第3話 吸血姫の本性

 城からの行きは十五分。帰りも大して変わらない。

 私の機がスーパーハーキュリーズを引っ張るように先頭に立ち、両脇をトムキャットが固めるという編隊飛行だ。まあ、馴れた事なので、特に難しい事ではない。

 街の飛行場を離れ、山に向かって飛んで行く。順調ね……。なんて思うと、事件は発生するのだ。

 いきなりけたたましい警報が鳴った。えっ、ミサイル警報?

 考えるよりも先に体が動いた。推力最大で急上昇をかけ、フレアをリリースする。ああ、強烈な熱を発する発炎弾ね。

 ここにきて、ようやく思考が追いついた。前方の片隅にあるミサイル警告灯が真っ赤に点灯している。「IR」……赤外線追尾式だ。

 特に指示したわけではないが、各機がそれぞれ編隊を解いて回避行動を取っているが……最悪なのは、私の乗るハリアーは構造上の問題で恐ろしく膨大な熱……つまり、強烈な赤外線を放つ。

 赤外線追尾式のミサイルは、基本的により強い熱を求めて追いかけてくる特性があるので……私自身が、まさに巨大なフレアだった。

「ったく、どこのバカよ!!」

 地上から立ち上っている白煙は、ざっと見えるだけだと一本。つまり、ミサイルは運が良ければ一発。しかし、どう回避しても、警告が消える事はなかった。くそっ!!

『姫、ご武運を』

「おい、こら!!」

 ちらっと、風防ガラスの向こうに見えた。アフターバーナーの真っ赤な炎をエンジン排気口から曳き、輸送機と共に戦域から全速力で去って行くクソッタレ護衛どもの姿が……。だから言ったでしょ、私の愛機自体がフレアだって!!

 そんな事をやっているうちに、ついに被弾。右翼付近で爆発したミサイルの破片が、容赦なく機体に降り注ぐ。ありとあらゆる警告ランプが点灯し、なんだかもうお祭り騒ぎであるが、油圧やエンジンは正常。まだ飛べる!!

「あったまきた!!」

 私は高高度から一気に高度を下げた。うっかり忘れていたが、無駄に積んである爆弾が重い。機体の動きがやけに鈍いと思ったが、これのせいだ……。

『姫、申し訳ありません。三秒遅れてしまいました』

 無線から侍女様の声が聞こえたかと思うと、黒い影が交錯した。そして、眼下の森のあちこちで爆発が起こる。空対地ミサイルか……

「全く、遅いわよ!!」

 あの護衛なんぞより、よほど役に立つ。私の侍女様は「F/A-18E スーパーホーネット」を街への足代わりにしている。なんと、贅沢な……。

『片付きました。帰投しましょう』

「了解」

 私は手傷を負っている愛機を労りながら、そっと城へと帰還したのだった。


『戦闘員各位


☆初夏のミサイル撃ち上げ大会のお知らせ☆


 あー、細かいこと面倒臭いです。

 あの王女の悪趣味なピンクハリアーを見たら撃ってみたい人は、都合のいい日に勝手に森の中で待機していて下さい。集まった人には、粗品を進呈するかもしれません。

 では、よろしく。


 組織の偉い人より』


 ……これで撃たれたのか。私は!!

 城に帰った早々、侍女様から手渡された紙には、あまりにも緩すぎる事が書いてあった。

「これは、私の手の者が入手した極秘資料です。嫌な予感がしたので、慌てて向かったのですが……」

 私の愛機は穴だらけだったが、修理は可能らしい。良かった良かった。

「この組織のアジトの場所を探しておいて。さてと、私は……」

 ずいぶん前に輸送機は到着したはずだが、カシムは健気に待っていた。

「驚きましたよ。まさか、撃たれるとは……」

 その割にはニコニコ笑顔のカシム。この子、案外大物に育つかもしれない……。

「まあ、たまにあるのよ。反体制派なんてどこにでもいるし。さて、部屋に案内するわ」

 この後、私がやらねばならない事はおくびにも出さす、カシムを城内に連れていった。

「はい、お姉様」

 ……だから、お姉様は。もういいや、その路線を臨むなら受けて立つ!!

「そう言えばさ、年齢聞いてなかったね。見た目は十才にも行っているかどうかだけど……」

 カシムに聞くと、とんでもない事を平然という。

「分かりやすく人間の年齢にすると、一万と千二百才です。普段はエルフ年齢の十二才を使っています」

 ふむ……。ちなみに、私たちは不死身なだけで、年齢を重ねる事にゆっくりと外見は変化していく。そこはエルフとは同じだがその速度は速い。そして、ある程度の年齢に達した段階で止まるのだ

 私の見た目年齢は二十二才ではあるが、まだたったの二千年くらいしか生きていない。

 つまり、少年といっているが、実は人生の大先輩。予想はしていたが、ここまで年の差とは……。

「あのさ、それって私の方が超絶年の離れた妹なんだけど……」

 カシムはいきなり顔色を青くした。

「妹などと呼んだらころ……いえ、なんでもないです。お姉様。歳は私のお方が上ですが、王室は姫が先輩ですので、これでいいのです」

 カシムの背後には、いつ戻ってきたのか、侍女様の姿があった。いつも通り、無表情なところが、うっかり惚れてしまいそうに怖い。

「あれ、もう分かったの?」

 私が聞くと、侍女様は小さく頷いた

「造作もない事です。出立準備を整えておきます」

 さすが侍女様。仕事が速い!!

「カシム、これからちょっと野暮用で出るから、部屋で待っていてね。すぐ戻るから」

「はい、分かりました!!」

 ごねるかと思いきや、素直に言うことを聞いてくれて助かった。

 これからの事は、カシムには見せたくない。私は素早くカシムを彼の部屋に案内すると、城の格納庫に取って返した。


 そこは、まるでプチ戦場だった。空飛ぶ戦車こと「AH-64Dアパッチ・ロングボウ」戦闘ヘリが二機動員され、ヘルファイア対戦車ミサイルをしこたま積んで待機している。この二機は大変高級な露払いだ。私たちが乗るのは、攻撃ヘリとしては異例の大型機である「ミル-24D ハインド」。有機的な昆虫を思わせるデザインをしているが、最大の特徴は八名まで兵士が乗れる事。つまり、戦って運べるいいとこ取りを狙ったのだが、結局中途半端になってしまった悲しい機体である。

「さてと、行きますか」

「はい」

 私は侍女様を引き連れて、待機中のハインドに乗り込んだ。お世辞にも乗り心地がいいとは言えないが我慢である。

 一足先にアパッチが飛び立っていった。ハインドのターボシャフトエンジンの回転音が高まり、機体がフワリと地面から離れる。おおっと、忘れちゃいけないインカムのヘッドセット。これがないと会話すらままならないし、うるさくてやっていられない。

『姫、さっそく前方で交戦中です!!』

 どうやら「当たり」だったらしい。まあ、侍女様がガセネタを掴まされるとは思っていないが……。

「行けるところまで行くわよ!!

 私が言ったそばから、ヘリが大きく揺れた。

『被弾!! 形式は分かりませんが、敵は多数の自走対空砲を装備!!』

 ほう、面白い。

 自走対空砲というのは、その名の通り対空砲を戦車などの台車に、スポッと乗っけてしまったもの。もちろん、地上攻撃も可能でその破壊力は凄まじい。侮ってはいけない。

「わかった。無理しないで、その辺に着陸して。あとは、こっちで片付けるから」

 着陸というか、ほとんど墜落という勢いでヘリが設置すると同時に、私と侍女様はキャビンから転がり出た。

「さてと、これ痛いんだよなぁ……」

 私は腰の後ろから短刀を抜いた。もう刃物は持たないと思ったが、あれは敵がいるか明確でない場合の話し。確実に敵がいると分かっているのに、丸腰で来るほど私は自信家ではない。

 私は短刀を思い切り左手の平に突き刺した。弾け飛ぶ血液。猛烈な痛み……とち狂ったわけではない。突き刺した短刀をそのまま思い切り引き、手の平に横一線の深い傷口を作った。

「……っつ!!」

 このど派手な痛み。これがキーになるのだから始末に悪い。

 実に不思議な現象が起きた。傷口がメリメリと拡がり、真っ黒な剣の柄のようなものが出現した。私はそれを掴み、一気に引き抜く!!

 それは、まさに血の赤さを纏った刀身を持つ、細身の長剣だった。ドラキュリア王家の者だけが持つ、魔剣「サングイノーゾ」。特に私の生み出すそれは、歴代ドラキュリア家の中でも、最高傑作とまで言われている。もちろん、気絶しそうなくらい痛いから、滅多には使わない。

「ふぅ……。さて、侍女様。行くわよ!!」

 痛いものは痛いので、とっとと済ませる。私はM-4カービンを構えた侍女様を引き連れて、森の奥へと突っこんでいった。


 さっそく現れたのは、報告通りの対空戦車の群れ。えっと、ZSU-23-4か。通称「シルカ」。二十三ミリ機関砲を四連装した極悪なヤツである。

 気にせず突っこんでいく私たちを脅威と見なしたか、大人げなく全車一斉射撃で出迎えてくれた。フン……。

 私は真っ赤な刀身を振り、雨のように叩き付けられてくる砲弾を、片っ端から斬り落としていった。さほど腕に自信があるわけではないが、この程度なら問題ない。

 シルカに急速接近し、その車体を真っ二つに叩き斬ってやる。中から慌てて逃げ出した乗員は侍女様が銃で丁寧に始末し、私はその間に別の車両を処理して行き……気が付けば、三十五両のシルカとその乗員の残骸が出来上がっていた。

 ああ、今さらながらだけど、私たちは殴り込みに来たのだ。私にミサイルをぶっ放した組織に。反逆罪。死罪確定の立派な犯罪だ。

「なに、この程度?」

 これじゃ前菜にもならない。

 その声が聞こえたかどうか、さらに奥で多数の人の気配が……そう来なくっちゃね。

「侍女様、一人も残しちゃダメよ」

「心得ております」

 そして始まる森のジェノサイド。特に面白いヤツがいたわけでもない。この剣は使っている間は、常に私の血を吸収する。あまり長くは遊んでいられない。

 私だけで数百名。侍女様を入れたら……どれくらいか分からないが、スープとサラダくらいにはなったところで、いよいよメインディッシュのご登場だ。

「まっ、シルカが出た段階で予想はしていたけどね……」

 こんな森の中では窮屈そうな主力戦車「T-80」。それが三両立ちはだかっていた。

 その百二十五ミリ砲が一斉に火を噴く。大人げないな、本当に。

 しかし、その瞬間には、私は侍女様を背負って宙を舞っていた。そして、着地ざまに真ん中の一両を真っ二つに叩きのめし、ついでに真横にいたもう一両を真横にスライス。乗員の始末は侍女様に任せ、残る一両の「調理」に掛かる。まあ、せいぜいビビってもらおう。

 「はいよ!!」

 素早く背後に回り込み、真っ赤な刀身をエンジンルームに叩き込む。小爆発と共に、轟音がかき消えた。これで、この戦車はただの棺桶だ。私は車体に飛び乗り……。

「ソイヤー!! なんちて」

 今度は砲塔をバラバラにして蹴散らす。そこから見える、乗員の本気でビビる顔……堪らないわね。フフフ。

「じゃあねぇ、またどっかで会いましょ!!」

 後は簡単だった。乗員もろとも戦車を滅多切りにして破壊するのみ。金属片に混じって肉片や血液が飛んでくるが、それもまた一興。メインディッシュなりの「味」になってくれないと困る。

「フン、多少はスッキリしたけど、なんかもの足りない。やっぱり、あそこの『デザート』食べないとダメね……」

 戦車の壁の向こうには、迷彩柄の大型テントがあった。異常な数のアンテナから見て

、本部か指揮所のどちらかだろう。なんでもいい、まだこんなものじゃないでしょ。

「侍女様、突っこむわよ!!」

「承知」

 私が先陣を切り、やや後ろに侍女様という編成。数百メートルを一気に駆け抜け、テント内に飛び込むと十名ほど人がいた。

「そうこなくっちゃね!!」

 誰何の声も言わさず、私はその人員を滅多切りにして回る。……3.2秒。鈍ったな。

「ほぅ、噂には聞いていたが、大したものだな……」

 最後の一人、テントの最奥部で偉そうにしていた男が、そっと椅子から立ち上がる。

 その手には、見るからにまともではない剣……白銀で打たれた「ヴァンピーロ・ウッチーデレ」。私たちの天敵である、吸血鬼殺しの剣があった。

「へぇ、面白いオモチャを持ってるじゃないの」

 背後で侍女様がM--4を構える気配を感じ、私は手で制した。ここで撃ち殺されたら、私のモヤモヤが酷くなる。

「ふん、何なら二人がかりでもいいぞ。その方が楽だ」

 男が言った瞬間だった。侍女様が大人げなく、フル-オートで射撃したのは……。

 ……おいおい!!

 しかし、男は雨のように降り注ぐ弾丸をバシバシ剣で斬り飛ばす。ああ、あんたもそっち系の人ね。はいはい。

「じゃ、遠慮なく行くよ!!」

「フン!!」

 こうして、お互いの剣の打ち合いが始まった。侍女様の弾丸が私にも命中している気がするが、気にしている余裕はない。しばらくやり合った後……。

 キン!!

 鋭い音と共に、お互いに後方に跳んで間合いを開けた。

 これが結構ボロボロだった。洋服は見る影もない。ただの邪魔な布きれだ。私は上半身の服だけ、破るようにして脱ぎ去った。

「……なんだ、色仕掛けのつもりか?」

「違う!!」

 恥ずかしいじゃねぇか馬鹿野郎!!

「しかし、これほどのものとはな……噂以上だ」

 私の血液がべったり付いた剣を振り、男は再び構えた。

「私もビックリよ。まさか、人間相手に『本気』を出すとはね……」

 私は一瞬目を閉じ、そして見開いた。凄まじい「力」の奔流が全身を駆け抜け、吸血鬼である事を示す一対の赤い羽根が背中に姿を見せる。これが、私の100%だ。

「言っておくけど……もう『抑制』は出来ないからね?」

 私は剣を片手に一気に間合いを詰めた。

 私の一撃をかろうじて受けた男だったが、次の一撃は反応出来なかった。光りすら帯びた真っ赤な刀身が、剣ごと男の両腕を斬り飛ばす。勝負ありだが……ここで終わらせるつもりはない。

「さて、技の名前でも叫ぼうか。サングイノーゾ・フィーネ!!」

 素早く繰り出した剣が男を滅多切りにして、一歩分後退。そこから、剣を水平に構え、勢いよく刺突する。深々と男の体に剣が突き刺さり、盛大に返り血を浴びた。

「アハハハ、こんなもんじゃないでしょ。ほら、動きなさいよ!!」

 事切れて倒れた男の体を、さらに滅多切りにする私。

 ……サングイノーゾに血液を吸われる事により、気絶するまでの時間までもう止まらない。頭のどこかでは分かっていても、全く制御出来ない。

 侍女様ですら、緊急待避を余儀なくされるこの状態は嫌いだ。

 しかし、これが吸血鬼としての本性。私の血に確かに流れているものだ。

 

 かくて、組織撲滅活動は終わったのだった……。

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