3.山久・6月3日②
宗田から連絡があったのは、大和地区の昨日と同じコインパーキングに車を停車した時だった。
「山久さん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
山久は一瞬、何の用事かと考えたが、すぐに代議士の所在を確認してほしいと頼んでいたことを思い出した。
「代議士の件だな?どうだった?やはり連絡はつかんか?」
宗田の言葉は山久の予想通りだった。
「はい。一応、各事務所に電話しましたが、今日は事務所には来る予定がないと。ただ、スケジュールについては秘書からも詳しい連絡がないため、どこにいるかは分からないと言われました。もちろん、秘書にも電話を掛けましたが繋がりません」
「そうか。一人だけならまだしも、四人全員となると何だか不穏な感じがするな」
「ええ。あと知り合いの記者に聞いたんですが、他にも桜さんと同じ時期に初当選した若手議員が六人ばかり、行方知れずだそうです。これは絶対、何かありますね」
西園寺の言っていたことは事実だった。桜の死がこれだけの議員を動かした?それとも―。
車内のカーナビのテレビでは朝のニュースが始まったところだった。エンジンを切ろうとキーに手を掛けていたが、それを止めて画面に目を向ける。
「国内の金融機関がサイバー攻撃でダメージ 機能がマヒ」「東京の通り魔殺人容疑者逮捕」「全国で被害多発 新手の振り込め詐欺」。さまざまな見出しが次々と乱れ飛ぶ。約十五分間に詰め込まれたこの日のニュースは普段に比べ、暗いニュースが多くの割合を占めていた。
だが、明日には全く違うニュースが画面に映し出されることになる。時は流れ、話題も変わる。
どれだけ大事件であってもそれが永遠に流され続けるということはなく、それに取って代わるものが新たに生まれてくる。それがニュースというものだ。
その時、山久は今回の報道協定について、ある種の違和感を感じていた。
確かに手がかりは少ないかもしれない。犯人との接触もそれ以降ないのかもしれないが、それにしても一課がおとなしすぎる。
記者クラブ内で室長があれだけ締め上げられているのを知らないはずがない。それなのに一課からは何の音沙汰もない。しかも、実際に刑事たちが動いているのかどうかも疑わしい。
昨日、荻野修哉の自宅周辺をあれだけ往復したにも関わらず、それらしい姿を一度も目にしなかったからだ。
誘拐事件であることに慎重を期して、表だっては動いていないのかもしれないが、山久にとっては、この状況で警察の不動を疑うのは当然だった。
携帯が鳴る。
「山久か」
その低い声は富田だった。
「ああ、はい。どうしましたか?」
「それが、また非通知で気になる電話があってな。声を聞く限りは、恐らく桜事件の時の電話の相手だと思うが」
受話器の向こうで富田が渋い表情をしているのが容易に予想できる。山久は心して内容を確認した。
「どんな電話だったんですか」
「それがな、また誘拐だ。代議士を誘拐したと」
「それって、もしかして――」
山久の脳裏には不安がよぎった。
「誘拐されたのは県出身の代議士と、桜に近かった代議士たちだ。県出身は四人、他県の議員は六人。計十人だ」
山久は額に手のひらを当て、天を仰いだ。「嘘だろ」。富田には聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「山久?聞いてるか?」
「ええ。実はですね、昨日クラブで変な噂を聞いたんです」
「噂?」
「はい。県内出身の議員と桜周辺の議員が何人か行方不明だと。ただ、連絡が付かないだけだと思ったので、宗田に所在を確認させていたところなんです」
「それで、確認はとれたのか?」
「いえ、駄目でした。県内出身の議員は全員、連絡が取れなかったそうです。まさか誘拐だとは思いませんでしたが」
これで誘拐されたのは小学生と代議士が十人。代議士一人が殺されただけでも大事だが、状況はさらに悪い方に転がっていった。
「その、代議士の誘拐というのは本当なんですか?大の大人が十人も、それもあっさりと誘拐されてしまうなんて、にわかには信じがたいんですが」
「お前には、それが本当かどうかを確認してほしいんだ。どうだ、できそうか?」
「分かりました。議員の関係者を当たってみます。ただ、その誘拐が可能だとするなら犯人側は相当、大規模なグループだと思います。もしかしたら国際的なテロ組織だという可能性もあるかも知れません」
誘拐事件というものは昔から多数あるものの、ここまで大規模になることは全国でも確実に初めてだろう。犯人の意図は一体どこにあるのだろうか。
桜、荻野修哉、代議士十人。その共通点とは何か。今はまだ分からない。ただ、必ず点が線で繋がるはずだ。山久は電話を切るなり、記者クラブを早足で後にした。
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