっちの方が似合っている。
「あーごめん、迷惑掛けちゃったね……」
もちろん、そんな彼を邪険に振り払ったりはしない。ここは素直に甘えておくのが、彼に対しての礼儀だろう。
なるべく彼に負荷を掛けないようにしながら、複雑な城の廊下を歩き、私は自室の前に来た。
「大丈夫ですか?」
カシムはそっと私の体を離した。多少ふらつくが立てないわけではない。
「うん、大丈夫。ありがとう。そういや、ちゃんと部屋を貰った?」
その辺をしっかりしないまま出てしまったので、私はちょっと心配になって聞いた。
「はい、ここからは少し離れていますが……。侍女まで付けて頂いて……正直、落ち着きません」
苦笑するカシムの頭を軽く撫でた。
「慣れの問題、すぐ馴染むわよ。その辺が気になっていたんだけど……。じゃあ、ごめん。少し休むからまた後で」
私は部屋の扉を少し開けた。
「はい、お疲れさまでした」
と、お開きになるはずだったのだが、次の侍女様の声がそれを繋ぎ止めた。
「カシム様、姫がお話したいことがあるかもしれません。本来はダメですが……今回はぜひ部屋の中で聞いてあげて下さい」
……おいおい!!
「ちょ、ちょっと、侍女様。おかしくなった?」
「いえ、至って正常です。むしろ、崩壊しそうなのは姫です」
「……」
相変わらず、ズバッと言いやがる。そんなにヤバそうに見えるのか、自分では分からん。
「……なにか、ありましたか?」
丁寧な物腰でカシムが聞いた。
「うーん、大した事じゃないんだけどね。今さらというか、もう慣れているというか……これ以上は立ち話じゃ話せないわね……」
さすがに、あれは立ち話でする内容ではない。
「では、お邪魔しても?」
少し気後れした様子だったが、カシムが言った。
「ここを管理している侍女様が引き留めたんだから、断る理由はないわよ。まあ、変な部屋だけどどうぞ」
私は扉を押し開けてカシムに笑みを送った。
「うん、何度見てもバランス悪い」
重厚な城の雰囲気と、あらゆる手段を講じて女の子っぽい部屋を作ろうとした結果……よく分からない雰囲気の部屋になってしまった。これだったら、変に抵抗しない方が良かったかもしれない……。
「なんというか、僕は女の子の部屋に入った事がないので、気恥ずかしいというか何というか……」
部屋の入り口でカシムが困っている。私も侍女様以外の誰かを入れた事がないので、どうしていいか分からない。
「うーん、そうね。取りあえず、適当な椅子に座って頂戴……って一つしかないけどさ」
部屋にある椅子など、机とセットになっているものしかない。ガタガタとひっぱりだし、私が座る場所であるベッド近くに置いた。
「えっと、すいません。失礼します……」
ワタワタしながら椅子に座るカシムに、普通を装ってベッドに座りながらも、内心同じくらいワタワタしている私。
……ったく、我ながらこのくらいで情けない!!
「ごめんねぇ、お茶もないのよ。人が来る事を考えてなかったから……」
こんな事を言うと、どこからともなく現れる侍女様だが、今回は来なかった。
「ああ、いえいえ。お気づかいなく……」
なんだ、この会話。まあ、いいや。
「さて、何を話せばいいかなぁ。正直、分からないのよね」
全身を漂う気だるさに身を委ねつつ、私はカシムに言った。
「あ、あの、とりあえず、服を着ませんか? さすがに、ちょっと恥ずかしいというか……」
……あっ、忘れていた。
とはいえ、服は全て侍女様管理。どこに何があるのかも分からないので、取りあえず掛け布団を体に巻き付けた。
「なんか格好悪いけど、これで我慢してね」
「はい、大丈夫です。そんなになるまでの激闘だったとは、無事で何よりでした」
カシムがポツリときっかけを作った。
「まあ、無事だけど無事じゃないっていうか……。私は吸血鬼なんだなって、改めて認識させられたわ」
そこで、思わずため息を吐いた。
「えっ?」
まあ、当然だが……訳が分からないといった様子でカシムが返してくる。ふむ。
「つまり、『鬼』、『バケモノ』……色々言い方はあるわね。私にはその血がはっきり流れている。ああ、安心して。あなたは多少混じったくらいで、特に問題ないはずだから……」
一回話し始めると、止まらないものだ。
「僕の命を拾ってもらえました。それではダメですか?」
「その原因を作ったのは私よ。あなたはオモチャで、私は本物。正当化するつもりはないよ……挙げ句に混血にさせちゃったんだもん。あなたは、もっと怒りなさい」
ここで私の愚痴を聞いている場合じゃないぞ、カシムよ。君は怒る権利がある。
「怒っても意味ないです。誰の得にもなりません」
「えっと……それでいいの?」
私だったら、ぶち切れてみじん切りにしているところだ。これは、私が出来ていないからだろうか?
「僕の事は大丈夫です。現状に満足以上のものを感じていますし、まさかお城で生活出来るとは思っていませんでしたから。それより、その手の傷……凄いですね。魔法もあまり効かないですし、普通ではないです」
私の左手を包むようにして持ち、カシムは回復魔法を使ってくれたが、ジュクジュクした傷は全く塞がらなかった。
ここは、サングイノーゾを現出させた場所。回復魔法はほとんど効かず、自然治癒を待つしかない。
「まあ、吸血鬼の嗜みみたいなものよ。放っておくしかないかな……」
サングイノーゾ……共通語に訳せば「血まみれの」。これ以上、吸血鬼にふさわしい名前もないだろう。全く、いいセンスをしている。
「……なにか、かける言葉も見つからないのですが、かなり重荷のようですね」
カシムが生意気にも……まあ、いいや。
「生まれつきの物よ。言っても始まらない……」
傷口が塞がっていない事をいいことに、私は再びあの深紅の剣を……出そうと思ったがやめた。知らない方がいいこともある。
「はぁ、久々に暴れたら疲れたわ。気を付けた方がいいわよ。これでも『鬼』だからさ」
苦笑すると、カシムは真顔で首を振った。
「その前に、あなたはこの国の王女です。王に連なる者ですよ。どちらも重いですが、『鬼』よりはマシかと……」
……そう来たか。
「全く、反論しがたいところ突いてくるわね」
「鬼」であり「王女」。始末に悪い。
「全くもう、面倒な事ばっかりね。代わる?」
一体、何度目だ? 苦笑。
「代われるものなら……」
アホ。
「こら、甘くみるな」
カシムの額を軽く小突いてやった。
「甘くは見ていませんが……なにか力になれることがあれば……」
そうねぇ……。
「ちょっと貧血でさ、血液ちょうだい(ハート)」
「えっ?」
その意味が分からなかったようで、カシムは声を上げたが、その首に手を掛けると身を固めて……バーカ。
「冗談よ。『鬼』にも心はあるの。悪いけど、そこのキャビネットに輸血キットがあるから、悪いけど取ってちょうだい」
牙はあるけど使う事は滅多にない。基本的には輸血、使う血は山羊だ。
「分かりました!!」
カシムが持ってきたセットを、嫌なくらい手慣れた手つきでセットし輸血する。あー、多少マシになってきた……。
「ねっ、カッコワルイでしょ。これが、今の吸血鬼ってね」
街の裏路地で人の血を吸う吸血鬼など、今の世には存在しないのだ。
「いえ、可愛くていいと思いますよ。どう見ても『鬼』ではないです」
カシムは小さく笑った。
「言ったな……。あー、疲労回復にはこれが一番」
薄れていた体力が戻っていく。私はベッドにひっくり返った。
「……ごめん、寝ちゃうかも」
静かに目を閉じていると、そっと隣にカシムが寝転ぶ様子が気配で分かった。まあ、そんなくらいでビビる私ではない。
「なに、いきなり城に来て寂しくなっちゃった?」
なにも言わず、カシムは私にそっと手を伸ばしてきた。
「寂しいのはお姉様の方ですよ。何も出来ませんが、せめてこのくらい……」
ありがたく頂戴しておきますか。
私は彼が伸ばしてきた手をそっと掴み、軽く睡魔に身を任せたのだった。
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