第2話 命の代償

 街の中程にある王立記念病院。ここは、この国で最先端の医療が行われている現場でもある。

「くっ……止まらない」

 その辺で適当に徴発した小型トラックの荷台に少年を乗せ、私たちはその病院目がけて街中を爆走していた。

 短刀を引き抜くと同時に、私が使える最大級の回復魔法を使っているのだが、出血を抑えるくらいの役にしか立っていない。うん、昨今じゃ吸血鬼だって魔法を使うよ。って、今はどーでもいい。このままではまずい。

「姫、いっそのことこれで……」

 だから、銃を抜くな。馬鹿者!!

「……いい加減にしないと、クビにするわよ」

 冗談に付き合っている場合ではない。このオタンコナス!!

「さて……光の精霊よ。我の祈りに応えよ。ヒール・プラス改!!」

 私の両手から放たれた青白い光りが、少年を優しく包み込む。これで何発目か忘れた。ああ、吸血鬼が光を怖れたのは昔の話しなので、念のため。

 そうこうしているうちに、トラックは病院の救急搬送口に突っこんだ。文字通り、故意によるダイナミック救急搬送だ。恥ずかしながら、運転していたのは護衛の一人だが……このボケナス!!

「患者はこちらです!!」

 こんな時に臆してはいけない。私はまるで予期していたかのように待避していた、救急外来チームに向かって声を張り上げる。すぐにワラワラと駆け寄ってきた。

 少年をトラックの荷台から下ろし、すぐさま処置が始まる。まさに、戦場だった。色々な意味で……。

 護衛がメチャメチャに破壊された救急搬送口から、小型トラックを引っこ抜く作業をバリバリと音を立てながら進める中で、少年に繋がれた様々な機器が奏でる警報が加わって非常にうるさい。

 ……なんて事やったんだろう。私。

 少年が私の手元から離れると、途端にその思いが強烈にこみ上げてきた。バカ護衛たちはトラックを返しに行った。邪魔するものは何もない。良くも悪くも……。

「よし、応急処置は終わった。オペ室確保出来ているな。四番!!」

 医師がデッカイ声を張り上げた。

 ……なんでこう、不吉な番号振ってくるかな。幸先悪いって。

 ガラガラとストレッチャーのまま、少年は運ばれていった。ここにいても意味がないので、私は手術室に向かってゆっくりと歩いていったのだった……。


 幸いな事に、少年の心臓は無事だった。ただ、周辺の臓器はそうはいかず……端的に言って、今夜が山だと医師からは伝えられていた。もし、魔法医療でなければ、とっくに亡くなっていただろうとも。

 少年の身元が分かるものが見つからないので、私は護衛たちだけでなく城からありったけの人員を動員して、子供が行方不明だという家庭を虱潰しに探す作戦を実行中である。なにかあれば、無線で連絡が入るはずだ。

 しかし、私は両親にどの面下げて会えばいいのだ。殺されても文句は言えない。私が王族であってもだ。そんなの関係ない。

 病室……当然個室だが、そこのベッドに横たわり、荒い息をしている少年を見つめながら、私はもう数え切れないほどのため息を吐いた。

 こうなったら、「アレ」をやらないといけないかもしれない。しかし、そうするとこの少年はもう……。

『姫、確認が取れました。その少年はエルフの孤児院で保護されています。今、院長がそちらに向かっています』

 無線ががなった。孤児院か……。

 わざわざ「エルフの」と言った理由は簡単、エルフは純血であることを重んじる種族だからだ。他の種族の血が僅かでも混じろうものなら、徹底的に排斥されてしまう。そうなると、「アレ」は覚悟が必要になる。相当な……。

 孤児院の院長が到着するのと、少年の容態が急変したのはほぼ同時だった。

 どこかでモニターしているらしく、数秒後にはドクターがすっ飛んで来た。

 色々処置しているようだが、やがて、私に向かって小さく首を横に振った。

「院長、あの子は私が引き取ります。助けるには、もうこれしかありません」

 一瞬ビックリしたような表情を浮かべた院長だったが、全てを察したようで小さくうなずいた。

 そう、忘れてもらっては困る。私は吸血鬼の端くれ。その血液を飲ませれば、不死の存在となる。これは、昔から変わらない。

 しかし、それは私たち吸血鬼の眷属になる事を意味する。もはや、エルフではない。かといって、純然たる吸血鬼でもない。だから、迷ったのだが、他に手がないのなら是非もない。

「マスク、取りますよ」

 医師に断ってから、私は酸素吸入のマスクを外した。そして、忌まわしい短刀で手の平をざっくり切った。ほんの1、2滴でいい。少年の口に私の血を落とすと、待つ事三十秒少々。まさに瀕死だった少年の呼吸が、いきなり嘘のように安定した。

「さすがです。姫……」

 医師がポツリと漏らした。嬉しくはない。嫌みだな。

 これで、この少年が目覚めれば、立派な吸血鬼とエルフのハーフが出来上がるわけだ。全ては私の責任。ある程度の年齢になるまで、私が面倒を見る。それが「覚悟」である。

 こうして、私の長い夜は過ぎていったのだった。


「……ん?」

 誰だ、私の頭を撫でているのは。これでも女の子だぞ。勝手に……うぉい!!

「うがぁ、寝ちまった!!」

 ガバッと身を起こすと、そこは病室のベッドサイド。椅子に座っていた私だが、気が付けばベッドに突っ伏して寝ていたという次第である。

 そして、私の頭を撫でていたのは、他でもなく……。

「わーい、姫様の髪の毛サラサラだぁ」

 そう、名前すら知らぬエルフの少年である。いつの間にかベッドの上で起き上がり、私頭をワシャワシャ弄っていた。

「あーもう、遊んでないで起こしてよ……」

 とりあえず椅子に座り直し、私はため息を吐いた……って、言わなきゃね。

「あのさ、まず謝らないと。本当に、ごめんなさい」

 椅子から立ち上がり、私は少年に向かって頭を下げた。謝ってどうなる話ではないが……。

「ええ、なんで姫様が謝るの。僕は狙撃されたんでしょ。国際指名手配されている超A級スナイパーの……オレオ13だっけ?」

 私は危うくスッコケるところだった。なんじゃいそれは!!

 すっと背後に気配が現れ、私付きの侍女様の声がした。

「全ては姫をお守りするためです。ご容赦を」

 そして、気配が消える。怖い。うん。

 ってか、罪悪感マシマシなんですけど、それ。

「僕の方がお礼言わないと。助けてくれてありがとう。昔から吸血鬼に憧れていたんだ。エルフは長生きだけど、いつかは死んじゃうし」

 うっ、目を輝かせて言う少年を正視出来ない。なにがオレオ13だ。撃たれて死にたいのはこっちだ!!

「そ、そう言えば、まだ名前聞いていなかったわね」

 他にどんな誤魔化しかたがある? 私は強引に話題を変えた。

「うん、孤児院だと507号って呼ばれていたけど、本当の名前は知らないんだ」

 ……おいおい、刑務所か?

「分かった。じゃあ、名前考えちゃおうか」

 いくらなんでも、507号とは呼べない。私の提案に少年が乗ってきた。

「じゃあ、ノド……」

「ダメ。それは危険!!」

 危ねぇ……。

「じゃあ、スカッド!!」

「いや、なぜにそれを……」

 そんな呼び名はなんか嫌だ。

「じゃあ、ハープーンかエグゾセ!!」

「なぜにミサイルばかり?」

 これだから、男の子はもう!!

「分かった。じゃあ、なんかもうノリでポチ!!」

 ……しまった。犬だこれ。

「えー、だったらタマの方が……」

 うぬは猫派だな。って、やめやめ!!

「なんか適当に言ってみて……」

「カシム。エルフ語で「風」を意味するんだけど……」

 よし!!

「採用。あなたは、今日からカシムね。『ドラキュリア』とまでは名乗れないのが、残念だけど……」

 さすがに、家名はそう簡単には……。面倒な世の中である。

「さて、カシム。退院許可が出たら、あなたは城で暮らすことになる。細かい事は、この人に聞いてね」

 フィンガースナップすると、侍女様がすっと現れた。うん、いちいち怖い。

「では、さっそくご指導をさせて頂きます」

 始まった、恐怖の「授業」。一時間も経てば、人格すら変わるという驚異的な破壊力。

 これを乗り切らないと、仕えてもらえないのである。主従逆転なのだ。

 ああ、私ね。必殺スルースキルを嗜んでおりまして……。侍女様に脂汗を流させた、希有な存在として城内では知られている。

 こうして、少年改めカシムの顔色が見る間に変わっていく様子を眺めながら、私はひっそり思った。あー、こりゃ失格だなと。


 一週間後、カシムは無事に退院した。

 城に戻るべく駐機場に行くと、ここに来た時と同じ私のハリアーとトムキャットの他に、輸送機が駐機していた。「C-130J スーパーハーキュリーズ」。中型輸送機だが、驚くほど短距離で離着陸出来る凄いヤツだ。

 今回、城から動員した連中の引き上げのため、バタバタと忙しなく行ったり来たりを繰り返している。カシムはこちらに乗る事になった。ハリアーは一人乗りなのだ。

「では、お姉様。お城でお会いしましょう」

 侍女様の「授業」の結果、なんだかすっかり口調が王族っぽくなってしまったカシムが、笑顔で言った。

「お姉様はやめてよ。ねーちゃんでいいよ」

 新手のイジメかと思う。マジで。ねーちゃんで、ギリギリなのにお姉様ときたもんだ。背中に寒気が走る。

「いえいえ、お姉様はお姉様です。では!!」

 言い残して輸送機に向かっていくカシムを見て、私はため息を吐いた。やれやれ……。

「さて、行くか……」

 準備を済ませ、久々に聞くような気がする、ペガサスエンジンの甲高い音を聞きながら思った。もう絶対刃物は持ち歩かないと。

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