千隼 樹⇔太田 理生②
「どう思う?」
「すごいと思うよ。だって、ずっとやり取りしてたんでしょ。それが10年ぶりに再会したって、運命って本当にあるんだね」
昼休み。私たちはバックヤードで一緒にお昼を取っていた。薫子の前には熱湯を入れてから30秒くらい経ったカップのうどんが、割りばしと煙草の箱を重しにして置かれている。
「運命かぁ…」と薫子は頬杖をつく。
彼女は化粧っ気もないし、髪はパーマもカラーも何もしていないから黒くてつやつやしていて、正直言って派手ではないが、手つかずの美しさを湛えている。一方、私は、先日会社規定ギリギリのチョイスでカラーリングを施し、ネイルも規定ギリギリのデザインに変えてもらったばかり。制限された中で、如何に自分を美しく見せるかカスタマイズしても、やはり薫子には叶わない。
力仕事と地味な面子が多い職場で浮きがちな私に、薫子はよく話しかけてくれる。いつしか二人で一緒に行動することが多くなった。ただし、シフトが被ればの話だが。
「ていうか、薫子すごいよね。初めて聞いたけれど、まさか売れっ子のネット小説家だったとは」
「理生ちゃん参加しなかったけど、先週の飲み会の時、まさかネット小説の話が出てくるなんて思いもしなかったからさ。…あ、このことは」と、薫子は人差し指を立てた。
「内緒にするよ」私は頷いた。「もしバレたらやっぱりドン引きするもん、私だって」
「そうだよねぇ」
薫子はそろそろいいかなと蓋の上の煙草と割りばしをどかし、蓋の残りを剥がしていく。私もタイミングを見て弁当の包みを解き始める。
「理生ちゃん別に先に食べてくれてていいのに」
「いいの。でもさ、高島さんもすごいカミングアウトだよねぇ」
「そうだね。ひきこもりだったのもびっくりした」
お弁当の箱を開けると、薫子が覗き込んできた。
「理生ちゃんすごいよねぇ。いつもお弁当がカラフル」
「めっちゃ手抜きだよ。ブロッコリーなんて冷凍のやつで、解凍せずに入れて持ってくるから」
もしも薫子に「料理が得意/趣味」というステータスを付け加えたら、きっと職場の男は、花を観賞するように彼女を眺めていたのを、綺麗な蝶々を捕まえるが如くアプローチをかけにくるかもしれない。
出会った頃から変わらない、どこかフラフラしたような振る舞いと、水星のクレーターのようなすっかすかな隙。捕まりそうで捕まらない、でもそのまま放っておくと危うげでこっちがヒヤヒヤする。
私の恋愛域にいて欲しくない存在だが、生活域には欠かせないから、いまこうして傍に置いている。薫子は私の意地汚い思惑に気づいているのかな。
「あれ薫子、スマホは?」
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